神を殺して神になる
あれから数日経った。
シェル公からボルトへの引継ぎ作業は順調に進み、まだ混乱こそある物の、フェアリーケレッジは少しずつ元の穏健さを取り戻していった。
そして、俺達は報告も兼ね、アリエルツフィルに戻ってきた。
もちろん、シェル公も連れて。
「くっ……くくく……」
「何笑ってんだ貴族男」
「いやなに、まさかあのシェル公爵を逆に記憶操作して懐柔するとはね、驚かされる」
セン公爵の屋敷の応接間。俺達の向かい側に座るセン公が、失笑しながらぱちぱちと手を叩く。
「結果論とは言えど、君の働きには感謝するよ。私もシェル公爵及びフェアリーケレッジには手を出せずに困ってたんだ」
「これで三大公爵は破綻、今後はドラゴファースト家とセン家の二大公爵家がアステカス公国を統治していく事になるんですね」
「そうなるね。これで次期公主は決まったような物だが……些末な事だ。アイシィには借りがある」
セン公はふっと小さく笑うと、緑茶モドキを口に含む。
さて、こうしてわざわざ全員を呼び出したのには当然、報告以外の訳がある。
それは、俺達がフェアリーケレッジに向かった目的。そう、俺の記憶だ。
「さて、聞かせて貰おうか、君がゼノ君と別れた後の話を」
「シェル公が変な気を起こさなければもう少し早く話せたんだけどな」
「あの時の私はどうかしていたのだよ、本当にすまないと思っている」
「どうかしているのは今の方だと思いますけどね……」
ぼそりとアカツキが小さく呟く。まぁ御尤もな事だ。
この件に関しては全面的にクロセルに責任があるので俺は何も言わないことにする。
さて、そうこうしている内に、皆の視線は俺へと集まり、静寂が訪れる。
ふぅ、と軽く息を吐くと、俺はゆっくり口を開いた。
「俺は神になる為に教国へと向かった」
「ぷっ……あはっ、あははははは」
「おい殴るぞクロセル」
「神になるというのは、この世界で一番強い存在になる、という意味合いで間違ってないのかな?」
「それもあるが、それだけじゃない。この世界で神が神足り得るのは、その身に宿した7つの権能があるからだ。俺は神からそれを奪おうとした」
「7つの権能?」
「第二権能『神格移譲』第三権能『使徒命令』第四権能『祝福移譲』第七権能『能力封印』と……俺が知ってるのはこれだけだな」
「エルさんが魔王戦前に上層に行ったのは、第四権能を取り戻す為だったんだね」
「そうだな、俺の才能が全て封印されてるのも神の権能の力だ」
「神の封印を破って才能を行使できるのは何なんですか?」
「わからん、神の封印が不完全なのか、或いは何らかの要因があるのか、まぁ今は置いておこう」
才能を解放する力。あれが何なのか、未だに俺も分からない。
気合とか根性とか、少年漫画のような理由であんな都合の良い力が使えるとは思えない。
何か、何か理由がある筈なんだ。それを忘れてはいけない、そんな気がしているんだ。
「続きだ、俺は教国、聖都アルカディア、その上層に、認識攪乱の才能と風操作の才能で向かった」
「なんでもありだな」
「上層の、福音使徒達が聖域と呼ぶ神の座、そこには偶然にも教皇イヴェンは不在だった、この辺りは幸運の才能が関係してたのかもな」
そこから先は、神との邂逅。
失われていた、俺の記憶だ。いつかの夢で見た光景。今なら思い出せる。
「何者ですか?」
静かに目を閉じ、透明な玉座に座していた少女が、何者かの気配を感じ取った。
ゆっくりと目を開くと、そこには見慣れない一人の男の姿が。
服装は福音使徒の物ではなく、持ち込み禁止である筈の武器、長剣を携えている。
騎士と形容するにはあまりにも粗暴で、例えるならば冒険者と呼ぶのが相応しい。
そんな此処にいるはずではない男が、神である少女の前に立ち塞がった。
