究極の選択
プランはシンプル。後ろに回り込み組み伏せた後に手錠で拘束し封能薬を飲ませる。これでティアは無力化出来る。
だが、現実はそう簡単には行かない。あと少しで手が届く距離まで迫り、手を伸ばすが、それは宙を切る。
ティアは地面を蹴って飛び退き、俺から離れると再び詠唱を開始する。ここはただっ広い広間だ、魔術師は閉所では力を発揮できないが、広い場所では無類の強さを発揮する。それはティアとて例外ではない。
罠に嵌ってここに誘い込まれた時点で、俺達は半分負けているのだ。
「亜空切断!」
「ごめんなさい……」
アカツキの詠唱と同時にティアが身を翻す。
身体強化魔術の賜物で、その動きは魔術師とは思えない程に機敏だ。
そして、空間断裂による攻撃はいとも簡単に避けられる。
「狙って撃つだけじゃ当たらねぇぞアカツキ」
「分かってます!そもそも空間魔術は戦闘用の魔術じゃないんですから……」
「なら攻撃はいい、俺を支援しろ」
「どうやって……?」
「ティアの攻撃魔術を空間ごと移動できないか?この距離で撃たれると俺じゃ回避出来ないんだ」
「なるほど……出来ます。任せてください」
このやり取りはティア、そしてそれを通して神に聞かれている。
つまり次にさっきの吸引攻撃を放ってくる確率は低い。効果が無いと分かっている攻撃をする意味はないからだ。
これは所詮フェイクだ。実際は、ティアの攻撃魔術が発生してからアカツキが詠唱を始めても時間差がある為、間に合わない。
アカツキもそれは理解しているはず。それでも"出来る"と言ったのは、俺の意図を汲んでくれたのだろう。
分析の才能のお陰か、或いは単純に信頼関係の問題か、どちらにせよ上手くいって助かった。
こうなると、ティアの使える魔術は限られてくる。即効性があり速度が高く回避しにくい攻撃魔術。そう多くはないはずだ。
「魔術回路構築……詠唱……
ロ・スォーム・リクシアリアル・ティル
風魔術……鎌鼬・雨」
「ちょっと待て、雨って事は……」
クロセルの得意魔術である水の弾丸を雨のように降らす攻撃。それとよく似た詠唱。聞き覚えのある詠唱。
そこから推測される事実は、あの不可視の刃が雨のように放たれるという意味であり……
「嘘だ……ろ……!?うおおおおおおおお!?」
攻撃は見えない。本能のままに風の刃を避ける。傍から見たら、何も無い所で死に物狂いに踊り狂ってるように見えるだろうか。
ヒュンヒュンと風を切る嫌な音が耳を叩く。鎌鼬の余波として発生した風が身体に冷たい息を吹きかける。
幸い、狙いは甘い。いつもの鎌鼬が狙撃なら、こちらは乱射と言った所。それでも攻撃の物量はえげつない。全部避けるのは恐らく……
「っ……ってぇ!?」
身体の末端。手足に深い切り傷が生まれていく。
これは見えないナイフを無数に投擲されているのと等しい。というか、これをナイフと形容して良い物か?肉どころか骨を断つんじゃないかと思える鋭利さだ。
襲いかかる激痛に対し、八つ当たりのように叫び散らしながら、俺は刃の雨を凌ぎ切る。
「はぁ……はぁ……まだだ、甘いんだよエル!俺を殺すならもっと殺傷性の高い攻撃を撃つんだなぁ!?」
指先からだらだらと血液が滴り落ちる。気が付けば足元には血溜まり、これ以上の被弾は流石にまずいか。
「……使うか?」
出し惜しみしていては目的は果たせない。だが、経験上、才能の解放を使えるのは三回までだ。
