空白の一年間
「そうか、つまり、君は仲間に裏切られ、逃げる事を許した訳だ」
「一言で言えばそういう事になるな……」
「それで、これからどうするんだい?私としては君達が今後も此処に滞在する事に異を唱えるつもりはないが」
「少なくとも瀬野が回復するまでは世話になるつもりだ、その後の事は……考えてない」
俺が目を覚ましたのは、事件から二日後の事だった。
瀬野は順調に回復しており、アカツキの腕も無事に治ったらしい。
そして、今はセン公爵と残された四人が集い、あの夜の事と今後について話し合っていた。
あ、エスクも居る。位置はセン公爵の座るソファの後ろだ。今の今まで気が付かなかったが。
「それにしてもまさか君達の中に神が居るとはね、冗談かと疑う程度には、私も驚いた」
「私達も驚きました、まさか仲間の中に神が居るとは、多分……誰も思いもしなかったんだと思います」
「だろうね、聖教会が神が抜け殻である事を隠していたんだ、分かる筈もない」
エルが神であった事は、セン公爵にも話している。
確かに嫌味な貴族男ではあるが、高貴な身分通り良識は弁えている、隠す必要もない。
「俺達が聖教会に敵対したのは事実だ、少なくとも、何の目的も無く、教国に戻るつもりはない」
「逆に言えば、何か目的が出来れば、教国に行くつもりなのかい?」
「あぁ……まぁ、そうなるな……」
エルは、俺とエルは殺し合う関係だと言っていた。
俺が記憶を取り戻せば、必ず俺はエルを殺しにいく、と。
「そうだ、俺の記憶……瀬野、お前は俺が記憶を失っていると言ってたよな」
「うん、ヤマトはこの世界に転生して来てから、僕と旅をした一年間の記憶を失っている」
「アカツキ、お前は前に西暦2014年に、この世界に来たと言っていたな」
「そうです、そして私が異世界に来てから五年が経過しています、つまり今の地球は西暦2019年であるはずなんです」
「俺達は西暦2018年にこの世界に来た、そして一年間の時を過ごし、俺は記憶を失った、だから俺は今が2018年であると誤認していた」
要するに、俺には"空白の一年間"があった訳だ。
アカツキの言葉の意味を、もう少しちゃんと考えていれば予想出来る事実だった。どうして気付かなかったんだ。
「ご主人が気付かないのも無理はない、気に病むことはないぞ」
「あぁ、そうだな……それで俺の空白の一年には何があったんだ?どうしてアランの森で溺れてたんだ?」
「それは僕が説明するよ、ヤマトはまだ記憶を取り戻していないんだよね?」
「そうだ、俺は空白の一年間の事は、何一つ思い出せない」
「どうしてヤマトが記憶を失ってしまったのか分からないけど……まぁそれは今は気にしないでおこう、今は僕の知っている事を話すよ」
「ふむ、君達の旅がどんな物だったのか、私も興味がある、何しろアリエルツフィルの外の事は何も知らないからね」
「我も気になるぞ、我と出会う前に最弱無才のご主人がどうやって生き延びてきたのか」
「うるせぇ、最弱無才とか言うな」
という訳で、俺達は空白の一年間が語られる事になった。
その場に居る者は揃って、瀬野の口から紡がれる物語に、耳を傾けた。
「瀬野!おい瀬野!生きてるか!?」
「此処は……?僕は……死んだはずじゃ……」
僕がシンシアで最初に目を覚ましたのは草原だった。
場所は王国領。王都の近くに位置する大草原だ。
そこに、僕とヤマトは転生してきた。
「無事か、良かった」
「ヤマト……撃たれたはずじゃ……」
「あぁ、俺は撃たれて一度命を落とした、そして……どうやら異世界に転生してきたようだな」
「異世界?えっ……えっ!?」
