アデュー
「さて、こっちも始めましょうか」
魔剣ラプラスは準備運動とばかりに軽く聖剣フルティンを振る。そして、片手で構えると、そのままこちらに向かって走り出す。
私も腰の魔剣グレモリーを抜く。魔剣グレモリーが魔剣グレモリーを抜く、一見するとおかしな文脈だが、本来はこれが正しい魔剣の在り方だ。魔剣が本体で、それに付属する形で肉体が存在する。魔剣自体が人の形に変化するのはクロセルとラプラスだけだ。
ラプラスの高速の斬撃を顔の前で受け止める。至近距離で鍔迫り合いになりながら、私は小さく笑う。
「ふん、お前の事は前から気に食わないと思っていた、丁度いい、ここで鬱憤を晴らすとしよう」
「へ?何ですか?もしかしてボクに勝てるとでも思っているんですか?あはっ……あははははは!なんて馬鹿なんだ、魔杖クロセルの足元にも及ばない弱小魔剣がボクに勝てる訳無いじゃないですか!」
「魔杖クロセルは魔剣の中でも例外だからな、基本的には世代が新しい魔剣の方が強力なのが常識だ」
「は?最新機種だからって調子に乗るなよ?魔杖クロセルが例外ならボクも例外だ、ただの魔剣が勝てる訳無い!」
随分と喜怒哀楽の激しい人物だ。愉快に笑っていたかと思えば急に怒り出す。本人や主が"悪魔"と形容するのも理解できる。こいつは根本的に狂っている。
剣に力を込めながら、冷静に分析する。力では互角。だがこいつには未来視の才能がある。攻撃を防ぐのは容易だが攻撃を加えるのは難しい。中々に厄介な相手だ。
「無尽の魔力とやら、試させて貰おうか……魔術回路構築……詠唱」
「身体強化魔術ですか、ずるいですねぇ……ま、ボクも使えるんですが、魔術回路構築……詠唱」
剣圧が弱まったのを確認すると、切り払いながら後方に飛び退く。お互いに詠唱を開始、恐らく目的は同じ。
「ロ・フォース・アダマイト・ティロ」
「ロ・ダーム・ヴェリテイル・ティロ」
「炎魔術……炎帝覇気」
「闇魔術……魔神覇気!」
私の身体の奥底で魔力が燃え上がる。それは視覚的な効果としても現れる。私の身体が赤いオーラで包まれ、熱を放つ。
使用したのはお互いに最上位の強化魔術。目の前のラプラスも、私と同じように紫色のオーラを纏う。
余談だが、最上位の強化魔術は各属性ごとに存在する。そして属性ごとに僅かだが効果に違いがある。
炎属性の強化魔術の効果は熱に対する耐性を持つ事だ。最上位ともなれば、極寒の環境でも炎の中でも活動できる。
闇属性の強化魔術は強力な暗視効果。主に夜での戦闘で優位を取れる。
……今回はどちらもあまり関係が無い。
「それでは再開といきましょうか」
「かかってこい」
身体の中で急速に魔力がくべられていくのを感じる。だが、魔力で構成された肉体の存在が希薄になる感覚は無い。つまり膨大な魔力消費がありながら私の身体は殆ど魔力を失っていないという事だ。
これが、主の無尽の魔力という奴だろう。理屈は不明だが、強力な力だ。
身体強化魔術の欠点はその驚異的な魔力消費量である。それは目の前のラプラスとて例外ではない。神も無尽の魔力を持っているならば話は別だが、件の夜の事を考えるとそれは考えにくい。つまり、長期戦になればなるほど、こちらが有利だ。
「さぁ、ショータイムだ!」
ラプラスが地面を蹴り、切りかかってくる。
横薙ぎの一閃を受け止め、切り払う。軽い。軽すぎる。強化魔術のランクはこちらが上か。
これならしっかりと攻撃を見切っていれば被弾する事は無い。
袈裟掛けに放たれた剣戟を踊るような動作で打ち返す。
技量の高い物同士の戦いは、傍から見ればダンスのように見えるらしい。
特に、その剣に殺意が無ければ猶更である。
もはや何度目か分からない攻撃を防ぎながら、私は淡々と時間を数えていた。
「時間稼ぎをしようとか考えてます?」
「時間を稼ぐ必要などない、お前はここで私に敗れるのだからな」
「強気ですねぇ……ボク未来見えるんですけど」
「魔眼系の才能を発揮する時は目が発光する、お前にはその様子が見て取れない、つまりお前は未来など見ていない」
「へー……良く知ってますね」
露骨に声のトーンが下がる。この様子だと図星か。
だが、何故使わない?未来視の才能を使えば圧倒的な有利を取れる。それを敢えて温存する理由はなんだ?
