メイドに気を付けて
記念すべき100話になります
本来は100話での完結を目指していたのですが、中々上手くはいかない物ですね。今は120話前後での完結を目指しています、最後までお付き合い頂ければ幸いです
俺は夢を見ていた。
場所は、何処だろう。見たことのない景色だ。
まぁ、夢に出てくる場所なんて実在しない場所が殆どだ、大した意味はないだろう。
そして、俺が俺の前に立っている。
いや、夢だから自分の事を俯瞰的に見ているだけとも言える。
駄目だ、眠っているせいで思考が纏まらない。当たり前の事実を認識する事しか出来ない。
考えるのは起きた後でも良いだろう。今は夢の内容に集中だ。
「ヤマト、やり過ぎだよ……」
「あれ……俺また何かやっちゃったか?」
瀬野が俺に何かを言って、俺が何かを呟く。
辺りには人混みが出来ている。何かを指差している。
そこには、肉塊があった。
「あの上級悪魔を一瞬で……」
「なんて強さだ……あの冒険者、なんて言うんだ?」
「知らねぇよ、あんな奴が街に滞在していた事すら知らなかった」
どうやら俺は噂されているらしい。内容はよく分からん。
そして、当の本人である俺は、バツが悪そうに頭を掻きながら、周囲の人達に片手を翳し、何かを呟く。
「記憶操作」
すると、周囲の人々は、突然ヤマトから視線を反らし、その場に居た何の変哲もない一人の男を指差して告げる。
「お前が上級悪魔を倒した冒険者か!凄いじゃないか!」
「僕が……上級悪魔を倒しました」
「うおおおお!英雄だ!こんな冒険者が街に居たなんて知らなかった!」
さっきよりも盛大に騒いでいる。何の変哲もない男を指差しながらだ。
明らかにおかしな光景だ。何がおかしいのかは分からない。
そして、俺は瀬野を連れてその場を後にする。
「やっぱりヤマトは凄いね!考えつく限りのどんな事でも出来てしまうなんて」
「あぁ、そうだな、帝国は強い奴が多いと聞いて来たが……この様子だと魔窟って迷宮も大した事は無さそうだな」
「なら次は何処を目指すの?」
「この世界で一番強い奴が居る所だ、と言っても魔王は居ないらしいからな、その次に強い奴だ」
「となると、祝福の勇者とか皇帝かなぁ……」
「そんな雑魚には興味ない、この空虚な感覚を満たせる強者……そうだな……例えば……」
俺がそう呟いた所で、夢は途切れる。
夢が途切れても、意識がある。おかしな話だ、まるで起きているかのよう。
「……――」
何か音がする。これは、どうやら俺は目覚めているらしい。
目を開く。身体の感覚がある、つまり此処は夢ではない。
「……トントン」
「こんな時間に誰だ?」
「ん……ご主人、起きたのか」
「あぁ、ノックの音が聞こえてな」
「寝ていても聞こえるとは耳が良いのだな」
「いや、丁度偶然目が覚めたんだ」
なんだろう、嫌な予感がする。
さっき見た不思議な夢と関係があるのだろうか。
「まぁ良い、俺が出る」
そう告げて、俺はベッドから降りると、部屋の扉へと近付き、開く。
扉を開いた先、そこには誰も居なかった。
……いや、違う。足元に何か……居る。
「お前は……瀬野!?」
「ごほっ……ヤマト……僕の話を……聞いて……くれ……」
そこには、倒れ伏した瀬野の姿と、血溜まりがあった。
状況から考えて、これは瀬野の血で間違いないだろう。つまり瀬野は怪我をしている。
「クロセル!回復魔術を!」
「どうしたご主人、何事だ!?」
「瀬野が怪我をしている、酷い出血だ……」
何故瀬野が怪我しているのか。何故俺の所に来たのか。
疑問は尽きないが、今はそんな事よりも大事な事がある。
「ヤマト……聞いて……くれ」
「喋るな!傷が広がるだろ!」
こうして話している間にも、辺りには血溜まりが広がっていく。
クロセルは素早く瀬野の身体に手を当てると、魔術を詠唱する。
が、血が止まらない。その事実に、クロセルの顔に焦りの色が浮かぶ。
「ご主人……傷が塞がらない、この傷は……聖なる武器による物だ」
「なら包帯を作れ!それで止血する」
「無駄だ、魔族に対する聖なる傷は、自然治癒を防ぐ、止血をしても、傷は塞がらない……それにゼノはもう……」
「なんだよクロセル……なんでそんな悲しそうな顔をするんだよ……」
「ご主人、ゼノの話を聞け、手遅れになる前に!」
「嘘……だろ……?」
瀬野が、助からない?
