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再契約

「なるほどな……俺はもう……」


 俺は独り呟いた。

 身に覚えのない過去の記憶が、自分の物だという実感が湧いてくる。

 このシチューの如く乱雑に具材を詰め込まれ、ぐちゃぐちゃになった記憶を整理するのは後だ。

 今は現実を、"今の俺"のやるべき事をする。


「待ってくれシェル公爵、最後に少しご主人と話がしたい」


「あぁ構わんよ、これが魔杖クロセルとヤマトの別れになるのだからね」


 クロセルの提案に対して、シェル公爵は余裕げに快諾する。

 ……こういう状況になってしまうと、少し言い出しにくい。


「ご主人、こういう時、何と言って良いのか……」


「クロセル……その……なんだ……」


「良いのだ!ご主人は強い、私なんかよりずっとな、それに今のご主人には仲間が居る、アカツキやゼノ、そう……私と出会った時とは違うのだ、だから大丈夫、大丈夫だよ、一人でも大丈夫」


 クロセルは俯いたまま、強い口調で続ける。

 その声色には明らかに強い感情が籠もっていた。

 普段は冷静沈着な彼女の慟哭に、俺は気圧されて言葉に詰まる。

 俺は、ぽつぽつとクロセルの足元に雨粒の跡が生まれていくのをただ黙って見つめていた。

 一人でも大丈夫。それは俺に対しての言葉じゃない。クロセルが自分自身に言い聞かせているのだと、勘の悪い俺でも分かった。


「でも……私はご主人の力になりたかった、ご主人の従者でありたかった、もっと一緒に……居たかった!」


「お、おぅ……そうだったのか……」


「最初は嫌な主人だなとも思ったよ、やけに偉そうだし、直ぐに手を出すし、弱いし。でも皇帝に捕まって、助けに来てくれた時、私はご主人に一生仕えると決めたんだ」


「口調崩壊してないか?」


「うるさい!人が真剣に話しているというのに……ご主人は……何とも思わないのか?」


「いや、俺も別にお前の事は嫌いじゃないが……」


「そっか……昨日からさっきまでのご主人の態度、嫌われたのかと思って……怖かった。でも違うんだね、あれはシェル公爵に操られてたからで……本当は嫌いじゃないんだ、良かった……」


 クロセルはゆっくりと顔を上げると、涙に濡れた顔で、俺に向けて笑ってみせた。

 そして、小さく深呼吸をすると、シェル公爵に向き直る。


「さぁ、別れも済ませた所で契約だ、魔杖クロセル

 ――契約要求(コネクトリクエスト)


