聖なる迷い子は黄金の調べを求めない
「問題なく解析できたわ、ありがとう」
ブレアは微笑みをこぼした。本当に嬉しい時の顔だ。なんだかんだ言って、この無限牢獄を魔法陣として正しく解析出来るか不安だったのだろう。
もしかしたらアルマのうるさそうな応援も良い励ましになっていたのかもしれない。
「いや、俺のセリフだよ。ありがとう、大変な仕事お疲れさま」
「凄かったのです! あんなスピードでこのねじ曲げられた空間を解析するなんて! いくら五次元時空間の部分知覚者でもまずあり得ないのです!」
アルマは大興奮だ。大好きなブレアの成果を褒め称えたくでしょうがないといった様子だ。言っていることの意味は分からんが。
「五次元時空間の部分知覚者?」
「マナ視スキルのことなのです。無知を恥じないニトは偉いのですね」
アルマは目を細めて柔らかい笑顔で答えてくれた。え、これ常識? 俺ってば無知だったの? 何となくちょっと傷ついたけど……可愛いから許す。そして怖いからこれ以上は聞かない。知らなくても人生に影響ないだろう。
「アルマもありがとう。助かったわ」
「ブレアちゃんのお手伝いならたとえ火の中水の中なのです」
たとえ火の中、水の中、草の中……スカートの中、なんてね。いいパンツだった。3日は余韻に浸りたいところだ。
「メスブタも凄かったな。ウボウボ天使がゴミのように崩れまくってたぞ」
「ウボウボ天使は弱すぎて全然手応えがなかったっ! 逆にビチグソ変態野郎は強すぎて全然手応えがなかったからなっ! そろそろ手応えがある奴を殴りたいっ!」
それは難しいんじゃないかな。あの全てを消滅させる虚無の体現者のようなブッ壊れ性能パンチで手応えを感じることなどあるのだろうか。
しかし、自分の父親のことをビチグソ変態野郎と呼ばれるアルマの気持ちはいかなるものか。
ちょっと気になるが……あ、全然普通だわ。普通にニコニコしてる。本人もそう思ってるのかもな。変態的文化圏で育った割に常識がありそうで何よりだ。
「さて、想定以上の成果を喜ぶのはそろそろ終わりだ。次の行動に移ろう」
話しながら俺たちは天使の大軍が現れた中心部から離れていた。あの大軍は俺たちが中心部に近付いたがために現れた。無限牢獄の解析をさせないためだ。
しかし、俺たちは既に目的を達成した。アルマの言う通り、あの短時間では天使達も解析が完了したとは信じられないだろう。ビチグソ変態野郎も半日以内ならそう思われると言っていた。
という訳で天使のことはもう心配いらない。あの武装天使ちゃんが私的な恨みで現れる可能性はあるが。
「じゃあ、私は魔法陣を起動するわ」
「ああ、場所はこの辺でいいだろう」
ちょっと大きめの牢獄内だ。周囲に他者の気配はない。
「出口は神界ホテル659号室前ね。通行人はまずいないとのことだったけど、なるべく警戒しておきましょう」
「そうだな。おさらいだ。通路は一本道で左右に5部屋ずつの構造。扉はともかく通路内の何者かを警戒しよう。転移したらすぐに通路を俺とメスブタでふさぐ。ブレアとアルマは俺たちの背後に」
口には出さないが、変質神達の口ぶりからして何らかの手が打たれてあるだろう。おそらくそこまでの警戒は不要だ。だが警戒して損することは無いのだ。
「そういえば、どっちの非常階段に向かうのです?」
「659号室は端だから目の前にあるはずだ」
通路は一本道。左右どちらの端にも非常階段の出入り口がある。そして、出入り口には簡易魔法錠がかけられてある。この無限牢獄よりは格段にレベルが落ちる錠だ。
「そこで私は再び解析に入るわ。アルマは結界を、ニトは誰かが現れた時の交渉と戦闘要否の判断、メテオはニトの指示に従って対応をお願い」
ブレアはメスブタのことをメテオと呼ぶようになっていた。アルマはメテオちゃんだ。
俺はメスブタ。街とかに出たらどうしたらいいんだろう。『おい、メスブタ』とか言ったら一悶着ありそうだ。見た目は美少女だし。ま、出てから考えるか。
「……わかった。任せておけ」
「頼もしいわね」
さっきからブレアの笑顔がフィーバーしてる。輝く笑顔が止まらない。俺をどうするつもりだ。ご褒美に向けドキドキが高まっていく。もう、心臓が止まっちゃいそう。
「で、非常階段に入ったらひたすら降ると」
恐らくブレアはそう時間もかけずに出入り口の簡易魔法錠を解錠できるだろう。すぐに階段に侵入できる。そしたら、後はひたすら降る。
10階ごと、つまり60階、50階、40階、30階、20階、10階、1階に同様の簡易魔法錠がかけられてあるらしい。それも都度ブレアが解錠して進む。
非常階段にそんなの設置すんなよと思うが、人間界側からの不法侵入者の遮断の意味合いが大きいらしい。
なんせ世界が生まれて以来、神界ホテルの非常階段が使われたことは無いのだ。つまり監視は無い。必要ないからだ。出入り口で見つからない限りは〇階まで何事もなく進めるだろう。