となれば、当然……まずは何者であるかを問わねばならない。その問いに対し、男は小さく笑って答えた。
「俺はヤマト、この世界の神になる男だ」
「……」
何を言っているんだこいつは。とでも言いたげに、神の少女は目を細める。
そして、大きな声で叫んだ。
「イヴ!誰かイヴを呼びなさい!侵入者ですよ!」
「無駄だ、防音結界を張ってある」
「……」
にやりと意地悪気に笑う男に対し、助けが来ない事を理解した神の少女はむっとした表情で口を閉じる。
「何が目的……はもう言いましたね、私から権能を奪うんですか?」
「あぁ、神については色々と調べさせて貰った、お前を殺し、権能を奪う」
「権能の回収方法まで漏れているとは……情報操作は完璧だと思っていましたが、まだ完全に潰しきれていませんでしたか」
「俺はこの世界最強の存在だからな、全知全能、なんでも知ってるんだ」
「はぁ……権能は殺さずとも奪えますよ」
「知っている。だが、お前を殺すのはもう一つ理由があるんだ、俺はさながら正義のヒーローだ、ファーストミッションは……」
ヤマトは少女を指差すと、その指を下に向け、いやらしく笑った。
「――偽りの神を堕とす事」
「過激ですね。その黒髪、転生者ですか」
「ん?お前が転生させたんじゃないのか?」
「確認ですよ確認、それで……戦うんですか?」
神の少女は立ち上がる。そして、玉座の横に置かれた剣を取る。
「ヤマトくん、貴方は間違っています」
「間違ってるのはお前の方だ、俺はお前をこの世界から追放する」
「無駄です、そんなことをしたらこの世界は滅びるんですよ?」
「それは違う、俺は知っているんだ、お前が世界を欺いた偽物の神だということを!」
「……証拠はあるのですか?」
「――無い、その惚けた口調が他の何よりも確かな証拠だ!」
「残念です、私と貴方は同じ存在、分かり合えると思ったのですが」
「俺がお前と同じだと?」
「……喋りすぎましたね、では始めましょう」
神の少女が剣を構えるのと、ヤマトが少女に肉薄するのはほぼ同時だった。
「――創造!」
ヤマトが少女の首元目掛けて剣を振り下ろすと、何か硬い物に弾かれる。
それは少女の剣ではない。空間その物が、攻撃を拒むかのように。
少女は、片手で静かに剣を振り上げる。
それを飛び退いて躱すヤマトに、小さく微笑みながら、少女は剣を身体の前で数回ぶんぶんと振ると、再び構えの姿勢に戻る。
「瞬時に不可視の障壁を生み出したか、才能指数10のルールが通用しない、それはつまり同じく神の力、それも権能の一つか」
ヤマトは分析の才能で冷静に状況を判断する。その目に狂いはない。彼の分析は完璧だ。
「だが今ので分かった、お前自身の才能は大した事無い、そして神の力は相殺されている、故に権能で生み出した障害物は物理的に上位の攻撃を加えれば破壊できる」
「この権能を舐めて貰っては困ります、生み出せる物は文字通り……無限ですよ」
そう少女が告げると同時に、お互いが踏み込む。
次は少女の攻勢、小さな体を生かし一瞬にしてヤマトの懐に潜り込むと、そのままヤマトの心臓目掛けて突き上げる。
が、ヤマトはそれを待っていたとばかりににやりと笑うと、一切の予備動作を伴わず飛び上がった。
人間では不可能な機動だ、だが彼には可能である。風操作の才能で空中を自在に動けるのだから。
そしてヤマトは空中でくるりと前転すると、そのまま少女の背後に回り、落下しながら剣を振り下ろす。
が、当然の如く硬い何かにぶつかり、カキンと金属音が響き、攻撃を防がれる。
「死角にも展開可能、と」
だがそれでも顔色一つ変えずに、ヤマトは続けて突きを放つ。
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!
