フェアリーケレッジ
「おいすげぇ!馬車が広いぞ!横になれる!」
「ヤマトさん……」
「ご主人……」
「なんだよ、その目は……」
瀬野が完全に回復した数日後の事。
俺達はフェアリーケレッジを目指して馬車に揺られていた。
広い馬車の中を見ていると、何とも言えない気持ちに襲われる。
「エル……ティア……勇者……本当に居なくなっちまったんだな……」
「やかましいとさえ感じていたあの頃の喧騒が、今は懐かしいですね」
「ほら、折角の旅なのだからそんな暗い顔をするでない、我が明るくしてやろう!魔術回路改竄!」
「馬車の中で魔術を放つのはやめろ」
空元気で周りを明るくしようと頑張るクロセルに、俺は冷静なツッコミを放つ。
まぁ、この重苦しい雰囲気が見かねるのも理解できる。それは瀬野も同じなようで、珍しく彼が積極的に会話に混じってきた。
「じゃあ代わりに僕が盛り上げようか、ここに一つのビー玉があります」
「おう、あるな」
「それを……こうします」
瀬野はポケットから透き通った青色のビー玉を取り出すと、それを掌の上で転がし、お手玉のように右手と左手を行ったり来たりさせる。
これは予想できる、高速でビー玉を行き来させ、最終的に右手と左手どちらにビー玉が入っているか当てる奴だ。
単純な遊びだが、余興だろうと俺は手を抜かない主義だ、目を凝らして、ビー玉の残像を追う。
「くっ……速い!?」
まるでビー玉の時間が加速したかのように異常な速度で、ビー玉は瀬野の両手を高速で行き来する。
瀬野の技術だけでは無いだろう。明らかに物理学的に異常な速度だ。あんな速度でビー玉を片手から片手に射出したら怪我をする。
「下手したら銃弾より速いだろこれ!」
「くっ、中々やるようだな……魔術回路改竄……略式詠唱展開……
――属性魔術 海王覇気・瞳!」
「おいクロセル視覚強化とはずるいぞ」
「何を言っているのだ、瀬野の奴も時間操作でビー玉の時間を加速させているのだからこれで平等だろう」
「そういう問題かよ……」
「流石はクロセルさんだね、一発で見破るなんて」
「ふっ、それほどでもない」
瀬野の時間操作vsクロセルの視覚強化魔術。余興の筈が何故か異能バトルに発展している。
そうこう話している内に、ビー玉は更に加速していき、やがて残像しか見えなくなる。
そして、悠久とも思われる反復運動は、やがて終焉を迎える。
「はい、ビー玉は右手と左手、どちらにあるでしょうか!」
「俺は分かった、クロセル、先に言っていいぞ」
「ふっ、強がりおって、我も分かっている、ご主人こそ先に言って良いのだぞ」
「ほう?そんなに俺に先に言って欲しいって事は、自分が分かっていないと証明している事になるぞ?」
「心外だ、我は優秀な魔杖だからな、回答権を譲ってご主人に華を持たせてやろうとしているのだ、寧ろ感謝して欲しい」
「そうか、そこまで言うならこうしよう、同時に答えを言うんだ」
「ご主人がそれで良いのなら、我もそれで良いぞ」
俺とクロセルの間で、日本人特有の譲り合いが発生している。
この手の問題は基本的に平行線だ、痛み分けにするのが一番の解決策。俺はそう知っている。
「じゃあ3秒数えたら同時に言うぞ?3、2、1……」
「左!」
「右だ!」
クロセルが左、俺が右。
俺はクロセルの実力を十分に分かっている。故に確実に同じ答えになると予想したが、見事に分かれた。
確かに純粋な動体視力で言えば、視覚強化をしたクロセルの方が上だろう。
だからクロセルの回答があっている可能性は高い。
だが、俺はこう予想した。
これは恐らく手品だ、単純な動体視力で、ビー玉の位置を当てるだけのシンプルなゲームではない。
手品だからこそ、何らかの手段で視覚を騙し、左手にあるように見えたビー玉が実は右手にある、という展開になる可能性も十分にあり得る。