瀬野が、死ぬ?
そんな馬鹿な話はあるか?折角魔王の元から救い出したのに、折角こうして再会したのに。
こんなにも早い別れなんて、そんな馬鹿な話があるか?
「ャマト……君は……記憶を失って……いる……」
「おい瀬野!こんな時に何言ってんだよ!」
「メイ……ドに……気を……付け……て……ごほっ……」
「どういう事だ?お前はメイドにやられたのか!?」
「ごめん……ャマト……僕……また失敗……しちゃっ……た……」
瀬野は困ったように小さく笑うと、そのまま目を閉じる。
嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。瀬野が死ぬ筈がない。だって昼まで、あんなに元気だったじゃないか。
「どうやら時間操作で自分の肉体の時間を止め、空間操作で此処まで来たようだな……血痕は辿れない」
「クロセル!何とかしろ!お前は最強の魔杖なんだろ!」
「死者を蘇らせる事は出来ない!それより今は瀬野の言葉だ、ご主人は記憶を失っている、メイドに気を付けろ、そう言っていただろう?」
メイド……この屋敷でメイドと言えばセン公爵の従者、エスクだ。
戦闘能力は無いとクロセルが言っていたが、寝ている瀬野を襲う事なら誰でも出来る。非力だと思われるエスクにも可能な所業だ。
エスクの失敗は、瀬野を即死させられなかった事だ。そのお陰で、こうして犯人が分かった。
「取り敢えず手遅れにならない内に……瀬野を……」
「駄目だ!今ご主人が"あの力"を使えば、無防備な隙を突かれる可能性がある、我もご主人を守りきれるとは限らない!」
「そうか……なら先に敵をなんとかするぞ」
俺は瀬野を抱き上げると、ベッドに運び、横に寝かせる。
既に息はしていない。瀬野は死んだ。その事実が俺の心を強く揺さぶる。
「落ち着け……俺、取り敢えずクロセル、犯人を探すぞ」
「うむ、そうだ、動揺するのも分かるが、こんな時だからこそ冷静さを欠かしてはいけない」
「あぁ、その通りだ、俺はもう大丈夫、行くぞ」
俺とクロセルは、部屋から出る。
クロセルの言う通り、瀬野は歩いて此処まで来た訳では無いようで、血痕は何処にも続いていない。
エスクの居場所は何処だ?瀬野が逃げた事は相手も知っている筈。つまりセン公爵の寝室には居ないと考えられる。
犯行がバレた時点で、既に屋敷の外に逃げた可能性もある。そうなると追うのは困難だ。
「だが、瀬野が俺に対して『メイドに気を付けて』と言った理由があるとすれば、犯人は瀬野と同時に俺の命も狙っていると考えられる、いや……それだけじゃない、他の奴も危険だ、まずは全員を起こして回るぞ」
「うむ、懸命な判断だ」
俺は近い部屋から、仲間を起こしにかかる。
まずはアカツキだ。
「アカツキ!開けるぞ!無事か!」
「ん……ふあぁ……何事ですか……ヤマトさん……クロセルさんまで……」
眠そうに欠伸をしながら、アカツキがベッドから起き上がる。
どうやら寝ていたらしい。無事のようだ。
「悪い、今は話す時間も惜しい、付いてきてくれ」
「……緊急事態ですね、分かりました」
アカツキは俺達の様子を見て、直ぐに緊急事態であると判断すると、立ち上がる。
流石は直感の才能だ。こういう時の勘の良さは助かる。
そして、俺達はアカツキを連れ、ティアの部屋に足を踏み入れる。が……
「ティア……?」
「くっ、手遅れだったか」
「いやクロセル……冗談だろ?まさかティアまで?」
ベッドにティアの姿は無かった。
部屋を見渡してみても、ティアの姿は無い。だが、争った様子や血痕も無い。ただ部屋に居ないだけ、と見るのが妥当な気がする。
勿論、連れ去られた可能性、寧ろ今の状況から考えて、そう考える方が普通かもしれない。
だが、祝福がある以上、殺される事は無いだろう。それだけが唯一の救いだ。
「チッ……次だ」
感傷に浸って時間を浪費する訳にはいかない。今は一人でも多くの仲間を救う事の方が重要だ。
俺達は次にエルの部屋、勇者の部屋を順に訪れる。
だが、どちらもティアの部屋と同じ。もぬけの殻であった。
「どういう事だ?俺達は間に合わなかったのか?」
「分からん……」
