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契約破棄

「ご主人! ごめんなさい……今治すから……」


 致命傷は避けたはずだが、ヤマトの身体には無数の弾痕が刻まれ、緑衣を赤く染め上げ、血溜まりが出来ていく。

 このままでは出血多量で死に至る。私は慌てて回復魔術を施そうと、ヤマトに近付いた。


「近付くな! シェル様に危害を加えようとしたお前を俺は信用しない」


 大声を張り上げながら、ヤマトは地に膝をついたまま、片腕を突き出し私の接近を抑止する。


「でも、傷が……」


「ヤマトとやら、残念ながら私は回復魔術が使えないんだ、だからあれを使うと良い、一度見てみたかったんだよ」


「――解除(アンロック)……回復魔術 自己再生(セルフヒール)


 私はヤマトの抑止を無視して近付こうとする。

 が、その前に暗幕の奥からシェル公爵の声が響き、ヤマトは片手を自分の胸に当て、禁断の文言を紡ぐ。

 すると、たちまちヤマトの全身の傷が再生する。当然だ、才能指数10の回復魔術であればどんな傷だろうと一瞬で塞ぐ事ができる。

 だが、あの力は一度きりの物。それをこんなタイミングで使うなど……ありえない。


「ほう、これが才能指数10の力、圧倒的な能力、神の力というのは本当のようだ」


「ダメ! そんな安易に才能の開放を使っちゃダメだよ! 才能指数10の回復魔術があればあと一回だけなら瀕死の人間を救えたのに……」


「うるさい、俺の中ではシェル様が一番だ、お前の命令を聞く理由はない、そもそもお前の主人は俺だろう? 俺の命令が何故聞けない?」


 私はぎりぎりと歯軋りをする。ヤマトが盾になっている以上、シェル公爵に攻撃は出来ない。

 だがヤマトは才能の開放を使った、つまり少し先に戦闘不能になる。それまで時間を稼げば問題はない。

 膠着状態を維持する為に、対話を試みようと口を開こうとしたその時、シェル公爵は思い出したかのようにヤマトに告げる。


「あぁ、それの事だが……ヤマト、お前に魔杖クロセルはもう不要だろう? 契約を破棄したらどうだ?」


「ありがたいお言葉、そうさせて頂きます」


「なっ……ご主人!? 本気で言ってるの!? ダメ!」


「俺は嘘が苦手なんだ、悪いな

 ――契約破棄(コネクト・キャンセル)


