ザ・ハイファンタジー
黒衣に身を包んだ俺とおっぱいは空を駆けていく。足元の街に向けてマナフィールドを伸ばすが、こちらを意識しているものはいない。
程なくして、俺たちは街の外へと出た。
「こんなに簡単に出れるものなのですね……」
ほう、とため息を漏らしながら爆乳様は独り言のように呟いた。
「簡単ではありませんでしたよ。警戒すべき対象は広範囲に及びましたし、見つかる危険性はいくらでもありました。見つかってもなんとかなる手段があったから思い切っただけですよ」
「なるほど……あ! あそこに見えるのが待ち合わせのくすの木ではないですか?」
見ると、たしかに街道沿いに大きなくすの木がぽつんと佇んでいた。たしかに待ち合わせには最適だが、最適すぎて心配だ。他にも待ち合わせてしている人がいるんじゃないの?
ちょっと心配になって近づきつつ気配を探ると、桁外れに強い三つの気配──ブレア、メスブタ、アルマ──とそこそこ強そうな変態の気配──ユリーネ──が感じられた。
そして、それ以外にも有象無象といった感じの気配が20程度感じられる。
「ありゃりゃ、トラブルかな……?」
「何かあったのですか?」
「くすの木の下にユリーネ達以外にも20程度の気配が感じられます」
「え!? ユリーネは……皆さんは無事でしょうか?」
「無事じゃないわけがないですね。どうやったら窮地に陥るのか想像もつかないです」
「あ、そうですか。言われてみれば確かに」
マナ視のスキルで強さは十分に把握しているだろう。俺のケツに熱い視線を注いでいた性騎士団長が20人集まっても大丈夫だ。
一瞬だけ、爆乳様を置いて確認に行くか迷ったが、ここで分断する方が危険だし、体にあたる爆乳の感触から逃れることは出来ず、そのままくすの木まで到着した。
「う、うわあ……」
「そ、そんな……」
その光景を見て俺と爆乳様は思わず、後ずさりした。
そこには地獄があった。鉄臭い血の臭い、吐き気を催す臓腑の臭い、その発生源は其処彼処に散らばっていた。今この場所で血と臓腑は、水と土よりもありふれた存在だろう。
地面には20人ほどの男達が転がっていた。先程感じた気配だ。彼らは全員意識があるようだった。うめき声が聞こえてくる。
ただし、彼らは全員、四肢をもがれ転がされていた。中には腹から何かが出ているものもいたが、死なない程度には回復がされているようだった。終わらない苦しみを与えられているのだろう。
そんな中で4人の女が笑っていた。名前は言う必要あるまい。
何のためにこのような生き地獄を味あわせているのか。悪魔か。悪魔的遊戯なのか。
いや、本当に何がどうなったらこうなるんだ。怖いよ、もうお家に帰りたい……。という気持ちを隠して4人に近寄る。ブレアにはバレバレなんだろうけどさ。
「お、おう何があった?」
「そっちこそ何があったのかしら?」
「頭狂ったのです?」
「動きやすそうだな! ほしいっ!」
「ああ、この服装か。メスブタの言う通りで動きやすいんだ。それに脱出での隠密性を追求したらこの服装になった」
言い訳は完璧だ。ぐうの音も出まい。
「それ以外に狙いがないなら良いのだけれどね……」
うん、そうじゃないからね。性的な目的があったからね。だから色々言いたくなるよね。ごめんなさい、次の話をしましょうよ。と、目で訴えるとブレアはため息をついた。
よし、危機を脱した。安堵する俺の横では変態騎士とおっぱい女が百合百合していた。
「かわいいよ、レイシャ」
ユリーネは優しげな笑みでレイシャに近寄り、声をかけた。
え、この全身黒タイツのこと言ってんの? さすが変態騎士。よくわかっている。
「ユリーネ……」
爆乳様も満更でもなさそうだな、おい。
こちらのことも気にせず瞳を潤ませる2人。
「今からはまた幼馴染だ、レイシャ。もう聖女と聖騎士ではない」
「ええ、よろしくね、ユリーネ。でも一つ違うわ」
「え?」
ユリーネは困惑する。困惑するところか? 『私達は恋人同士でしょ?』とかじゃないのか?
