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「さて、結論は出たかな?」


「あぁ……分かった」


 宵闇の静寂に、エスクの射撃と、それを叩き落とす音だけが響く。

 第三の選択肢。一つだけ……ある、それをやる事に意味があるのか、本末転倒なのではないか。

 切実にそう思うが、提案してみるだけの価値はあるだろう。


「エル、もし……俺が死ぬと言ったら、お前達はこれまで通り、身を寄せ合って旅を続けられるか?」


「いや、そもそも……もう私が旅を続ける理由は無いんだよ、聖教会から逃げ隠れする理由は無い、あれはあれでスリリングで……楽しかったけどね」


「くっ、駄目なのか……そもそも!お前は一体何者なんだよ!例え勇者とティアが居たとしても、聖教会には勝てないぞ!」


 俺は歯を噛み締める。苦渋の決断だったが、これでも駄目だというのか。

 そんな俺に対して、エルは軽蔑したような酷く冷たい視線を送ると、小さく首を傾げ、吐き捨てる。


「ヤマト様……馬鹿なの?」


「あ?なんだと!?」


「多分、クロセルさんとかアカツキさんはもう気付いてるよ、気付いてないのは馬鹿なヤマト様、貴方だけだ」


「クロセル、アカツキ……お前達はエルが何者なのか、知ってるのか?」


「この状況から考えて、分からない方がおかしいぞ」


「動揺しているのは分かりますが、冷静になって下さい、ヤマトさんなら分かる筈です、彼女の偽名、"エル"が何を意味するのか」


 アカツキもクロセルも、悲しそうな顔をして俺の言葉を肯定する。

 分からないのは?俺だけ?考えれば分かる?本当か?


「この世界でエルが何を意味するかなんて分かる訳ねぇだろ……」


「違いますよヤマトさん、私達の世界の言葉です、el、エル、或いはエールとも」


「俺の世界……地球の言葉か!?」


 なんでエルの名前が地球の言葉に起因するんだ?エルも転生者なのか?

 いや、そんな事はどうでも良い。今は思い出せ、エルという言葉にどういう意味があった?


「地球でエルと言えば、長さの単位、或いはヘブライ語で……」


 そう呟いた所で、俺ははっと気が付く。

 無知な俺でも偶然知っていた、エルという名詞の意味。それは……


「――唯一神だ」


「あはははは!やっと気が付いたんですかヤマト様!?そうですよ!ご主人様はこの世界の神だ!」


「ラプラス、黙りなさい」


「へーい」


「エルが……神?そんな筈は無い、神は上層に居て、聖教会に保護されている筈だ」


「あぁ、あれだね、あれは"空っぽ"なんだよ、神の抜け殻とでも称そうか」


「どういう……事だ?」


「要するに、あれは私の元の肉体なんだ、諸事情で使い物にならなくなったから、このクリスタ・シュルツヴェールって人間の身体を貰ったって訳」


 聖教会の崇める神が、抜け殻?

 いや、確かに納得出来る点はある。聖教会は露骨に神についての言及を避けていた。

 それが"神が抜け殻だったから"だとすれば、辻褄は合う。

 聖教会は神が抜け殻である事を人々に隠し、今までまるで"神が居るかのように"振る舞っていただけなのだ。

 だから、その真実を知ってしまったエルを捕らえようとした。という事なのだろう。


「ははっ……まさか聖教会も……エルが本当の神だとは思いもしなかったんだな……」


 思わず乾いた笑いが浮かぶ。そうだ、納得出来る点は他にもある。

 エルは俺が風邪を引いた時に、「この世界では風邪一つでも命に関わるから」と言っていた。

 あの時、エルは俺が転生者だと知らなかった。なのに"この世界"と言うのはおかしい。

 まるで、シンシアの他に世界がある事を知っているかのような発言だ。

 そうだ……あんなに前から、俺とエルが出会った直後から、そもそもエルが自分の名前を名乗った時点から、ヒントはあったのだ。


「待て、お前が神なら……あの時、ラプラスがティアを斬った時、祝福を移してティアを助けたのはなんでだ?」


「あの時に言ったよね、『私はハッピーエンドが好きなんだ』って、あそこでティア様が死んじゃったら、物語として後味が悪いでしょ、だから助けた、それだけだよ」


「じゃあ、神は僕を見捨てた訳じゃ無かったんだね!」


 何故か勇者が嬉しそうに声を上げる。

 そうだ、これでこいつらが俺に剣を向けた理由も分かった。


「勇者は神の御告げ、いやもはや命令というべきか、それに絶対遵守だ、だから勇者とティアは……神に命令されて俺達に剣を向けた、そうなんだな!」


「……すまない」


「……ごめんなさい」


「いや、分かってる。神に何も言うなと命令されてるんだろう?大丈夫だ、お前達は裏切り者じゃない、仕方なく神に従ってるだけだ」


「少しお喋りをし過ぎたね……ヤマトは馬鹿なままの方が、私には都合が良かったんだけど」


 エルが忌々しげに吐き捨てる。そして、同時に勇者が剣を構え、ティアが掌を此方に向ける。


「時間だ、さぁヤマト様、答えを出してくれるかな」


「あぁ、覚悟は決まった、エル、お前はもう仲間じゃない……俺の……俺達の敵だ」


「そう、なら……今から殺し合う?」


 エルと戦うか、逃がすか。

 そもそも俺達は、神に勝てるのか?

