代行者
「分断……これが教皇の狙いか」
完全に閉じた空間の穴の前で、私は冷静に呟く。
迂闊だった。これほど分かりやすい罠に嵌まるとは。
「どうしよう……クロセルさん」
「こっちはゼノとシェル公爵か……」
「さっきの部屋と再び繋げられないのかね?」
「少し時間を掛ければ可能だ、魔術障壁を破って空間を繋げる、数分もあれば出来る、だが……」
「なるほどね、邪魔が入るのは必然か……ほら、見るが良い。盛大に出迎えて貰えるようだよ」
シェル公爵が片手で指した方向に視線を送ると、そこには二人の人影が。
片方は長杖に儀礼的な服を纏った老人、教皇イヴ・エンド。
そしてもう片方は刀を携え黄金の鎧に身を包んだ青年、勇者ニコラス。
「ど、どうするの?クロセルさん」
「我々に選択肢はない。決めるのは向こうだ」
「無論、通すつもりはありませんよ」
教皇は優しげな笑顔を浮かべながら、淡々と言い放つ。
そして、杖を顔の前でくるくると回すと、そのまま地面に突き立て、目を見開く。
「我らが神を害する者は、誰であろうと容赦しません!行きますよ、大英雄ニコラス」
「お任せください」
教皇の号令と共に、勇者が駆ける。そこには一縷も迷いはない。という事はつまり……
「勇者……お主、本心から神に仕えているな?」
「当然だ、僕は正義の執行者。大英雄ニコラス。神に牙を剥いた君達を成敗する」
「――属性魔術 氷剣」
私は無詠唱魔術で氷の剣を生成する。そしてそれをシェル公爵の方に投げ付けた。
剣は空中をくるくると回りながら飛んでいき、シェル公爵の前の地面に突き刺さる。
「これは?」
「使え、素手では分が悪いだろう」
「剣の扱いはあまり得意では無いのだがね。まぁいい、無いよりはましだ」
シェル公爵は地面に刺さった剣を抜き、素振りとばかりに片手で軽く振るう。
彼女は私よりも昔から生きている賢者だ。能力では劣っていても、その知識では敵わない。
彼女の膨大な知識から繰り出される戦闘技術は、才能持ちの人間を凌ぐほどだ。
無論、身体強化魔術による補助を前提とした話ではあるが。
「我は先に教皇を倒す、勇者の相手は任せたぞ」
「良いだろう、任せられた」
「えっと……僕は……?」
「……死ぬな?」
「それだけ!?あとなんで疑問形!?」
ぶっちゃけゼノは戦力外だ。前線で戦っては寧ろ足手まといになる。
だから、取り敢えず死なないように大人しくしてて貰うのが一番だろう。
「聖剣抜刀……ニコラス流……ニコン式奥義……ヒーローアターック!」
「そんな大振りの攻撃が当たるとでも?」
勇者は聖剣を抜刀、大きく頭上に振りかぶると、そのままシェル公爵頭蓋目掛けて斬り下ろす。
それをシェル公爵は、鼻で笑いながら飛び退いて躱す。いや、ダメだ。あの攻撃は……
「違う!防げ!シェル公爵!」
「なに?っ!」
私の声を聞き、シェル公爵が氷の剣を眼前に構えたのと、勇者の剣先から放たれたビームが着弾するのはほぼ同時だった。
ビームは数秒の間持続し、その勢いでシェル公爵は後退する。そして、ビームが止んだ事を確認すると、シェル公爵は息を吐きだしながら剣を払う。
「何故剣からビームが出るのか説明して貰えるかな」
「我も知らん!ご主人曰く勇者が聖剣振ったらビームが出るのはお約束らしいぞ」
「意味が分からないのだが……それとまずいぞ、今ので剣が使い物にならなくなった」
「なんだと?」
言われた通りシェル公爵の手元の剣に視線を送ると……