「私とヤマトさん、クロセルさんの三人以外、ティア様、エルさん、ニコラスさんの三人が行方不明と……そう言えば瀬野さんの部屋には行かないんですか?」
「あいつは殺された」
「殺され……えっ……?」
「詳しく説明してる時間は無い、今は事実だけを受け入れてくれ」
「わ……分かりました、次はどうするんですか?三人を探すんですか?」
「いや、セン公爵の所に行く、そこに瀬野を殺した奴が居るかもしれない」
可能性としては低いが、行ってみる価値はあるだろう。
それに、彼女の主人であるセン公爵は、何かを知っているかもしれない。
或いは……セン公爵が首謀者、という可能性もある。何にしろ、行かなければ何も分からない。
「セン公爵の寝室は何処だ?」
「我が案内しよう、着いてくるのだ」
俺とアカツキは、クロセルに付いて行く。
何しろ広い屋敷だ、移動するのも一苦労である。
セン公爵の寝室は俺達の寝室と正反対の位置にあった。
全力で走って5分程度かかる距離だ。広すぎる。
「失礼するぞ!貴族男!」
セン公爵の部屋の扉を、俺は躊躇う事無く開ける。
そこには、ベッドに腰掛けるセン公爵の姿があった。
深夜にも関わらず起きている、これほど怪しい事は無い。
「おや……ノックも無しに部屋に入ってくるとは……礼儀知らずにも程があると思うが」
「悪いが今は緊急事態だ、お前……エスクが何をしたか知っているか?」
「緊急事態、そうか……まぁ良い、私は寛大だからね、さて……エスクか、何の事だい?私の従者が何か粗々をしたかな?」
「クロセル、どうだ?」
「嘘は言っていないな」
「そうか、なら貴族男、説明するぞ、お前の従者には俺の仲間を殺し、攫った疑いがある、居場所に心当たりはあるか?」
「ふむ、エスクがそんな事をするとは思えないが……勿論、疑うのは自由だ、だが残念ながら私は協力出来ないな、私は彼女の居場所を知らない、分かる事と言えば……彼女は夜伽の命令が無い限り、昼夜問わず働いているという事ぐらいだろうか」
「クロセル」
「嘘は言っていない」
「そうか、悪かったな、貴族男、お前も従者に殺されないよう気を付けろよ」
「必要ないよ、私がエスクに殺される事など、万が一にもありえないからね」
「そうかよ」
どうやら今回の一件はエスクが独断で決行した事のようだ。
セン公爵は関係無い。それが分かれば長居する理由も無い。俺達は部屋を出ていく。
「夜分遅くに失礼しました、それに恩人にこんな無礼を働いてしまって」
「構わないよ、緊急事態なのだろう?」
「はい、それでは」
アカツキがセン公爵に謝罪をして、部屋から出てくる。
こんな時でありながら律儀な物だ。
「さて……クロセル、屋敷全体に空間探知魔術を掛けて、俺達以外の人間の反応を探せるか」
「その手があったか、任せろ。魔術回路改竄……」
クロセルが空中に手を突き出して詠唱する。
そして僅かの時が経ったかと思えば、クロセルは大きく目を見開き、叫んだ。
「見付けた!三階のテラスに生命反応だ!」
「数は?」
「二人だ、恐らくエスクと誰かだろう」
という事は、逆に言えばこの屋敷の中に残りの二人は居ないという事。
既に殺された為に生命反応が無いのか、単純に屋敷の中に居ないだけか……分からないが、一人だけでも無事な事が分かっただけ収穫だ。
「急ぎましょう、手遅れになる前に」
「あぁ、そうだな」
俺達は再び屋敷を走る。
階段を駆け上がり、街を一望出来るテラスへと向かう。
場所は知っていた。前にクロセルに連れて行って貰ったのだが、あそこから見る景色は格別だった。
街を展望する為だけに作られたかのような、そんな理想的な場所に位置している。
「此処か!」
窓を見ると、確かにテラスに、二人の人影が見える。
俺は誰よりも先にテラスへと近付き、両手でドアを開け放つ。
涼しい夜風が全身を包む。
白いカーテンが揺らめき、月明かりがテラスを映し出す。
そして、俺は、そこで行われていた光景を目撃した。
「エスク……てめぇ……」
「……」
「……」
そこには、向かい合う二人の人間が立っていた。
一人は、見たことのない長銃を構えるエスク。
そして、その銃口の先には……
――エルが立っていた。