 神はこの世界を作った絶対にして唯一の存在だ。

 そんな奴に、俺達は勝てるのか?


「ご主人、少し良いか」


「なんだクロセル」


「エルは今、神として万全ではない、恐らく……神としての力を一部失っている」


「それは……なんでだ?」


「神の抜け殻に力を置いてきたと考えるのが妥当だろう、エルが前に言っていただろう?"神の元に置いてきた物を取りに行った"と」


「それが、神の力だと言いたい訳か?」


「あぁそうだ、そしてそれは全て回収された訳ではない、まだエルは神として万全ではないのだ」


「もし万全になったら……どうなる」


「我々では二度と勝てない……だろう」


 エルが上層に行った理由。

 それは神の力を取り戻す為だ。

 具体的には、例えば……"祝福を与える力"とかだろうか。

 エルは魔王との決戦に備えて、上層に行き、力を一部取り戻したのだ。

 そしてエルは神であるから、上層から下層に降りる抜け道も知っていた。なるほど、確かに辻褄は合う。

 このままエルを逃して、エルが神の抜け殻から力を回収しきった場合。

 万全になった神であるエルに、俺達は勝てない。

 此処でエルを逃したら、二度と仕留める事は出来ないのだ。


「早くして、答えないのなら私が決めるけど、良いの?」


「待て!あと少しだけ待ってくれ!一分!いや30秒で良いから!」


 エルも長々と待ってくれる訳ではない。直ぐに結論を出さねばならない。

 思考をフル回転させる。エルと戦うか、逃がすか。

 ここで戦えば、エルを仕留める事が出来るかもしれない。

 エルは瀬野を殺した。それは到底許されない行為だ。

 だが、此処でエルを殺して何になる?神を殺す事に意味はあるのか?

 いや、意味など何もない。ただ俺の復讐心が満たされるだけだ。

 なら……答えは一つ。


「エル、お前を見逃す、何処にでも行け」


「ご主人……良いのか?」


「あぁ、俺はお前を許さないが、殺して何か変わる訳でもない」


「えーつまんないじゃないですか、殺し合いましょうよー」


「そう、分かった」


 不満げに剣を振り回すラプラス。

 対してエルは、俺の言葉を了承するように頷くと、そのまま俺に背を向けて歩き出す。


「行くよ、ラプラス」


「しょうがないですねぇ……」


 続いてラプラス、勇者、ティアの三人もエルに従って歩いていく。


「つーかずーっと何か飛んでくるのすごーくうざったいんですけど」


「我慢して、役目でしょ」


「ボクが常時未来視使ったりしたら、その肉体持ちませんよ?」


「次の依り代は既に用意させてる、帰るまで持てばそれで良い」


「随分と自分の肉体に冷たいですねぇ、その身体、気に入ってたんじゃないんですか?」


「まぁ、そこそこ気に入ってたよ、ヤマト様の気を惹く事も出来たしね」


「っ……」


 飛び出していきたい気持ちを抑え込む。我慢しろ、俺。

 エルとはもう決別したんだ。あいつはもう仲間じゃない、分かってる。分かってる筈なのに。


「くそっ!!!」


 俺は地面に拳を叩き付ける。一度じゃ足りない、何度も何度も叩き付ける。

 物に当たり散らしても、この気持ちを晴らす事など出来やしない。

 気が付けば、地面に血溜まりが出来ていく。それでも構わず、俺はひたすら地面を殴る。

 いや、痛めつけているのは地面じゃない、俺自身だ。


「ご主人、手が傷付くぞ……」


「うるせぇ!知ったことか!くそっ!くそっ!くそおおおおおお!!!」


「ご主人……」


 気が付けば、エル達の姿は見えなくなっていた。

 遠くで聞こえていた射撃音も止んでいた。


「俺は……二度と仲間を失う訳にはいかないと、誓ったのに……」


「ご主人は何も失っていない、エルは仲間ではなかった、それだけの話だ」


「あいつが仲間じゃなかった……そんなの……受け入れられる訳ねぇだろ……」


 俺はべっとりと血の付いた掌を見ながら、その場に倒れ込む。

 今日は……疲れた。あまりにも色々な事が起きすぎて、脳が情報を整理しきれない。

 ただ、分かる事は。今日が俺にとって人生最悪の日だったという事ぐらいだろうか。


「ご主人、まだやる事があるのではないか?」


「もう何もしたくない……」


 これは、悪い夢なのではないだろうか。

 俺はまだ眠っていて、今は夢の続きを見ているんじゃないだろうか。

 このまま目を閉じて、意識を取り戻したら、何も変わりない日常が待っているのではないだろうか。


「これは現実だ」


「うるせぇ……そんなのは……分かってるんだよ……」


 そうだ、これは現実だ。

 この手の痛みが、此処が現実だと訴えている。


「思い出せ、今は……ご主人にしか出来ない事があるだろう」


「俺にしか出来ない事……?」


 何か忘れている。とても大切な事を。

 思い出せ、今日は何があった?


