偽りの神
「偽物の神だと?」
「えっと、ヤマトさんが上層で神と相対した時って、まだ神の身体は抜け殻じゃないですよね?」
どうやら、皆の思考は同じ所に引っ掛かったらしい。
そう、偽物の神だ。俺も当たり前のように記憶しておきながら、気付いた時は驚いた。これについて説明しねばなるまい。
「まず、俺が神についての情報を仕入れた情報源の話なんだが」
「そうですね、そこが気になります」
「俺が上層に向かった時点では、俺は完全に神に関して無知だった、ただ神を倒して世界で一番強い存在になる、程度の漠然とした目標だったんだ」
「となると、情報は上層で手に入れたのか?」
「あぁ、幸運にも教皇の部屋を見つけてな、そこに一冊の本が置いてあった」
「幸運の才能、だろうね。僕と一緒に旅をしていた時も、賭場で荒稼ぎしてたし」
あはは、と乾いた笑いを浮かべる瀬野。
確かにそんなこともあった、いまいち実感は沸かないが、悪い思い出だ。
「そうそう、最初は奪った物が元手だったが、その先はちゃんと自力で手に入れた金なんだぞ」
「賭け事も実質相手から奪ってるのと同じじゃないですかね……」
「こほん。話が逸れたな。それでその本、タイトルを……Cynthia Chronicle、表紙にはCCと大きく書かれていた」
「CCだと!?」
「知ってるのか?クロセル?」
「この世界には原初の妖精が記したとされる二つの記録書物が存在する、一つが魔術全書、Magic Manuscript……通称MM。そしてもう一つが聖典、Cynthia Chronicle、通称CC、この二つの本は複製が不可能な封印が施され、この世界に二つとして存在しない伝説の品だ」
「有名な話だよ。千年前、神を巡った戦争でCCは失われたとされていたが……」
「まさかイヴ・エンドが隠し持っていたとはね、道理で私の情報網を持ってしても見つからない訳だ」
貴族男ことセン公とシェル公がそう呟く。
この世界の住民にとってはメジャーな話なのだろう。
「因みに、MMは王国の手で保管されている、その前は魔王クロセル、つまり我が所有していた」
「勇者キュリオスが王国に持ち帰ったんだな」
「うむ、そうなっている筈だ」
「んで……CCの内容に関してだが、神の継承、もっと言えば権能について記されていた、神の継承は第二権能で記憶や人格と権能を移譲することで行われている、そして神の権能を宿した肉体は一つに付き約一割寿命が短くなる」
「なるほど、だから神は10年周期で新しい身体に記憶と権能を継承するんですね」
「だがCCにも全ての権能が書いてあった訳じゃない、『神格移譲』『使徒命令』『祝福移譲』の3つだけしか記載されていなかった、俺の記憶によると残りの4つのうち『能力封印』が確定、『創造』っていう効果不明の権能も存在する、残りの2つは未だに謎だ」
「使徒命令は勇者に対する絶対命令権、祝福移譲は勇者の祝福を移す力だな」
「まぁそこは読んで字の如しって感じだな。それはまぁおまけだ、CCの本質は、簡単に言えばこの世界に生物が生まれてから今に至るまでの歴史書。実際、教皇の手で加筆されたと思わしき部分もあった。そして聞いて驚け、この世界の創世神話には、衝撃の事実が記されていた」
「それが……偽りの神って奴なのかな?」
セン公の問いに、俺は頷く。
その瞬間、皆が息を呑んだのが分かった。ぶっちゃけ、俺も突拍子過ぎて受け入れられていない。
だが、俺の記憶に間違いはない。一つ呼吸を置くと、言葉を続けた。
「この世界には、いや……まだ世界が生まれてない頃。虚無空間に、一つの神性が存在した。それがCynthia……シンシアだ」
「シンシアはこの世界の名前であると同時に、原初の神の名でもあった……?」
「まぁ順番としては逆なんだろう、神の名前を元に、この世界が名付けられたと考える方が正しい。この世界で最初に名前を持ったのはシンシアだったんだ」
