炎の魔女
「それでは作戦を説明する、いいか、これは命令ではない、断じて命令では無いから心して聞くように」
「それ相変わらず厄介なディザビリティですよね」
王国から帰還し、一日の休息を挟んだ後、俺達はセン公の屋敷にて作戦会議をしていた。
当然とも言えるが、セン公とエスクは居ない。屋敷は勝手に使っていいから後は好きにしろって感じらしい。
アカツキが呆れたような声色で冷静に突っ込む中、俺は至って真面目に話を続ける。
「その前に成果報告だ、アカツキ、例の物は」
「MMですか?ダメですね、一応掛け合ってはみましたが、持ち出すのはNGだそうで」
「あれがあれば我の使える魔術の幅が大きく広がるから出来れば手に入れたかったな」
「そうか、まぁ無い物は仕方ない、次だ、瀬野」
「ここだとパーツが足りなくて大した物は作れなかったけど、拳銃と手榴弾は用意出来た」
そう言って、瀬野は机の上に二挺の拳銃と紙に包まれた弾薬、筒にピンの付いた手榴弾を三つ置く。
「フリントロック式の単発拳銃、有効射程は短いけど最後の悪足掻き程度には使えると思う」
「シェル公とアカツキ用だな」
「私は魔術でも攻撃出来るので必要かは分かりませんが……」
「だよね……手榴弾の方は閃光手榴弾……って言えば伝わるかな、音と光で視覚と聴覚にダメージを与える兵器だよ、仮想敵はニコラスさん」
「あぁ、確かにあいつを突破するのは揉め手を使わないときついな」
瀬野には殺傷性の低い武器を注文しておいた。拳銃は十分な殺傷性を秘めてるが、急所に当たらない限りは魔術で簡単に治療出来る。
ぶっちゃけクロセルの魔術の方が殺傷性は高い。この拳銃よりも威力の高い水弾をマシンガンの如く連射出来るのだから。
「俺達の方の収穫はこれだな」
そう言って俺は机の上に木箱を置く。
中には三種類の薬が数本ずつ瓶詰めされて入っている。
「シェル公は近接戦闘の心得はあるか?」
「知識としては持っているさ。ただ、戦闘系の才能は持ち合わせていないがな」
「なら身体強化薬は俺とシェル公と瀬野とアカツキで一本ずつだな、効果時間は長く無いから使いどころは見極めろよ」
「基本的には我が身体強化魔術を使うから必要ないとは思うがな」
「万が一もあるだろ、念入りに準備しとくに越した事は無い」
俺は挙げたメンバーに身体強化薬を渡す。封能薬と超再生薬とやらは俺が持っておく事になった。
そして、次だが……
「起きてるか?グレモリー」
俺は机の上に、薬箱とは別の箱を置き、その蓋を開ける。
中には黒と赤を基調とした禍々しい一本の剣、魔剣グレモリーが入っていた。
そして、その剣は仄かに赤く発光しながら、おどろおどろしい声色で俺の声に応える。
「……約束を忘れたか?」
「あぁ、まぁ確かに約束したな、お前は争い事が嫌いなんだろ、それは十分理解してる」
「ならば話は終わりだな」
「そう言うなよ。神を殺せば、魔王システムは無くなる。それはお前の悲願でもあるんじゃないのか?」
「我は人間に興味など……」
「嘘だな。お前は人間が好きだ。人類を救う勇者が魔王に堕ちる、皮肉な物だよな、このシステムは狂ってる。神は相当な悪趣味なんだろう」
「……」
グレモリーが押し黙る。俺は構わず言葉を続ける。
「ちょっと調べさせて貰った。魔王グレモリーの前の代、魔王オロバスを倒した勇者についてな、その勇者は炎属性の魔術と封印術に長けていたらしい。そして魔王オロバスが討たれた後、消息を絶った」
「我の前の代の魔王の事など、知らぬ」
「クロセル、魔剣グレモリーの才能を列挙してみろ」
「剣術6、炎魔術7、魅了5、封印術8だな」
「だ、そうだが……」
「はぁ……貴様らは分からないのか?争いは平和など生まない、新たな争いの火種を生み出すだけだ!」
