終わりへの戦い
聖都アルカディア上層、聖域。そこの中央に位置する透明な椅子に座すのは、エメラルドグリーンの美しい長髪を持った少女。
その脇には、聖剣フルティンを振り回しながらくるくると回る黒髪の少女。
名も無き神と魔剣ラプラスである。
「全面戦争とはワクワクしますなぁ!ご主人様?」
「……遂にですね。猶予は?」
「2時間後に魔杖クロセルの転移魔術で上層に強襲してきますね、戦力はいつもの面子に魔剣グレモリーを加えた感じ」
「ここでヤマトを殺す必要があります、そうでなければ」
「無防備なご主人様が殺されてしまいますからな、仮にそうなった場合、修正力がどう働くかまでは分かりませんが」
「……そこまで先の事も視えているんですか」
「まぁボクはちょっと"特別"なんで、あんま気にしないでくださいな」
ラプラスは神に向かってウインク。神はそれを冷たい瞳で一瞥すると、徐に片手を挙げる。
「イヴ」
「なんでしょう、神様」
「迎撃は任せます、聖域まで誰一人として近付けない事が理想です」
「分かりました、聖教会が全力を以て神様をお守りします」
「えぇ、期待しています」
神の正面に立っていた真っ白な老人、教皇イヴ・エンドは、深く一礼をすると、そのまま聖域を後にする。
「ボクも行くべきです?」
「もちろん、ただ……未来が不確定な以上、投入するのは時間ギリギリにしますが」
「そうですね、因みに現時点での未来、知りたいですか?」
「言いなさい」
「分かりました、ボクらの未来は――」
「お勤めご苦労。事が終わるまでぐっすり眠っていたまえ」
「……強いな」
「身体強化魔術があるのは分かるんですが……それでも予想以上ですね」
俺達はクロセルの魔術で上層に侵入。聖域を目指して進んでいた。
予想通りと言った所か、俺達の侵入は予期されていたらしく、警備は厳重。次々と行く手を阻む福音使徒を、クロセルとグレモリー、あとシェル公が薙ぎ倒していく。
シェル公は戦闘系の才能を持っていないと言っていたが、知識として持っている戦闘技術は中々の物で、素手で敵を無力化すると額を軽くノックして意識を奪っていく。
もしかしたら、身体強化込みなら俺より強いかもしれない。
「これで第六波が終わりか」
「中々進めませんね、物量に物を言わす作戦、案外厳しいかもしれません」
「こちらは少数だからな、戦力自体はイーブンかそれ以上でも、手数が足りない」
道は一本道だが、前と後ろの両方から次々と増援が現れるせいで中々前に進めない。
だが、これも想定内だ。城を籠絡する以上、長期戦になるのは必定。その隙に大将を逃される可能性を考慮して、クロセルに結界魔術を貼って貰っている。
無論、相手には勇者や教皇が居る。結界を破壊する事も出来るが、仮に破壊された場合、神が上層を離れた事が分かる為、追撃に支障は出ない。
「そうだ、アカツキ、壁抜け魔術でショートカット出来ないか?」
「出来ますけど、聖域の正確な場所が分からないので……」
「それなら俺が分かる。シェル公、俺の記憶を読み取ってアカツキに複写、意図的に失敗しろ」
「ほう?失敗させるのか?まぁいい、任せてくれダーリン、お安い御用さ」
「そんな使い方出来るんですね……」
シェル公が胸に手を当てて自信満々に宣言すると、俺の頭に手を伸ばす。
届いてない。
背伸びする。
届かない。
ジャンプ。
届かない。
数秒の沈黙。そしてアカツキの手刀が俺の頭に炸裂した。
「いってぇ!」
「意地悪してないで早くしてください」
俺は渋々、地面に膝をついて頭を下げる。
シェル公が俺の頭に触れ、記憶を読み取る。
特に何か感じる訳ではない。痛くも痒くもない。
が、記憶の抽出は成功したようで、シェル公は今度はアカツキの元に近付き、その頭に触れる。
「っ……かはっ!」
「大丈夫か?アカツキ」
「記憶の上書きって……結構きついんですね……吐きそう……」
「すまない、ダーリン。失敗しようとしたのだがな……成功してしまった……」
「よくやった」
「これは喜んでいいのかね?」
アカツキが息を切らしながら暫く喘ぐ。その間に、前後から第七波が。クロセルとグレモリーが対処する。
そして、呼吸が落ち着いた頃には、全てが片付いていた。
「位置、分かりました。ショートカットしましょう」
「アカツキよ、気付いてるか?」
「はい、魔術的な障壁が蜘蛛の巣の如く張り巡らされてるので、最短ルートは使えません、が……福音使徒との交戦を避けて近道する事は出来ますね」
「よし、やれ」
俺の肯定に頷きを返すと、アカツキが近くの壁に手を翳す。
そして、詠唱。
「魔術回路構築……詠唱……
ル・トゥーム・アルガス・ティル
空間魔術……接続」
壁がぐにゃりと歪み、穴が生まれる。その先には別の廊下らしき風景が見て取れる。
クロセルが先行して穴を通り、辺りを軽く見渡すと、頷く。
「福音使徒は居ないな」
「よし、この方法ならだいぶ早く聖域に近付けそうだな」
俺達は空間の穴を潜る。辺りを見渡し、記憶から位置を参照すると、確かに聖域に近付いている。これを数度繰り返せば聖域に辿り着けるだろう。
そんな事を考えているうちに、アカツキが再び次の空間の穴を生み出す。
今度は広間のような場所に出た。相変わらず福音使徒の姿はない。
「……待てよ?」
俺はふと呟く。違和感だ。違和感を感じる。
