決別
「ご主人、どうした、何があったのだ」
「エスクさん、それに……エルさんですか」
「エスク……今直ぐその銃を下ろせ」
クロセルとアカツキも俺に追いつき、同じ光景を目撃する。
エスクはちらりと此方を一瞥するが、直ぐにエルへと視線を戻し、銃の引き金に指をかける。
「それは出来ません」
「エルの事を撃ったら、俺はお前を殺すぞ」
「……?何故ですか?私が何か粗々を致しましたでしょうか?」
「お前は俺の仲間を傷付けた」
「どういう事ですか?」
エスクは俺の言っている事が理解出来ないとばかりに、疑問符を浮かべる。
この期に及んでしらを切る気なのだろうか。
怒りが全身を支配する、今直ぐにでも飛び出していきそうだ。
「ご主人……違うぞ」
「何が違うんだよ」
「エルの手元を見るのだ」
言われた通り、視線をエスクからエルへと移す。
エルは困惑したような表情を浮かべながら、俺達の方を見ていた。
そして……その手には。
「なっ、それは……」
――聖剣フルティンが握られていた。
「信じられない話だが、恐らく……」
「そんな……嘘だろ……?」
聖剣フルティンの切っ先からは、血が滴っている。
つまり、あの剣は誰かを斬る事に使われたという事。
エスクに外傷はない。つまり……
「エル、お前が瀬野を殺したのか?」
「っ……」
「理解して頂けたようで何よりです、私はこの屋敷に仕える者として、大切な客人を殺した人間を放置する訳にはいきません」
エスクが俺にそう言い放つ。
そうだ、確かに瀬野は『メイドに気を付けて』と言ったのだ。
メイドはエスクだけではない、エルも該当する。
「答えろエル!お前が瀬野を殺したのか!?」
「ふぅ……はぁ……あの男、死ぬ間際に余計な事をしたんだね、油断した。此処まで予定が狂うとは思わなかったよ」
エルは、溜息を吐くと、悔しげに顔を歪めると、その口から、俺には到底予想の出来ないような言葉を吐き出す。
その発言は、殺人を肯定した事に他ならなかった。
「この殺人鬼を射殺します、構いませんね」
「待て、殺す前に話をしたい」
「……分かりました、ですが下手な動きをすれば即射殺します」
「あぁ、分かった」
あまりの状況に理解が追いつかない。
エルが瀬野を殺した。どうやらそれは事実らしい。
だが、分からない事が多すぎる。
何故エルは瀬野を殺したのか。勇者二人は何処に行ったのか。
「エル、お前は何故瀬野を殺したんだ?」
「邪魔だったからだよ、ヤマト様に余計な事を話そうとしたから殺した」
「つまり……口封じか」
「そうなるかな、でもヤマト様、もう知っちゃったんでしょ?」
「俺が記憶を失ってる、って話か、その話が、何故お前に都合が悪い」
「ヤマト様に記憶を取り戻されると困るんだ、もし取り戻してしまえば、私の旅が終わってしまうから。でも……そんな努力もこれで水の泡だよ、苦労してあの男を殺したのに、もう全部滅茶苦茶だ」
「意味分かんねぇよ!俺が記憶を失ってるって話も!お前が瀬野を殺したって話も!お前の言ってる事も!何一つ理解できねぇ!エル……俺達とお前は……仲間だったんじゃないのかよ!」
「私は愉快な物語が好きなんだ、そしてそれを自分の身で体験する事も好き、ヤマト様との旅は、かけがえのない時間だった、まるで私も物語の登場人物になれたみたいで、楽しかったんだ」
「ならどうして!」
「言ったでしょ?ヤマト様が記憶を取り戻せば、この楽しい旅は終わってしまう、だから私はそれを阻止しようとして、失敗した、それだけの話だよ」
自分の保身の為に、瀬野を殺した。
とんでもなく利己的な理由だ。到底正当化出来るような物ではない。
「でも、この旅ももう終わりだ、だから私は、在るべき場所に戻る事にするよ」
「どういう事だよ……」
