記憶操作
投稿再開になります、また宜しくお願いします
「大丈夫か?ご主人」
シェル公爵が手を離すと同時に、糸が切れるように地面に倒れ込んだヤマトに、私は駆け寄って声を掛ける。
当然だが外傷はない。精神に強いショックを受けて一瞬意識を失っていたようだ。
「さて、こんな物かな、気分はどうかね?ヤマトとやら」
「あぁ……全部……思い出した……実に良い気分だ……」
ヤマトは片手で頭を抑えながらゆっくりと立ち上がる。
「成功したんですか?」
「もちろん、成功したさ。君達の予想通り、記憶操作を受けていたようだね、随分と乱雑に記憶が消去されていた、例えるならば鈍器で殴って記憶を飛ばすような荒療治だ、君の記憶を消した人物には、よほど時間が無かったんだろう」
「ありがとう、シェル様」
「くくく……礼には及ばないさ、私も面白い物が見れたからね」
「まさか……シェル公爵もヤマトの記憶を見たのか?」
口元を抑えながら小さく笑うシェル公爵に対して、私は問い掛ける。
記憶操作の才能がどんな物なのかは知らないが、ヤマトの記憶を覗き見られたとすれば、余計な事を知られた可能性がある。
ヤマトが転生者である事、王国の指名手配犯である事、聖教会に敵対する存在である事。
シェル公爵が味方とは限らない。もし今挙げたような情報を知られたとすれば、最悪口止めが必要になるが……
「確かに私の記憶操作で他人の記憶を見る事も出来るが、今はやっていない、取り戻した部分の記憶が少し流れ込んできただけだ」
「……嘘はついていないようだな」
「仮に君達に都合の悪い事実を知ってしまったとしても、どうこうするつもりはないさ、私はフェアリーケレッジの外の世界に然程興味は無いんだ」
「取り敢えず……目標達成、で良いんですかね?」
「おう、俺は記憶を取り戻した、この世界に来てから、今に至るまで……全てのな」
少しだけヤマトの雰囲気が変わったようにも見える。
なんだろう、胸騒ぎがする。本当にヤマトは記憶を取り戻して大丈夫だったのだろうか。
「用が済んだならさっさと出ていけ、シェル様は忙しいのだ」
「あぁ、分かった」
屋敷の男に催促され、ヤマトは暗幕を潜って聖堂から出ていく。
続いて瀬野が出ていき、私とアカツキが残される。
「無礼にも突然押しかけたのにも関わらず要望に応えて頂き、本当にありがとうございました」
「くくく……構わないと言っているだろう?この街は良い所だ、精々ゆっくりしていくと良い」
「はい、それでは失礼します」
深く一礼して、アカツキが出ていく。
最後に残された私は、高い椅子に腰掛けるシェル公爵を見上げながら、見つめ合う。
「どうした?魔杖クロセル」
「いや、なんでもない……貴様が何か企んでいるように見えてな」
「分析の才能で私の心を読もうとしているようだが、無駄だよ、私は人間でも魔族でも無い、原初の超越者……妖精だ」
「そのようだな、何か余計な事をしてみろ、私は貴様を許さない」
「おぉ怖い怖い、だがまぁ案ずる事は無いさ、私は君達に危害を加えるつもりは一切無いのだからね」
「……」
私はシェル公爵を睨み付けると、そのまま踵を返して聖堂を後にした。
「はぁ……はぁ……」
屋敷から出ると、地に膝をついて肩で息をしているヤマトと、アカツキとゼノが居た。
「どうしたのだ? ご主人は」
「さぁ……屋敷を出た途端苦しみ始めたので私もびっくりしました」
「まさか、シェル公爵に何かされたのか!?」
「いや、なんでもない……気にするな」
「そうですか……さて、目標は達成出来た訳ですが、これからどうします?」
「そうだな、俺はもう暫くフェアリーケレッジに滞在するつもりだ」
「ヤマトの記憶について、僕と別れた後の事……聞かせて貰えるんだよね?」
「あぁ、望むなら聞かせてやろう」
こうして私達は宿に戻り、その日は解散になった。
ヤマトと一緒に部屋まで戻り、部屋の前に立つと、ヤマトは私に片手を差し出した。
「ご主人?これは?」
「お前の部屋の鍵だ」
「……? ははっ、何を言っているのだ、我はご主人と同じ部屋で良いと前から……」