板状に溶けて変形していた。あのビームを耐えられたのが奇跡と言った所か。
「待て、もう一度生成する」
「いや、その必要は無い」
私が再び氷の剣を生成しようとすると、それを抑止する声が掛かる。
シェル公爵は変形した剣を地面に捨てると、手を前に突き出し、呟く。
「――複製」
その一言を紡ぎ終わると同時に、シェル公爵の手には再び氷の剣が握られていた。
「物質複製の才能か」
「あぁ、そうだよ、言っていなかったか」
「妖精は多くの稀有で優秀な才能を持つ、物質複製の才能など……我も初めて見た」
「感心してる場合かね?」
取り敢えず勇者はシェル公爵に任せて良さそうだ。
私は教皇に視線を移す。杖を地面に突き立てたまま、静かに目を閉じている。
いや……口元が動いている、つまりあれは……
「っ……詠唱する時間を稼がれたか!」
教皇の主な才能は三つ。杖術6と光魔術6、そして代行者9。
代行者の才能の効果は不明だ。ご主人なら分かるだろうが、私の知識では推測する以上の事は出来ない。
だが才能指数9である以上、確実に脅威となるのは必至だ。警戒は怠らないようにせねば。
「――光魔術……神罰代行・神魔鎖錠」
教皇の魔術が発動する。あれは確か……
警戒して回避行動を取ろうとするが、間に合わない。
私の足元と頭上に光を放つ穴が生まれ、中から光の鎖が無数に飛び出てくる。
鎖は私の前後左右を囲むように張られ、そのまま私の全身に絡み付く。
「ぐあっ……」
鎖が私の身体を締め付ける。
焼けるような痛み。ただの圧迫から来る痛みではない。鎖自身がマグマの如く熱を帯びているかのような痛みだ。
「これは生涯で重ねた罪の分だけその身体を痛め付ける魔術、魔王であった貴女にはよく効くでしょう」
「くくく……あぁ確かにこれは効くな……だが!この程度の痛み、我が今まで受けた苦痛に比べれば痒くも無い!魔術回路改竄……略式詠唱展開……
――属性魔術 纏刃・闇!」
全身に走る痛みに耐えながら、私は魔術を発動する。
それは属性を付与した刃を纏い、触れた物を切り裂く魔術。
光魔術に対抗する一番の方法はより上位の闇魔術を使う事だ。実際、才能指数では私が勝っている。
私の身体に巻き付いていた光の鎖は粉々に断たれ、光の粒子になって消えていく。
追加とばかりに上下から光の鎖が伸びて来るが、それも私の身体に触れる前に霧散していく。
こうして拘束を解くと、私は教皇に向けて手を翳す。
「やはり私の魔術では抑え切れませんか……」
「これで終わりだ、教皇……魔術回路構築……詠唱
ロ・アイス・エネミリィルヴァラメンツ・ティル
――属性魔術 絶大零砲・終焉」
各属性における最高位の攻撃魔術四種の内の一つ。
対単体における最強の魔術であり、私の最終兵器だ。
これを使えるのは恐らくこの世界で私とご主人しか存在しないだろう。
放たれるは極太の光線。触れた物を全て凍て付かせ、素粒子に至るまで破壊する白銀色の光が放たれる。
「……ふっ」
教皇は、笑った。優しげで、穏やかな笑顔を浮かべる。
何故?
「私は神の代行者、第六権能発動
――『天罰覿面』」
まずい。そう思った時には遅かった。
私の推測が正しければ、代行者の才能は他人の能力を自分の物として借り受ける力。
つまり、教皇は神の権能を代行して使う事が出来る。
神の権能は全部で七種類。その全ては判明してない。
そして、今教皇が発動した権能は何だ?