「俺達が話している言語は日本語じゃない、それにこんな場所は日本に存在しない、あそこに見える街の城壁が証拠だ」
ヤマトが指差す方向には、巨大な城壁で囲まれた都市、王都があった。
此処からでも、遠くに巨大な王城が見える。なるほど、確かにこんな場所は日本に存在しない。
「流石は異世界と言うべきか、魔術や異能もあるみたいだな」
そう呟くヤマトの方を見ると、その掌の上に、青い火の玉が浮かんでいた。
「ひ……人魂!?」
「違うぞ、『炎操作』って奴を試してみたんだ」
「炎……操作?魔法?」
「厳密にはこれは魔法ではなく異能だな、魔術はこうだ、魔術回路改竄……略式詠唱展開
――属性魔術 業炎・終焉」
ヤマトがそう詠唱すると、僕とヤマトの周囲に、炎が発生する。
いや、周囲とかいうレベルじゃない。草原のほぼ全域に、炎の壁が生まれる。
その光景は、まさに地獄だ。僕はまずいと思い、慌ててヤマトに声を掛ける。
「ヤマト!?何をやったのか知らないけどやり過ぎだよ!このままじゃ草原が焼け野原になっちゃうよ!」
「こんなにやばい魔術だったのか……大丈夫、今消す」
ヤマトが軽く手を振ると、辺りの炎が一瞬にして消え失せる。
まるで、今見ていた光景が幻だったかのように、忽然と。
「魔術は出力の調整が出来ないから面倒だな、やはり操作の方が楽だ」
「今の……ヤマトがやったんだよね?」
「あぁ、今やったのが魔術だ」
「ヤマトは……この世界に来て、魔術が使えるようになったの?」
「みたいだな、魔術だけじゃない、操作系の能力、あと日常的な能力、駄目だ……多すぎて挙げきれない、まぁ要するに全部だ、思いつく限りの全ての能力が今の俺にはあるらしい」
「全ての能力!?何でも出来るってこと!?」
「みたいだな、この能力をなんて言うのかは良く分からないが、暫定的に『才能』とでも称しておくか、あと瀬野、お前にもあるぞ」
「僕にも……さっきのヤマトみたいな力が?」
「あぁ、お前の才能は……射撃術、空間操作、時間操作、機械技術だ、使い方は脳にインプットされている筈だぞ」
確かに、僕が知っているはずのない理科や工業系の知識がある。
他にも……銃や弓矢の扱い方。空間を切ったり、繋げたり、転移したりさせたりする方法、物質の時間を加速、遅延、或いは止める方法。
それは、ヤマトの言う通り、異能と呼ぶに相応しい力だ。試しに石を拾って、右手に握る。
「空間操作」
右手にある石を、左手の中に転移させてみた。
左手を開いてみると、そこには僕の思い描いた通り、石が転移されていた。
「あはは……マジックとかに使えそうだね」
「さて、まずはあの王都って所に行ってみるか」
「そうだ、僕達は異世界に来たんだったね、それならまずすべき事は……」
「情報収集だ、あれだけ大きな街なら人も居るだろう」
ヤマトは僕にそう告げると、王都に向かって歩き出した。
勿論、僕もそれに付いていった。
そして、僕達は王都で街の人から、この世界について情報収集をした。
「どうやら、この世界の名前はシンシア、今居る国はフォンベルク王国というらしいな」
「ヤマトの言う通り、僕達のこの力は"才能"であってたね、神が与える物だとか何とか」
「俺なんかにこんな膨大な数の才能を与えるとは、神も物好きな奴だな」
「才能って普通の人は2~3個くらいが基本らしいよ、ヤマトは幾つあるの?」
「そうだな……ざっと数えて46億個だ」
「そっか、46個か、すごく多いね……」
「46億個だ」
「そんな何度も言わなくても分かってるよ、46億個ね……って億!?億って言わなかった!?ヤマト桁間違えてない!?」
「まぁ概数だから多少の誤差はあるだろうが……大体あってると思うぞ」
「ぼ……僕の才能の12億倍……?」
