異世界シンシア
物書きの練習として始めました
時は深夜。
くしゃくしゃに握り潰されたメモを片手に、俺は町外れにある倉庫のような港湾施設に足を踏み入れた。
そこで耳に飛び込んできたのは、親友の悲痛な叫び声であった。俺が中に入ると同時に、倉庫の照明が一斉に灯る。
確保された視界で見えたのは、遥か遠くに見える友の顔、そしてその周りに立つ黒服の集団。
――男達は俺に何かを向けていた。
「……っ!ヤマト!来るな!これは罠だ、今すぐ逃げろ!」
「パン!パン!パン!」
乾いた音が三度響く。そして身体に強い衝撃、何が起きたかを理解するより前に、俺は強く殴られたかのようにぐらりと姿勢を崩し、後ろに倒れ込んだ。
胸元に走る激痛と動かない身体、鈍い意識の中、何が起きたかを理解する。
もし走馬灯って物が本当にあるとすれば、俺の人生はよほど中身の無い物だったんだろう。
死の瞬間はスローモーションになることもなく、無慈悲にも淡々と時間は過ぎていく。
身体から少しずつ熱が奪われていく感覚、確かな死の足音。
目はもう見えないが、幸か不幸か、かろうじて耳は生きていた。
しかし、聞こえるのは汚れた罵倒、喧騒……そして悲鳴と嗚咽。
「助けられなくてすまない……」
唯一の心残りを胸に秘め、心の中でそう一言呟くと、そのままプッツリと糸が切れるように、俺は意識を手放した。
それからどの程度経ったのだろう。俺は再び身を襲う胸元の激痛で意識を取り戻す。
銃弾を胸に受けて、治療も受けられなかったであろうにまだ生きているとは不思議な話だ。一体何が起きているのか。
両手足を伸ばす、動きは鈍いがなんとか動くようだ。
そこで俺はあることに気が付いた。息ができない、苦しい。そして酷く寒いと。
このままだと死後の世界に逆戻りすることになる。
どうせ汚い生き方をしてきた人生、最期まで醜く足掻いてやるか。
そう決意すると、動きが優れない手脚を必死に動かし、何か掴める物が無いかと手が宙を泳ぐ。
そして、ふと一本の棒のような物に手が当たる。他に縋るものもない、それを強く握り締めた。
「ごぼっ……!」
その瞬間、身体を襲った衝撃に思わず目が開く。そこに広がるのは……陽の光を浴びてゆらゆらと揺れる青く透明な世界だった。
否、此処は水中だ。眼の前に広がるのは大量の水、上を見上げると、確かに水面が見える。
何故水の中に居るのかは分からない。しかし事実として現在……俺は溺れているようだ。
そして、この感覚が確かならば…俺の掴んだ棒は真っ直ぐ上へと引き上げられている。とすれば……
「わわっ、人が釣れちゃった!?」
「釣りに6の才があるお前が失敗することもあるのか、不思議なこともあるんだな」
「そんなこと言ってないで早く引き上げないと!この人死にそうだよ?」
「正気か?こんな得体の知れない物を……」
「ほら早く!お兄ちゃんも手伝って!」
上半身が水から出た感覚と同時に、賑やかな声が聞こえる。完全には聞き取れないが…それは確かに人の声であった。
「――!!!」
身体が引き上げられ、再び大地に身体が触れる。
助かったという確かな感覚を覚えると同時に、込み上げてきた嘔吐感に、思わず吐いた。
岸でよつん這いになりながら、胃と肺の中から水を吐き切る。チカチカしていた視界と麻痺していた痛覚が戻ってくると同時に……再びあることに気が付く。
――確かに撃たれたはずの胸に、一つも傷がないのだ。
「一体どういうことだ…?それに此処は…」
意識が正常に思考を開始すると同時に、無数の疑問が湧き出てくる。しかしどれも考えるだけじゃ分かる見込みのない疑問ばかりだ。故に思考を放棄せざるを得なかった。
「おい、貴様は何者だ?此処はアランの民以外立ち入ることの出来ない禁足地だぞ?どうやって結界を通った」
「……少し混乱している、なにはともあれ君が俺を引き上げてくれたんだろう?助かったよ、あのままだと溺れ死ぬところだった」
ふと顔を上げると、そこには真っ白い肌をした黒髪の青年が立っていた。
そしてその小脇には同じようにとても白い肌をした黒髪の少女の姿が。
ふたりとも、熱帯雨林に住まう民族衣装のような物を身に纏っていた。見た所……明らかに日本人ではないように見える。俺は海にでも流され、遠い海外まで流れ着いたというのか?