これは賭けだ。確実性は何もない。だが、俺にも勝機はある。その事実があるだけで、十分だった。
「じゃあ、答え合わせをするよ」
「あぁ、こい!」
「ふん、答えなど分かりきっているが、まぁ見てやろう」
瀬野はにこにこと得意げな表情を浮かべながら、俺とクロセルの前に両拳を突き出す。
それに対して、俺とクロセルは揃って身を乗り出し、固唾を呑んで結果を見守る。
そして、真実が暴かれる時が来た。
瀬野の掌が開かれ、ビー玉の位置が確定する。
……筈だったのだが。
「「は?」」
俺とクロセルは揃って呆けたような声を上げる。
それも当然だろう、瀬野の左手には、ビー玉が無かったのだ。
いや、左手だけではない、右手にも無い。右にも左にも、ビー玉の姿は無かった。
呆然とする俺とクロセルに対して、得意げな瀬野は、両手をひらひらと振る。
「おや?何処にもビー玉はありませんね?何処に行ってしまったのでしょう」
そう惚けた口調で瀬野が首を傾げると、そのまま手を伸ばし、俺のポケットに手を突っ込む。
そして、俺のポケットから手を抜いて、その手を俺とクロセルの前に掲げる。
その指先には、先程のビー玉が掴まれていた。
「おや!こんな所にありました!びっくりですね!あはは~……パチパチパチ~……」
「……」
「……」
「どう?びっくりした?えへへ……結構練習したんだよ?ビー玉を高速でキャッチボールするのも大変だし……ってあれ?二人とも、どうしたの?」
瀬野が不思議そうに首を傾げる。
刹那、俺とクロセルが同時に動く。
「「許さん!瀬野!!!」」
「えっ、ちょっ……待っ……」
俺とクロセルは同時に同じ台詞を叫ぶと、二人して瀬野に飛び掛かった。
その後、瀬野がどうなったかは、皆の想像にお任せするとしよう。
少なくとも、俺はディザビリティがあるから大事には至らなかったが……クロセルの方はそんな手加減も存在しない。
そして、数分後に時間は飛ぶ。
「うわーん!ヤマトとクロセルさんが僕を虐めるよぉー!」
「ふむ、これだけ痛めつければ十分だろう、我の恐ろしさを十分理解したはずだ」
「病み上がりの人に何してるんですか……ヤマトさんもクロセルさんを止めて下さいよ」
「いや、これは瀬野が悪い」
馬車の地面に、全身が火傷と裂傷と痣だらけになった瀬野が転がっていた。
そんな瀬野の頭を踏み付けながら、クロセルは満足げに頷いている。
「うぅ……ぐすっ……僕は皆を喜ばせようと手品を披露しただけだったのに……」
「俺とクロセルを騙すなんて悪質にも程がある」
「手品ってそういう物だからね!?普通は逆ギレする観客とか居ないからね!?」
「ほう?まだそんな反抗的な態度を取れる余裕があるのか?」
「うぇぇん……ごめんなさい……僕が悪かったです……」
「うむ、分かれば良いのだ、分かればな」
「全く……馬車が汚れたじゃないですか、高かったんですよ?」
「うぅ……なんか今日はアカツキさんも辛辣だ……僕が悪いのか?そうだよな……僕が悪いんだな……」
一人ぶつぶつと呟いて、鬱モードに入った瀬野を無視する。
「ご主人、我も瀬野のような手品とやらを見せてやろうか?」
「お前のはただの魔術だろ」
「奇術も魔術も大して変わらんだろう」
「だいぶ違うと思うんだがな……」
そんな風に話している間に、気が付けば仲間を失った事による暗い雰囲気は払拭されていた。
最大公爵家が治める都市郡は、その中心を結ぶと綺麗な正三角形が生まれるように出来ている。
つまり、各公爵家の間の距離は大凡等しいのだ。
この事実は、エスクから受け取ったアステカス公国の地図で分かった事実だ。
だから何なのか、と言われればおしまいかもしれないが、まぁ要するに三大公爵家の治める領土は均等に三等分されているという訳だ。