「だからって見て見ぬ振りをするのか?苦しんでいる人が居るならば救ってやるべきだろ、それがただの延命措置にしかならないとしてもな」
「……仮に神を殺して、世界から魔王が消えても、今度は人間同士が争いを起こすのだ!今人類が団結していられるのは、他でもない魔王という共通の敵が居たからに他ならない!」
グレモリーは声を荒げる。冷静沈着を装ってきたグレモリーが感情的に言葉を紡ぐのは、これが初めてかもしれない。
皆は、俺とグレモリーの会話を見守っていた。グレモリーの言い分は尤もだ。反論の余地は存在しない。だが、彼女の心には矛盾がある。それが唯一の綻びだ。
「疑心暗鬼だな、そんなに人間が信じられないか?」」
「あぁ、信じられない。勇者だと持て囃されていた私が!英雄が!魔王の血を浴びたからと迫害され、今度は人間の敵として恨まれる?こんな理不尽があってたまるか!」
「だがお前は人間を殺さなかった、魔王の破壊衝動を抑えようとした。それはお前が人間を好きだからに他ならない、人間の可能性を信じていたからだ、この世界に悪人は居ないなんて無垢な考えを持つ程にな」
「そうだ!だが私は破壊衝動を抑えられなかった、だから自分を封印して、負の連鎖を断ち切ろうとした、それを邪魔したのは!」
「お前のやった事こそ、ただの延命措置だ。魔王システムが機能しなくなったら神は新たにこの世界に悪者を作り出す。神は。エルは愉快な物語が好きなんだ、正義が活躍するには悪が必要だからな」
「ならどうすれば!」
「だから最初に言っただろ、神を殺せば魔王システムは無くなるし、今後同じような理不尽なルールが作り出される事も無い、人間を信じてるんだろ、ならお前のやるべき事は一つじゃないのか?」
「……私が力を貸せば満足か?」
「あぁ。俺と契約しろ、グレモリー」
俺は魔剣に触れる。後はこいつの意思次第だ。
「はぁ……降参だ。我は魔剣グレモリー、契約に従い、貴様の剣となりその生命を守ろう」
最近よく聞く文言だなと思いながら、魔剣が強く発光する。そして、手のひらに仄かな温もり。
微弱だが、繋がりを感じる。契約は成立した。
「良いのか?二つの魔剣と契約するなど自殺行為だぞ」
「安心しろ、俺には無尽蔵の魔力があるからな、使い放題だぞ」
「それにそもそも、教国では我の力は弱体化するが……」
「その心配も要らない、俺と契約したからな」
「ヤマトさん……貴方なんでもありなんですか?」
アカツキがやれやれとばかりに溜息を吐く。もはや見慣れた光景だ。
「正確には俺一人の力じゃないんだが……まぁ俺の持つ力には変わりないからな」
「意味分からないんですけど、あとこれも疑問なんですがヤマトさんは一体何人の女性を侍らせれば気が済むんですか?」
言われて気付いた。グレモリーも女だったな。
クロセルにアカツキにシェル公にグレモリーに瀬野、今だけでも五人の女性を侍らせてる事になる。あ、瀬野は男だった。
となると……当然予測できた事態として、クロセルの刺すような強い視線を感じる。
「ぐぬぬ……ご主人、我以外の魔剣と契約するなど……この浮気者!」
「不可抗力だ」
「完全にご主人の意思だ!我は全部見てたのだからな!?」
「別に良いじゃねぇか……俺の相棒はお前一人なんだから」
「口では何とでも言える……どうせグレモリーにも同じ事を言うのだろう?この女ったらしめ」
「……我は二番目なのか?」
「このタイミングでその質問は悪意しか感じないからやめろ!」
じとじととクロセルに睨まれながら、俺は話題を逸らそうと口を開く。
「アカツキ、グレモリーの戦力はクロセル何人分ぐらいなんだ?」
「クロセルさん0.7人分ぐらいですかね」
「少し心許ないな、俺とクロセルは単騎でも大丈夫だから、皆は可能ならグレモリーの支援に回ってやってくれ」
「我が前線を張るのか?」
「悪いな……このメンバー前衛が居ないんだよ……」