「礼を言うならこいつに言うんだな、私は貴様を助けるつもりなど無かった」
「もう……お兄ちゃんは素直じゃないんだから!それにこの人困ってたよ?人助けをするのは良いことでしょ?」
俺を助けたこの二人は兄妹なのだろう。妹の方が兄を見上げながら強気に抗議する様子は、何処か微笑ましい。
「少し説明と提案をさせてくれ、まず俺の名前はヤマトだ。恐らく此処ではない遠い何処かから流されてきた、此処が君達の民族の住む場所で禁足地であるということは知らなかったんだ。今すぐ立ち去るからどうか此処は見逃して貰えないだろうか?」
そこで再び疑問が湧く。一体どうして言葉が通じるんだ?今俺の話している言語は……
――日本語では無い何かだった。
あまりに自然に口から出ている為に気が付かなかった。しかしどうして知らない国の言語を俺が今話すことが出来るのだろう、疑問は尽きない。
「ダメだ、貴様は村に連行する。この土地には強い結界が張ってある筈だ、貴様が流れ者であろうと立ち入ることなど出来るはずがない。村で少し調べさせてもらう事になるだろう」
「分かった、俺も何がどうなってるのか分からないが…それで君達が納得してくれるならそれで構わない」
兄の方に鋭い目付きで睨み付けられるが、生憎この手の視線には慣れている。相手は命の恩人だ、此処は出来る限り穏便に事を済ませたい。多少の面倒は救ってもらった命に比べれば軽い物だろう。
「物分りが良いようで何よりだ、では付いてこい」
兄はふっ…と意地悪げに笑うと、そのまま背を向けて歩き出す。どうやら拘束はされないらしい、抵抗したり逃げることを考えていないのか……或いは逃げても捕まえられる自信があるのか、どちらにせよ有情な物である。
「あっ……待ってよお兄ちゃん!」
俺達が歩き出すと、妹の方が慌てた様子でこちらに走ってくる。背中に背負った籠には、大きな口をしたグロテスクな魚が入っている。こんな恐ろしい魚の生息する水場に溺れていたかと思うと……ぞっとする。
歩きながら周囲を見渡すと、辺り一面は見たことの無い針葉樹が乱立した森林地帯だということが分かる。先程の水場、広い湖のような場所も恐らくこの森に囲まれているのだろう。
そして俺は、ある1つの結論を出す。此処は俺の知っている世界、少なくとも"地球"ではない。別の惑星か、或いは異世界と形容するに相応しい場所だ。そんなお伽噺のようなことあり得るはずもないと思っていたが、俺の今於かれている状況を説明するに、これ以上の答えはないだろう。
「なぁ……道すがら変な質問をしても良いだろうか」
「なんだ、言ってみろ」
「この世界の名前とこの場所の名前だ、答えたくないなら答えなくても良い」
「貴様…そんなことも知らないのか?ここは神が作った世界、シンシアだ。そしてこの森はアランの民以外立ち入ることを禁じられたアランの森であり――っ!二人共止まれ!」
兄の方がそう話していたかと思えば、突如慌てた様子で目を見開き、片手を横に突き出し静止しろと示す。何かあったのかと思いつつ、その言葉に従い…徒者であった頃の癖でそのまま息を潜める。
「ウヴォオオオオオオオオ――!」
刹那、耳を割くような咆哮が響いた。
それは感情無き慟哭、叫び。
少し身体を逸らし、兄の先に何があるのかを確認しようと覗き込む。
――その時、俺は再び死を覚悟した。
道を塞いでいたのは、俺の背丈の二倍はあるであろう巨大な猪の姿だった。
拙い文章と不定期投稿ですが宜しくお願いします