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『はじめて』の取引


「話しかけないでね」


 名も知らぬ美女にそう言われてから体感で三日たった。体感なのは時を知るすべがないからだ。太陽が見えないし、ご飯もない。不思議と腹が減らないからそういう世界なのだろう。

 牢獄の中は汚いが、ベッドや椅子、机があった。机の中にはハサミや紙、ペンがある。紙は切ったり書いたりしたそばから元に戻る。これ何の意味があってここに入れてるんだ。

 牢獄内のあらゆる物質は、俺が収監された時のまま存在するように設定されているようだ。移動したり思考したりできるし眠ることも出来るのを考えると、そのまま固定しているのとはちょっと違う気もするが…………。


 不思議空間だ。さすが神の世界。


 美女さんを眺めるのが日課になっていた。失礼かなとは思ったが美しすぎて見てしまうのだ。文句があれば言ってくるだろう。


 身体はたぶん17歳だ。大人びた雰囲気を感じるが間違いない。女性の身体年齢を当てるのは得意なのだ。しかし中身の精神年齢はど偉いことになってそうだ。この人が三億年様かもしれないのだし。



◇ ◇ ◇



 収監されてからどれくらい経ったろうか。一年か、二年か。ひたすら美女を見つめ心を満たし、人生を振り返り心を痛める。この繰り返しだった。家に置きっぱなしのレンタルのエロ魔道具の延滞料はどうなっただろうか。


「そこの変質者さん」


 ある時、声が聞こえた。美しい声だ。清廉な魂から生まれ出で、神の住む山を流れる清流のごとく心地よく透き通るような声。

 俺は辛うじてその喉から音を発する。


「ぅ……ぁ……」


「長い間声を出さなかったから声出ないとかないわよ。神々の力で体は不変なのだから」


「…………お、おう。なんかやってみたくなっただけだし」


 別に恥ずかしくないし! 気付いてたし!


「ずっと修行してたみたいだけどマナ総量も来た時の比じゃないわね」


「…………修行?」


「違うの? なんかひたすらマナの収束と分散をしているのが見えていたけど」


 ああ、黒歴史の振り返り(分散)と美女さんの癒し(収束)の繰り返しのことだろうか。


 見えていたということは彼女は『マナ視』のスキル保持者なのだろう。普通の人にマナは見えない。

 なお、極限状態になると見えることもある。裏ルートを見つけた時の俺がそうだった。


「まあ、その通りかな。する事がなかったからね」


 嘘じゃない。嘘じゃないぞ。


「すごい伸びっぷりだったけど秘訣とかあるの?」


「いや、特にそんなのは考えてなかったが」


「じゃあ、マナが神界に馴染んでいるから、とかかしら。でも人間が人間界で鍛えてもそんな事ないし…………興味深いわね」


 研究者気質なのだろうか。


「というかこの環境でマナは増えるのか? 牢獄の中は、なんというか状態が固定されているような謎空間だろ?」


 おそらく鉄格子も状態が固定されている。逃げようとしても切ったそばから復元するだろう。俺の記憶以外は全てがここに収監された時のままだ、と思っていた。


「増えるわよ。マナは世界の原則。神すらも逃れられないものよ。彼らもマナで構成されているのだから」


 なんでそんなこと知ってるのか…………どうでも良いか。小難しい話に興味はない。もっとライトに会話を楽しもう。久しぶりの女の声なのだから!


「ところで、美女様。この変質者にお声がけいただいたのは何ゆえでございましょう?」


「ええ、本当は目も合わせたくないのだけれど…………今もそうだし、毎日毎日いやらしい目つきでこちらを見ていて本当に吐き気がするぐらい嫌なのだけど、ちょっとお願いがあるのよ」


 嫌がられていた。しかも性的に凝視していたことがバレている。サイズ測定に勤しんでいたこともバレているかもしれない。メンタルごっそり削られた。これは回復した時にめちゃくちゃ強くなってるやつですわ。だが問題は回復できるかどうかだ。


「……おねがい?」


 なんとか声を絞りだせた。本当にカラカラの雑巾から絞り出したぐらいの無理をした。この牢獄に来たばかりの頃の俺では出来なかっただろう。成長したな、俺。神様が見てなくても俺は俺が頑張ったことを知っているよ!


「あなた、神のスキルを覚える可能性があるのよね」


「そうだな。穴の女神の言う通りなら」


「どうせ此処では死なないでしょうし、死ぬ気で訓練してみたらどう? 此処を開けて逃げられるスキルを覚えたなら私の純潔をあげるわ」


「わかった、すぐに取り掛かる」


「え」


 彼女の返事を待たずに俺は筋トレを始めた。飯抜きの筋トレに効果があるかは知らないがマナ総量は増えるだろう。


 鉄格子を開けるだけ。それだけで鉄格子よりも固く閉ざされた美女の扉が開くのだ!


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