「だが現在聖教会が信仰している神は名もなき唯一神、つまりシンシアではない?」
「そういう事だ。シンシアはこの世界を作り、七つの種族を生み出し才能を与えた。そして、以後は世界に干渉する事なく、この世界を見守っていたとされる。だが、ある時、シンシアは神としての力を失った。ある人間が、シンシアから神が神足り得る為に必要な物、七つの権能を奪ったんだ」
「それが……今の神……エルという訳だな」
「そうだ。エルが非効率的な人の形に縛られているのは、エルが本来の神では無いからだ、エルは神の権能を持っただけの人間であり、その本質を言い表すとすれば……」
――偽りの神だ」
驚いた顔の奴、納得したという顔の奴、興味が無いとでも言いたげな奴、反応は様々だが……誰も反証を唱える事は出来なかった。
エルと時間を共にした俺達なら分かる。あいつは、あまりにも、人間じみているのだ。転生を繰り返し、長い年月を生きていても、人間らしさというのは消えないという事なのだろう。
「待て?ご主人、CCは教皇の部屋で見つけたのだな?」
「あぁ、そうだが……」
「なら教皇は、エルが偽りの神である事を知っているはず。それなのにそれを公表せず、エルを信仰し続けている」
「……確かにおかしいな。あいつが固執してるのは"この世界の神"という概念ではなく、神を名乗るエル自身という訳か」
「それを聞くと、聖教会が途端に胡散臭い組織に聞こえてきますね……」
「最初から胡散臭いだろ」
教皇が神の味方ではなく、エルの味方だというのなら、聖教会を味方に付ける事は難しそうだ。
権能がある以上、勇者も味方には付けれない。CCが手元にないから、この事実を世間に証明する事も出来ない。
「あと、最後に一つ。これが本題とも言えるんだが……」
「CCの話か?」
「いや、違う。俺がこの世界に転生する時の話だ」
「僕が知ってる限りの事は前に話したと思うけど……」
「それより前の話だ。この世界に転生した瞬間の話。俺が全ての才能を使える理由、地球の人間がこの世界に転生する理由、それが恐らくこの一つの言葉に集約されている、と考えている」
「言葉?」
「あぁ、言葉だ。俺はこの世界に転生する時、一つの言葉を受け取った。誰からの物か、俺達を転生させた存在だ。それは何か、今なら分かる」
「……シンシアか」
「そうだ、クロセル。シンシアは権能を失い、直接この世界に干渉する力を失った。だが、才能という力の源泉であるという事実と、他世界への干渉能力は残されている、と考えれば辻褄は合う」
「ふむ、それで……君がシンシアから受け取った言葉ってのは何なんだい?」
「それは……至極明快だ。ただ一言。
――『神を殺して』」
俺が紡いだ言葉で、再び辺りは静寂に包まれる。
その言葉の意味は咀嚼するまでもなく、簡単な事だ。
「神というのは……」
「エルの事だろう。エルは決別した時に俺にこう言った。『私とヤマト様は殺し合う関係』ってな」
「つまり、君はその言葉。御告げと言っても差し支えは無さそうだ。それを聞いて偽りの神を殺そうとしたわけだね?」
「いや、少なくとも昔の俺は、この言葉を重く受け止めていなかった。偶然、目的が一致しただけだ」
「僕やアカツキさんは、そんな言葉を受け取ってはいなかったけど……」
「こういう言い方は失礼かもしれないが、恐らく……シンシアの試行錯誤の結果なんだろう。多くの人間をこの世界に転生させ、俺のような完璧な存在を生み出そうと思索した。そして、俺の存在を以てそれは成功した。だからなけなしの力を使って、俺に"言葉"を届けたんだ」
「つまり……私達はシンシアの失敗作って事ですか……」
少し落ち込んだような声色で、アカツキが呟いた。
「まぁ、俺の仮説が正しいとは限らない、俺達を転生させたのはエルでもシンシアでもない第三者という可能性もある」