ヤマトが僕に嘘を言っているとは思えない。
本当に、ヤマトは46億の才能を持つのだろう。
桁外れとかいうレベルじゃない。こんな人間が、果たしてこの世界に二人と居るのだろうか。
いや居ない、断言できる。絶対に居ないだろう。
「そんな大騒ぎするような事でもないだろ、少し才能が多いくらいで」
「ヤマトの少しの概念ってどうなってるの?」
「あ?なんだ俺に逆らうってのか?」
「ごめん、冗談だよ、怒らないで」
「分かってるなら良い、さて……俺達には金が無い訳だが……、瀬野、あっちの路地に行くぞ」
「路地?あんな所に行ってどうするの?」
「ま、良いから見てろって」
ヤマトに従って路地に向かう。
そこに着くと、ヤマトは地面に向けて手を翳し、呟く。
「空間操作」
その瞬間、ヤマトの前方に黒い穴が生まれたかと思えば、そこから一人の男が降ってくる。
「いってぇ……誰だよこんな所に落とし穴掘った奴は……」
「錬金術……物質錬成……こんな物か」
ヤマトは一人でそうぶつぶつと呟いたと思えば、その手に、鈍色のナイフが握られていた。
そしてヤマトは、それを降ってきた男に突き付けると、冷たい声色で言い放つ。
「金を置いていけ、そうすれば命は見逃してやる」
「あ?てめぇガキか?へへっ……残念だったな、俺は冒険者だ、勝負を挑む相手は、選んだ方が良いぞ」
「3秒だけ待ってやる、3」
「ガキが舐めやがって……死ね!」
「2」
剣を抜き、斬りかかってくる男に対して、ヤマトは身動ぎ一つせずナイフを突き付けた姿勢を維持する。
まずい、僕がそう思って飛び出した時には遅かった。
男の剣は、ヤマトの身体を捉え、大きく斬り裂いた。
……筈だった。
「1」
「なっ……剣がすり抜けただと!?」
ヤマトは一歩も動いていない。
なのに、男の剣はまるで宙を斬ったかのようにヤマトの身体をすり抜ける。
「0」
そうヤマトが呟いたのと同時に、ヤマトは男の心臓目掛けてナイフを突き出す。
「パァァァァァァン!」
ナイフが刺さった音とは思えない、破裂音が大きく響き渡る。
辺りには血と肉片が飛び散り、それは離れていた僕の所まで飛んできた。
恐る恐る覗き込むと、ヤマトの前には主要なパーツが殆どバラバラになり、原型を留めない人の死体があった。
「ヤマト!やり過ぎだよ!」
「あれ……俺何かやっちゃったか?少し痛めつけるだけのつもりだったが……」
ヤマトは、不思議そうな顔をして首を傾げる。
自分が何をしたか、無自覚なようだ。僕もそんなヤマトに少しだけ恐怖にも近い感情を覚えた。
「この身体、力の調整が難しいな……いつもの感覚で使うとなんでも粉々になっちまう」
ヤマトは、忌々しげに顔を顰めながら、刃の部分がぐにゃりと曲がったナイフを放り捨てると、男の死体から金を抜き取る。
「あまり多いとは言えないが、今夜の宿ぐらいは何とかなるだろう、行くぞ、瀬野」
「う……うん……」
僕もヤマトも、人の死を見る事は初めてじゃない。
霧雨組に居た頃は、今みたいに人を殺したし、仲間が殺される光景も何度も見てきた。
だから、もう動揺する事はない。昔みたいに弱虫な僕じゃないんだ。
そんな風にして、僕とヤマトは昔のように人から金を奪って生計を立てていた。
だが、そんな事を続けていつまでも無事な筈が無い。
「あはは……また僕、失敗しちゃった」
「顔を見られたのはまずいな、指名手配される前にこの国を出るとするか」
僕、瀬野 充は王国で犯罪者として指名手配された。
幸運にもヤマトは顔を見られる事も、名前がバレる事も無かった。
やっぱり、ヤマトは僕よりずっと優秀だから。
そして、僕達は帝国に来ていた。
そんなある日の事。ヤマトは僕の前でこう呟いた。