治める領土、と言っても一つの都市だけ、という訳ではない。
例えばセン公爵であれば、影響力のある主な都市はアリエルツフィルだが、その周辺の街の統治も管轄内である。
最も、魔王軍の襲撃で多くの都市は壊滅した為に、現在機能している都市はセン公爵の治めるアリエルツフィルとシェル公爵の治めるフェアリーケレッジの二つだけらしい。、
そして、それ以外の場所は魔王領ばりに魔物の蔓延る危険地帯だ。
故に、俺達は旅の道中で何度も魔物とも遭遇した。だが、大抵はクロセルの魔術で一撃だった。
そして三日程馬車を走らせると、俺達は目的の都市へと辿り着く。
「なんだ……これ……」
都市フェアリーケレッジ。魔王軍の被害を免れた数少ない都市の一つだ。
俺達にとって公国の街の光景、と言えばアリエルツフィルだ。
同じ国である以上、そこと変わらない光景を期待していた。
が、そんな期待は容易に裏切られる事になる。
そこには異様な光景が広がっていた。
「ふむ、家屋な町並みはアリエルツフィルと大して変わらんが……」
「人が……同じ格好をして歩いている?」
そう、明らかな異常は街自体ではなく人にあった。
誰もが全く同じデザインの緑色の服を着ている。
男も女も同じ、シャツにズボンと言ったような質素な格好だ。
他に、特徴らしき物と言えば……皆が揃って腕にリングのような物を嵌めている。
それも当然のように緑色だ。髪の色を除けば、誰もが同じカラーリングの格好をしている。
「なんか不気味だね……」
「この街の奴らは全員精神異常者か何かなのか……?しかも緑って何だよ気持ち悪い、自然愛護団体?」
「取り敢えず入りましょうか、私は馬車を預けてくるので、皆さんは先に宿に向かってて下さい」
「分かった、この街は何かおかしい、気を付けろよ」
俺達は馬車を降りると、街の案内に従って宿に向かう。
その道中で出会う人々も、誰一人例外なく緑色だった。
宿に入る。店の人間も緑だ。というか……これでは誰が客で誰が店の人間か見分けがつかない。
「旅の方ですか?1部屋1晩で銀貨30枚になります」
「取り敢えず何日滞在するか分からないからな……3部屋1晩で頼む、金貨1枚で良いか」
「ありがとうございます」
緑の店員に金貨を渡すと、部屋の鍵を三つ受け取る。
そうだ、この街に住む人間が全員緑色の服を着用としていると仮定すると、逆にそれ以外の服を着ている人間は外部から来た人間だと一目で分かる事になる。
なら、これは街の人と外部の人間を識別するため?いや、理由はそれだけでは無い気がする。
不気味、という印象が強く、話し掛けるのも躊躇われるが、少し話を聞いてみるか。
瀬野に鍵を一つ渡し、クロセルと二人で食堂の方に向かう。
今は昼時だ、人もそこそこ居る。
そこには旅の人間や商人なども居るようで、この街に来て初めて普通の服装をしている人間を目にする事が出来た。
「なんか普通の奴も居ると分かると安心するな」
「街中に居ると異世界に来たような感覚に襲われるからな……」
「同感だ、まぁ俺にとってはシンシア全域が文字通り異世界なんだが」
さて、街の人間に話を聞くか、旅の人間に話を聞くか。
少し悩んだ結果、先に旅の人間に話を聞いてみる事にした。
バックパックに腰に剣を携えた、如何にも旅の冒険者らしき風貌の男。近付いて声を掛ける。
「少し良いか」
「お、お前も旅人か?良いぜ、どうした」
「そうなんだ、俺も旅人なんだが、この街に来るのは初めてなんだ、この街がどんな場所なのか教えて貰えないか?」
「そうなのか、それぐらいならお安い御用よ、此処はフェアリーケレッジ、アステカス公国シェル公爵領の主要都市、魔王によって滅ぼされたと噂されていたが、何の偶然か奇跡的に残った幸運な都市だ」
