Side Story『使い捨ての身体』
~Side Story~
「ごほっごほっ……」
私は目を覚ました。
長い間眠っていたような気がする。そして、長い長い夢を見ていた気がする。
内容は、私が知らない国に行って、王宮に仕えて、そして一人の男の人と出会って、その人と一緒に旅をする夢。
楽しい夢だった。あの時間が永遠に続いて欲しいと思った。
でも、あれは夢。だから、こうして目覚める時が来てしまう。
僅かな名残惜しさを覚えつつ、私は目を開ける。
「えっ……血……?」
私は倒れていた。眠っていたのだから当然と言える。
だが、おかしな事に、私の頭の周りには、大きな血溜まりが出来ていた。
一体誰の血だろう?こんなに一杯血を出したら、死んでしまう。
「すごい、まだ生きていたんですか、中々にしぶといですね、私の"前の身体"は」
「だ……誰……?此処は……何処?」
「クリスタ・シュルツヴェールの肉体はどうしますか?」
「寿命は全部ラプラスに捧げましたし、第三権能、第四権能も回収しました、もう用はありませんが、どうせ長くは生きられない、放っておきなさい」
「畏まりました、神様」
クリスタ・シュルツヴェール。私の事だ。私が長くは生きられない?どういう事だろう。
それに此処は何処だっけ。あまりにも長い夢を見ていたせいで、眠る前の記憶が思い出せない。
私は、ゆっくりと、丁寧に……眠る前の記憶を辿る。
私はクリスタ・シュルツヴェール。
教国に生まれた。何の変哲も無い一人の少女だ。
才能は家事1、氷魔術4、短剣術4。
兄に比べれば見劣りするが、比較的才能には恵まれていた方だろう。
「教皇イヴ・エンドが神に代行して、クリスタ・シュルツヴェールを聖位階第三位に命ずる」
私は10歳にして福音使徒の聖位階第三位まで昇格した。
これは、私の兄であり聖一位の福音使徒であるクラウス・シュルツヴェールの功績も大きかったが、それだけではない。
私のように、こんなにも幼い少女を上層に立ち入る権限を持つ聖三位まで昇格させた理由は唯一つ。
――次の神の依り代となる為だ。
聖教会は、非常時に備え常に聖三位に次の神の依り代となる少年少女を一人設置する。
私は、その神の肉体の予備として選ばれ、福音使徒となったのだ。
だが神は私を気に入らなかった。
「確かに容姿は優れていますが、才能は平凡、貴女が私の次の肉体にはならない事を祈りたいですね」
「私なんかが……ごめんなさい……」
「まぁ、私の今の肉体はあと三年持ちます、その頃にはもっと良い肉体が用意されている事でしょう」
私は聖三位にも関わらず、神の側に置かれた。
そして、皮肉や嫌味を毎日のように聞かされていたのだ。
それでも、私は予備と言えど神の肉体に選ばれた事が誇らしかったし、神が私を嫌っても私自身は神の事を絶対と信仰し、崇めていたから、苦ではなかった。
そんな、ある日の事だった。
「神様、お食事の時……間……神様!?」
私が聖域に昼食を運んできた時、聖域は酷い有様だった。
何者かによって至る所が破壊され、透明な破片が辺り一面に散らばっている。
そして、その中央には血溜まりに倒れ込んだ神様の姿と、その少し遠くに福音使徒ではない、見慣れない男が倒れていた。
私は食事を取り落とすと、慌てて神様に駆け寄る。
「神様!?待って下さい、今傷を塞ぎます」
「致命傷ですね、やむを得ませんか」
神は胸元に大穴を開けつつも、まだ生きていた。
奇跡的に片肺と心臓は無事だったらしい。それでも致命傷には変わりがない。
私は氷魔術で傷を塞ぐ。が、内蔵の修復は回復魔術では無い為に出来ない。
「ちょっと待ってて下さい、今助けを呼んできます!」
「待ちなさい、今から行っても間に合いません、その肉体を寄越しなさい」
「えっ……?」
助けを呼びに行こうとすると、神は私の手を掴む。
私の肉体を寄越せ、つまり神様は私の身体を依り代にしようとしている。
「……いや……嫌だ!やめて!」
突然、恐怖が全身を襲う。
こうなる事が役目だと、ずっと前から分かっていたはずなのに。
いざその状況に直面すると、突然な肉体との別れ、精神の死に全身が恐怖に包まれる。
「全ての権能を移す時間は無いですね、まぁ良いでしょう、後で回収しに来れば良い」
「誰か!助けて!」
「第二権能発動……第三権能の移行を開始……成功……」
私は全力で逃げようとするが、そんな抵抗も神の前では無意味だった。
神が何かを呟いた途端、身体に謎の力が宿る。
これは……誰かの感覚だろうか。視覚、聴覚、触覚、そんな物が私の中で無数に重複して感じられるようになる。
複数人の感覚を、一人の脳で処理出来る筈がない、気持ち悪い、気が狂いそうだ。
「うっぐっ……おえっ……」
「まぁ当然、貴女には使えないでしょうね、精神の移行を開始……成功……」
まずい、そう思った時にはもう遅かった。
身体の中に覚えのない記憶が流れ込んでくる。これは神の記憶だろうか。
記憶は私の身体の中でその存在感を増幅させていき、やがて私の意識は神の意識に押し出されるようにして途切れた。
「そうだ……私は……神に身体を乗っ取られて……」
「どうやら思い出しましたか、私も貴女の身体の悪口を散々言っていた記憶がありますが、実際使ってみると悪くもなかったですよ」
「返してくれた……の?」
「まぁ、そういう事にもなりますかね、おめでとうございます、貴女は自由の身ですよ」
聞いたことのない声が聞こえる。
だが、発言からして間違いなく神様だろう。
私の身体を捨てて、新しい身体に乗り移ったと言った所か。
「ありがとう……ございます……神様……」
「……」
「えぇ、私に感謝しなさい、価値の無い、貴女の身体を有効活用してあげたのだから」
私は長くない。先程、神様はそう言っていた。
それでも、刹那の間でも、私は私を取り戻す事が出来た。
それに、あの幸せな夢を見られたのだ。それだけで私の人生には価値があったと言えるだろう。
「ごほっ……」
私は小さく咳き込む。すると、まるで電力の供給が切れたかのように、全身から力が失せていく。
やがて、自覚する事も無く、ぷっつりと意識が途切れた。
こうして、クリスタ・シュルツヴェールは、その生命の持つ時間を使い切った。
「イヴ、それの片付けは任せますよ」
「畏まりました、神様は権能の回収ですか?」
「えぇ、権能を回収したら、前の前の肉体も捨てて構いません、あれは神の権能を宿しただけの死体ですし」
「分かりました」
聖都アルカディア上層。そこに本当の神が戻ってきた日であった。