エルは月を見上げ、聖剣フルティンを天高く放り投げる。
そして、テラスの塀へと一歩踏み出す。
無論、エスクがそれを黙って見ている筈は無い。エスクは銃口をエルに向けたまま、容赦なく引き金を引いた。
「……発射」
「ラプラス」
発砲と同時に、エルがそう呟く。
瞬間、暗闇の中から一人の少女が飛び出してきたかと思えば、少女は宙を舞う聖剣フルティンを掴み、そのまま流れるような動作でエスクの放った弾丸を斬り落とす。
「チッ……エルてめぇ、魔剣と契約したのか」
「あはははは!お久しぶりですねヤマト様!どうですか?大切な仲間に裏切られる感覚は、ゾクゾクするでしょう?気持ち良いでしょう!?」
聖剣フルティンを持って、エルの前に立ちはだかったのは、黒髪の少女。
いや違う、悪魔だ。俺達の目の前に、悪魔が立ちはだかった。
悪魔は高笑いを浮かべながら、俺に挑発的な言葉を投げかける。
「この肉体に魔術の才能があって良かったよ、お陰で魔剣に燃料を供給出来る」
「あー言っときますけどボク、かなり燃費悪いですから、ご主人様程度の魔力じゃすぐに枯渇しますよ?」
「その時は寿命を持っていけばいい、どうせ使い捨ての身体なんだから」
「あはっ、それもそうですね」
「じゃあヤマト様、さようなら」
エルは最後に俺に向かって振り返り、いつもと同じ、屈託のない笑顔を浮かべると、そのまま塀を乗り越え、テラスから飛び降りる。
続いて悪魔も、ニヤニヤと笑いながら、塀に腰掛け、背中から飛び降りる。
「くっ……仕留め損ないましたか、私は此処から追撃します、追うのならば急ぐ事を推奨します」
エスクはテラスに身を乗り出すと、銃を構え、何度も発泡する。
エルは三階から飛び降りたのに無事なのか?そんな疑問が浮かぶが、あの様子だと飛び降り自殺した訳では無いだろう。
「クロセル、エルを追いかけるぞ、受け止めろ」
「うむ……分かった」
俺は助走をつけると、そのまま躊躇う事なくテラスから夜の空へと躍り出る。
無論、空など飛べない。俺の身体は重力に従い、自由落下する。
「ごぼっ……」
クロセルの魔術、水のクッションが俺の身体を受け止める。
俺が水から出ると同時に、隣にクロセルが降り立つ。
「お前はあの高さから落ちても平気なのか」
「うむ、我の身体は人間より丈夫だからな」
「ごほっごほっ……水で受け止めるならそう言って下さいよ、驚いて水を飲みました……おえっ……」
アカツキも続いて降りてくる。
どうやら着水した時に水を飲んだようで、苦しそうに咳をしていた。
まぁ、確かに初めてこの魔術を体験したならば、普通はそうなるのかもしれない。
「エルは何処だ」
「居るぞ!あっちだ!」
クロセルの指差した方向を見ると、確かに二人の人影が見える。
繰り返すようだが時間は深夜だ。この夜の闇の中では、二人の姿を見失うのも時間の問題だろう。
「クロセル、強化魔術だ」
「分かった、魔術回路改竄……」
素早い略式詠唱で、俺とクロセルとアカツキの三人に身体強化の魔術が掛かる。
実は強化魔術を受けるのは初体験だ。身体が青く発光している。僅かな光ではあるが光源にもなるな。
身体能力の向上についてだが、あまり何か大きく身体が変化したようには感じない。まぁ、物は試しだ。
「なんだこれ……動かす感覚はいつも通りなのにこんな速く動けるのかよ……気持ち悪い」
少し早歩きをしたつもりが、俺の全力疾走レベルの距離を移動していた。これ、本気で走ろうと思ったら凄い速度になりそうだ。
試しに全力で走ってみる。景色が一瞬で変わり、気が付けば俺は家屋の外壁に激突していた。
「いってぇ……」
「何やってるのだご主人……」
「遊んでる暇なんて無いんですから、エルさんを追いかけますよ」
駄目だ、身体能力に対して脳の処理が追いつかない。これ思いの外難しいぞ!?