「一人部屋が嫌ならアカツキと寝ろ、俺を一人にしてくれ」
「ご主人……? どうしたのだ?何か嫌な事でもあったのか?」
「あの方以外の人間と馴れ合うつもりはない、例えお前であってもな」
「なっ……」
「じゃあな、おやすみ」
ヤマトは私に鍵を押し付けると、そのまま部屋に入り、扉を締める。
そして、私を残して扉が施錠される音が、寂しげに廊下に響いた。
「……ご主人も記憶を取り戻して混乱しているのだろう、そうだ、そうに違いない……我も子供じゃないのだ、一人で寝る事ぐらい出来る」
私は手に持った鍵を強く握り締めると、ヤマトの部屋の前から離れた。
「ご主人、起きてるか?」
私は浮き足立つ心を抑えて、ヤマトの部屋をノックする。
私が思うに、あれは一過性の物。一晩経てば、元のヤマトに戻ってると思ったのだ。
今は朝食時、そろそろ起きてくると思ったのだが。いつまで経ってもヤマトは出てこない。
「あ、クロセルさん、おはようございます」
「アカツキか、おはよう」
「ヤマトさんを待ってるんですか?」
「うむ、そうなのだが……中々起きてこなくてな」
「普段のヤマトさんはかなり規則正しい生活をしているんですけどね、こんな時間まで寝ているなんて珍しいです」
「同感だ、記憶操作の影響で疲労が溜まっているのかもしれないな」
「そうですね、気長に待ってあげましょう」
「あぁ、そうするつもりだ」
アカツキは去っていった。
私はその後、ヤマトが出てくるまで根気よく待ったのだが……昼過ぎになっても出てくる様子がない。
此処まで来ると流石に不安になってきた。あまりこういう手は使いたくなかったのだが……
「――空間魔術……接続!」
部屋の中と外の空間を繋げる。それを通って、私はヤマトの部屋に足を踏み入れる。
しかし、中にヤマトの姿はなかった。
念の為、探知魔術で部屋の生命反応も調べてみるが、反応はなし。此処にヤマトは居ない事が確定する。
「我を置いて何処かに出掛けたのか……?」
私は部屋を出て、アカツキとゼノと合流する。
二人共部屋で待機していた為、探すのは難しくなかった。
「ヤマトが行方不明?」
「そんな大げさな……ただ出掛けてるだけじゃないんですか?」
「我を連れずに単独行動するなど普通ではない、何らかのトラブルに巻き込まれた可能性も……」
「あはは……クロセルさんって、結構心配性なんだね」
「なっ……我は別にご主人を心配してる訳ではなくてだな……」
「いやどう見ても心配しまくりじゃないですか、そこまで行くと一種の過保護ですよ?」
「うぬぬ……そんな事を言うなら我一人で探す! お前達は此処で呑気に待っているが良い」
「ごめんなさい、そんな怒らないで下さい、私達もちゃんと探すのを手伝いますよ、私の直感も嫌な予感がすると告げてますし」
「僕も協力するよ、なんか昨日からヤマトの様子がおかしかったし、何かあるのは間違いないと思うから」
「そうか! 二人共感謝するぞ! では手分けして探すとしよう」
「はい、そうしましょう」
こうして、私達三人は、ヤマトを探してフェアリーケレッジを駆け回る事になった。
「ふぅ……魔術回路改竄……」
私は身体強化、視覚強化、嗅覚強化、触覚強化を同時に身体に付与する。
膨大な魔力消費をする強化系魔術を四種類。私でなければ実現不可能な芸当だ。
いつも思うのだが、私の使っているこの無尽蔵の魔力は何処から来ているのだろう。
少なくとも魔術9の才能ではない。これは才能指数9の力ではない。才能指数10クラスの力だ。
魔術10の才能が存在すると仮定すれば、無尽の魔力も説明はつくが、私の魔術の才能指数は9だ。これは間違いない事実である。
「契約者であるご主人から供給されている……? いや、だとしたら何を魔力に変換しているのだ?魔力でも体力でも寿命でもない……」
私は地面を蹴り、街の上空へと跳び上がりながら、五感をフル活用してヤマトの存在を探す。
反応なし、この近くには居ない。
この方法では、一度に数キロメートル圏内を同時に捜索できる。