これだけ厳重な警備体制でありながら、福音使徒の姿が無い事。
そして張り巡らされている魔術的な障壁に穴がある事。教皇の奴がそんなミスをするだろうか。まるで、このルートが意図的に用意されたかのような……
「繋がりました、クロセルさん、先行してください」
「うむ、大丈夫だ、福音使徒の姿は無い」
「では進みましょうか」
「っ!?待て!その先に進むな!」
俺は気付いた。慌てて穴を通ろうとする仲間を呼び止めるが、もう遅い。
バチン、と何かが弾けるような音と共に、穴が消失する。
魔術的な障壁が張られ、空間を繋ぐ穴が破壊された。
――そう、これは罠だ。
「私は閉じてません、って事は……」
「アカツキ、急いでもう一度、今と同じ場所に繋いでみてくれ」
「分かりました」
アカツキが詠唱する。そして、空間がぐにゃりと歪んだかと思うと、バチンと弾ける音を立てて、空間の歪みは消失する。
「魔術的な障壁ですね……このタイミングでって事は……」
「チッ……分断されたな、こっちは」
俺は周りを見渡す。こっち側に残ったのは俺、アカツキ、グレモリーの三人だ。
つまり先に進んだのはクロセル、瀬野、シェル公の三人という事になる。
「クロセルとグレモリーが分かれたのは幸いだな、向こうはクロセルが居るから大丈夫だろう、問題はこっちだが……」
相手にとって、戦力が分断された今は最大の好機だ。確実に仕掛けてくる。
誰が来る?雑兵の福音使徒ではない。このタイミングで出し惜しんでは来ないはずだ。
「っ!グレモリー!後ろだ」
「分かっている」
グレモリーは、半歩下がりながら身を捻る。風を切る音。彼女の胸元を、不可視の刃が掠めていった。
この攻撃には見覚えがある。だが認めたくない。現実から逃げたくなる気持ちを押し殺して、俺は襲撃者の存在を確認する。
「ティア……と!お前か!」
咄嗟に腰の鉄棒を抜く。そして、それを顔の前で構えた瞬間、大きな金属音が響き渡る。
「どうも~?悪魔で~す!」
「てめぇ……」
力任せに鉄棒で剣を振り払うと、魔剣ラプラスは空中で後方に回転しながら、ゆっくりと地面に降り立つ。
「いやーボクの担当がヤマト様の方で良かった!こっちの方が面白い物が見れそうですしね」
「その言い方だとクロセルの方は勇者と教皇か」
「ま、隠す事でも無いですし言ってしまえばその通りです。上手いこと戦力が偏ってくれればこちとら都合が良かったんですが、見事にクロセルとグレモリーが分断されましたね、やはりヤマト様は運が良い!」
「グレモリー、いけるか?」
「我は魔剣の相手か?」
「あぁ、ティアの方は俺とアカツキでなんとかする」
そう言い放つと、俺は地面を蹴って駆ける。あの精度で魔術を放ったのならば、そう遠くはない筈だ。
居た。50m程度先に、小さな人影。手を前に向けて、詠唱している。方向は……
「アカツキ!」
俺の声とほぼ同時にアカツキが飛び退く。そして不可視の刃が音を立てて掠めていく。
アカツキとは思えない中々に機敏な動きだ、逆に言えばあれほどの動きが出来なければ回避は難しい。
「身体強化魔術が効いてる今は大丈夫です、なるべく早く決着を付けてください」
そう、今アカツキがティアの魔術を回避出来たのはクロセルの身体強化魔術が効いてるからだ。
さっき俺がラプラスの一撃を受け止めれたのも同じ。逆に言えば、この魔術の効果時間が切れれば、俺達の勝機は一気に薄れる。
故に、短期決戦を目指す。
「ヤマト……」
「悪いなティア、出来れば大人しくしててくれ」
「そうしたいけど……御告げが……」
ティアの表情は暗い。戦う事が彼女の本意ではない事は目に見えて明らかだ。
だが、御告げの強制力には抗えない。今の彼女は神の傀儡なのだ。
「魔術回路構築……詠唱……
ロ・スォーム・エリアライズ・ティロ
風魔術……風神覇気……連続詠唱……
レ・スォーム・ヘイザミリル・ティル
風魔術……突風暴流」
淡々と紡がれる連続詠唱。彼女の得意とする風属性魔術だ。
ティアの身体が緑色の光を纏う。恐らくは身体強化魔術。そしてもう一つは……
「っ!狙いは俺か!」
ティアの手が俺に向けられると同時に、その掌から白い渦のような物が放たれる。
形容すると、竜巻を横に倒したような、空気のドリルと言った所か。
俺は地面を蹴って斜めに進路を変更する。まだティアまで10m程度の距離がある。あの魔術が直線的な攻撃ならば、回避できる……筈だった。
「なっ!?」
足が縺れる。理由は単純、強い風の力で吸い寄せられたからだ。
文字通り竜巻の如く周囲の物を吸引し、粉々に破壊する。それが彼女の放った魔術だ。
全力で踏ん張り、攻撃から逃れようとするが、あまりにも強すぎる風の力に、俺は空気の渦に接触してしまう。
「ぐっ……あああああああ!?」
渦に巻き込まれた脇腹に激痛が走る。意識を持っていかれそうになるが、ここで足を踏み外せば全身木っ端微塵だ。
悠久にも等しい耐久の末、風の渦は消え失せる。同時に、脇腹からどぷっ……という嫌な音を立てて大量の血液が流れ出す。
確認すると、見事に風の渦に巻き込まれた部分だけが抉れていた。激痛に倒れ込みたくなる気持ちを抑え、俺はティアを見据える。
ティアの魔術は強力だが、反面、詠唱を必要とする為に連射は効かない。追撃が来る前に、決着を付ける。
俺は傷が開く事も構わず、再び走り出した。




