ステラ
俺達は黙々と薬草を集めていた。そう、ただ黙々と。
かれこれ何時間経過しただろうか。魔物の襲撃なんて大層なことが起きることもなく、平和に時間は過ぎていく。
「依頼の要求量まで後少しだな……少し休憩するか」
片手に携えた薬草の山を一瞥し、近くの木々に背中を預ける。
「ふむ……ご主人も中々体力があるのだな、見た目の通りに体力も無いと見ていたのだが」
「俺ってそんな貧弱に見えるか?」
これでも喧嘩で鍛えていた方だ。現代の大人数名程度が相手なら引けを取らない身体である。
それで貧弱に見えるというのは、些か解せない。確かに細身ではあるが……脱げば凄いんだぞ、多分。
最も今は得意であった喧嘩も、傷害の無才のせいで封じられてしまっているのだが。
「はっ―!」
徐に木々に向かって拳を叩き付ける。バキッという小気味良い音と共に樹皮が剥がれ落ちる。
木々も生物なのだから弾かれると思ったが……不思議である。
推定、神より才能を与えられた生物にのみ俺のディザビリティは効果を発揮するのだろう。
神の与える才能の対象外である動植物に対しては傷害行為が可能なようだ。
「よく考えれば生きた草を摘み取れるのも不思議な話だったしな、そこの所は融通が効くみたいだな」
「何を一人でぶつぶつと……取り敢えず終わったぞご主人」
声の方向へと振り向けば、両手一杯の薬草を掲げながらドヤ顔をする少女。なるほど、確かに役に立った。
慣れない作業と言えど、収集効率で負けたのは少しだけ悔しい。
クロセルが俺の分も集め切った故に、今日の所は大人しく撤収するが。次こそは負けないと心の中でそっと誓う。
そうして俺達二人は帰路についた。
「という訳で、依頼通りの薬草を集めてきた訳だが」
街路を経て再びギルドに到着すると、そのままクロを引き連れ受付に出向き、カウンターに指定された量の薬草の山を置く。
「お疲れ様です。此方の依頼は納品までが依頼となっていますので、依頼主の場所まで持って行ってください」
「それを先に言ってくれ……二度手間じゃないか」
「そう依頼書に書いてありますよ?ご丁寧に納品場所までの地図まで書いてありますし」
「なんだと?」
言われて確認してみれば、なるほど確かにそう書かれている。
勿論、ギルドから目的の場所まで線を引いた地図も大きく丁寧に書かれていた。
もう少しちゃんと読むべきだったと反省する。
「ふっふっふっ……ご主人は何かと詰めが甘いな!しっかりとした我が居なければどうなってしまうことやら」
「お前も気付いてなかっただろ?」
「わ……我は依頼書に目を通していない故……それに我はご主人の命令に従ったまでだぞ?」
「それならお前がしっかりしてても何も変わらないじゃないか……」
偉そうに胸を張るクロセルにじとーっとした視線を送りながら、嘆息を一つ挟んで再び薬草の山を掻き集める。
だがこれでは両手が塞がって地図が見れない。
「あぁそうだ、自称しっかりとしたクロさんや、その依頼書の地図通りの場所に俺を案内してくれ、生憎手が空いてない」
机の上に広げた依頼書を目線で指しながら、クロセルにそう命令する。
嫌とは言わずに黙ってやってくれる辺り、根は良い子なのだろう。魔杖だけど。
「これに示された場所を目指せば良いんだな?ふふっ、任せておくが良い!」
何処か嬉しげな様子で意気揚々と歩き出す。俺は両手一杯の薬草の山を抱えて、その背に着いて行く。
重くはないが、やや視界が狭い。これは落としたら惨事だなと思いを巡らせつつ。
暫く歩くと、気の所為だろうか。明らかに人の視線を感じる。
まるで悪い噂でも立てられているかのようで些か不愉快だ。俺は何かしただろうか?