「こんな力があるなら、俺はこの世界を支配できるんじゃないか?」
「うん、ヤマトならきっと出来るよ」
「俺が世界最強になれば、この世界を支配出来る、その為には……この世界で一番強い奴を殺せる力が必要だ」
「ヤマトなら、この世界で一番強い人も、殺せるんじゃないかな」
「ここ帝国には強い奴が多いらしいからな、少し力を試して……いずれは最強に挑んでやる」
世界を支配する。そんな魔王じみた発言にも、僕はただ肯定する事しか出来なかった。
だが、ヤマトは王の器だ。人の上に立ち、人々を導く存在だ。
だからこの世界がヤマトに支配されるとしても、僕は怖くなかった。寧ろ安心できるとすら思った。
そして、ヤマトは帝国に居る強者を屠っていった。
比喩ではない。ヤマトは文字通り、命を奪ったのだ。
希少な存在である勇者や魔族、名の知れた冒険者など。
そして、この世界に居る強者は確実に数を減らしていった。
「記憶操作」
そんな殺戮行為が許されたのは、ヤマトの才能の力だ。
殺人の現場を目撃されても、殺すか記憶を操作すれば問題はない。
殺した相手の家族や知人も同様だ。殺すか記憶を操作すれば良い。
もう、ヤマトが人を何人殺したか分からない。ただ、数えきれない程の命を奪った事だけは紛れもない事実だ。
「やっぱりヤマトは凄いね!考えつく限りのどんな事でも出来てしまうなんて」
「あぁ、そうだな、帝国は強い奴が多いと聞いて来たが……この様子だと魔窟って迷宮も大した事は無さそうだな」
「なら次は何処を目指すの?」
「この世界で一番強い奴が居る所だ、と言っても魔王は居ないらしいからな、その次に強い奴だ」
「となると、祝福の勇者とか皇帝かなぁ……」
「そんな雑魚には興味ない、この空虚な感覚を満たせる強者……そうだな……例えば……」
帝国のある街で、一帯を支配する上級悪魔を殺した日の事だった。
ヤマトは、ニヤリと大きく顔を歪めると、人差し指を突き出し、一つの目的を高らかに宣言する。
「――俺は神を殺して、この世界の新たな神になる」
「……」
「くっ……くくっ……くくくくく……あはははははははは!」
「何がおかしくて爆笑してんだクロセル」
俺はクロセルに拳を飛ばす。ばしんと弾かれる。
俺の事を指差しながら腹を抱えて笑っている。ウザい。
「なるほど……なんか私の知ってるヤマトさんのイメージと少し違いますが……納得はしました」
「あのご主人が……『俺はこの世界の神になる』だと?そう言ったのか?くっ……あはははは!」
「46億の才能を持つ最強の男、だがしかし今は傷害を禁じられた最弱の男、か……なるほど、興味深い」
「いや……記憶が無いからまるで他人の話にしか聞こえないんだが、記憶を失う前の俺ってそんなだったのかよ……」
「僕は前のヤマトも、今のヤマトも好きだけどね」
「くっ……ぷっ……くすくす……」
「誰か俺の代わりにこいつぶっ飛ばしてくれないか?」
一人だけ笑い転げているクロセルを指差しながら、俺は周りに助けを求める。
が、俺の怒りを代行してくれる奴は残念ながら居なかった。当然とも言えるが。
「はぁ……ふぅ……笑い疲れたぞ、それにしても、随分と予想外な"空白の一年間"だったな」
「そうですね……瀬野さんに守ってもらいながら逃げ隠れしているイメージだったんですが」
「うむ、だがこれでご主人の"あの力"の正体が少しだけ掴めたな」
「ヤマトさんが本来、無数に持っている才能は、今は使うことが出来ないが、その才能を二度と使えなくなる代償を払えば、一時的に引き出す事が出来る、と」
「そうだな、ご主人は何らかの手段で才能を封印されたと考えるのが妥当だろう、それを無理やり解放しているから、才能が壊れ、ディザビリティに変化すると考えられる」