 私は慌てて止めるように叫ぶが、そんな抵抗も虚しく、ヤマトの口から死刑宣告が告げられる。

 ぷつん……と何かが切れる感覚。私の身体と繋がっていた何かと切り離される感覚。

 ヤマトに対して契約は口約束だと言っていたが、それは嘘だ。契約とは魔剣に対して神の定めたルールの一つ。

 魔剣にはリソースの供給が必要である。リソースが無ければ魔剣は力を発揮できず、ただの無機物と化す。

 魔杖も広義には魔剣であり、そのルールに当て嵌まる、はずなのだが。

 何故か私とヤマトの契約関係の下では、ヤマトの魔力、生命力、寿命、そのどれもを徴収する事無く、私は無尽蔵の魔力を扱うことが出来た。

 それは私が特別な存在だから。そう思っていたのだが……


「肉体を持って顕界しているだけで魔力が減っていく……私が特別だったんじゃない……契約者のヤマトが特別だったんだ……」


 私の無尽の魔力はヤマトから供給されていた。ヤマトには何か特別な力があるのだ。

 無限のエネルギー、世界の理に反する力、つまり才能指数10の力。

 ヤマトに封印されている才能の影響か、或いはまた別の何か。何にしろヤマトが普通じゃない事は確かだ。


「まずい……この状態で戦闘したら魔力が尽きる……」


 戦闘を避け、魔力を温存したとしても、この様子だと半日も顕界出来ないだろう。

 今すぐにでも誰かと再契約する必要がある。


「くっくっく……さっきまでの威勢はどうしたのだね? 魔杖クロセル」


「私はお前を絶対に許さない」


「まぁ待つんだ、私は別にお前を傷付けたい訳じゃないんだ、また、このヤマトという男が欲しい訳でもない」


「何を言っている! ヤマトの記憶を操作して、契約まで破棄させた癖に、私を傷付けるつもりがないだって? 冗談にも程がある!」


「冷静に話し合おうじゃないか、さて……単刀直入に言うとしよう、私が本当に欲しいのは魔杖クロセル、お前だ」


「……どういう事?」


「私と再契約しろ、魔杖クロセル、そうすればこの男、ヤマトの洗脳を解いてやろう」


 なるほど、そういう事か。

 ヤマトは飽くまでも交渉材料、要するに人質だ。

 返して欲しければ私自身を捧げろ、そういう話なのだ。

 もし契約してしまえば、私はシェル公爵に依存する事になる。つまり命令に逆らえない。今のヤマトとほぼ同様の状態になる。

 妖精にとって寿命とは無限のリソースだ。それがある限り、契約者がリソース切れで死亡して契約が破棄される事はない。

 契約を破棄するには、ヤマトがシェル公爵を説得するか、シェル公爵を殺す必要がある。


「それは……中々の難題だな」


「悪くない話だと思うがね、このヤマトという男は、君にとって大切な存在なのだろう?」


「あぁ、ご主人は今の私にとって一番大切な存在だ、それを取り戻す為なら……」


 その時、私はふと疑問に思う。ヤマトは私の事をどう思っているのだろう。

 もし私がシェル公爵の物になった時、彼は私を取り戻そうと奔走してくれるのだろうか。

 それを望むのは、我儘な事なのだろうか。

 従者である私は、彼自身の幸福を優先するべきだ。

 私の事など忘れて、アカツキやゼノと三人でこれからも幸せに暮らす。そんな未来が、正しい在り方なのかもしれない。


「うっ……っ……」


 気が付けば、私の頬には涙が流れていた。

 頭では分かっている。私のやるべき事は唯一つ。迷うことなど何もない。

 それでも、私の心はただ叫び続ける。

 ヤマトと別れたくない、彼の従者でありたい。

 もう二度と、大切な主人を失いたくない。


「分かった……我は、魔杖クロセルは、シェル公爵、お前と契約する」


「おぉー、中々に早い決断だ、それは英断だぞ、何と言っても妖精は気まぐれだからね、いつ私の気が変わらないとも限らない」


「こちらから出す条件は二つ、当初の予定通りヤマトの記憶を復元する、そしてお前の改変した記憶を元に戻す」


「あぁもちろんだとも、このヤマトの一発限りの力など長い人生では使えないからね、大して興味はない、本当に欲しいのは最強の魔杖クロセル、君なんだよ」


 私は暗幕に近付いていく。ヤマトはこちらを一瞥すると、一歩横に退いてシェル公爵への道を開ける。


「先にご主人の記憶操作を行え、契約はその後だ」


「いや逆だ、先に契約して貰おうか、記憶操作はその後だ」


 当然のように順番が論点になる。

 私の視点からすればシェル公爵が私を騙す可能性がある。前科があるから尚更だ。

 まぁもちろん、逆も然り。シェル公爵からしても、私は信用できないのだろう。

 そんな訳で、暗幕越しに睨み合う私とシェル公爵の間に、ヤマトが一枚の紙を差し出す。


「シェル様、こちらを使われては如何ですか?」


「なんだね? こちらに持ってきてくれ」


 ヤマトは暗幕の奥に進み、シェル公爵に紙を渡す。私はその様子を暗幕越しに見ていた。


「こちらは契約のスクロールです、魔術によって生み出した物でして、交渉内容を記し、両者のサインをする事で成立、書かれた条文を守らなかった場合、死の呪いが掛かります、条文は書いておきました」


