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拷問あるいは修行


「筋トレは無駄よ」


「マジか」


 数日に渡り休まずスクワット腕立て背筋腹筋を続けた俺の小休止で彼女は言った。


「ええ、神によって身体の変化が止められているから、あなたのマナでその制約を打ち砕かない限り身体を変化させることができないのよ」


「言わんとすることは分からなくもないけど、数日も放置した後で言うことじゃないよね。あと言い方とかもあるよね」


 生まれて初めて頑張ったのだ。いきなり無駄とか言われて泣きそうだ。いや、薄々分かってはいたのだが。なぜならば、疲れた端から元気になるのだ。一向に辛さが訪れない。継続できるのも当然だ。あれ、頑張ってないじゃん俺。何をやっていたんだ俺は。


「いや、止める間もなくやってたから。時間は惜しくないしまあいいかなって」


「……筋トレがダメなのはわかった。何か効率的な方法を知っているのか?」


 彼女は逡巡し、意を決した様子で話し出す。


「…………私がここにいる理由と関連するのだけれど……私は、マナを収束させる魔法を使えるわ」


「マナを収束させる魔法?」


 聞いたこともない。がしかしそれが凄いモノなのは理解できる。つまり、


「あなたの魂を多少破壊してもすぐさま収束させることができるわ」


「……鬼畜」


 怖いよ。魔王がいるよ。やろうとしてることがエゲツない。理解してしまったのだ。

 つまり、俺のメンタルを徹底的に破壊して、彼女の魔法で収束させるのだ。心の傷は残るが、マナは増える。

 筋肉をピクピクさせる代償に心を壊すお薬のようだ。禁術的なやつじゃん。そりゃそんなの使えたら神界の無限牢獄へお招きされるわ。VIP待遇でご招待だわ。


「本来は魔石を人工的に作るものだったのだけどね。他にもミスリルやオリハルコン、アダマンタイトを量産できるわ」


「パネェ」


 そんな魔法が出回ったら探索者はほとんど失業だな。鉱夫も同じく。魔石が簡単に作れるならエネルギー産業の方々も失業だ。

 そして、今回のように人のマナ総量を無理やり上げる手段がとれるようになる。世界の経済と軍事バランスをぶっ壊す魔法だ。

 俺は純潔さえいただけるのなら彼女が何をしようと知ったことではないが。


 あ、そういえば。


「ところで名前を聞いてなかったんだけど」


「そう言えば名乗ってないわね、ブレアよ」


「いい名前だね」


 キメ顔で返す。


「穢れた気がするわ」


「正直なんだね」


 涙が頬を伝った。


「200年、こんなところにいればね。元の性格なんて思い出せやしない」


「200年!」


 よかった、下手に30年とかじゃなくて。30年とかだと『47歳か、母親よりちょっと上だなぁ……』みたいなリアルさを感じてしまうところだった!

 よし、エルフだと思おう。217歳のババアじゃない。エルフみたいなものだ!


 あれまてよ。200年前…………ブレア……魔法…………。


「あ。終焉の魔女」


「なにそれ?」


「いや、200年前の魔法帝国アナリシアにいた魔女ブレアだよ。またの名を黒球の魔法使い」


「それなら私ね」


「おお、すごい! 歴史の人物と会えるとは。さすが神界だなー」


 とは言ったものの正直そこはどうでもいい。可愛いか可愛くないかなのだ。


「女神にも会ったんだし今更でしょ。私は200年経っても自分の名前が残ってることに驚きだわ」


「というか、なんで200年ってわかってたんだ?」


 俺は1~2年ですでに怪しくなっている。


「マナが一定のリズムを持っているからよ。マナ視の派生スキルで絶対時間把握というスキルを持っているの」


「絶対時間? 普通の時間とは違うのか?」


「普通の時間は不確実だから。場所によって流れが違うのよ。対してマナの時間は世界を流れる絶対的な時間をさすのよ」


「てことは絶対時間と俺の地元の時間は違う?」


「可能性はあるわね。ごく僅かでしょうけど。だから、私のいた国で厳密に200年経過したかどうかはわからないわ。この『世界』で経過した絶対的な時間が200年というわけね。神界や人間界というくくりではなく、マナが支配する全ての領域でマナが認知する経過時間よ」


「なるほど? …………まあ、ほぼ差分がないなら気にしなくていいのか。ちなみに俺が来てからどれくらい時間が経ったか教えてもらえないかな」


「1年半よ」


 思ったほど経過してないな。予想以上にここの生活がきついのもしれない。


「ところであなたの名前は?」


 真顔で聞かれた。


「…………出会った時に名乗ったけどニトだよ」


 一年半経ったのだ。会話もしてなかったし。名前は覚えていなくて当然だ。でもなんだろう。すごく悲しい。


「あ、また……。打たれ弱いのね」


 さらに撃たれた。そろそろ討たれるぞ。


「ハハハ。ダイジョブダイジョブ」


「大丈夫な感じが皆無だから一応、収束魔法を唱えておくわね」


 彼女は魔法語での詠唱を始める。俺でも視認できるほどの濃密なマナの渦が彼女を包み、魔法が発動した。


 軽い! 心が軽い! この10年ぐらい囚われていた心の闇が晴れたようだ! すごい! すごいぞ! 今なら心置きなく昼寝できるぞ。なんの気兼ねもせずに近所を散歩できそうだ!


「ブレア、ありがとう! 世界が輝いて見えるよ! 全てが赦された!」


「落ち着いて。世界は輝いていないから。あなたは性犯罪者、それを思い出して。あなたの世界は汚泥のように濁り異臭を放っているわ。あと何も赦されていないから。もう一度言うわ。あなたは性犯罪者よ。これから先ずっと、一生ね」


 恨みでもあるのか。これ物語だったら絶対に敵のセリフだぞ。

 急速に冷えていく俺のハート。深いダメージが突然癒されたかと思ったら改めて抉られた。治したあと、治したところを削られたのだ。


 心の傷を乗り越えたわけではないので簡単にフラッシュバックしそうだ。危ういぞ。これ。


「この魔法で本当にマナ総量って増えるの?」


 少し震えながら聞く。


「増えるわ」


「そう…………」


 牢獄から出ない限り逃げ場は無いのだろう。今までの人生で最も追い詰められていたことに気がついたのだった。


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