「変な夢を見て……起きたら瀬野が倒れてて……そうだ、瀬野!エルに瀬野が殺されたんだ」


「そうだ、そしてご主人の力があれば、ゼノを蘇らせる事も、恐らくは可能だろう」


「なっ……ヤマトさん、そんな事が出来るんですか!?」


 アカツキが驚いたように食いついてくる。

 そうだ、クロセルの言葉が確かならば、蘇生術の才能で、人を生き返らせる事が出来る。


「だが、この力を使えるのは一回だけだ、二度目はない」


「ティアの時に使わなくて正解だったな、最も、ティアを生かしたのも瀬野を殺したのも、エルであるというのが皮肉な事だが」


 俺はゆっくりと立ち上がる。そして、セン公爵の屋敷へと歩き出す。


「空が明るくなってきた……夜明けか」


 夜だから気が付かなかったが、辺りは中々に悲惨な事になっていた。

 大量の弾痕と血痕。そしてアカツキの右腕。放り捨てられた氷の剣と槍。


「そう言えばアカツキ、手は平気なのか?」


「血だらけの手のヤマトさんに言われたくないですけど……傷は塞いだので平気ですよ」


「……クロセル、腕は治せないのか?」


「安心しろ、少し時間は掛かるが回復魔術で治せる、帰ったら治療するとしよう」


「そうか……じゃあ帰ろうぜ」


「うむ、そうだな」


 こうして、俺達はセン公爵の屋敷に戻った。

 そして、俺は真っ先に自分の部屋に向かうと、瀬野の亡骸の前で呟く。


「――解除(アンロック)


 "才能『蘇生術10』を強制解放しました

 エラー……才能データが破損しました"


「その詠唱は必要なのか?」


「……うるせぇ」


 頭の中に知らない知識が膨大に流れ込んでくる。

 どうやらこれは魔術の類らしい。使い方は……


身体修復(ボディリペア)……心魂再生(ソウルリジェネレイト)……」


 俺が詠唱を始めると、瀬野の身体の傷が塞がっていき、その身体が白く発光を始める。


「予想通りではあるが、まさか聖なる武器による傷も治せるとはな……流石はご主人の才能だ」


「――蘇生(リザレクション)!」


 辺りが光に包まれ、視界が真っ白に塗り潰される。

 刹那、ドクン、と身体の奥底で何かが鼓動する。

 同時に……瀬野の身体が電気ショックを受けたかのように大きく跳ねる。


「成功した……のか?」


「うむ、息を吹き返している」


 身体から何かが失われたような感覚が残る。

 なんと言っても死者蘇生だ、幾ら才能指数10と言えど何らかの代償があるのだろう。

 だが、そんな物は瀬野の命に比べれば軽い物だ。


「身体の修復と反魂は可能だが、体力までは回復出来ないみたいだ、目覚めるのは暫く先になるだろうな」


「そうだな、このまま暫く安静にすれば問題ないはずだ」


「看病はお任せ下さい」


「なっ!?エスクお前何処から現れた!?」


 気が付くとエスクが横に立っていた。俺は思わず飛び退く。

 部屋に入ってきた音も気配もしなかった。神出鬼没にも程がある。


「……?普通に扉から入りましたが?」


「我も気付かなかった、中々やるではないか」


「そうですか、お褒めに預かり光栄です」


 クロセルの称賛に対し、丁寧にお辞儀をして返す。

 俺もクロセルも人の世話をするのが得意とは言えない。看病はエスクに任せるとしよう。


「それと、今夜の内容はご主人様に報告しておきましたが……問題ないでしょうか?」


「そうか、構わないぞ、説明の手間が省けたな、助かる」


 相変わらずエスクは優秀なメイドだ。

 エルも優秀ではあったが、単純な能力だけで言えばそれ以上だろう。


「さて、そろそろ時間か、クロセル、始まったら意識を奪ってくれ」


「そうだな、その方がご主人の為になる、任せておけ」


 何度も使う内に、あの力の使い方も分かってきた。

 そして、時間制限(タイムリミット)もだ。経験上……そろそろ……


 "致命的なエラーが発生した為……

 破損箇所のある才能を破壊します『蘇生術0』"


「うっぐっ……うあああああああああ!!!?」


「今夜は余りにも色々な事が起きすぎた、ご主人はゆっくり休むと良い」


 頭と胸に激痛が走り、全身が爆発したような感覚に襲われる。

 もはや痛みで五感もまともに働かない、何も見えない、聞こえない、感じない。

 俺は頭を抱えた姿勢で、その場に倒れ込んだ。

 最後にクロセルの言葉が聞こえた気がする。

 が、俺はその内容を理解する前に。気が付いた時には既に。意識を失っていた。

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