ブレア様は見直す
「強くなるのは収束魔法でなんとかなるけど脱獄方法のために獲得すべきスキルは考えておかないとね」
ブレアは震える俺を無視して会話を始めた。そうだね、気持ちを切り替えよう。脱獄後のお楽しみを思い描こう。
「スキルか。そうだな…………どうやって脱獄するかだな。そもそも牢獄のこの状態はなんなんだ」
「そうね。この牢獄って何なのかしらね」
さて、やはり牢獄の状態の把握からすべきか? でなければ何が必要かわからない。マナ総量を増やさない限りは皮算用だが、獲得したいスキルをイメージしながら鍛錬するのも重要だと聞く。
さて…………うーん。微妙な状態の固定。時間、時間は関係ない。巻き戻されたりしているわけじゃない……のか? わからんが、何かが引っかかる。発生している事象がいまいち理解できていない。
………収束の魔法、か。
「収束があるなら分散がある?」
なんとなく思考が横道にズレたが気になったのだ。
「作れるんじゃないかしら。けど私が知る200年前までの情報なら、人間界で成功した人はいないと思うわ。スキルへの昇華なら言わずもがなね。収束魔法は私の自作でマナにねじ込むように使い込んでスキルまで昇華させたけど」
人知を超えた所業だな。0ベースで新たな技術体系を構築しスキルに昇華させたわけだ。まあ、それは置いておこう。
「なるほど、分散は理論上は存在すると。では、固定もあるのでは?」
マナに力を加えることができるのなら停止も可能では無いかと思ったのだ。
「…………固定は無理よ。マナより上位の次元の存在を認知することができなければね。そもそも固定したら時も含めすべてが止まるわ」
難しいな。マナを止めたら世界が止まる、みたいなことか。
「じゃあ、マナの記憶の固定はどうだ? マナに新たな記憶をさせない。自然と物質はその状態を維持することになる。あるいは、一定空間内のマナに、ある時点での記憶の形状で空間内部を維持させるように魔法をかけるんだ」
ブレアも少し乗ってきたのか立ち上がり、牢獄内を歩きながら思考し始める。
「だとしたらなぜ物質の移動が可能なの?」
「それもそうか。移動したハサミは移動したままだ。壊れたら修復されるが…………。概念的だが一つの存在だと認識した物質に有効だとかは? ハサミはハサミ。布団は布団、人は人、みたいに」
「ハサミを開いたままにできるのはなぜ? 布団がぐしゃぐしゃでも元に戻らないのはどうして? あなたが体を動かし考えられるのは何故?」
「…………対象の機能を固定しているんじゃないか?」
ブレアが立ち止まり、こちらを見つめる。
「機能…………機能ね、なるほど。それなら可能ね。機能を定義して対象に行使し、それを維持し続けるのは人の身には不可能に近いでしょうけども。何より『人間の機能』など神でなければ定義は困難だわ。けれど」
彼女の言葉を俺が続ける。
「けれど、筋は通る。ハサミは何かを切るという機能を失わない限り修復されない。布団も同じく。布団として使う限りそのままだ。俺も動くだけなら人間としての機能は失われていない。おそらく、記憶はただの記憶であって機能ではない。誰かが……まあ、たぶん神が定義した人間の機能。マナはそれを記憶し定期的に補修している」
ブレアは顎に手をやり、何度か頷く。
「悪くないわね。あなたの事、見直したわ」
上から目線で冷たく俺を見る美女。すごく良い。
ブレア様に見直していただけて光栄です。素直にそう思える自分はそろそろヤバいかもしれない。