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アカツキ

「お疲れ様でした、報酬は此方となります」


 俺達はギルドに戻り、依頼書と引き換えに報酬を受け取った。

 総額はなんと銀貨20枚。ざっと宿賃二日分である。


「依頼の内容の割に額が多い気がするが、こんな物なのか」


「今回の依頼相手である"星屑屋"さんは街では有名な薬屋さんですからね。報酬も他よりは少し多いんですよ」


 騙されたような感覚を覚え、思わず訝しげにそう尋ねるが、返答は意外な物だった。

 なるほど、星屑屋か。中々洒落た名前の店である。

 しかし、寂れた廃墟のようなあの建物が店として機能して、確かに客が居るというのだから驚きだ。

 彼の調合の腕が良いのか、或いは他に薬を扱っている店が無いのか。どちらにせよ報酬が多いことに越したことはない。

 こういうのは依頼主が好きに額を決めるのだから俺としては何も文句は無いしな。


「その星屑屋ってどんな薬を売ってるんだ?」


「そうですね……主に冒険者が、治療薬や魔法薬を求めて訪れるみたいです。私は利用しないので詳しくは知らないんですが」


 冒険者……と言うのは今の俺のように依頼をこなして生計を立てる者の総称だろう。

 魔物の退治や未開の地の調査、作業と危険な仕事が多い。薬が入用になることも多いのだろう。

 もしかしたら俺もお世話になるかもしれない。


「ってと、こんな美味しい依頼が残ってたのは幸運か否か。仮に後者ならば、俺達の受けた依頼もああ見えてリスクがあったんだろう……無事なのは運が良かっただけとかな」


「だーかーらー!我が居るからにはご主人に傷が付くことは無いと言っておるではないか!」


「分かってる、だが慎重を期すに越したことはないだろう?はぁ……悪かったな、臆病で」


 俺達が採取をしていた場所も右も左も分からない森の中。例の猪の件を鑑みるに"魔物"が出てきてもおかしくはない場所だった訳だ。

 それを承知の上で、警戒を怠らなかった訳だが……言われてみれば少し慎重過ぎる気もする。なんというか……らしくない。


「まぁ、一回死んでるんだから慎重になるのも当然か」


「それはどういうことだ…?ご主人」


 自問自答し、銀貨の袋を掴むと黙って受付を後にする。

 クロセルの質問は敢えて無視する。前世の未練など余り思い出したくない。


 そして宿に帰ると、亭主に二日分の宿賃を渡し、その日は部屋に戻った。

 明日の依頼に備えてまだ懐に握っていても良かったが、まぁ特に使うこともないだろう。


「それで……お前はどうして今日も此処に居るんだ?」


「ふふっ……ご主人が寂しがると思ってな」


「頼むから一人で寝かしてくれ……気配が邪魔で眠れない」


 今夜もベッドに入って来ようとするクロセルに抑止の意思を示すが、この様子だと止めても無駄だろう。

 全くこの世界じゃ思う通りに事が運ばない物だな、と溜息を吐きながら頭を掻く。

 八つ当たりでもしたい気分だが今は抑えよう。物に当たり散らしても詮無きことだ。

 結局俺の言論は弾圧され、添い寝を強要されることとなった。


 そして再び朝日は登る。

 目覚めは良好。変な圧迫感も感じず、鈍い身体を起こす。

 相変わらず寝相の悪いクロセルを一瞥しつつ、癖のように窓の外を一瞥する。


「まだ朝か……だいぶ眠っていた気がしたが」


 どうやらこの世界の時間軸と俺の体内時計とではズレが有るようだ。

 地球とは似て非なる世界であるのだから当然ではあるが。

 お世辞にも燃費が良いとは言えない身体、そこそこ腹も空いた。

 ただまぁ、これぐらいの時間なら早々に朝食にも有り着けそうだ。


「さて、今日はどうした物か……」


 またギルドの依頼を受けるべきか、宿屋の厚意に甘えて街の散策にでも繰り出すか。

 いや、流石に前者だろう。貸し借りを滞納するのは気分が悪い。


 そうしてクロセルを叩き起こし、朝食を終えた後に宿屋から出た時の事だった。


「失礼します、少しお話を伺っても宜しいですか?」


 ギルドへと向かう道に歩み出した所、ふと背中から見知らぬ女性に声を掛けられる。

 振り返ってみれば、そこにはすらりとした長身に黒髪の女性が立っていた。

 スタイルは良いがその雰囲気は余り俺と変わらない年頃の物に感じる。

 故に物腰丁寧な対応も歳不相応の態度と言うべきか、少し背伸びしているようなイメージだ。


「あぁ、別に構わないが……何かあったのか?」


 そう返答すると、更に後ろからクロセルに袖を引かれる。

 何か言いたいことでもあるのか?と軽く振り返った所、そのまま腕を引かれ強引に姿勢を低くされ、小さな声で何かを耳打ちする。


「……ご主人、気を付けろ。こいつは我の同類だ、隠し事は出来ないぞ」


「『分析』の才能持ちってことか……才能指数次第じゃ心を読まれるって訳だな」


