自由と断罪、そして
公民館の中のなんてことのない、しみったれた部屋が悪魔王の執務室だった。
「ああああの、はははいりますうう」
扉を開けるフィルトアーダくん。緊張するのはわかるが毎日会っているのだろう? それで体が持つのか。
と一瞬だけ考えたが、本当に緊張するのもわかる。途轍もない力を感じるのだ。悪魔王の名は伊達ではない。
ドジョウを持った変質神アルファほどではないが、アバドンちゃんより強いプレッシャーを感じる。
そうだな、この感覚はセバスチャンに近いかもしれない。しかし、そう考えると途端に雑魚のように感じられるから不思議だ。セバスチャンは力量的には決して雑魚ではないが、存在の格としては雑魚極まりない。
「私がベルゼブブだ。よろしく。腹いっぱい食べているか?」
頬がこけた線の細い男だった。ぼさぼさの白髪が簾のように顔にかかっている。隙間から除く細い眼はすべての希望を失ったかのようだった。そして、腕は枯葉のように細く、ボロ布の隙間から覗かせている。腐ってない分、ゾンビよりはマシだな。
この中で一番栄養が足りていないのはベルゼブブ本人だろう。にもかかわらず、初対面で答えにくいことを聞いて来やがる。『腹いっぱいですよ』なんて答えたら嫉妬されちゃうんじゃないか。『私なんて冷凍みかんしか食べていないのに!』なんてキレられたら困る。この悪魔王にはさすがに勝てない。俺たちよりも格上だ。
「腹いっぱいだっ! 焼肉してきたからなっ!」
メスブタ殿はご機嫌だ。普段は拳で語ることの多い彼女だが、食の事となると会話にも積極的になる。
幸い悪魔王も怒っていないようだった。
「それは何よりだ。この世から飢餓が無くなりますように…………暴飲暴食バンザイ」
「ぼぼぼ暴飲暴食バンザイ!」
ベルゼブブに追随してフィルトアーダくんも祈りを捧げた。飢餓が無くなるのは構わないが暴飲暴食バンザイは飛躍し過ぎではなかろうか。節制の神とかいるなら怒るかもしれない。もしかして悪魔堕ちの原因はそれか。
世のパーティピーポーは賛同するかもしれないが普通の人々は敬遠するだろう。あ、貴族とかにも支持者はいるかもな。
それにしてもなぜここまでやせ細っているのか。暴飲暴食していないのだろうか。
「筋肉足りなくないかっ?」
メスブタが斬新な方向から攻めてくれた。こういう時に役に立つんだな。まあ、悪魔王に何故痩せているのか聞きたい時なんて中々無い場面だけれども。
「ああ、気になるかい?」
「気になるっ!」
「ははは。君は素直だね……ごほっごほっ。失礼。実はね……」
なんだろう。病か? だとしたら早くこの部屋を出たい。うつされる前に。
「実は、ごはんが目の前にあるとね……誰かの口にねじ込んでしまうんだよ……食べろ、食べろ、腹いっぱい……ってね」
「おお……便利だなっ」
メスブタはうなずいている。お前にとっては便利かもしれないが、俺たちはちょっと引いている。おなか一杯を推奨するとか嘘じゃん。完全に強制している。だってねじ込むんだぜ?
「あの、よろしいでしょうか?」
「うむ? ああ、すまないね。君たちの自己紹介がまだだったね」
「はい、私はレイシャ。聖王国で聖女として囚われていました」
囚われていた、か。まあそういう表現になるのかな。
続いて俺たちも自己紹介をする。
「ニトです。そちらの爆乳をここまで届ける仕事を請け負った無職です」
「ブレアよ」
「あたしは不死王メテオストライクブースター…………この世の生を砕くものだっ!」
久しぶりに聞いたな、それ。まだやるんだ。
「アルマなのです。ガチャにお金をつぎ込んだことに後悔しているのです」
レア度1の土を引いてたからな。でもそれ自己紹介で言うことじゃないから。
「レイシャの幼馴染……の、ユリーネです」
ふむ、初対面で恋人と名乗るにはためらってしまうのか。
「皆さん、よろしく。さて、要件は聞いているよ。聖女を匿ってほしいということだね。もちろん、それが私たち魔界村の悪魔の仕事だから喜んで対応させてもらうよ」
「なぜ、と聞いてもよろしいでしょうか?」
概要はフィルトアーダくんから聞いてはいるが、いまいち腑に落ちない。
「建前を抜きにして本音で話せば、神界の糞どもの尻ぬぐい、そして奴らへの意趣返しといったところかな」
なるほど。フィルトアーダくんは、神界が人間に関与することで発生する責任を果たしている、というようなことを言っていたが、つまり神々が仕組んだことで世に生まれる不幸を悪魔が解決することで神に『ざまぁ』ってやりたいんだな。まあ、わかる。
「悪魔は神に反逆した天使だと聞いています。それがすべての神に対してではないということも。聖女を匿うというのはどの神への意趣返しになるんですか?」
「今回の件の場合は多くいるな。古くから取り組んでいる事業なのだが…………まあ本当に多くの神だ。特に私はかなり多くの古い神に喧嘩を売っているからな。創世から間もなく、かなり多くの神に対してガチギレして争った。一部の神とは未だ仲良くさせてもらっているが……例えば、このダンジョンの神とかな」
ああ、ヘレンちゃんか。確かに、そうじゃなきゃこんなとこで暮らしているわけないわな。
「ベ、ベ、ベルゼブブ様はたくさんの神に喧嘩をうった、ロックで、ロックで、グレートな悪魔なんですよ!」
「あ、そう……」
「人間にしては悪魔と神の関係に理解があるな。誰から聞いたのかな?」
しまった。踏み込み過ぎた。変質神とかいろんな悪魔を怒らせてそうだからな。奴の意図で動いているとバレると厄介なことになるかもしれん。
「……神です」
「……そうか、ま、よかろう。ちょっと詳しく話してやろう。リバイブを許可制にしたのは死神の発案だ。マナに妙なフィルターをかけたせいでリバイブを唱えられる者が制限され、聖者、聖女という存在を含めた蘇生の仕組みが歪なものになっている。余計なことはせずに人間の自主性に任せればいいのだ。魂の質にしても神が良し悪しを判断できるわけではない。ちょっと強くて長生きしているだけの奴らが神だなんだといきがってやりたい放題やっているのが神界というわけだ。私はそれを好かん」
とは言ったものの好き勝手やっているのは目の前のボロ雑巾のような男も同じなわけで。だってごはんがあったら他人の口にねじ込むんだぜ?