「――我は契約に従い……」


「待て、クロセル」


 シェル公爵に促されるまま、契約の文言を紡ごうとするクロセルを、俺は強い口調で制止する。


「ご主人……気持ちは分かるが……我はもう……」


「おい、それ貸せ」


 悔しそうな声色でもごもごと呟くクロセルを無視して、その手に持っている紙を奪い取る。

 そして、その紙に目を通す。我ながら"良く出来ている"と、心の中で笑みを浮かべた。


「クロセル……そこまで字、上手くないんだな」


「うるさいぞ!そんな事を言う為に止めたのか!?」


「冗談だ、取り敢えず説明が面倒だから二人には手っ取り早く状況を理解して貰おう」


 頬を膨らませて抗議するクロセルに、俺は軽く手を上げて笑ってみせる。

 そして、手に持った紙、契約のスクロールを両手で顔の前に掲げると……

 ――そのまま真っ二つに破いた。


「「はああああああ!?」」


 クロセルとシェル公爵の悲鳴にも近い絶叫が響いた。

 因みに、こんな修羅場でありながら敬虔な村人達はシェル公爵に祈りを続けている。正直、頭がおかしいと思うがおかしくされているのだから仕方がない。


「ご主人、何をしているのだ!?契約のスクロールがどういう物なのか知らないが、そんな事をしたら!最悪二人共死ぬ可能性もあるのだぞ!?」


「あぁ、そんな事は無いから安心しろ」


 目を丸くしながらあたふたとするクロセルの頭をぽんぽんと軽く叩くと、俺は悪辣な笑みを浮かべてシェル公爵へと視線を移す。

 シェル公爵は俺を睨みつけていた。なるほど、やはり頭の回転は速いらしい、クロセルより先に状況を理解したか。


「何故だ?私の記憶操作は完璧だったはず、お前にそれに対抗出来る才能など……」


「……?どういう事だ?ご主人?」


「下僕の言う事を素直に信じたら痛い目を見るって話だよ、契約のスクロールなんてあるわけねぇだろ、お前が知らないようなマジックアイテムを俺が持っていると本気で思ったのか?」


「演技だった……と……?」


「いや、半分は本気だ、記憶操作には対抗したが、完全ではなかった、俺はシェル公爵の命令に逆らえなかったし、俺の過去の記憶は取り戻されていなかった。だから俺はシェル公爵に従い、従順でありながら、なんとか寝首を掻く必要があった」


 徐々に状況を理解しつつあるクロセルに、俺は現状を簡単に解説した。

 それを聞きながら、ギリギリと締め付けるような視線を浴びせながらシェル公爵は言葉を続ける。

 正直、あの金髪幼女の姿で凄まれてもそこまで怖くないのだが、言ったら怒られるだろうか。


「私の記憶操作に!どうやって対抗したというのだ!」


「お前に説明する義理はない、敵に手の内を明かすわけ無いだろ」


 俺は冷たく吐き捨てると、近くにある時計を一瞥する。

 回復魔術の解除からの経過時間を考えると、そろそろだろう。


「クロセル、俺はお前のなんだ?」


「ご主人……だった、大切な人……」


 口を尖らせながら目を逸らす、可愛らしい。

 契約については俺も昨日、シェル公爵から流れ込んできた記憶で知ったばかりだが、内容は把握している。

 シェル公爵に小さく睨み返し、クロセルに向き直ると、俺は声を張り上げた。


「――再契約だ、クロセル!お前は俺の物だ、誰にも渡さねぇ!」


「っ!我は契約に従い、貴方の剣となりその生命を守ろう」


 当然だが俺の方は何も感じない。が、クロセルの気配が強くなったのを感じる。

 契約は成立したと考えて良いだろう。


「クロセル、任せて良いな?」


「無論」


「命令は要らないな」


「あぁ、ご主人の指揮は最弱無才だからな!」


「あぁ、じゃあ後は頼んだ、俺の最強の魔杖……」


 "致命的なエラーが発生した為……

 破損箇所のある才能を破壊します『回復魔術0』"


 頭と胸に激痛が走る。意識が遠のき、感覚が無くなる。

 この状態でもしシェル公に触れられた場合、また記憶操作を受ける可能性がある。

 そして今の俺には"精神汚染耐性"のディザビリティがある、つまり二度と記憶操作、洗脳、催眠術の類に抵抗する事は出来ない。

 だが自然と不安はなかった。クロセルは絶対に俺を守ってくれる、そんな確信があった。


「くっ、お前達は誰を敵に回したか分かっているのか!?」


「貴様の才能は既に分析済みだ、戦闘系の才能はない、大人しく諦めろ」


「人間如きに……この私が嵌められただと……?許せない、ぐぬぬぬ……」


 足に力が入らなくなり、視線が傾き降下していく。

 意識が闇に落ちる刹那、俺は頭に仄かな温もりを感じた。








 それからどれくらい経ったのだろう。

 俺は目を覚ました。記憶は……多分無事だ。

 クロセルはシェル公爵に勝ったのだろう、最後に聞こえた会話から察するに、戦闘にすらならなかったのではないだろうか。

 だが、本当にクロセルに任せて良かったのか?まずい気がする。シェル公を殺したりしてないだろうか。


「おはよう、ご主人」


「クロ……セル……?」


 目を開き、徐々に視界がクリアになっていく。

 そして俺の目の前には、クロセルの顔があった。

 ……どういう状況だ?