「強化魔術で戦ってる奴はどういう頭をしてるんだ……理解できねぇ……」
「こればっかりは慣れだな、急ぐぞ」
力の出力を五割程度に抑えてやっと制御できると言った所か。
まぁ初めてにしては上出来だろう、多分。
そういう訳で、俺達は身体強化に物を言わせて、あっという間にエルの元へと追い付く。
「やはりこの肉体の身体能力では逃げ切れないか……ラプラス、少し時間を稼いでくれるかな」
「やれやれ、悪魔使いが荒いですね、分かりましたよ、ご主人様」
エルと悪魔は足を止め、此方へと振り向く。
そして悪魔は聖剣を構えると、エルの前に出て、俺達の進路を塞いだ。
刹那、悪魔が剣を振ったかと思えば、床に弾丸の残骸が落ちる。
それから数秒後、また悪魔が剣を振り、床に残骸が転がる。
これはエスクによる狙撃か、だが未来を視る力を持つ悪魔を撃ち抜くには至っていないようだ。
「そう言えば……あの時の変異種を撃ち抜いたのは……エスクだったのか?」
「恐らくそうだろうな、隠蔽の才能のせいで分からないが、恐らく遠くを見る才能と射撃術の才能を持っているのだろう」
「だとしたらあいつには感謝しないとな……疑った事も謝らないと……」
「此処は我に任せろ、ご主人は武器を持ってきていないだろう」
「あぁ、そう言えばそうだったな」
俺とアカツキの戦闘能力では、未来視を持つ悪魔を殺せない。
それはクロセルも同様だと考えられるが、どうだろうか。
クロセルは詠唱し、その手に氷の剣を持つ。
そして、一瞬にして悪魔に肉薄し、攻撃を開始する。
「あー無駄ですよー魔杖クロセル、貴女は前に一度、未来視の才能に負けたのを忘れたんですか?」
「どれだけ未来が見えていようと、肉体の限界は超えられない」
「まぁ確かにそうなんですけど、ボク結構強いんで、狙撃と貴女の攻撃を受け止める事くらい簡単なんですよねー」
悪魔は嘘をついている訳ではないらしい。
事実、悪魔はクロセルと剣を交えながら、飛んでくる銃の弾丸を的確に斬り落としている。
その表情には、余裕すら見えるようであった。
「才能指数9+か……剣術、魔術、未来視の三つの才能が同時に発揮されている……」
「お、良く分かりますねぇ……流石は魔杖クロセル」
「ご主人、前言撤回だ、少し我を手伝え。魔術回路改竄……略式詠唱展開……
――属性魔術 氷槍」
クロセルは、剣を交えながら、もう片方の手に氷の槍を生み出すと、それを俺の方に放り投げる。
俺に剣と短剣は使えないが、槍ならば使える。
いや……別に槍の使い方がわかる訳ではない。
だが、俺の習得している戦闘術、俗に言うCQCは、棒状の物……いや、殺傷能力のある物であれば何でも武器にする事が出来るという代物だ。
故に、武器が何かは大して問題ではない。剣だろうと短剣だろうと槍だろうと斧だろうとハンマーだろうと弓矢だろうと、武器になり得るのだ。
だが……強いて文句を言うとすれば。
「冷たっ!?」
「氷なのだから当然だろう」
「いや別の素材にしろよ!こんな物使えるか!」
「うるさいぞ……男なのだからそれぐらい我慢するのだ」
握ってるだけで掌の体温が急速に奪われていく。
クロセルはいつもこんな物を握って戦っていたのか……物好きな奴だ。
「アカツキは……」
「身体強化しても私は近接戦闘の経験が無いですから……恐らく足手まといかと」
「そうだな」
乱戦になるとアカツキの魔術も誤射をする可能性がある。
此処は俺とクロセル、そしてエスクの三人でどうにかするしか無いだろう。
「三対一とは卑怯ですねぇ……」
「悪魔のお前がそれを言うか」
「ご主人、いけるか?」
「あぁ、選手交代だ」
少し氷の槍を握っていると、手の感覚が消えた。これならなんとか使えそうだ。
クロセルが飛び退き、それと入れ替わる形で俺が前に出る。
ディザビリティがある為、攻撃は加えられないが、ラプラスの剣を妨害する事は出来る。
俺の横からクロセルが攻撃を仕掛ける。ラプラスはそれを防ごうと剣を振るうが、俺がそれを槍で受け止め、払う。
悪魔は既の所でクロセルの剣を、身を捻って躱すと、そのまま飛び退く。
そして今悪魔が居た地面に、一発の弾痕が生まれた。エスクの狙撃だろう。
「確かにこれは……中々にキツいですね」
俺の加勢で、悪魔は確実にキャパシティオーバーを起こしている。
幾ら悪魔に最善の未来が視えるとしても、現実的な身体能力の限界は超えられない。
どう足掻いても腕は二本しか無いし、剣は一本しか無いのだ。それで出来る事は、確実に限られてくる。
「まずい、ご主人様!回避して下さい」
「っ……!」
エルが咄嗟に身を屈めると、その頭上を一発の弾丸が通り過ぎていく。
悪魔の視た未来では、俺とクロセルに手一杯で、弾丸が撃ち落とせなかった未来が視えたのだろう。
逆に言えば、それが悪魔に取れる最善の行動だったという事だ。
既に悪魔は追い詰めた。エスクの狙撃が、エルに届くのも時間の問題だろう。
そう……勝利を確信した時の事だった。
「っ、ご主人!下がれ!」
「なんだ……と!?」
クロセルの掛け声で、俺は悪魔の妨害の手を止め、一歩退く。
瞬間、たった今まで俺が立っていた場所に、何か白い物が掠めていった。
「クロセル!今のは!」
「風魔術の鎌鼬だ、当たれば身体の一部を持っていかれるぞ!」
「チッ……魔術だと?誰がこんな事を……」
クロセルも俺も一旦攻撃の手を止める。
そして、今の攻撃を放った人物を探す。方角はエルの背後、そこに、二人の人影が見えた。
「ふぅ、間に合いましたか、ヒヤヒヤしますねぇ……」
「なっ……どういう事だ……あの二人まで……」
クロセルが、人影を見て呆然とする。
誰だ、一体誰が邪魔をしてきたんだ?