「なるほど、俺の力はそういう仕組みになっていたのか」
「ヤマトさんの記憶が戻っていない以上、まだ推測の域を出ませんがね」
「その後、ヤマトは一人で教国に向かったんだ、僕には神を殺しに行くと言い残してね」
「ゼノはついて行かなかったのか?」
「あはは……付いてこうとしたんだけど置いてかれちゃって……」
「仲間を置いてくなんてヤマトさん酷いですね」
「俺じゃねぇ!いや俺だけど!記憶が無いだけでそれをやってるのは俺なんだよなぁ……何も反論できねぇ……」
「まぁ、僕とヤマトの旅は以上だよ、この世界に転生してきて、ヤマトが教国に向かったまでの約一年間が、ヤマトの空白の一年間だ」
セン公爵がパチパチと手を叩く。
そして優しげな笑顔を浮かべると、瀬野に向けて感謝の言葉を送った。
「実に興味深い話をありがとう、ゼノ君」
「いえ……僕みたいな人間の話でも、皆さんの為になったのなら幸いです」
「ほら、ご主人も感謝するのだぞ」
「俺は複雑な気持ちなんだ……聞いて良かったような……聞きたくなかったような……」
「これもヤマトさんの記憶を取り戻す貴重な橋頭堡なんですから、ちゃんと感謝しないと駄目ですよ」
「あぁ、そうだな……ありがとう瀬野」
「どういたしまして、ヤマト」
これで一先ず瀬野の話は終わりという事になった。
まだ疑問はある、俺が神を殺しに行った後にどうなったのか。
何故アランの森で溺れていたのか。何故膨大な才能と記憶を失ったのか。
「後は、俺自身が思い出すしかないか」
「そうだな、我も出来る限りご主人の記憶が戻る手伝いをするぞ」
「ありがたいが……半年以上旅をして何一つ思い出せなかったんだ、そんな直ぐに思い出せる物じゃないだろう」
「記憶……か……彼女なら、或いは……」
セン公爵が口元に手を当てながら、意味ありげに呟く。
俺は、その発言に誰よりも速く食い付いた。
「何か方法に心当たりでもあるのか?」
「無い事も無い、君の記憶が記憶操作によって失われた物ならば、同じ記憶操作で取り戻す事が出来るかもしれない、という賭けだ」
「それなら俺が自分で記憶操作を解除すれば良いんじゃないか?」
「僕の知る限り、ヤマトの記憶操作は他人にしか使っていなかった、自分の記憶を弄れるのかは分からないよ」
「そうか……なら大人しく他人に頼る方が良いかもしれんな」
「三大公爵家の話は前にしただろう?」
「あぁ、アステカス公国を治める三人の公爵家の話だろ、それがどうしたんだ」
「ドラゴファースト家、セン家に名を連ねる、シェル家という公爵家の人間が、高い記憶操作の才能を持っている」
「本当か!?」
「私は彼女達の事をあまり好かないのだがね、何しろ彼女達は記憶操作による洗脳じみた方法で一帯を統治している」
「それは……やべぇ奴らだな、危険はないのか?」
「危険だ、君達に力を貸してくれる保証はないし、最悪記憶を弄られる可能性もある、だが恐らく、今のシンシアで最も記憶操作に長けた人物は彼女しか居ないだろう」
セン公爵の表情は至って真面目だ。冗談や皮肉で言っている訳ではないらしい。
彼がそう断言するからには、本当に危険なのだろう。そんな人物の所に行っても……大丈夫なのだろうか。
「記憶操作に対抗する方法は無いのか?」
「対抗出来る手段は、隠蔽の才能で記憶域を隠蔽するか、精神汚染耐性や意志の才能で耐える、と言った所だろうか」
「そうか、どれも俺達には無いな……」
「いや、言い忘れていた、記憶操作は、少なくとも才能指数7の段階では接触が条件だ、彼女に不用意に近付かなければ問題はない」
「なるほど、触られなければ良いのか」