俺たちが世界初の神界ホテル非常階段の利用者だ。神様も使ったことないのに。いや、神々が非常階段で避難するとか何事だよ。
なお、昇降機があるそうだが、そちらはマナ暗号化の解除が必要らしく技術不足で断念した。
「じゃ、始めるわね」
全員でブレアに体を寄せる。ブレアの左右をメスブタとアルマ。俺は背中合わせだ。お尻がやわらかい…………一日一回のお祈りでやることが増えた。
首だけで少し振り返るとブレアの髪の良い香りがした。208年前の美少女の香りだ。機能固定が解除されたら更新されてしまう。この匂いは二度と嗅げないんだよな…………思い切り吸っておこう。
ブレアが宙に魔法陣を描くのが見える。セバスチャンと同じ技術だ。
光は渦を巻き収束していく。そして、闇が生まれた。
「いくわよ」
「ああ」
「おおっ!」
「はいなのです」
そして、俺たちは闇に飲み込まれて行った。
◇ ◇ ◇
俺たちは転移前と同じ姿勢で立っていた。秘密の花園を出入りした時と同じだ。
すぐさま警戒態勢に入る。しかし、何者の気配も感じない。
紅く高級そうな絨毯に、これまた高級そうな調度品。
「ホテルだな」
背後を見ると659と書かれた扉があった。
重厚な金属の扉だ。鉛色で鈍く光っているが何の金属だろうか。俺の知識にはない。開けたら無限牢獄内に転移するのだろう。
「ホテルね」
「これがホテルなのです? 勉強になるのです!」
「宿だなっ!」
メスブタ……まあ宿でもいいが。
しかしホテルとは、なんという甘美な響きだろう。できることなら何処かの部屋に入っておっぱじめたい。
4人で仲良くお勉強なのです、みたいな。アルマがそんなこと言いだしてくれたらブレアもしょうがないわねってなるし、メスブタも何が何だかわからないままに大人になるだろう。
通路に見える扉は、それぞれ様々な材質だった。木や石、金属、中には草を集めたような扉まであった。それでいて不思議と統一感がある。恐らく、この空気がそう感じさせるのだろう。静謐。非常に静かだ。
神の住まう森の奥深く、突然に生き物の気配が途絶え、ただ圧倒する生命力を、大いなるものの気配を感じるような、そんな空気だ。
でも、そんな場所でもエッチなことしたいって思うんだから人間ってすごい。
ホテルに美少女3人と一緒にいるってだけでエッチなことしか考えられない。神とかどうでもいい。エッチなことしたい。
いや、冷静になろう。いま感じるべきはそこではない。機能固定だ。ついに解き放たれた。そう感じる。
久しぶりに自分の身体が自分の元に戻ってきたような感覚だ。
変質を試してみる。マナの巡りが非常に良い。身体を邪魔するものがいない。これまでずっと機能固定という神のスキルを打ち消しながら変質していたのだ。これはこれで途轍もない訓練だったのではなかろうか。
なんだろう。聖騎士養成ギプスを外した後のようだ。聖騎士養成ギプスとは聖騎士をめざす少年が体に負荷をかけるために巻きつけた邪なる鎖のことである。なんとも変態的な話だ。
三人を見る。
美しい。生命力が満ちている。マナがよく巡っているのを感じる。変質者スキルのせいか。昔はそんなことわからなかった。
いま彼女達の体は生きていて、死ぬことができる。動いているのだ。力強く。
当然疲れるし、お腹も空く。服も汚れればそのままだし、やぶれることもあるかもしれない。汗をかいたりするだろう。
そして、トイレに行きたくもなるだろう。ブレアが二百年ぶりに、メスブタが数百年ぶりに、アルマが始めて(?)のトイレをする。
その事実だけで俺は勇気をもらえる。
黄金が奏でる音の調べも流水の芸術も必要ない。いつからか、そう思えるようになった。マナに刻まれたその事実があればそれでいい。彼女たちが幸せなひとときを過ごせたのならそれが俺にとってのすべてなのだ。
彼女らのトイレに幸あらんことを──
「さあ、行こう」
神や上級天使が現れれば囚われるか、最悪、死もあり得る。転生も出来ないほど分解され、マナに還るかもしれない。しかし、ここまで来て恐怖はない。それでも、今は進むのだ。
死はいつでもそこにある。そんな当たり前を思い出す。でも俺は知っている。心強い三人の美女の服の中にはパンツが、いつでもそこにあることを。
それが俺に力を与えてくれる。性は生、そして聖なるものなのだ。何者も侵すべからざる人間の本質的なもの。根源なのだ。だからこそ力足りうる。
あれ。
アルマはパンツ履いてた。すごいいいパンツ。でもブレアとメスブタは知らないぞ。
あいつらパンツ履いてんのか?
まて、メスブタはど貧乳、いや無乳だ。張り手で全体にダメージを与えることができるタイプの胸だ。
あいつブラとかしてんのか?
謎が謎を呼ぶ。俺は性(聖)なる迷宮に迷い込むのだった。