これは私がヤマトの姿、匂い、気配を鮮明に知っているからこそ出来る事。他の誰かを探す時には使えない技だ。
「此処も居ない……か」
何度目かの跳躍で空から街を眺めながら、私はそう呟く。
まずはフェアリーケレッジ外周を回り、渦を描くように中心へと近付いていく。
これだけの範囲を捜索しても見付からないという事は、必然的にヤマトは中心部付近に居るという事になる。
「まさか……一人でシェル公爵の屋敷に?」
可能性としては、それが一番高いと考えられる。
だが、何故?記憶を取り戻したヤマトが、これ以上シェル公爵に近付く理由は見当たらない。
「うぅむ……嫌な予感がするな」
胸騒ぎがする。昨日のヤマトの様子と言い、今日のヤマトの行動と言い。
明らかに何かがおかしい。アカツキや瀬野はああ言っていたが、確実に異常事態だ。ずっとヤマトと一緒に居た私には分かる。
「取り敢えず、シェル公爵の屋敷に向かうとするか」
私は地面を蹴って進路を街の中央へと変更する。
そして、数回の跳躍の後に、私はシェル公爵の屋敷の前に降り立つ。
「親方!空から女の子が!」
「3秒で受け止めろ!」
「もう着地してます!」
「えぇい喧しいな……」
シェル公爵の屋敷の前は人通りも多い。
故に、空から降り立った所を見られてしまうとやはり目立ってしまう。
色々な色を帯びた視線を浴びながら、私は堂々とした態度で屋敷の門を潜った。
「止まりなさい!君!」
「なんだ貴様は、我の行く末を阻むとは」
「此処はシェル様の屋敷だ、シェル様を信仰する者以外の立ち入りは禁じられている!」
「ふむ……そうか、今日はあの服を着ていないのだったな」
街の人間達が着ている緑の服。昨日はあれを着ていたから中に入っても咎められなかったのだろう。
勿論、あんな悪趣味な服を今後も着用するつもりは更々無い。故に今日も着ていなかった。
「少し尋ねよう、此処に我と同じくその緑の服を着ていない者が来ていないか?」
着ていない者が来ていない。別の洒落のつもりはない。私は至って真面目だ。
「今日この屋敷に現れた不審者はお前だけだ」
「ふむ……そうか……」
この男の言う事が確かならば、中にヤマトは居ないのだろうか。
私は街の隅々までヤマトの姿を求めて捜索した。そして見付ける事が出来なかった。
消去法で、此処以外にヤマトが居る可能性のある場所は存在しない。
「街の外?いやまさかな……」
彼が一人で街の外に行く理由がない。いや、シェル公爵の屋敷に来る理由も無いと言えば無いのだが。
もしヤマトが街の外に居るとしたら、まずい。
ヤマトは基本的に戦闘には向かない。正確に言えば戦闘能力は高いが攻撃能力が致命的に無い。
それに彼はわりかし方向音痴だ。一度見知った場所なら迷う事は無いが、始めて来た場所を自由自在に歩き回れる方向感覚は持っていない。
「まぁ良い……邪魔したな」
「聞き分けが良いようで何よりだ」
この男はヤマトが来ていないと言っていたが、それも見間違えたり見落としたりした可能性もある。
私は男に背を向けると、そのまま屋敷の門まで戻り、壁に背を預けながら黙想する。
「不本意だが、昨日と同じであの服を着れば屋敷に入っても目立たないだろう」
私、というよりは魔剣の類の特性として、人の姿に実体化する事が出来る。
基本的には細部まで見知った存在、自分の過去の姿形を模倣するのだが、その際に服装などもある程度は自由に選んで実体化させる事が可能だ。
要するに、私に着替えという行為は必要ない。モデルとなる服のイメージさえあれば再度実体化する事で、どんな格好でも出来るのだ。
「ふむ……こんな物か」
一度杖の姿に戻り、再び実体化。
こうして私は緑衣を身に纏った。複雑な服ではない故に、実に簡単だ。
人通りが多いが、特に誰かに見られた訳では無さそうだ。
こうして私は堂々とシェル公爵の屋敷へと足を踏み入れた。
「一度顔を見られているから止められるとも思ったが……随分と手薄な警備のようだな」
訪れたのは二度目になる、シェル公爵の屋敷。
礼拝堂のような空間で沢山の人が祈っている。何とも奇妙な光景だ。