 そう短く会話を済ませると、クロセルは俺の背中に隠れ、俺の服を掴んだまま黙り込む。その様子は見た目相応に可愛らしい。

 微笑すると、再び女性の方へと向き直り、謝罪とばかりに一礼しながら言葉を続けた。


「すまない、こいつ人見知りみたいで」


「あぁ、大丈夫ですよ。えっと、貴方はヤマトさん……ですよね?」


「違いないな、だが何故それを知っている?」


 名前を言い当てられただけで悪寒が走る。分析の才能と言うのは相手のプロフィールすら見透かすことが出来るというのか。

 隠し事が出来ないのも納得だ。ただクロセルの素振りを見る限り、当然"観察"しなければ"分析"は出来ないのだろう。


「前以て調べておきました。失礼しましたね、私はフォンベルク王国に仕えるアカツキという者です。一昨日、この街で翼竜が召喚されたと報告がありまして、その調査に来ています。単刀直入に聞きますが、貴方はこの件に身の覚えはありますか?」


 落ち着け、こう言う時は頭を空っぽにして事実だけを答えるんだ。心ここにあらずの状態であれば読む物も読めない筈。


「あぁ、身に覚えはある。あれは丁度一昨日の夕方の事だった。泊まる場所を求めて宿屋を訪れた時、突如辺りが真っ暗になったかと思えば、窓の外に巨大な翼竜の姿があったんだ。俺も驚いたよ」


「確かに目撃したのですね、その際にはそこの少女も?」


「一緒に居た、こいつはそこまで驚いていなかったな、はしゃいでは居たが」


 当たり障りの無いように会話を続ける。だがやはり、思考を空にして物を話すというのは難しい。

 と言っても、やはり少し不自然になってしまったかもしれない。これは緊張しているからということにしておこう。


「すまないな、王国の方と聞いて少し恐縮してしまった」


「いえ、大丈夫ですよ。お話有難うございました、また来ます」


 少し考えるように指を口元に当てていたかと思えば、1つ納得したように頷き、一礼して俺達の前を去ってゆく。

 あれは王国の諜報員と言った所か、事は思っていたよりだいぶ深刻らしい。厄介事に巻き込まれるのは時間の問題だろう。

 それにしてもアカツキか……何処と無く懐かしい響きだ。恐らく偶然なのだろうが。


「で、もう出て来ていいぞ、クロ」


「ご主人……さっきのあれは明らかに不自然だったぞ……あんな態度じゃクロだと言ってるような物だ、我でも分かる」


「お前が分かるのは別におかしい話じゃないだろ……」


「おっと、そうだったな!我は分せ……もぐむがもぐ……」


 往来のある道で大声で自身の才能を叫ぼうとする奴の、口元を押さえ付ける。

 幸運にもこれは傷害行為に含まれなかったようだ。

 このまま続けて窒息死させることは出来るんじゃないか……?などと悪い想像が浮かぶが、首を振ってそれを掻き消す。


「ぷはぁ!ご主人!何をするのだ!」


「時と場所を弁えろ、ポンコツ魔杖が」


 クロセルを解放すると、呆れたように吐き捨てる。

 これを毎度やらねばならないと思うと頭が痛い。

 その後は特に何事も無くギルドに到着。今日は郊外の畑を荒らす兎の魔物の退治依頼を受けた。


「ほう、戦えないご主人が討伐依頼を受けるとは面白い話だな」


「俺は見てるからな、任せたぞ」


 ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべて挑発してくるクロセルを無視しつつ、淡々と目的の畑に向かう。


「オーバーキル、周辺に被害が出るような真似はしないこと、いいな?」


「派手な方が楽しいのだがな、命令であるなら仕方ない」


「頼むぞ……これ以上目立つような真似はしないでくれ……」


 こいつに頼ると碌な結果にならないのは学習している。

 だがこいつに頼らねば出来ない事も多い訳で……中々コントロールが難しい。

 例えるならばこいつは核エネルギーだ。その力は絶大だが管理が困難。

 そもそもこれほどの力となると、俺では持て余しているとしか思えない。


「もっとましな主人の元に行くべきだったな」


「寂しいことを言うんだな……ご主人……」


「だーかーらー心を?」


「読んでないぞ!?今回は確かに口に出してた!?」


「えっ……そうか?それは悪かった」


 思わず声に出ていたらしい。まぁなんだかんだこいつとも仲良くやって来れている。

 今はこいつを頼り信じる他ないのだ、この先もなるようになるだろう。


「よし、じゃあ仕事に取り掛かるか……目標はあの畑でたむろってる兎の魔物共!丁寧にやっちまえ!」


「任せられた!ご主人!」


 遠目に見える畑を指差して号令をかける。

 因みに兎の魔物とやらは……見た目は只の白い兎だ。魔物には見えない。

 魔物退治と言えど殺すのは少し可哀想に思えるが……致し方ない。


魔術回路改竄(カスタマイズ)……略式詠唱展開(ファストキャスト)