「……なんで俺はお前に膝枕されてるんだ?」


「嫌だったか?」


「いや、疑問に思っただけだ」


「くくく、嬉しい癖に」


「馬鹿、んなわけねぇだろ、んで?今の状況は?」


「我がご主人を膝枕している」


「違う、シェル公はどうなったんだ」


「あぁ、それなら……」


 クロセルは俺の右方向に指を指す。

 俺は少しだけ顔を上げると、クロセルの指し示した方向に視線を向けた。

 そこには……


「ぐぬぬぬ……屈辱だ……高貴な私をこんな狭い場所に閉じ込めるなど……」


「ガラスケース?」


「ガラス……?氷の檻だな、接触されると危険だから閉じ込めておいた」


 シェル公は2m程度の透明な立方体の中で、体育座りをしながらクロセルを睨み付けていた。

 ついでに辺りを見渡してみると、どうやらここはシェル公の屋敷ではなく泊まっていた宿の一室のようだ。


「いや、まずくないか……?フェアリーケレッジを治める公爵だぞ?」


「防音は完璧だ、問題ない」


「そういう問題じゃねぇ!この後どうするんだよ、和解できる雰囲気じゃないぞ?」


「ふふふ……我に良い案があるのだ」


「……嫌な予感しかしないんだが」


 クロセルが不敵に笑う。悪いことを考えている顔だ。悪戯っ子モードなクロセルだ。


「一応、話は聞こう」


 俺は溜息を吐いて、再びクロセルの膝に頭を預ける。

 ……冷静に考えると何だか気恥ずかしい、その……太ももの感触が生々しいというか……ダメだ、意識するな、深呼吸深呼吸。


「はぁ……すぅ……」


「……女の子の膝の上で息を吸い込むとか、ご主人は変態なのか?」


「違う!良いからさっさとお前の案とやらを聞かせろ」


「うむ、やる事は簡単だ、才能の解放を使ってシェル公爵を記憶操作する」


「……お前、ついさっき安易に才能の開放を使っちゃダメとか言ってなかったか?」


「何のことだ?」


 クロセルは苦笑いを浮かべて目を逸らす。続けて俺は追撃する。


「お前、俺がシェル公に記憶操作された時にどう思った?人にされて嫌な事はしちゃいけないって習わなかったのか?」


「ご主人が道徳を語るのか?」


「質問に質問で返すな」


「うぐっ……でもでも、これは人の為になる事なのだぞ、フェアリーケレッジの人達をシェル公の洗脳支配から救う事が出来る」


「あぁ、まぁ確かに、あいつのやり方は間違ってるな、結果としてこの町が繁栄してると言えど」


「そうだろう?だからシェル公爵を改心させる為に記憶操作をするのだ」


「意趣返しって訳か、まぁ……それが最善か」


 確かに俺もシェル公に思う所はある、同じ手口でやり返してやりたかった所だ。

 それがついでにこの町の人を支配から救う事に繋がるというのなら、一石二鳥と言った所だろう。

 俺は片手でクロセルの頭をどけて、起き上がる。そして、俺はふと気付いた。


「……服が着替えてある」


「血まみれだったからな、着替えはご主人の部屋から持ってきたぞ」


「お前が着替えさせたのか?」


「うむ、ゼノとアカツキはまだ帰ってきていないからな」


「……」


 俺はクロセルの頭に拳骨を飛ばす。そしてばしんと弾かれる。

 こいつに裸を見られたのは……まぁ俺の方は然程気にする事でもないが、クロセルの何も気にしていないような素振りに腹が立つ。

 なんでだ?まぁ良いか。


「何故殴られたのだ!?」


「よし、やるか

 ――解除(アンロック)