エルとの戦いに備えて一回分は残しておく必要がある。そして超再生薬を使うのにも一回必要だ。
となると、この戦いで使えるのは一回のみ。
考えろ、一つだけでティアに勝つことの出来る才能を。
「魔術回路構築……詠唱――」
「これだ。これならいける……解除!」
俺は目を閉じると、身体の奥深くに眠っている才能にスイッチを入れる。
スイッチを入れると言っても、ボタン一つ押すだけの簡単な話じゃない。俺の身体に宿る魔王ハーゲンティの意思、才能指数10による強引な力によっての入力だ。
その代償は、一定時間後にディザビリティとして残る。
俺が解放した才能、それは――
"才能『対魔力10』を強制解放しました
エラー……才能データが破損しました"
「風魔術……鎌鼬・雨」
「くっ……」
俺は両腕を顔の前でクロスさせるようにして、再び降り注ぐ刃の雨を防ぐ。
当然、避けていないのだから風の刃は俺の全身に命中する。が……
「……痛くない、これが勇者の気分か」
「ヤマト!?どうして……」
本能的にガードしてしまったが、本来はそれすら必要ない。
対魔力の才能、それはあらゆる魔術的な干渉を無効化する才能だ。
ティアが驚いたような顔で俺を見る。そう言えばティアは俺のこの力の事を知らなかったか。
「ヤマトさん……"使った"んですね」
「やむを得なかった」
「分かってます、それより急ぎましょう」
「あぁ、そうだな」
俺は地面を駆ける。先程より速度が落ちている。
恐らくクロセルの強化魔術も対魔力の才能で弾いてしまったのだろう。
だがそれは些細な問題だ。俺自身の身体能力はクロセルや勇者との特訓の甲斐もあって人並み外れている。身体能力を使ったティアと互角か、或いは僅かに上回るはずだ。
ティアは攻撃の手を止め、俺に背を向けて逃げ出す。流石に効かないと分かった上で魔術を撃ち込んでくることはないか。
ティアは魔術以外の攻撃手段を持たない。つまり対魔力のある俺に対して、攻撃を加える手段が無いのだ。
この勝負、俺の勝ちだ。
「……捕まえた」
逃げるティアの手を掴み、そのまま足払いで体勢を崩し、優しく押し倒す。
じたばたと抵抗して、俺から必死で逃げようとする。本人の意思では無いといえ、少しショックだ。
「そう言えば最初にお前と会った時も、こうやって追いかけっこしてたな」
ふと、そんな思い出を懐かしみながら、俺はティアの両手に手錠を嵌める。
そして、封能薬の瓶の栓を口で開けると、それをティアの口元に持っていき、飲ませる。
「んっ……んんっ!」
「大人しくしててくれ、毒じゃない」
「ヤマト!離れて!」
「言動まで神に支配されてるのか、可哀想に……」
「違う!早くわたしから離れて!じゃないと……」
「っ!ヤマトさん!ティア様から離れてください!」
「おいおい、アカツキまで何を言い出すんだよ」
ティアは無力化した。ラプラスの邪魔が入る様子もない。
それなのに、ティアとアカツキは何故か焦った様子で俺に離れるように言う。
何か理由があるのだろうが……分からない。取り敢えず従っておこう。俺はティアの上から離れると、そのままゆっくりと後ずさりする。
「あの距離だと間に合わない……魔術回路改竄……略式詠唱展開!」
その瞬間。俺の目の前は真っ白になった。
「ごほっ……俺は……今何が……」
一瞬意識を失っていた。最後に覚えているのは、目の前が真っ白になって、鼓膜を破るような爆音が響いた事。
辺りが見えない。煙?ということは何かが爆発したのか?