「つーか、十中八九あのことだよな……」
先日クロが召喚した竜のことを思い出し、重い溜息が漏れる。
あの一件は間違いなく多くの人の目に触れただろうし、噂にもなっているだろう。
噂の出処は専ら宿屋のおっさんってとこか。後で少し釘を刺しておかねばなるまい。
耳を澄ましてみるが、聞こえるのは昼間の街の明るい喧騒だけで、どう噂されているのかまでは分からない。
もはや知ったことか、俺は悪くない。
「っと、どうしたクロ」
「着いたぞ、ご主人。此処が地図の目的地だ」
身体を横に傾けて目的の建物を確認する。
住宅街にぽつりと建つ、木造の植物の蔦らしき物で覆われたその家は、明らかに他とは違う異様な雰囲気を放っていた。
なんだか嫌な予感がする。が、納品するまでが今回の依頼だ。渋々その家に近付き、器用に手の甲で戸を二回ノックする。
「……」
「ふむ?留守なのか?」
「戸を開けてみろ。不法侵入になるがこれを置いて帰るだけなら大丈夫だろう」
促されるままにクロが戸を開ける。
中は大量の棚と植木鉢が無造作に置かれており、足の踏み場もないとはこのことである。
これでは廊下を進むことすら困難だろう。
「俺の思ってた依頼者像と違うぞ……ったく、少しは片付けろよ」
悪態をつきながら物の隙間を縫うようにして進んでいき、やや広い空間へと出る。
そこには丸机と椅子、壁に所狭しと置かれた本棚、そして机に突っ伏して眠る人の姿があった。
取り敢えず薬草の山は丸机に置かせて貰い、すやすやと眠り続ける人間へと近付く。
腰のベルトに大量の薬瓶をぶら下げ、茶色いチェスターコートを羽織った明るい茶髪の少年を揺さぶる。
せめて一声掛けてから失礼するべきだと思ってのことだ。
「う……ん……?ボクは誰……?貴方はステラ?」
「俺はヤマトだ、ステラってのはお前の名前じゃないのか?」
「待ってくれ……ボクは寝覚めが悪いんだ……そう、そうだよ。ボクがステラだ、よろしく頼むよ」
身体を起こし頭を抱えながら寝惚けた様子でそう答える人物は、少女かと見違うほど淡麗な顔つきの少年であった。
ただ……この家の有様を見る限り、やはり色々と残念な所を持っているようだ。
「俺はギルドの依頼でそれを届けに来た人間だ、別によろしくしなくても構わない」
「つれないなぁ……君とボクの仲じゃないか」
「俺の記憶が正しければお前とは初対面の筈なんだが」
「そうだっけ?あはは、悪かったよ、記憶が曖昧でついつい」
明るい性格で悪い人間では無いのだろうが、どうも調子が狂う。
この手の人間の相手に関しては、俺は苦手だ。
「我が空気なのだが……うむむ……こやつご主人を弄ぶとは中々やりおる……」
「えーっと、君は誰?あぁ、因みにボクはステラだよ。よろしく!」
「ふっ……我は偉大なるクロ様であるぞ!」
「ははっ……なんとクロ様でしたか!日頃からお世話になっております!」
「そうだな、我の偉業は貴様らの生活を豊かにしている、大いに褒め称えると良い」
そんな相手に対抗心を燃やすクロセルさん。
その割にちゃっかり自己紹介済ませて仲良くやってるし。
案外相性良いんじゃないだろうか、こいつら。
それとクロセルに関してはもう少し自分の身分を隠せとあれほど言っているのに直す気がないのだろうか?相手が相手故に今回は目を瞑るが。
「んでステラ君よ、俺達初めて依頼を受けたんだが何か依頼を終えた証みたいな物は無いのか?口頭で伝えても完遂したかは分からないだろう」
「へー……君達って新人冒険者なんだ、依頼に関してはボクが依頼書にサインをすれば終えた証明になるはずだよ」