むっ、さすがは神の権能だ……とはならない。
どんな硬い障壁であろうと、この男に貫けない道理はない。
それが、全ての才能という名の可能性を持つ彼の力だ。
「パリン!」
「ビンゴ、ま……ここまでだな」
「何度でも展開出来ると言ったはず!」
「馬鹿、権能による物質の展開には0.03秒掛かる、俺の剣速はそれより速い、一度目は気付かなかったが、二度目は……」
少女は、正面から迫るヤマトに対し、剣を持ってない方の片手を突き出し、権能を発動する。
だがもう遅い、ヤマトの死刑執行は、宣告される前から既に実行されていた。
「うっ……あぁっ!」
ヤマトの横薙ぎの一閃。それは文字通り閃光の如く、光の速さで神の少女の身体を切り裂いた。
だが、間合いが甘かった。少し後方に仰け反った少女は、間一髪の所で致命傷を免れていた。
しかし、傷は傷だ。彼女の胸元からは鮮血が散り、その表情には苦痛の色が浮かぶ。
「はぁ……はぁ……あはっ……あはは!」
「まだ抵抗するか」
「私にとっては実に有意義で、甘美な時間ですが……幸せな時は有限ですので」
少女は肩で息をしながら、前に翳した手をヤマトに向ける。
「――能力封印・才能」
「は……?神の権能にそんな物があったのかよ……」
「私の勝ちですよ、もし降参するのなら、命だけは助けてあげても良いでしょう」
「くそっ……舐めた真似をしやがって!」
手負いの少女は、片手で胸を押さえながら、もう片方の手で剣を振る。
そしてその一振りは、易々とヤマトの剣戟を防いだ。
そう、才能指数10の剣戟を、神の権能を抜きにして防いだのだ。
それはつまり、ヤマトが才能指数10の力を失った事を意味する。
ヤマトの顔色に焦りの色が浮かぶ。一方、一撃を入れられ、劣勢にも見える神の少女は、笑っていた。
「終わりにしましょう、ヤマトくん」
「っ……これは……」
「そう、分かりましたね……貴方はもう……」
ヤマトは何度も剣を打ち込むが、幾らやっても神の身体に傷を付ける事は叶わない。
「この世界のルールです、才能の無い者は、才能を持つ者に勝つ事は出来ない!つまり!今やお前は!」
「黙れ……」
「――無能だ」
少女は嘲りながらそう呟くと、くすり、と笑った。
「嫌だ!くそっ……俺は……お前の思う通りには……ならない!」
ヤマトはそれでも立ち向かう、彼には信じられなかった。
自分が力を失ったという事実が。大きな力を得た者が、それを失った時の反動は大きい。
ヤマトは冷静さを欠いていた。今のヤマトが、神に勝てる可能性は、恐らくゼロに等しいだろう。
「あっ……ジジッ……うっ……ジジッ……」
そんな中、ヤマトの頭の中にノイズが走る。
まるで何かが見えているのか、神の少女とは見当違いの方向に視線を向け、意識を失ったかのように硬直する。
「……どうしました?ショックで頭がおかしくなりましたか?」
「――解放」
カクン、と力なく頭を垂れたかと思えば、気配が変わる。
まるで別人のような目つきで、ヤマトは少女を睨み付けた。
「やっと見つけたんだ、逃がす物か……!」
ヤマトは剣を構え、怒涛の勢いで突貫する。
が、所詮は無能。才能を持たずして神に敵うはずがない。
そう、少女は確信していた。
「……えっ?」
「はぁ……はぁ……」
「は?えっ?うっ、ごほっ……」
少女はヤマトの剣を防いだ。
筈だった。ヤマトの剣はまるで少女の防御をすり抜けるかのようにヤマトの手を離れ、そのまま少女の胸元を大きく貫いた。
少女は、剣を引き抜き、ふらふらと後退すると、吐血して地面に倒れ込む。
何が起きているのか、少女には理解出来なかった。ただ、事実としてヤマトは、神を傷害する事に成功した。それは純然たる事実だった。
「まずい……致命傷だ……誰か……ごほっ……クリスタを……」
「終わりだ、偽物の神」
ヤマトは剣を拾い上げ、再び倒れ伏した神の前に立つ。
そして、両手で剣を握ると、大きく振り上げ、止めとばかりにその身体に振り下ろそうとした。
が、その瞬間、ヤマトが剣を取り落とし、両手で胸と頭を押さえる。
「ぐっ……があああああああ!?あっ……ぐああああああ!?これが……代償かああああああ!?」
唐突にその身を襲った痛みに、ヤマトは地面をのたうち回る。
「それ以上は……ごほっ、させない……能力封印・記憶」
その瞬間、ヤマトは自分が失われていく感覚を覚えた。
今までの記憶、この世界に来てから築かれた記憶が、次々と消えていく。
そして、意識も遠のいていく。この謎の激痛も含め、これ以上意識を保つ事は不可能だ。
「やはり付け焼刃では勝てないか……仕切り直しだ……三度目は無い」
そう呟いて、ヤマトはその場に倒れ込み、意識を失った。