「神以外の存在がそんな事を出来るとは思えないがな」
ささやかな俺のフォローをクロセルが一蹴する。
取り敢えず一発ぶん殴っといた。弾かれた。
「とまぁ……俺の話は以上になるかな、ご清聴ありがとうございました」
「なんか……突拍子も無い話ばっかりで……」
「理解が追いつかない……よね……僕もだよ」
アカツキと瀬野が溜息を吐いて、ソファに背を預けながら宙を仰いだ。
一方、クロセル、セン公、シェル公はそこまで驚いた様子もない。流石は大物、と言った所だろうか。
「それで、これからどうするんだい?教国に戻れない立場なのは理解している。このまま私の屋敷に居候してくれても構わないし……或いは君の使命って奴を果たしに行くのも良いんじゃないかな」
セン公爵が俺に問い掛ける。そう、目的はエルの裏切りにより失われ、そして果たされた。俺は記憶を取り戻した。
この先、どうするかを考えねばならない。
「……前にクロセルは言ったよな、完全体……全ての権能を取り戻したエルに俺は勝てない、と」
「確かに言ったな。だがそれは過去の話だ。今は違う。ご主人は完全体のエルに致命傷を負わせる事に成功している。つまり、勝機はある」
意外な回答に、腕を組んで少し考え込む。
俺は一度、エルを殺そうとした。しかしそれは、本当の意味でエルと出会う前の話だ。
過去の俺は神を殺す事に何の躊躇いもなかった。だが今は違う、例え偽りの絆だったとしても、エルは俺と共に旅をした大切な仲間でもあるんだ。
だが俺はシンシアの作り出したエルを殺す機械。その使命を果たす義務がある。
「エルは……敵だ。俺はあいつを、偽りの神を堕とす。そして権能をシンシアに返し、この世界を在るべき姿に戻す」
俺は、決意するように呟き、拳を握り締める。
「これは俺とシンシアの我儘だ。お前達は付いて来る義務はない。降りる奴は遠慮なく言ってくれ」
俺は、周囲を見渡す。これは魔王との戦いよりも過酷な物になる。
そしてこれは英雄の物語ではない、正義であるエルを、悪である俺達が倒すのだ。
誰にも称賛されない。ただ憎まれるだけの旅。得られる物など何もない。ただ、失うだけだ。
そんな最後の旅路に、同行を無理強いする訳にはいかない。あくまでも皆の意思を尊重する。
「我はご主人の物だ、最期までご主人の剣であり、盾となろう」
「ダーリンの為ならば、私は当然力になろう」
クロセルとシェル公が我先にと意思を表明する。
「僕はヤマトに付いて行くよ、今度は置いていかないでね」
続いて瀬野。まぁ、予想通りと言った所か。
この三人は俺にべったりだから、置いていくわけには行かない。
問題は……
「……」
「アカツキ、どうする?遠慮するな、やめたいなら……」
「行きますよ。今更降りる訳無いじゃないですか、本当に仕方ない人ですね……ヤマトさんには、私が居ないと駄目なんですから」
ぷいっとそっぽを向きながらも、肯定の意思を示す。
嫌がってる……のか?分からない。まぁ付いて来るというのなら、俺に止める権利はない。
「……」
「えっ?これ私も含まれてるのかい?気持ちは嬉しいが私には他にやるべき事が……」
「なわけねぇだろ馬鹿貴族」
「当然だけど、エスクも連れて行かせないよ」
「分かってる、俺とクロセル、アカツキ、瀬野、シェル公の五人だ」
まぁ、こうなる気はしてた。
結局、全員付いてくることになりましたとさ。
「そうと決まれば早速上層に……」
「気が早すぎるぞクロセル、こればっかりは入念に準備をしてから行くべきだ」
「そうだな、対策するべきは……」
「勇者二人とラプラス、教皇、エル、大量の福音使徒にまだ見ぬ勇者達……」
「恐ろしい程に圧倒的な戦力差ですね……」
「あぁ、だから準備するんだ。あらゆる事態に対応できるようにな」
そして、俺はその日から、最終決戦への準備に明け暮れる事になった。
全てはシンシアの意思のままに。
――神を殺す為に。