「では頼めるか?依頼した量の薬草はちゃんと納品したしな」
「もちろん構わないよ!こんなに一杯ありがとね!これでボクの仕事も捗るよ」
嬉々とした様子で依頼書を受け取り、ペンでサインを書き記す。
このステラという少年、悪い奴じゃなさそうだ。
「ところで気になったんだが……お前の仕事って何なんだ?薬品屋と聞いてるが……」
「ボクの仕事?簡単だよ、頭に浮かんでくる通りに薬草や薬剤を混ぜ合わせて薬品を作って売る仕事だ、なんでもギルドで測ってみた所、ボクにはそこそこ調合の才能があるみたいでね、この街の薬品屋の中じゃ一番安心安全で効果も抜群な薬を売ってると自負してるよ」
調合……これも"才能"か。
やはりこの世界の人間は各々の才能を活かした職に就くのが安牌なのだろう。
となると……やはり俺一人では普通の仕事はこなせるような気がしないな。
「そう言えばクロは魔術以外に何か才能を持っているのか?」
ふと浮かんだ疑問をぶつけてみる。聞いておけば今後役立つ物があるかもしれない。
「よくぞ聞いてくれたな!我の才能はなんと『魔術9』『分析7』だ、どうだ凄いだろう」
「クロ様……凄いです!一生付いていきます!」
「ははは!凄いだろう、これが我に秘められた真の力よ!」
こいつの前で聞いて良かった物かと一瞬後悔するが、どうやら杞憂で済みそうだ。
それにしても分析の才能か……中々汎用性が高そう、というか
「お前が心を読めるのってもしかしなくても……」
「分析の才能だな、極めれば凡人の思考など筒抜けになる」
「やっぱりか」
厄介で迷惑な才能極まりない。
味方としては心強いが心の内を常に見透かされてると思うとやはり気分は良くない物だ。
「というか待てよ?そもそもお前杖なのになんで才能があるんだ?」
今更ながらそんな疑問も浮上する。こいつは人の姿をしているだけでその実態は杖の筈だ。
杖が生きていて神に才能を授けられるなんてことがあるのか?
「あぁ、それに関しては我が生きていた頃の才能を引き継いでいるだけのことだ。前も言った通り我は杖になる前は魔王であり、更にその前は人間だったからな」
「あぁ……なるほどな」
そう言えば完全に忘れていた、こいつは魔杖でありながら元魔王だったのだ。それならば才能を持っていてもおかしくはないか。
そもそも魔王って何なんだよ……と言う疑問も覚えたが、今此処で聞くのは些か不味い気がした。また今度にしよう。
「さて、それじゃあ俺達はこの辺で失礼するか」
「また来て下さいね!ヤマトさん!クロ様!」
「あぁ、まぁ機会があったらな」
やたら友好的なこの少年。機会があればまた来てやらないこともないか。
そもそも、同じような依頼を受けることもあるだろうしな。
小さく会釈を交わし、そのまま植物園のような鬱蒼な屋敷を後にする。
両手が空いて非常に爽快だ、後はこの依頼書をギルドに届けるのみ。
初めての依頼としては中々楽しめたのでは無いだろうか。
「まぁ、仕事なんだし楽しくなくてもやらねばならない物ばかりなんだろうけどな……」
俺は社会人を経験していない。だから労働の苦しみを知らないし出来る限りなら楽に生きたい。
そう思うのは別におかしなことではないはずだ。きっと誰もがそう思ってるのだから。
気が付けば日も暮れかけていた。時間としてはギルドに寄って宿に帰れば丁度夕飯時と言った所か。
先を歩くクロセルの影を踏みながら、俺は考えを巡らしていた。
俺のような野蛮な人間が現実世界で社会不適合者になる未来は間違い無かった。
今思えば神には少しだけ感謝している。人を傷付け無い生き方、それも悪くない話だと。そう思えた。