「ま、要するに使わなくてもボクが負けるわけないので?」
「そうだといいな!」
どちらにせよ、これは好機だ。未来視を使われれば不利。だが力は互角、今なら勝機はある。
一気に踏み込み、ラプラスの懐に潜り込みながら切り上げる。
ラプラスはそれを受け止めるが、軽い。
近接戦闘において重さは即ち力だ。
体重を乗せた一撃の威力は文字通り体格や体重に依存する。
その点において、ラプラスは軽すぎる。
華奢な少女の姿を取っているからだ。
下からの攻撃を受け止める際に、地に足を張って威力を殺す事が出来ない。
下からの攻撃を抑え込めるのは体重のみ。
それが欠けているラプラスは、この攻撃を受け止められない。
故に……
「っ!」
ラプラスの身体が宙に跳ね上がる。
流石と言うべきか、姿勢こそ崩さないが、それでも空中では自由に身動きが取れない。
推定、着地まで1.4秒。
これだけあれば十分だ。
「魔術回路改竄……略式詠唱展開
炎魔術……炎槍・射」
詠唱省略での魔術の発動の経験はある。
戦闘において数秒の詠唱時間の短縮はとても大きいからだ。
反面、反動も大きい。
魔力消費は倍以上だし、神経も摩耗する。
連発出来る物ではない。
私が突き上げるように挙げた手のひらから、炎の槍が生み出され、矢の如く放たれる。
その軌道は、ラプラスの身体を完全に捉えていた。
「避けられ……!?」
最後の抵抗とばかりに身を捻るが、攻撃範囲からは逃れられない。
そして、私の放った炎の槍はラプラスの胸を深々と貫いた。
「うぐっ……ああああああああ!?」
「悪いが徹底的にやらせて貰う、止めだ」
胸元から広がるようにしてラプラスの全身を炎が包む。そして、そのまま燃焼しながら地面に落ちてくる。
私は剣を構え直すと、そのまま倒れたラプラスに近付き、止めを刺そうとする。
「なんてね?」
「なっ……」
ラプラスが小さく呟きながらニヤリと笑う。その時、私は異変に気が付く。
ラプラスに実体がない。そう、ラプラスの身体には傷一つ付いていないのだ。
私の魔術は命中した、対魔力の才能を持たないラプラスならば深手を負うはずである。
それが無いという事は……このラプラスの身体は……
「偽物か!?本体は!?」
「あははははは!」
高笑いと同時に、偽物のラプラスの身体が透明化して消え失せる。
まずい。危険を察知してその場から離れようとする。
が、出来なかった。
両腕両足に地面から生えた紫色の触手のような物が巻き付いている。
確実に私を拘束する意図で設置された物だ。
「魔術回路改竄……」
「遅い!残念だけどボクの勝ちだ!」
方向は……上!本体は天井に潜んでいたか。
ラプラスが未来視を使っていなかったのも、あのあまりの手応えの軽さも、あれが魔力で作られた偽物だったとすれば辻褄は合う。
略式詠唱で拘束を解こうとするが、間に合わない。
空から降ってきたラプラスは、偽物の肉体からフルティンを掻っ攫い、そのまま流れるような動作でこちらに猪突してくる。
何か、何か活路は無いか。
生憎、私には特に特別な武器は渡されていない。
万事休す。
だが私は諦めない。
私は諦めの悪い女だ。
命尽きるその瞬間まで、可能性があるならば足掻く。
魔術は間に合わない。
なら力づくだ。
腕に力を込め、拘束を解こうとする。
瞬間、奇跡が起きた。
「死ね!グレモリー!」
「――死ぬのはお前だ、ラプラス」
バチンと何かが弾ける音と共に私の右腕の拘束が解ける。