「ほう、そんな物が、死の呪いは魔杖にも掛かるのか?」


「はい、魔剣であろうと例外なく破壊されます」


「良いだろう、なになに……『オルガン・ヴィーナス・シェルはヤマトの消された記憶を取り戻させ、記憶改変を元に戻す、対価として魔杖クロセルはオルガン・ヴィーナス・シェルと契約する』なるほど、特に問題は無さそうだ」


「こちらがペンになります」


「助かる、くくく……実に従順な眷属だ、手放すのが惜しいな」


 シェル公爵は差し出された紙にサインをしている。

 ヤマトはあの魔道具を、いつの間に手に入れていたのだろうか。

 そんな疑問が浮かぶが、考える間もなく、契約のスクロールは私の手元に渡ってくる。


「……確かに条文に問題はない、サインするとしよう」


 書かれていた条文はシェル公爵の読み上げた通りだった。

 下には二人分の署名欄があり、上にはシェル公爵の名前が書かれている。

 このスクロールもシェル公爵が用意した罠、という可能性もあるが、考えていてはきりがない。

 私は覚悟を決めて、サインをした。


「よし、では魔杖クロセル、私と契約するのだ」


「シェル様、条文では先に俺の記憶操作をすると書いてあります、順番通りで無ければ呪いが発動します」


「そうなのか? なら何故順番を逆に書かなかったのだ」


「申し訳ありません、考えが至りませんでした」


「まぁいい、この契約のスクロールにサインした以上、約束を破る事は出来ないのだからな」


「私も暗幕の中に入れて、ヤマトの記憶が正しく戻ったか確認する」


「構わんよ、私は魔杖クロセルが手に入るならばそれでいいんだ」


 私は暗幕を潜り、シェル公爵と直接対峙する。

 シェル公爵は、頭のベールを取ると、私に向かって笑いかける。

 その表情には、愉悦の色が浮かんでいた。自分の思い通りになって気分が良いのだろう。

 この金髪碧眼の幼い少女が、悪辣なるシェル公爵だというのは、やはり中々受け入れられない物がある。

 だが事実だ。この少女、シェル公爵は私達を騙し、私とヤマトの契約関係を破棄させ、引き離した。悪逆無道の人間だ。

 いや、人間ではなかったな。彼女は妖精だ。


「では今度こそ記憶操作だ、ヤマトとやら、頭を垂れよ」


「分かりました、シェル様」


 ヤマトがシェル公爵の前に跪き、頭を垂れる。

 そんなヤマトの頭に、シェル公爵は片手を乗せると、一言呟いた。


「――記憶操作」


 外見上は何の変化もない。光や音がある訳でもない。

 だが、確かに記憶の復元は行われているようで、ヤマトは苦しそうに顔を顰める。

 そして、数十秒、数分程度経っただろうか。その時間が、私には永遠のように感じられた。

 前回は意識を失ったが、今度はどうやら意識を保てたらしい。ヤマトは頭を抱えた状態で、ゆっくりと立ち上がる。


「なるほど、これが本当の俺の記憶か……」


「ご主人……我が分かるか?」


「……まぁな」


「くっくっくっ……感動の再会といきたい所だが、残念ながらお別れの時間だ、約束通り私と契約してもらおう、魔杖クロセル」


 シェル公爵がいやらしい笑みを浮かべる。

 もう私に選択肢はない。私はシェル公爵と契約して、シェル公爵の物となる。

 今更悔やんでももう遅い。分かっている。これが最善だった、これ以外にヤマトをシェル公爵の支配から解き放つ方法は無かった。

 だから、良いんだ。私は私の忠義を尽くした。それだけで満足だ。


「――契約要求(コネクト・リクエスト)


 シェル公爵と私の間に見えない関係が築かれる、後は私が承認すれば、契約は完了する。

 最後にヤマトの姿を一瞥し、その目に焼き付けてから、私はゆっくりと口を開いた。

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