襲撃
「何をコソコソとしているのだ……ご主人」
「誰かさんのせいで視線が痛い」
往来の中に立ち尽くしながら、口元を抑えバツの悪そうに目を伏せる男。それが俺だ。
通りすがる人達の視線は俺とクロセルに対し、交互に向けられている。
これほど注目を浴びたのは一体いつぶりだろうか。どうやら宿屋の主人がクロのことを言い触らしたらしい。
その内容を掻い摘んで要約すると、こうだ。
「絶大な才能のある魔術師の一行が村に滞在している……か」
「ふふっ……事実であるが故に仕方ないな」
「俺は魔術師じゃないんだがな、まぁ傍から見たら見えなくもないのか?」
武器の類を一切身に着けずに依頼をこなしている、悪く言えば不用心なだけである俺も、実力を隠しているだけで才能のある魔術師だと思われているらしい。
そのせいで冒険者の視線が痛い痛い。疑念、渇望、尊敬、嫉妬、そんな色々な物が混じった視線が容赦なく身体に突き刺さっていく。
目立たないように慎ましく生活するつもりだったのだが。それは今や難しそうである。
「まぁ、まだ街の有名人ってレベルで助かったな……人の噂も七十五日、此処を去って大人しくしてれば大丈夫だろう」
「……ご主人、前に国からの御使いに"また来る"と言われてたのを覚えてるか?」
「あ……」
慌てて記憶の糸を手繰り思い出す。そう言えば確かに、また来ると言われていた。
「つまりあの時点で俺達が件に関係してる事はバレてたのか……」
「やはり我の絶大な才能は隠し切れないということだな!」
「そうだよ……隠せねぇよ、あーどうしろって言うんだ、くっそ……」
絶望と倦怠感で視界が曇り、俺は力なくガクリと膝を折れ、そのまま両手で頭を抱える。
非常にまずい状況だ、こんな所で悠長にしてはいられない。このままでは国に目を付けられるのも時間の問題だろう。
この街を出て逃げるか?逃げると言っても何処へ?
待て待て落ち着け俺。別に俺達が悪いことをしたわけではないんだ、クロセルの召喚したあの翼竜も別に暴れたりした訳ではない。
強いて言えば少しばかり日照権を侵害しただけなのだ、大丈夫。俺は悪くない。
「いやー助かりましたよ、最近物騒事も冒険者も増えて材料の供給が間に合って無くて……ってあれ?だ、大丈夫ですか?」
「これは我の偉大さに感動して頭を垂れているのだ、気にするでない」
「おい、適当言うな」
そんな情け無い姿の俺の前にてとてとと現れる美少年。星屑屋の店主ステラ君。
今日は先日と同じように星屑屋の出した採取と配達の依頼をこなしていた、今はその帰り際である。
流石に店の前で情け無く倒れられては邪魔だっただろう。少しだけ反省しつつよろよろと立ち上がる。
「ステラ、胃薬とかあるか?」
「胃のお薬ですか?ありますけど、一体どうして?」
「深刻なストレスで胃が痛いんだ、飯が喉を通らない気がする」
「大丈夫か?ご主人……我に出来ることなら何でもするぞ?」
「はは、その気持ちだけ受け取っておこう……強いて言えば、そうだな……お前は何もするな、それが一番助かる」
本気で心配してくれているのだろう。クロセルは不安そうな声色で俺の顔を覗き込む。
こいつが馬鹿で助かった。嫌味の一つも気にせず受け流せるそのメンタル、いや幸せな頭が羨ましい。
「はい、胃のお薬ですよ、ヤマトさん」
「助かる、お代は依頼の報酬から差し引いといてくれ」
「分かりました、お大事にして下さいね」
太陽のような満面の笑顔を向けて薬瓶を差し出してくるステラ君。そんな無垢な笑顔が少し俺には眩しい。
薬瓶を受け取り、軽く一礼すると、そのままギルドへと踵を返す。
「さて……邪魔したな、それじゃあ行くぞクロ」
「承知した、ご主人」
先程と違い、往来の人が俺を見る目に哀れみの視線が混じっている気がするが……気の所為だと思いたい。
ここ数日の間、俺達はこうして依頼をこなすことで収入を得ていた。主に請け負うのは採取や配達依頼と簡単な魔物退治。
これだけでも宿で生活していけるだけの額が手に入るのだから中々割の良い仕事だ。
と考えながら歩いていると、道の先、遥か遠くから喧騒が聞こえてくる。
いや、この騒がしさには覚えがある。入り交じる悲鳴から察するに荒事、喧嘩か、或いは……
「クロ、向こうで何が起きてるか分かるか?」
「魔物の襲撃だな、見物と行くか?」