奥の暗幕も見てみるが、中央に座しているであろうシェル公爵を除いて人影は見えない。
ここもダメならば、やはり街の外に行ったのだろうか、そう思って踵を返そうとした瞬間。
「ん……ん!? ご主人!?」
暗幕に向けて祈っている人の中に、私の主人であるヤマトの姿を見つける。
しかも、何故か周りの人間と同じ緑衣を纏っている。その為、一目では気付かなかった。
「こんな所で何をしているのだ……アカツキやゼノが心配しているのだぞ」
「……」
人込みを掻き分けて、ヤマトの元に近付く。
私の声が聞こえていないのか、何故か反応はない。この静かな空間であれば、聞こえても良いものだが。
「ま、まぁ我は別に心配などしていなかったがな! 我のご主人であれば最悪街の外で魔物に襲われてもなんとかなるに決まっている」
「……」
「それで、ご主人はこんな所で何をしているのだ?記憶は取り戻したし目的は達成できた筈じゃ……」
相変わらず反応の無いヤマトに、更に近付いて覗き込むようにして顔と顔を近付ける。
「……邪魔だ」
ヤマトは私の顔に平手打ちを放ち、ディザビリティにより、ばしんと弾かれる。
と、私はその事実を理解するのに数秒の時間を要した。
「うむ……? 確かに顔を近付けたのは悪かったが、何もそんな邪険にしなくても良いではないか……」
「俺は今シェル様に祈りを捧げてるんだ、邪魔をするな」
「……は?」
思わず冷たい疑問符が口から出る。
ヤマトの声のトーンは至って真面目だった、つまり、本気で……シェル公爵に向けて祈っている?
「えっ、えっ!? えぇ!? 何故だ、ご主人! 頭がどうかしたのか!?」
「うるさい、集中が途切れる」
焦りと困惑から、あたふたとする私に対して、ヤマトは冷たく言い放つ。
落ち着け、私。まず冷静に状況を整理するべきだ。という訳で、私は一度ヤマトから一歩距離を取り、深呼吸をした。
「ふぅ……まず、ご主人の様子がおかしいのは間違いないな」
ヤマトは街の人と同じ緑の服装をして、シェル公爵に祈っていた。
一言で言えば、今のヤマトはこの街の人と同じだ。そこから推測できる事実は……
「記憶操作による洗脳……? シェル公爵は街の人間全員の記憶を操作している?」
様子のおかしいヤマトと様子のおかしいこの街、それに何らかの理由を付けるとすれば、これが一番しっくりくる。辻褄も合う。
「これは直接本人に問い質すべきだな……」
私は一度ヤマトから離れ、暗幕へと近付いていく。
そして、その中央に位置する影の前に立つと、声を張り上げて告げた。
「聞こえているのだろう? シェル公爵、ヤマトの記憶を操作したな?」
「くくく……何の事かね? 確かに私はヤマトとやらの記憶を操作して、封印された記憶を取り戻させてやった筈だが、それが何か問題でも?」
笑いを堪えるようにして答えるその様子から、シェル公爵が白を切っているのは明白だった。
ならばどうするべきか。私は少し考えた後に、最も安易で愚直な手段に出る。
「魔術回路改竄……略式詠唱展開……」
「全く……人の屋敷に無許可で入ってきた挙げ句に中で暴れるというのかね?あの魔杖クロセルともあろう物が、礼儀がなっていないな」
シェル公爵はやれやれと言った様子で声を上げる。だが、私は詠唱を止めない。
彼女の最も恐れる事は何か。妖精である彼女に寿命の概念はない、だが死の概念はある。つまり死の恐怖もある筈だ。
要するに、痛め付けて洗脳を解かせるのが目的だ。なんとも愚かな手段である。だが容易で有効的な手段でもある。試さない手はない。
「――属性魔術……水弾・雨!」
「――我が従順なる眷属よ、この私を守りたまえ」
私の手から大量の水の弾丸が放たれると同時に、人影が暗幕の前に立ち塞がる。
構わないとばかりに私は一斉射を終える。そして、今更になって私は盾となった人間が誰かを認識した。
「っ……シェル様……ご無事ですか……」
「えっ……そんな……ご主人!」
暗幕の奥に居るシェル公爵を庇い、膝から崩れ落ちた人間は、全身に水の弾丸を受け、蜂の巣になったヤマトだった。