「ニコラスさんとエルさんが居なくなってしまったので、魔術師のクロセルさんすら前衛をやる事態になってるんですよね」
「キツいなら後ろでも大丈夫だぞ」
「いや、我は剣術も嗜んでいる、前衛は任された」
「あの……そもそもグレモリーさんって人型になれるの?今は剣の姿でお話してるけど……」
瀬野がおずおずと挙手して、そんな疑問を口にする。
クロセルやラプラスの例を考えると、いけるとは思うのだが……
「可能だが我は炎属性の魔術しか使えないからな、魔力で生前の姿を再現する事は出来るが魔杖クロセルのように自由な姿に化けたりは出来ないぞ」
「俺はお前がどんな姿だろうと別に気にしないぞ」
「そうか、では試しに」
グレモリーがそう呟いたと同時に、魔剣から光の粒子が舞い上がり、徐々に人間の形に構築される。
そして、光が収まった時には、魔剣を片手に携えた長身の女性が立っていた。
生気を失ったような白い肌に炎のような赤い髪、そして黒色のロングドレス。クロセルが絵に描いた魔性の美少女だとすれば、グレモリーの姿は絵に描いた魔性の美女と言った所か。
グレモリーは、感情のない瞳で俺を見つめている。俺も彼女も立ち尽くした姿で。そのまま時間だけが過ぎていく。
「ご主人?ご主人?えいっ」
「……いてっ」
俺はクロセルのビンタで目を覚ます。文字通り、目が醒める。
見惚れていた?いや、それだけじゃない。完全に動けなかった。蛇に睨まれた蛙とはこの事だろう。これは……
「魅了の才能か……」
「ふっ、バレたか。まだ二割も本気を出していないのだがな」
「クロセルは何とも無いのか?」
「魅了の才能は異性にしか効きにくいのだ、よいか?ご主人、魔剣グレモリーは"本当に僅かしか力を使っていない"」
「マジ?俺完全に動けなかったんだけど……ってあ……そうか」
「そうだ、ご主人の精神汚染耐性のディザビリティだ、今のご主人はどんなに軽い魅了だろうと掛かってしまう、気を付けるのだぞ」
「なるほどな……グレモリーが敵じゃなくて助かった」
「ダーリンを魅了しようとは良い度胸じゃないか?魔剣グレモリー」
「主の気を惹きたいと思うのは当然の事だろう?」
「ダーリンは私の男だ、勝手に盗らないで貰えるかね?」
今まで黙っていたシェル公も、流石に限界とばかりに口を挟んできた。
そして、俺の片腕に抱きつく。やめろ、この先の展開が予想できる。
「シェル公爵!ご主人は我の物だと何度も!」
「それも違うって何度も言ってるんだけどな?」
「我は別に構わんぞ、必要とあらばいつでも魅了出来るのだからな」
「才能を使うのはずるいぞ!それに貴様はご主人の事を何も知らない癖に!」
「……一応ずっと旅に付いてきてたのだがな、少なくともシェル公爵とやらよりは長い付き合いだと思うが」
「ほう?言ってくれるではないか、その大切な旅の記憶、消してやっても良いのだぞ?」
「あはは……」
「全く……こうなる事は予想出来ましたけど」
「同感だ、助けを願えるか?アカツキ」
「嫌です、自業自得なんですから自分でどうにかしてください」
「……え、いやこれ俺のせいなの?」
瀬野は乾いた笑いを浮かべ、アカツキは知らないとばかりにそっぽを向いてしまう。
クロセルとシェル公が喧嘩するのは分かるが、グレモリーは確信犯だ。あいつ俺の事とかどうでもよくて、絶対にこの状況を楽しんでるだけ。
俺には分かる。多分、そうだ。
「……そうだ、この男と契約したら隣で寝てもいいと聞いたのだが」
「グレモリー、火種をばら撒くのやめない?」
「そうだな……我は物を燃やすのが好きなのだ」
「放火魔だこいつ……魔女だわ……思ってた数倍やべぇ奴だった……」
俺は頭を抱える。改めて仲間が増えたのは良い事でもあるのだが、これが嬉しい悲鳴という奴か。
決戦間近というのに、なんとも締まらない俺達であった。