「流石は悪魔的思考だな……この世界で魔物の襲撃というのは珍しいことなのか?」
「大きな都市のように守衛や防壁がある訳でも無いからな、そう珍しいことじゃ無い」
「なるほど、此処のような大きくはない村ならどうするんだ…?」
「普通は滞在している冒険者が対応する、それによってギルドから報酬も発生するな」
「それは良いことを聞いた、じゃあ行くとするか」
「ふふっ……ご主人も悪い男だな?」
ニヤニヤと笑みを浮かべるクロに、当たらない拳を振り降ろしつつ、声のする方へと駆ける。
住宅街を暫く走れば、公園のような広い場所に出る。声の発生源は此処のようだが……
「これは……酷いな」
真っ先に目に入るのは、倒れた人影、血溜まりの数々。
倒れた人間には武装している人間も含まれている。これは……冒険者が返り討ちにあったと言った所か。
ドクンと胸が跳ねる。恐れている?そうか、それもそうだ。
この地獄絵図を見て平常心でいられる程に、俺は狂っていなかったようだ。
「ご主人、余り前に出るではないぞ……此処は我に任せておけ」
「あぁ……思った以上で少し驚いただけだ、頼んだぞ」
ふらりと傾きそうになる身体を抱き竦めながら、真っ直ぐ周囲を見渡す。
魔物は一体。侵入経路は恐らく村の正門だろう。死傷者はざっと十数名、今現在交戦している冒険者は居ないようだ。
クロセル一人で大丈夫だろうか?いや、大丈夫だろう。彼女が負けるビジョンなど、俺の想定には映らない。
「それじゃ、借りを返すとしようか、大人しく滅べ」
込み上げる滑稽さに歪んだ笑顔を浮かべ、その魔物を睨み付ける。
そう、その魔物に俺は見覚えがあった。巨大な体躯に鋭利な牙、猪突猛進と広場を駆け回る猪の魔物。
俺を湖に突き飛ばした張本人。"変異種"と称されたあの魔物で間違いないだろう。
シルヴァと名乗る女性を筆頭として、ギルドの討伐隊で討伐されたと思っていたが……
「……―…――」
クロセルが短く詠唱を終えると、その身体が青く発光する。自己強化の類だろうか。
「綺麗に殺せよ!クロ!」
「分かっているとも!安心するがよい!」
そんな掛け合いを合図にして、クロセルが魔物に向けて一気に踏み込む。
牙諸共に頭を振り回し、暴れ回る魔物の懐へと潜り込んだかと思えば、再び短い詠唱。
一瞬クロセルの身体の動きが止まり、魔物の反撃を食らうか否かと言った刹那のこと。
ぶくぶくと何かが泡立つ音が響き渡る。
魔物の動きは鈍く、その巨大な体躯が振るわれることは一度として無かった。
クロセルと魔物は完全に動きを止め、静寂が訪れる。
そして、暫くするとパン!と言う破裂音が一つ…二つ…と、連続で鳴り響く。
それと同時に、猪の身体から赤い鮮血が吹き出し、噴水のように辺りに降り注ぐ。
魔物の身に何が起きて、クロセルが何をしたのか。俺には到底想像が及ばないが、確かな事実として……魔物は完全に絶命していた。
「お見事だ、クロ」
「造作も無い」
そんな短いやり取りを交わすと、辺りから歓声が響き渡る。
多くの人間が戸を締めて隠れていたのだろう。
辺りは人の流れで溢れ返り、手早く怪我人の搬送が行われていく。
あの様子だと死者が出ていてもおかしくはないが……
「まぁ、俺には関係ないな」
そう自分へと言い聞かせるように一蹴する。
我ながら冷め切った死生観である。死んだら終わり、ただそれだけ。
一度死を経験しているから尚更のこと、悲しいとも怖いとも思えない。
「さて、用は済んだしギルドに行くか」
「ご主人、目立ちたくなかったんじゃないのか……?これでは嫌でも目立ってしまうと思うのだが……」
「金が貰えるなら話は別だ、それに注目を浴びてるのはお前だけだろ」
ちらりと周囲を見渡してみれば案の定と言った所か、野次馬の視線は俺ではなくクロセルに注がれている。
今まで討伐に手こずっていた魔物を一人で瞬殺してみせたのだ。これで目立たない方がおかしい。
「というわけで此処からは別行動だ、俺はギルドに向かうからお前は適当に注意を引いて宿に帰ってろ」
「ふむ、そうだな、承知した」
言わずとも思惑は察せたらしい。ちらりと目配せをすると、そのまま人混みを逆流しながら其の場を去って行った。
それを見届けた後に、俺も辺りを軽く確認してから……最後に現場に残った血溜まりを一瞥し、何を言うでもなくその場を去った。