そんな風に考えている間に、人影の一人が、此方に向かって走り出す。
近付いてきたのは、金色の鎧を纏った……剣……士?
「聖剣……抜刀……」
「は!?はああああああ!?」
「――ヒーローアタック」
剣士の剣戟を、咄嗟に氷の槍で受け止める。
が、駄目だ。剣圧が強すぎて、受け止めきれない。
俺は氷の槍ごと、遥か後方へと吹き飛ばされ、地面に転がる。
「うっ……何しやがるてめぇ!」
俺に剣を向けた男、それは勇者ニコラスであった。
その表情は、何とも言えない物であった。
例えるならば、まるで諦観するかのような、諦めの顔。
「……すまない、ヤマト君」
「まさか……お前も俺達を裏切るのか?」
「そういう事に……なっちゃうのかな……」
嫌な予感がする。もう一人の人影、勇者と一緒に居たあの小さな人影は……誰だ?
「気を付けろアカツキ、来るぞ!」
「えっ、無理です、暗すぎて見えません!」
耳を澄ませると、風を切る音。
方向はアカツキの方だ、俺もクロセルも距離がある、助けにはいけない。
自力で回避してくれる事を祈るばかりだが……
「えっ……?」
アカツキが、不思議そうな顔をして立ち尽くす。
その後、アカツキの右腕が……重力に従って自由落下し、地面に転がった。
「っああああああああっ!?腕が……私の腕が……」
「チッ……クロセル!回復魔術を」
「分かっている!」
アカツキが右肩を抑えながら、その身を襲う激痛に悲鳴をあげる。
首が飛ばなかっただけ幸運だ。腕一本なら致命傷ではない。
この風魔術。俺はこれを見たことがある。俺はこれを使う人間を知っている。
俺は氷の槍を杖にして、立ち上がる。
そして、暗闇の小さな人影が、その姿を現す。
「ごめんなさい、ヤマト」
「ティア……お前まで……」
エルの前に、勇者、ティア、ラプラスの三人が立ち並ぶ。
そう……まるでエルを守るかのように。
「どうして……どうしてなんだよ!お前達に何があったって言うんだ!なんで俺達に剣を向けるんだ!」
「それは……」
「ごめんなさい……言えないんだ」
「くっ、そうかよ、この裏切り者め!俺は……お前達の事を……仲間だと信じてたのに」
勇者もティアも、悲しそうな顔をして、俺の事を見つめる。
エルも、勇者も、ティアも、どうしてこんな事をしているんだ?
俺達は、どうして刃を向けあっているんだ?
理解出来ない。考えたくもない。脳が理解を拒んでいる。思考する事を放棄している。
「ご主人、どうするのだ……?」
「私は……出来ればティア様、ニコラスさんの事を傷付けたくありません」
クロセルはアカツキの応急処置を終え、二人は俺の隣に並ぶ。
判断は俺に委ねられた。さて……どうする?
「分かってる、俺も同じ気持ちだ、だがやらないとやられる、そうだろう?」
「いやーボクとしては是非とも!此処で仲間通しの殺し合いを見ながらドンパチやりたい所なんですが……ご主人様の意向はそうじゃないんですよねー」
「うん、私の望みは私を無事に逃してくれる事、あと……出来ればヤマト様には死んで欲しいんだけど、駄目かな」
エルは小さく笑顔を浮かべながら、淡々とそう告げる。
そこに迷いや逡巡は一切無かった。他の二人は別としても、エルは、本気だ。
「本当に、戻ってくる気は無いんだな」
「私の正体がバレてしまった以上、もうヤマト様と一緒には居られない、楽しい旅を続ける事は出来ない」
「俺がお前を許すと言っても……か?」
「うん、駄目だよ、でも安心して、一生の別れって訳じゃない」
「どういう事だ」
「私とヤマト様は殺し合う関係、ヤマト様はこれからきっと記憶を取り戻す、そして私を殺しに来る、そうすれば……また会えるよ」
「冗談じゃねぇ……」
俺は頭を抱える。あまりにも唐突で、あまりにも重すぎる決断だ。
ここで仲間同士で殺し合うか、四人をこのまま行かせるか。選択肢は二つだ。
どちらを選んでも、後悔する未来しか見えない。
何か、何でも良い。全てが丸く収まるような、第三の選択肢は無いのか?
「うっ……くっ……」
俺は胸を強く抑えながら、泣きたくなる気持ちを抑え込んだ。
こんなの、俺らしくない。らしくないけど、こんな事を思ってしまう。願ってしまう。
――これ以上、俺から大切な物を奪わないでくれ……と。