「アカツキ!どうなってる?ティアがやったのか……?」
声を張り上げるが、返事はない。俺の耳が麻痺しているのか、或いは。
俺は煙を掻き分けて前に進む。僅かに感じる嫌な予感が胸をチクチクと苛む。
そして、俺はその光景を目の当たりにする。
「なっ……嘘……だろ?」
巨大な血溜まり。その中央にはティアだった何かが転がっていた。
片腕が吹き飛び、火傷で顔すら識別できない。身体の大部分が炭化している。
そこから、俺は一つの事実を理解する。ティアは自爆した。いや、させられた。エルの手によって。
頭に血が上る感覚を覚えつつも、冷静さを欠くことなく思考を回す。ティアが自爆した、俺の目の前で。
なら何故俺は無事なんだ?そんな疑問が浮かぶ。そして、その理由は直ぐに分かった。
煙が晴れていく。それは、俺の足元に転がっていた。
「アカツキ……?」
「無事……ですか?ヤマトさん」
俺の足元には重症のアカツキが倒れていた。
アカツキはティアと距離があったはず、爆発に巻き込まれる筈がない。
いや、詠唱を省略して放った最後の魔術。あれはもしかして……
「俺の位置と空間を入れ替えたのか!?」
「ギリギリセーフでしたね……空間の入れ替えは空間魔術の初歩ですから……私でも略式詠唱に成功できたというわけ……です……」
「セーフじゃねぇよ!なんでそんな事を!」
「あの一撃でヤマトさんが即死、そうでなくとも意識を失ったら、全てが終わりですから……」
「っ……待ってろ、今治してやる!」
ティアもそうだが、アカツキの怪我も酷い。全身にガラスのような破片が刺さり大量の出血と重度の火傷、致命傷だ。
「……ヤマト」
「ティア!?大丈夫なのか?」
「大丈夫なわけ……無いじゃない……離れてって言った……のに……」
「悪かった……まさかエルがあれほど非道な手段を取ってくるとは思わなかったんだ」
俺は懐から一本の瓶を取り出す。中には血液のような赤色の液体。超再生薬と称される最高クラスの回復薬だ。これがあれば二人を治せる。
「……?」
二人を?何かがおかしい。
落ち着け。俺の手にはどんな傷でも治せる薬が一本ある。
……一本しか、無いのだ。
「嘘だろ?嘘だ嘘だ嘘だ!どうすればいい……!?薬は一本しかない……ティアかアカツキ、どちらかしか救えない……」
「……ティア様に使って下さい、私は足手まといです、ここまでヤマトさんと一緒に来れたのが奇跡なぐらい、私は凡庸な人間ですから……」
「違う!アカツキが居なければ俺達はここまで来れなかった、アカツキが居なければ、俺はあの森で野垂れ死んでたんだよ!」
俺は地面を殴りつける。こんな残酷な選択があるだろうか。俺には出来ない。俺には選べない。
こうしてる間にも、ティアとアカツキの命の灯は消えかかっている。早く決断しなければ。
「ヤマト、わたしには祝福がある……から……大丈夫」
「そうか!ティアには祝福があったな、完全に忘れてた」
「ティア様……」
魔王戦で祝福は勇者ニコラスからティアに移った。祝福がある限り、ティアは死なない。
エルの手で起きた厄災をエルに救われる事になるとは皮肉な物だ。
「よし、アカツキ、これを使うぞ」
「……分かり、ました」
"才能『魔法薬10』を強制解放しました
エラー……才能データが破損しました"
先程と同じように、身体の奥底のロックを外す。
これで二回。仮に二回分の反動に耐えれたとしても、その次が最後だ。
俺は、瓶を手に持つと、それをアカツキの身体の上で握り潰し、詠唱する。
「魔術回路通力……詠唱……
ロ・ラルム・デルタイト・ティロ
光魔法薬……超再生」
瞬間、液体が粒子状に変化しアカツキの全身を包んだかと思えば、時間が逆行するかのようにアカツキの傷が塞がっていく。
異物は自動的に取り除かれ、いつもの姿に戻る。
……燃え尽きた服までは元に戻らないのが欠点か。
「……意外と大きいな、着痩せするタイプなのか」
「こんな状況で何を言い出すんですか!」
「冗談だ、これ着てろ」
俺は上着を脱ぐと、それをアカツキに放り投げる。
大きさ的に動きずらいだろうが、局部を隠す分には十分だろう。
無論、紳士故に視線はそらしておく。クロセルが居なくて良かった。
「グレモリーとラプラスの方は……まだ戦闘中か、悪いが多分俺は一度戦闘不能になる」
「分かってます、私はヤマトさんを守りつつ向こうの援護をするので」
「あぁ、頼んだ」
"致命的なエラーが発生した為……
破損箇所のある才能を破壊します『対魔力0』"
"致命的なエラーが発生した為……
破損箇所のある才能を破壊します『魔法薬0』"
アカツキが立ち上がると同時に、俺は地面に尻餅をつく。
理由は単純、一瞬にして意識が無くなったからだ。
短時間に二回の才能の解放をした代償は大きい。あまりのダメージに一瞬で意識を奪われ、苦痛を伴わないのが幸いか。
思考が回らない。視界は暗転し、音は遠のく。そして俺は、静かに首を垂れ、意識を失った。