教皇の身体が光に包まれる。私の放った光線の光ではない。
光を纏った教皇が、更に上から私の光線で包まれる。
目も眩むような眩い光の中、私の放った光線は全てを凍らせ、砕き、破壊する。
遥か彼方に外が見える。光線は上層の数十枚の壁を破り、外まで至ったのだ。
我ながら恐ろしい破壊力だ。教皇が何らかの防御措置を取ったにしろ、これでは……
「なっ……」
光線が収まる。だが辺りを包む光は衰える事が無い。
その光は、教皇の身体から放たれていた。あの攻撃を受けて原型を留めている。
そして、光が一層強くなったかと思えば……教皇の身体から白銀色の光線が放たれる。
――私に向かって。
攻撃範囲が広すぎて回避は出来ない。掠れば終わり。これはそういう魔術だ。
教皇の使った権能は恐らく、攻撃の反射。
迂闊だった。今更どんなに反省しても遅い。もう私は負けたのだ。
「がはっ……」
圧倒的な質量で押し潰される。身体がバラバラになり、感覚が消失する。
死ぬことは無い。杖に戻るだけだ。だが、瀬野とシェル公爵の二人で勇者と教皇に勝てるだろうか?
……信じるしかない。そして私は意識を失った。
「僕がやるんだ……」
僕は拳銃を握り締める。霧雨組に所属していながら、僕はまだ、人を殺した事が無い。
その覚悟が、まだ決まっていなかった。
だが、今がその時だと警鐘が鳴る。
分かるんだ。感覚的に。このままだとクロセルさんかシェルさんのどちらかが負ける。だから僕も戦わなければならない。
「(動け!動け!動け!)」
足が震える。指に力が入らない。
それでも戦わなければ。何の為に?
僕は何の為に戦うんだ?
……そうだ、ヤマトの為だ。
僕の命はヤマトの為にある。
一度捨てた命。死を超えたこの命。
自分ではない誰かの為ならば、僕は動ける。
「はっ……クロセルさん!」
目の前で起きている事を上手く理解できない。僕はヤマトほど頭が回らないから。
それでも分かることがある、あの教皇さんの笑顔。確実に何かある。
何らかの秘策があるのだろう。逆に言えば、教皇さんは自身の思惑通りに事が運んでいる事から慢心している。
僕は拳銃の引き金に指を掛ける。狙いは付けない。まだ早い。
帝国の技術力で作られた自動式拳銃、この世界ではオーバーテクノロジーに分類される。
魔王の配下であるテラという機械技師に協力して貰って作れた物だ。だから厳密には僕が作ったわけじゃない。
まぁそこはどうでも良いんだ。弾薬は元の世界と同じ9パラ弾。装弾数は7発。予備のマガジンは二つ。
武装の確認を済ませると、僕は神経を集中させる。タイミングが肝心だ、教皇さんがクロセルさんを倒して油断する一瞬。それが唯一の隙だ。
「っ……ごめんなさい」
僕は、クロセルさんが魔術を放ち、それを教皇が跳ね返す一部始終を見守っていた。
僕にもう少し力があれば、クロセルさんを守れたかもしれない。そんな事を仄かに思いつつも、僕の意識は教皇さんに向いていた。
「神に逆らうというのは、こういう事です」
教皇さんは、消滅するクロセルさんを見ながら、憐れむように呟く。
僕はその"背中"を見ながら、静かに拳銃を構える。
「……!?後ろ……いつから!?」
「……ごめんね」
教皇は一瞬にして僕の気配を感じ取ると、回避姿勢を取ろうとする。
だが、猶予は十分すぎた。能力を発動する。僕以外の時間が止まる。
この世界で今動けるのは僕だけだ。時間操作による時間停止、僕の力では5秒も維持は出来ないが……
「パン!」
冷静に狙いを定めて、僕は引き金を引く。放たれた弾丸が、教皇さんの頭蓋を撃ち貫くと同時に時間は進み始める。
多分、教皇さんには何が起きたか理解できなかったのだろう。
空間操作で一瞬にして背後に回り、時間を止めて確実に弾丸を当て、殺す。