 ――属性魔術……水弾(ウォーターボール)(マシンガン)!」


 間も無く、クロセルのかざした掌から無数の弾丸が放たれる。

 俺では到底目視できないが、その高速の弾丸の雨は兎達を襲い、その身に風穴と弾痕を残していく。

 威力は見た所、銃撃に匹敵するが、弾丸自体は水で出来ている為か当たったと同時に砕け水飛沫として周囲を舞う。

 確かにクリーンな魔法だ。火を放たれたり雷を降らせたりするよりずっと環境に優しい。


「だが恐ろしいな……それだけの詠唱でこれだけの威力の魔法を乱射出来るとは……」


「ふっふっふっ……凄いだろう、もっと褒めても良いのだぞ!」


 兎の死体を集めながら、しみじみとそう呟く。

 今回に関しては予想以上に完璧な仕事、パーフェクトだ。少しぐらい褒めてやってもいいだろう。

 クロセルの腕を引いて此方へと抱き止めると、そのまま頭を撫でる。


「よしよし、良くやったな、力を抑えられて偉いぞ~」


「な……何故だ……褒められてる気がしないのだが……」


 そんな事無い。純粋に感謝しているのだが、些か子供向けの態度が過ぎたか。

 少し視線を落としてみれば、顔を赤くしてそっぽを向くクロセルの姿が。なるほど、照れてるだけか。


「取り敢えず魔物の死骸を処理したら報告して今日の依頼は終わりだな、いやー働いた働いた」


「ご主人は何もしていないのでは……」


「お前を見守ってるだけで疲れるんだよ、保護者の苦労も知ってくれ」


「なっ……我は保護者など必要ない!子供ではないのだぞ!」


「はいはい、そうやって大声で騒ぎ立てないの」


 クロセルを宥めながら帰り道を歩く。こういうやり取りも慣れれば少し楽しい。

 ギルドで報酬を受け取り、今日も宿へと戻る。

 そう言えばこの世界には温水に浸かる文化の類は無いのだろうか、水浴びなら出来そうだが、やはり風呂が恋しい。

 恐らくは庶民的な文化で無いだけで富裕層にもなればその手の娯楽も存在するのだろう。

 俺がこの世界で金持ちになる。一人じゃ無理だが、クロセルが居ればなれないことは無いかもしれない。

 生活が安定してきたら考えてみるか。一攫千金の方法。


「そういや、金に目が眩んだ結果が俺の末路だったな」


 そんな事を考えていると、フラッシュバック、脳裏に焼き付く嫌な記憶が蘇る。思わず自嘲気味に苦く笑った。

 今度は同じ失敗は犯してはいけない。折角の第二の人生だ、やるならば真っ当な方法で稼ぐとしよう。

 そう、例えば……


「正義のヒーロー、英雄、なんてね……らしくねぇな」


 そう、らしくない。俺にそんなのは似合わないんだ。

 ただ苦い笑みが込み上げる。大昔に思い描いた理想、叶えられなかった夢。

 もし"俺が俺を赦せた"ら。また考えてみるとしよう。


「何を一人でニヤニヤとしている……気持ち悪い」


「なんだよ、俺が笑っちゃ悪いか?」


「別にそう言う訳ではないが……その笑顔は好きじゃない」


「我儘だな、笑わせろよ、"滑稽な物"を見て笑っちゃ悪いか?道化を見て手を叩いちゃ悪いか?

 まぁ、そういうこったよ……これ以上俺の心を読むな」


「別に……我はご主人が無理に悪の道を歩む必要は無いと……」


「黙れ、命令だ」


「……」


 吐き捨てるように言う。少し口調が強過ぎただろうか。

 いや、これぐらいが丁度いいんだ。そう、俺にはな。

 神は俺を更生させたかったんだろうが、それには少し時間が掛かりそうだ。


「悪かった、取り敢えず帰るぞ」


 俺はどうありたいんだろう。正義か、悪か、半端者か。

 今考えても仕方ない。俺は考えるのをやめる。

 付け加えるように謝罪しつつ、頭の中を回る嫌な考えを振り払い、帰路を急いだ。

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