「ご説明、ありがとうございます」
「ちょっと強くて長生きしているだけの奴ら、なのかしら?」
ブレアが割って入った。確かに。神ってそれだけのことなのか?
「ま、ちょっと言い過ぎたか。強くて長生きしているということは、その分マナに対して強く働きかけられるということだからな」
マナに働きかけるという意味じゃ変質者スキル最強なんじゃ。というか変質神が最強では?
気になることが増えていくな。
ブレアが前に言っていた『神々のステータスは常に変動している』というのも気になるし、世界を変えないようにする力が働いているようなのも気になる。無限牢獄もその一つではないかと考えている。ブレアを投獄するか否かという分岐は世界の文明の行く末を大きな変えるものだったはずだ。
小さくは変わる。しかし変わらない世界。思考がまとまらない。何かが気になる。
「もう一つ、サランという名前をご存じないかしら?」
ああ、ブレアの復讐相手か。そういえばまだ理由も何も知らないな。
「エルダーリッチだな。知っている」
ベルゼブブの答えにブレアは一瞬だけ体を強張らせた。
「リッチに…………。今はどこに?」
「しらんな。私があったのは100年は前だった」
「そう……ならいいわ」
いいのかな。強さや見た目、話したことなどいろいろ聞くことはありそうだが。いや、一人で後で聞きたいのか?
「ひと段落したのです?」
「ん? ああ、そうだな。何かあったかな?」
「みかんを栽培してはどうかと考えていたのです」
突然何をいいだすんだアルマ。
「みかんを? 確かにそれは素晴らしい提案だな。毎日食べているが考えたこともなかった」
マジで毎日食べているのか。そしてそれにもかかわらず考えたこともなかったのか。
「実はここにスコップと土、熊手があります。よろしければローラーも。栽培に適した道具なのです」
「それぐらいなら村にはいくらでもあるし、人間の街に買いに行ってもいいが……まてっ! それはもしや!」
「そう、穴の女神ガチャで引いた特別製のグッズなのです!」
レア度は低いがな。
「白金貨10枚で買おう!」
レア度確認しろよ。ベルゼブブ商売下手だな。フィルトアーダくんがあたふたしている。お前も何か言ってやれや。上司を止めるのも部下の立派な仕事だぞ。俺は何も言う気はないが。アルマ頑張れ。
「では、契約成立なのです。これで立派なみかんを育てるのです」
「ああ、これからはもっと穴ガチャにじゃぶじゃぶ金をつぎ込もう! こんな使い道があったとはな! いや、恐れ入った!」
アルマはほくそ笑んでいた。アルマ大勝利だ。
ベルゼブブはみかんを前提に思考する脳みそなのだ。いわゆるみかん脳だ。たぶん、この魔界村の村民は全員みかん脳だ。
メスブタは悲しそうな顔で『あー』とか言っていた。ローラーが気に入っていたのだろう。かわいそうだが無視だ。大きすぎてウチでは飼えないからな。
ちなみにフィギュアはユリーネのものだ。お金は出したがガチャを引いた者に所有権がある。引く前にみんなで決めたルールだ。
「よし、幸先の良い商売も出来て何よりだ。レイシャさん、ユリーネさんはしばらく村の宿に泊まってくれ」
「あ、今夜は我々も宿泊したいのですが、宿に空きはありますか?」
「ああ、ガラガラだからな。問題ないだろう」
「……その宿、客は来るんですか?」
「こないな」
「……へえ」
そこはかとなく不安になる。
「フィルトアーダ、案内してやってくれ」
「わわわわかりました。『断罪の拷問具亭』ですね。ご案内します」
不安が肥大化した。ま、とりあえず行ってみよう。