今までは机上の空論だったが、まさか実際に出来てしまうとは思わなかった。
教皇さんが地面に倒れ込む。断末魔は無かった。即死だったのだろう。
――これで、僕は初めて人を殺した。
「思ったより……何も感じない」
人を殺す。それは虚無だ。罪悪感を感じる事も、嬉しいとも悲しいとも思わない。
ただ殺人という事実だけが僕という存在にレッテルを貼り付ける。
あぁ、もう戻れないんだ。それだけ。そう思った。
「シェルさんの方も助けないと……」
教皇さんは片付いた。
人の命とは呆気ないものだ。
神の力を借り受ける代行者でも、人である以上、死からは逃れられない。
シェルさんと勇者は接戦を繰り広げていた。地面には使い物にならなくなった氷の剣が無数に散らばっている。
勇者さんの意識は完全にシェルさんに向いている。僕など眼中にない。
「……!ゼノ君!?」
「ごめん」
僕の身体は勇者さんの後ろに移動し、時間が停止する。
身体は鎧で守られているが、頭は無防備だ。
教皇さんの時には3秒使った。今回は2秒で済んだ。
時間が動き出す。勇者さんは頭から血を噴き出して……
「っ……痛いなぁ!」
「えっ!?死んでな……ぐはっ」
勇者さんの回し蹴りで僕の身体は宙を飛ぶ。
なんて威力だ、人間の身体をこうも簡単に吹き飛ばすなんて。
僕は壁に叩き付けられる。グシャッ……と嫌な音。確認すると、右足と左腕がありえない方向に曲がっている。
激痛に悶えながら、僕は地面を這いつくばって勇者さんの方を見る。
「貴様、化け物かね?」
「祝福の勇者を舐めないで貰えるかな……僕は死なないんだよ」
「これは厄介だな……魔杖クロセルが戦闘不能になった以上、身体強化魔術もどの程度持つか分からない……」
勇者さんは頭から大量の血を垂れ流しながらも、立っていた。
どころか意識もある。戦闘を続行し、シェルさんの攻撃を防いでいる。
あれが祝福の力か。失念していた。
あれ……でも祝福はティアさんに移ったんじゃ無かっただろうか。
また祝福がニコラスさんに移動したのだろうか。
「右手は……動く……けど……」
足が使えなくなった以上、あれはもう使えない。
だが、似たような事なら出来る。
僕は時間を停止させると、右手だけで勇者さんに照準を合わせ、引き金を引く。
5発の弾丸が空中で数珠繋ぎのように浮かび、勇者に向かって飛んでいく。
そして、着弾の瞬間、再び時間を動かす。
「かはっ……」
僕は吐血する。眩暈と頭痛が酷い、これは時間停止の反動だ。今回は5秒使った。
「発射した瞬間に着弾するのはどういう理屈なんだ……い」
五発の弾丸を頭に食らい、流石の勇者さんも地面に膝をつく。
その隙にシェルさんは剣を構え直すと、勇者さんの心臓目掛けて一気に突く。
鎧を貫通し、勇者さんの背中から剣が生える。
「くっ……」
「まだ立つか、化け物め」
勇者は再び立ち上がる。が……もはやまともに動けないらしい。シェルさんは再び氷の剣を複製すると、それを勇者さんの身体に突き刺す。
それを何度も繰り返し、五本目の剣が勇者さんの身体を貫いた時、勇者さんは遂に地面に倒れ込んだ。
「……死んだの?」
「生きている。が……暫くは動けないだろうね、何も出来ない無能かと思ったら、中々やるじゃないか、ゼノ君」
「僕も動けないんだけどね……これからどうする?ヤマトと合流出来るかな」
「魔杖クロセルが復活するまでは待機だな、私達の方が奥に進んでいるから、ダーリンが先に進めば合流出来るだろう」
「その間に勇者さんが復活しないかな」
「あまり気が乗らないが、復活に時間が掛かるようにもう少し痛め付ける、君は見ない方が良いと思うがね」
「あはは……そうだね……」
犠牲は少なくない。それでも僕達はなんとかここを乗り越える事に成功した。
後は、ヤマト達が無事である事を祈るだけだ。