相手との接触を避ける。それなら意識して対策する事も出来るし、クロセルの魔術で防御する方法も取れそうだ。
リスクがあるのは事実だが、俺の記憶を取り戻すという事はそれ以上のリターンだ。少なくとも俺にとっては。
「よし、決めた。俺はシェル公の所に行くぞ、セン公爵、紹介状を書いてくれ」
「あぁ、それは無理だよ、何しろ私とシェル家は犬猿の仲でね、何度か戦争になりかけた事もあるような関係なんだ、だから私の紹介は逆効果だよ」
「なら自力でシェル公の元に近付かなければならないのか……面倒だな……」
「力になれなくて悪かったね」
「あぁ、お前が無能なせいで俺が困ってる、反省しろ」
「記憶を取り戻す手掛かりを事細かく教えて貰った相手にその態度は良くないと思いますよ、ヤマトさん」
「うるせぇ、いつもの癖だ」
「くすくす……まぁ構わないよ、私は寛大だからね」
「本当に、セン公爵が寛大な心の持ち主で良かったな、ご主人、シェル公の前でもその態度だと、直ぐに記憶操作で態度を改められるぞ」
「つまり……俺に礼儀作法を求めてるのか?」
「せめて敬語は使いましょうよ、王国に居た時は出来たんですし出来るのは知ってるんですよ」
「いや……王と公爵じゃ位が違うだろ……」
「何を言っているのだご主人、公国では公が事実上の王だぞ、セン公爵も王族の人間と同程度に偉いのだぞ」
「そうなのか……いやでもこの貴族男なんかウザいし……」
俺はセン公爵を指差しながら、忌々しげに吐き捨てる。
そして、当の本人であるセン公爵はあはは……と笑っている。怒らない所が逆に腹が立つ。
そうしていると、アカツキが俺の手をはたき落とす。そして、拗ねたような声色で告げた。
「態度を改める気が無いなら、シェル公の所に私は付いていきませんよ」
「それは困る、俺とクロセルと瀬野じゃ貴族のご機嫌取りなんか出来ない」
「我は出来るぞ!」
「無理だ」
「何故即答なのだ!?」
「仕方ないですね……大丈夫です、私も付いていきます。ですがシェル公とのコミュニケーションには大きなリスクがあるんですからね、絶対に変な態度は取らないで下さいよ」
「あぁ、肝に銘じる」
俺達の覚悟が決まった事を見届けると、セン公爵はその背後に幽霊のようにずっと立っていたエスクに対して、振り向かずにそのまま命令を告げる。
「そうか、ではエスク、フェアリーケレッジまでの地図を書いてきてくれ」
「承知しました」
命令を肯定する言葉がエスクの口から紡がれた瞬間。エスクの姿は消え失せていた。
やっぱあいつ幽霊だろ、足音もしなかったぞ。
「では、私は仕事もあるのでこの辺で失礼しよう、準備はエスクに一任したから、何かあったら彼女を頼ってくれ」
「分かりました、貴重なお時間を割いて頂きありがとうございます」
「構わない、とても有意義な時間だったよ、ではね」
セン公爵はアカツキに向けて笑顔を浮かべると、小さく手を振って部屋を後にする。
「よし、それじゃあ俺達は旅の準備だな」
「何から何までセン公爵には助けられっぱなしですね」
「まぁ嫌味な男だが、俺もそれなりに感謝はしてる……」
「僕も付いていって良い……んだよね?」
「当たり前だろ、置いていったりしない、準備をすると言ったが、今日明日に発つ訳じゃない、瀬野が旅に付いてこれる程度に回復するのを待つつもりだ」
「そっか、良かった」
瀬野が安心したように胸を抑えると、にこにこと笑顔を浮かべる。
また置いていかれるとでも思ったのだろうか。
俺達は部屋に戻り、旅の準備を整える。
セン公爵の屋敷に滞在したのは二週間程度。短い間だったが、大変世話になった。
誰にも見えない心の底で、俺は貴族男の奴に感謝の念を抱いた。