此処までは俺も知っている情報だ。
公国三大都市の一つ、フェアリーケレッジ。
だがそれ以上に特筆するような情報を俺は持っていない。
「そして、この街は妖精を信仰している」
「妖精?ってのは……何だ?」
「そこからか、この世界の生物は大きく分けて七種類に分けられるってのは知ってるか?」
「知らない、詳しく」
「言ってしまえば神、人間、魔族、妖精、魔物、動物、植物、今挙げた通り、妖精はその一つだ、人と同じで神が作った存在、人間とは比較にならない程多くの、高い才能を持つのが最大の特徴だ」
フェアリーが街の名前に入っているのは偶然ではないだろう。フェアリーはこの世界でも妖精の意味で通っていると考えて問題なさそうだ。
だが、俺が半年以上シンシアで生活してきた中で、妖精らしき物とは一度も遭遇しなかった。それだけ希少な存在という事だろうか。
「そんな強大な存在なら、もう少し有名でもおかしくない気がするが」
「妖精は寿命と繁殖能力を持たない、だが死の概念はある、最初は人間と同等の数が生息していたと言われているが、長い年月を掛けてその数を減らした」
「なるほど、道理で見ない訳だ」
「既に絶滅したとも言われていたんだ、だが僅かだが生き残りが居た、ここフェアリーケレッジの別名は妖精都市、妖精が支配する都市だ」
「待て……その言い方だと、まさか……シェル公爵ってのは……」
「あぁ、その通りだ、シェル公爵は太古から存在する超常的な存在、妖精なんだよ」
俺は言葉を失う。シェル公爵が人では無かったという事実にだ。
一先ず思考を整理する。まず妖精は数多の才能を持ち、寿命と繁殖能力を持たない存在。
繁殖能力を持たないという事は、神が作り出したのだと考えられる。時間経過と共に数を減らしたという事実から、自然発生はしない。
つまり、今この世界に存在する妖精が、残存している妖精の全てだという事になる。
そして、その一人であり、このフェアリーケレッジを治めるシェル公爵が、長い年月を生き抜いてきた妖精の生き残りであると。
「そして、この街の人間は妖精を、シェル公爵を信仰している……と」
「この街の人間がみんな緑色の服を着ているのは、どうやらシェル公爵の命令らしい、何の意味があるのかは知らないけどな」
「そうか、色々と分かった、助かったよ、俺はヤマトだ」
「俺はシュンだ、この街にはアリエルツフィルを目指す途中で寄ったんだが……やっぱ居心地が良いとは言えねぇな」
「同感だ、あまり長居したいとは思えない」
「あと数日は滞在するつもりだ、何かあったらまた声を掛けてくれ」
「おう、ありがとな、シュン」
俺は冒険者の男、シュンに別れを告げると、そのまま宿の出入り口まで戻る。
丁度、アカツキも着いた所で、俺達三人は情報を共有した。
「これでこの街の事は色々と分かったな」
「シェル公爵が、何故緑衣の着用を命令しているのか、その真意は不明ですけどね」
「悪趣味なだけなんじゃないか、大した意味は無さそうだろ」
アカツキに鍵を渡しながら俺はちらりと窓の外を一瞥する。
外見こそ異常な物の、その行動に異常性は見られない。宿の店員も普通だった。
「本格的な調査は明日からだな、何とかしてシェル公爵に近付き、記憶操作を掛けて貰って俺の記憶を取り戻す」
「言葉にするのは簡単ですが、実際に実行するのは中々大変そうですね……」
「あぁ、シェル公爵は他の三大公爵と仲が悪いらしいからな、ボルトの紹介状も逆効果だと見て良いだろう」
「ただの旅人である私達では、シェル公爵に近付くことからして難しいですからね」
相も変わらず前途多難だが、折角此処まで来たのだ、やるしかない。
そうして俺達は明日から始まる調査に備えて、旅の疲れを癒やすのだった。