もはや、その理由など考えている暇はない。
大きく剣を後ろに振りかぶった姿勢でこちらの懐に入ってきたグレモリー、その胸元に向けて、私は剣を突き上げた。
「……は?」
「くっ」
ラプラスの攻撃は止まらない。
聖剣フルティンは、見事に私の首を切り落とす。
視界が落下し、世界が横に傾く。
「は?は?はぁぁぁぁぁぁ!?なんで動けたんだ!?ボクの未来ではこんな筈じゃ!?」
首より下の感覚は無い。
私は目だけを動かす。そこには胸に深々と魔剣グレモリーが突き刺さったラプラスと……
片手を私に向けて立っているアカツキの姿が目に入った。
「……なるほどな、これは後で感謝を述べなければ」
ふっ、と私は小さく笑うと、そのままゆっくりと視界が暗転する。
魔剣の本体は剣だ。肉体が破壊されても死ぬわけでは無が、再構築まで時間は掛かる。
アカツキがこちらに加勢したということは、主とアカツキは勇者ティアに勝利したのだろう。
そしてラプラスも落とした。
これは、私達の勝利だ。
「グレモリーさん!くっ……僅かに間に合いませんでしたか……」
「アカツキ!?お前は死ぬはずじゃ……いや、両方生き延びる!?この曖昧な未来はなんだ!?何が未来を不確定にしている!?」
私が駆け付けるのがあと少し早ければ、グレモリーさんを救えた。
僅かな後悔を覚えながらも、私はラプラスと対峙する。
ヤマトさんもグレモリーさんも倒れた。今戦えるのは私しか居ない。
ラプラスの目がチカチカと青く点灯する。あれは未来視の才能を使っているのだろう。
胸には深々と魔剣グレモリーが突き刺さっているが、抜こうとしない。
「くっ……くくく……あははははは!面白い!これはこれで面白いじゃないか!」
そして、何か必死そうに呟いていたかと思えば、瞳の点滅が止まり、青く発光したままになる。
あれは……未来が確定した、という事だろうか。
そして、その瞬間、ラプラスは大声で笑いだす。それも、心底楽しそうに。
「ボクはここで退場しておこう。この座標での結末は確定した、もうボクの仕事は終わりだ」
「貴方は何を言ってるんですか……説明を」
「は?敵にそんな事を説明すると思います?あぁするとも、説明しよう!だが残念!時間切れだ、ではアカツキ、アデュー、別の座標でまた会いましょう」
いきなりキレたかと思えば、にっこりと笑顔を浮かべて、名残惜しそうに悲しげな表情を浮かべたかと思えば、再び笑顔を浮かべて。
ラプラスの肉体は粒子状に変化し、バラバラになった。
そこには三本の剣、フルティン、グレモリー、ラプラスが残された。
「また会おうって……私が見逃す訳無いじゃないですか」
私は聖剣フルティンを手に取る。
そして、それを両手で振り上げると、魔剣ラプラスに向けて振り下ろした。
音が鳴った。パリンと砕ける音。思っていたよりも綺麗な音色だった。金属を破壊したとは思えない程に。
いや、破壊したのは金属ではない。魂だ。
魔剣ラプラスはこれで、完全に破壊された。
「最後まで貴方の事は分かりませんでした……最低の屑だってのは分かりますが、憎み切れないのも事実です、実際……貴方が本当に悪魔ならば、魔窟で私達の旅は終わっていたんですから」
もう聞こえていないだろう。
それでも、私は別れの言葉を呟かずにはいられなかった。
光の粒子となって、空気に溶けていく魔剣を見ながら、私は静かに告げた。
「さようなら、悪魔ラプラス」




