向かいの美女
「お前がスキルを覚えない理由。それは貴様の魂を構成するマナのせいだ。貴様のマナは人間の世界由来ではない」
「………………?」
たぶん俺は渋い顔をしている。何だろうよくわからなかった。ちょっと整理してみよう。
マナとはすべての根源だ。そして、遍在する。どこにでもあるものなのだ。
マナの特徴は3つ。
・生きていると増えていく。頑張ったらもっと増える。
・人の思いを世界に反映する。
・それを記憶している。
例えば魂。その構成はマナ100パーセントだ。あれ? マナって女の子の名前みたいだな。マナ100パーセントとか言うとちょっとドキドキしちゃう。『マナの全部、あなたにあげる…………100パーセントだよ?』なーんてな!
ともかく、魂はマナで構成されている。マナが魂として収束している状態が生きているということであり、分散したのが死んでいるということなのだ。
マナは心臓が脈打つように、小さく収束と分散を繰り返し、その度に少しずつ増えていく。
精神的に苦労するほどマナは増え、魔法の威力や耐性が向上する。身体も鍛えるほどマナが増え、『身体を強靭にしたい』という思いを反映して身体に満ちる。
魔法を使うときも同じだ。そこらに分散しているマナを収束させ、思いを反映する。火を放つ、風を起こす、スカートをめくる、パンツを……見る! そういうことだ。
この場合もマナが増える。分散したマナを収束させると増える。これが原理原則だ。
わかりやすく言えばパンツを見ればマナが増えるってわけだ。『もう、マナのパンツばっかりやめてよ! ばかばか!』これが世界の法則だ。
さて、ではスキルとは何か。それはマナの記憶である。
マナはかつての人々か行使した行動、世界にどう働きかけたのかを記憶している。大賢者が行使した魔法、剣聖の剣技、商人の交渉術、王侯貴族の礼儀作法、子供の遊び、性行為の妙技、暗殺者の技術。繰り返し、繰り返し何度も何度も世界に働きかけてきたそれらはマナの中でスキルとして昇華されている。
つまり、人の魂にはかつての誰かのスキルが眠っているのだ。それを呼び覚まして使いこなしていくのが人間社会を効率的に生き抜くコツなのである。
見た目にもわかりやすいしな。『剣術レベル5を持ってます!』という人と『洗濯レベル3です』という人ならどちらを兵士にしてどちらをメイドにするかは明らかだ。
俺なら可愛い方をメイドにするが。
スキルがあると、その行為の効果が高まる。かつての振る舞いをマナが記憶しており、かつての達人の動きを再現するサポートをしてくれるためだ。
もちろん、スキルが無くても強い剣士はいる。例えば我流の剣を使っており、この世界にこれまであった剣技とは異なる場合などだ。だが新しい技術なんてそう簡単に生み出せるものではない。古い何かを組み合わせ、そして捨てながら新しくなっていく。結局は古い何か──スキルを得る必要があるのだ。
長くなったが、魂と肉体に収束しているマナの総量がその存在の強さであると言える。俺はマナ総量1000の凡人オブ・ザ・ワールドだ。
マナ総量はそのままスキルをどれだけ獲得できるかという可能性だ。まあ、1000あって普通に生きていたら2つ3つは持っているだろう。1つもないのは常識に真っ向から抗う狂戦士ぐらいだろう。俺だ。
本当に大変だった…………。
◇ ◇ ◇
幼い頃は幸せだった。友達もまだスキルを覚えていなかったから。だけど成長するにつれ、友達は多種多様なスキルを身につけていった。
そんな中、スキルを一つも覚えない俺は蔑まれていた。この5年ぐらい、だいたい次のような蔑まれ方をしていた。
元親友『サボってんじゃねぇか? ちょっとは危機感もてよ。これが友達としての最後の会話だ。アバよ!』
幼馴染♀『怠けるのは良くないと思う。もう話しかけないで』
両親『恥ずかしいから出て行って』
妹『くさい』
近所の人『ひそひそ』
ギルドの人『ポーターならいいけど死ぬ前提で登録するから』
探索者『どうやって生きてるんだよ。逆に尊敬するわ』
八百屋『うちは鮮度がウリだから。近づかないでくれるかな?』
肉屋『お前に肉はまだ早い』
魚屋『骨なら売ってやる』
葬儀屋『まだか?』
妄想上の恋人『大丈夫、わたしはいつも一緒だよ!』
◇ ◇ ◇
「おい、聞いてるのか? 貴様のために話しているんだぞ」
「はっ!」
「聞いてなかったな」
「すみません、妄想と回想が捗ってしまいまして」
「はぁ……まあいい。もう一度言うぞ。お前の魂を構成するマナは人間界のマナではなく、ここ神界のマナなのだ」
「え……なんで?」
俺の魂には人類の皆様のスキルが記憶されてないってこと? そりゃスキルなんて覚えませんわ。
「知らん。知らんがもし貴様が神界のスキルでも覚えようものなら人間の世界に神界のスキルが広まる危険がある。見つけたからには確保させてもらう」
ああ、そうか。俺の魂は人間界のスキルは記憶してなくても、この神界のスキルを記憶しているのか。
「なるほど、神の技が人間に使われてしまっては問題ですよね。それが人間界のマナにでも記憶されてしまえばヤバイっすもんね!」
「ああ。貴様は明るい男だな。悲壮感とかないのか」
「へへっ……無いっす」
無能の理由がわかってよかった。後はお昼寝を楽しむだけだ。女神さま直々に永遠の怠惰を許されたのだ。労働よ、控えよ! 頭が高い。
「そうか……。ちなみに神界のスキルは低くてもマナ総量10万からだ。では、今度こそ行くが良いか?」
10万とは酷い。俺がつかえるようになることは無いだろうな。人類でもほとんどが無能だ。ぶっちゃけ自分でもかなりサボっている自覚はあったが、死ぬ気で鍛えても挫折するだけだっただろう。良いことを教えていただけた。
「はい。ヘレン様。本当にこの度は申し訳ございませんでした。この罪を真摯に受け止め、この牢獄での罰を受け続けます」
「…………ああ。頑張りなさい」
そうして美少女ちゃん改め美女神さまは去って行った。よっしゃ、何すっかな! 昼寝か…………昼寝だと思ってたがなんか一仕事終えたみたいな開放感がある。なんかしてーなぁ。
ふと、鉄格子の向こうを見ると、もう1つの鉄格子があるのがわかった。そして、その向こうには…………美女や。なんやここ。天国か何かか? あ、いや天国か。神界だし。じゃなくてパラダイスか? 美女見放題、昼寝し放題、死なない。
どうしよう。挨拶すべきか。これから億年単位でお隣さんかもしれないし、心象はよくしておいた方が良いか。
「や、やあ。俺はニト。よろしくね、お隣さん」
碧眼ブルネットのスレンダー美女は牢獄内の椅子に座り、足を組み替えながら答えた。えっちだな。
「……話聞いてたけど性犯罪者でしょ?」
「そうだね。俺は性犯罪者だ。だが昨日まではそうじゃなかった」
「だから何なの、としか思えないんだけど…………強いて言うなら、あなた死んだ方がいいんじゃない?」
お隣さんは猛毒を散布するタイプの美女だった。