「私達はただの幼馴染じゃない、でしょ?」
ほらね。なんか微妙にぼかしてきたけど大筋で間違いない。何この三文芝居。おっぱいの人はいたずらっぽく笑っている。
つられて苦笑するように軽く笑顔を作りながら変態の人が答える。
「敵わないな、確かにそうだ。ずっと一緒だ。もう、絶対にレイシャを離さない」
「うん、もう絶対に……私を離さないで、ユリ姉……」
へえ、普段はそう呼ぶんだ。同い年って言ってたけど何かそういう心温まるエピソードでもあるのかな。けど、ユリーネ、ユリ姉……どっちでもよくない? 音の変化ほとんどないぞ。
「しかし、すごく可愛い格好しているな」
「えっ? そ、そうかな? そこまで?」
「また昨日の夜みたいに……」
頬を染める2人。世界に入り込みすぎだろ。
「やだ、こんなところで……」
そりゃこんなところだろうよ。四肢をもがれた男達が20人以上転がってんだぞ。邪神を召喚できそうなほど血と臓腑がばらまかれた空間だぞ。
「2人とも、そろそろ」
気まずいが声をかけないと終わりそうにない。
「あっ! す、すみません。失礼しました」
「申し訳ございません。あまりにもレイシャが可愛くて。この服はニト様が?」
「ええ、私が用意しました」
「素晴らしい、さすがです。レイシャを連れ出してくれたこと、そしてこのような服を与えてくれたこと。深く感謝します」
まさか全身タイツが脱出と同列に並ぶ感謝になるとは思わなんだ。
「いえ、当然のことですよ」
やはりこの女、よくわかっている。ガッチリと握手を交わした。しかしいくら百合姉でも女は女。握手でちょっと興奮しちゃう……。まだ女体には慣れていないから。
「で、この地獄絵図はどのようにして作られたんだ?」
「黒蛇さんよ、追っ手ね」
ブレアが腕を組んでゴミを見るような目で転がる男達をみる。怖い怖い。俺を見る時と同じ目だ。
黒蛇か。聖女誘拐の実行犯が俺たちを狙ったのか? それともユリーネか。
おそらく、奴らは俺が聖女誘拐を阻止したという情報は得ているだろう。国や教会のお偉方が知っているなら犯罪組織が知っていてもおかしくはない。そうなると当然、俺の仲間も把握しているだろう。別に隠していなかったしな。普通に宿に泊まっていたし。
そんな俺らが宿を引き払って街を出たのだ。追うに決まってるわな。邪魔した報復か、何かの情報狙いか知らんが。こっちに来るとはな。気にもとめてなかったわ。いかんいかん。
「一応、連絡係と思われる潜んでた者も全部捕まえて転がしてあるわ」
ブレアさんは徹底しているな。
「……お願いします……殺して……殺してください……お願いします……殺してください…………」
「あら、まだ喋るのがいたのね。元気だわ」
「……何やったの?」
怖いけど今後のために確認しておこう。
「メテオが殴って、アルマが治してを繰り返しただけよ。たまに逃がしてあげたわ。それでまた捕まえて、殴って治してたまに魔法で収束させたり精神崩壊に近い状態に持って行ったり。死んでるのか生きてるのか、戦っているのか遊ばれているのか、四肢がちぎれては生えて来る、目の前の大地に自分の腕と、足と、臓腑が並べられていく。そういうファンタジーを体験してもらったのよ」
「そうか、すごくファンタジーだな」
ブレアは怖い。忘れかけていたけど思い出した。あの牢獄で容赦なくひたすら悪夢を見させられたことを思い出す。男達に妙な親近感を覚えてしまう。
でも、悪夢の先にあったのはすごい仕上がりの性体験だった。乗り切ってよかった。
「必要な情報はもらったから後は二人の到着を待って殺そうと思っていたのだけど」
ナチュラルに殺すのな。アルマもメスブタも違和感なさそうだ。
こいつらまじで人間界でやっていけんのか。天使とか悪魔が跋扈してる神界とか地獄ぐらいがちょうどいいんじゃないか。
「た、助けてくれぇ」
また別の男が呻いた。殺すという言葉に反応したのだろうか。
「エクストラヒール」
あ、爆乳様が助けを求めた男を治した。やってしまったという顔をしている。癖みたいなものなのか。思わず治してしまったのか。
そして、男の四肢が生えた瞬間──メスブタがちぎった。メテオブーストばりの勢いで男の側に駆け寄り、無造作に引っ張ってちぎった。手足を2本ずつ、もれなくちぎった。草むしりのように雑にちぎった!
男の悲鳴が響く。
「すまんっ! 反射でっ!」
なんか犬みたいだな。さっきまでブレアの指示でやってたから染み込んでしまったのだろう。
これはとんでもない拷問システムが構築されてしまったぞ。相手が助けてと言ったらその瞬間に治癒され、またちぎられるのだ。怖い。
「あの、私もすみません。助けてと言われると反射で」
「いや、かまいませんよ。そもそも万全でも彼らがここから逃げることはできないのですから。で、ブレア。わかったことは?」
「そこに転がっているのが黒蛇の副頭領。彼らの狙いは、言うまでもないけど聖女。依頼元は第二王女。依頼内容は聖女の誘拐と殺害。そして死体をバラバラにしてメインストリートにばら撒くこと。動機は聖女に固執して停滞した政治への批判。頭悪いわ。もはや誘拐未遂の件はどうでもいいんじゃないかしら」
辛辣ぅ。でも同感。
「……とりあえずまとめてぎゅっとして、さっさとダンジョンに行くか」
逃すわけにはいかないし、生かしておいても街道を利用する皆様の邪魔になるだろう。臭いし。
さらば。黒蛇の皆様。
「ダークスフィア」
ブレア様の魔法によって彼らは死ぬことを許されたのだった。来世ではお元気で。
【政治の停滞について】
聖女が誕生し、王族が蘇生権を独占する。一部の貴族が異を唱える。また、別の貴族はおこぼれを期待して王族にすり寄る。貴族の派閥が崩壊して行く。そんな中で反王族派の貴族の子供が事故で死ぬ。蘇生するか否かで議論に。結局、結論は出ぬまま蘇生は間に合わず。対立は深まる。死んだのは第二王女の友人だった。何年経ってもずっと蘇生権の話しをしている王侯貴族への怒り。第二王女は行動に移った。
ニト達にとって、すごくどうでもいい話。聖女は国のためになっているようで実のところそうでもない。誘拐がどうなろうと王族の権威はこの十年で地に落ちており、クーデター直前の聖王国を華麗にスルーする(あるいは救う)ニト一行でした。