 困惑した様子で抗議するクロセルを無視して、俺は才能の解放を使う。

 脳にインストールされるのは、記憶操作の才能。才能指数10であれば、シェル公のように触れる必要もない。近付いて手を翳すだけで良い。

 俺は何度か掌をにぎにぎと開閉すると、そのまま氷の檻へと近付いていく。


「さて、覚悟は良いか?シェル公」


「な……何をする気だ?私を殺すのか?そんな事をしたら、私の下僕達が黙っていないぞ」


「安心しろ、もっと気持ち良い事だ」


 俺は口角を上げてニヤリと笑う。

 すると、今の今まで気丈に俺達の事を睨み付けていた彼女の顔が、恐怖で歪む。

 あぁ、悪くない感覚だ。やっぱり俺は悪玉なんだろう、こういう事の方が性に合う。


「まさか……やめろ!近付くな!」


「どうしてだ?嫌なのか?」


「い……嫌に決まっているだろう!大体、そもそも妖精は繁殖能力が無いのだから……そんな事をしても無駄だぞ……」


 顔を真っ赤にしながら抗議する金髪幼女に、俺はゆっくりと迫っていく。


「私の姿を見て分からないのか?妖精は成長しないんだ、お前の物など受け入れられる筈が無いだろう!」


「安心しろ、強引に植え込んでやるよ」


「こいつは変態なのか!?」


「こいつに戦闘能力は無いんだよな、クロセル、檻を解け」


「うむ、存分にご主人の色で染め上げてやるが良い」


 パリン、と小気味良い音を立てて氷の檻が消え失せる。

 自由になったシェル公だが、腰が抜けたのか立ち上がらずに腰を下ろしたまま俺から逃げようとする。


「やめろ!来るな!あっ……あああああああああああああああ!」


 当然、逃げられるはずもない。俺は、シェル公に迫ると、そのまま押し倒し、床に手を付いて顔を近付ける。


「うっ……くっ……」


「――記憶操作」


「なっ……」


 俺とクロセルの迫真の演技でシェル公は何か変な方向へと勘違いしたまま、彼女の意識は俺で上書きされる。

 さて、どう改変した物か。出来れば、彼女自身の記憶を破壊する事はしたくない。飽くまでも別の記憶を植え込む。

 要するにシェル公が俺にやったのと大体同じだ、逆らわないように、俺の言う事を聞くように、あとは最低限の道徳ってとこか。


「……傍から見たら自警団に通報されるような絵面だな」


「うるせぇ、集中出来ねぇだろ」


 クロセルの野次に生返事を返しながら、俺は丁寧にシェル公の記憶を操作した。

 これは経験則だが、改変量が多いと脳に負担がかかる、既に存在している記憶を取り戻す時よりも、新たに別の記憶を入力する時の方が負荷は大きい。だから恐らく……


「あっ……うっ……」


「意識を失ったか……ちゃんと改変出来てなかったらどうする?」


「才能指数10に失敗の二文字は無いのだぞ、ご主人」


「そう言えばそうだったな……」


 恐らく成功だ。いや、間違いなく成功だ。

 少なくとも俺の望んだ通りの記憶操作を施す事が出来ただろう。

 さて、才能の解放を使った以上、俺も数分後には意識を失う事になる。


「あぁ、クロセル。アカツキとゼノに伝言を頼めるか」


「うむ、承ろう」


「心配掛けて悪かった、ってな」


「……」


 俺はシェル公を抱き上げると、クロセルの座っていたソファに寝かせる。

 流石は妖精というべきか、めちゃくちゃ軽かった。ちゃんと食べてるのだろうか。

 そんな事を思いながら、俺もソファに腰掛けると、なんだか強い視線を感じる。


「なんだよ?クロセル」


「その台詞は!我にこそ!言うべきだろうが!」


「ぐはっ……」


 クロセルの華麗なグーパンが顔面に叩き付けられる。


「グーは……ダメだろ……」


 俺は断末魔にそう呟くと、そのまま地面にキスをして、再び意識を失った。

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