孤独なハーレム
どうするか。脱獄は望むところだが、この変質神の助けがどこまで及ぶのかが問題だ。ダンジョンを踏破するとき、あるいは無限牢獄から脱獄した瞬間に穴の女神に捕まり強制送還となれば意味がない。
せめてブレアを堪能する時間がほしい。というかそれさえあれば他はどうでもいい。まずは条件を子細に確認したい。
「各地のダンジョン踏破ですね。細かく確認したい点が──」
「ここからは不肖このセバスチャンが説明いたしましょう」
俺の言葉を遮る声。目の前にはおっさんことセバスチャンさんがいた。いつの間に立ち上がったんだ。服装も変わっている。
ビキニだ。セパレートのビキニだ。なぜ胸を隠すのか。あふれるムダ毛と贅肉が混沌とした憤怒の感情を煽る。どう表現すれば良いのかわからない気持ちなのだ。なぜビキニ。
ほら、ブレアが怒っている。横からすごい圧を感じる。しかし、おっさんは飄々としたものだ。さすが3億年の歳経た亜神。貫禄である。
なお、メスブタは自己紹介の後ぐらいから意識を遠くへ飛ばしている。黙らせたい時は小難しい話をすればいいんだな。ひとつ賢くなった。
「えーと……お願いします」
悩んだが、大抵の悩みは切り捨てていこう。悩むことが非生産的な気がする。キリがなさそうだからだ。
「かしこまりました。ではご説明いたします」
おっさんは姿勢良く紳士のごとく立ち、話し始めた。いや、しかし今更だが喋るんだなこの人。さっきまでふごふご言っているだけだったのに。音声だけなら気品すら感じる。格好さえビキニじゃなかったらな。なぜビキニ。
さて、ミスタービキニはまずこの神界の構成から話し始めた。もっと知りたい情報もある。例えば、人間界までの脱獄方法、脱獄後の追っ手はどうなるのか、人間界でどう振る舞うべきか、などだ。
しかし、この無限牢獄が何なのか気になっているのも事実。とりあえず聞くことにした。
無限牢獄の説明は奇々怪々としていた。
無限牢獄は神界にある。では神界はどのような構造なのか。答えはホテル構造になっている。
何を言っているのかわからないと思うが、俺たちも本当に何が何だかわからない。ただ、そう出来ているらしい。
もし、俺たちがハサミを使って積層型魔法陣で脱出し、ぶっつけ本番の脱獄に挑んでいたなら混乱必死だった。
神々の主な住まいは神界ホテルの1059号室の中にある。105階層だ。そして無限牢獄は659号室。65階層だ。
そして人間界への出口は〇号室。最下層に存在する。〇号室から先は穴の女神の管轄だ。
とにかく階層も相当な高さまで及ぶが、各階層に10ある部屋一つ一つが広大な広さを持つ。まず659号室一つとっても無限の広さなのだ。途方も無い。
なお、物質機能固定は659号室内部に限る。そして、この亜空間は659号室内で唯一物質機能固定の範囲外だ。
「すみません、セバスチャン様。気になっていたことが一つ。なぜ神々は囚人を牢獄で死なせないのでしょうか」
「良い質問です、ニト様。答えは魂を磨かせるためです。つまり、マナ総量を増やすのが目的なのです。増やして増やして、最後には神に至る。彼らは仲間を欲しているのですよ」
「……突然人を捕まえて、恨まれるようなことをしているのに?」
「正直に申しまして神に至るほどの時間を……つまり億単位で存在すれば些細なことですよ」
些細なこと。そう言った瞬間にブレアの顔が微かに歪む。おっさんもわかっているのだろう。その上で挑発してきているのだ。その笑みは崩れない。
なんだ? ブレアのお仕置き狙いなのか? それは俺の物だ。勝手に手をだすんじゃない。
「なるほど。まあ確かに『そうかもしれない』という気はします。殺せば早い、というのは人間の論理ということですか…………」
「ええ、その通りです。もう一つ理由が。無限牢獄に収監される人間はいずれも異常です。強さ、スキル、魂。力を持つ人間というわけです。そんな人間は生まれ変わってもやはり強い。意志が強くマナに記憶を強く刻むのです。すると次第に記憶を保持して転生するようになります。確固たる魂を得たバケモノです。良くも悪くも人間界に多大な影響を与えます。普通の人間には手が負えないでしょう。早めに芽を摘んでおかないと人間界は壊れてしまいます。ならば神界に取り込んで神に至らせるのが良い。そうでなくても同化させ、天使などに転生させた方が良いのです」
同化したら天使に転生するのか。
「魂…………俺の魂は神界の魂だと。穴の女神ヘレンから聞きました。これはどういうことなのでしょうか?」
「さて、それは……」
おっさんが木陰でうたた寝する変質神を見ると彼女らは寝転がったまま答えた。
「正確にはわからない」
「不正確にはわかる」
「良からぬことを企む輩がいる」
「今は泳がす」
意味が分からない。わからないってことでいいのだろうか。
「俺たちが神界から出ても良いのでしょうか?」
「いいよ」
「些細な事」
「がたがた言わない」
「言わせない」
心強い言葉をいただいた。しかし……
「ブレアとメスブタは自重すれば良いかもしれないですが、俺の変質者スキルは使った分だけ人間界のマナに定着してしまうかもしれません。問題はないですか?」
「問題ないよ」
「問題の起こりようがない」
「17万もの余剰マナを用意できる人間はいない」
「そしてそいつが変質者スキルに適性を持つ可能性は低い」
「もっと言えば適性があったとして変質者スキルに全部突っ込む馬鹿はいない」
「そんなことする変質者なら無限牢獄行き間違いなし」
「やったねニト君」
「仲間が増えるよ」
「なんてことは永遠に無い」
「哀れなり」
すごい勢いでディスられたぞ。変質神に変質者スキルのことをディスられた。というか、よく考えたらこいつらが元祖変質者か。
「もしかしてスキルの備考欄は変質神様が記入されたのでしょうか」
「もち」
「渾身の文章」
くそ。あの煽り文章はこいつらか。
しかし……しまったな。いろいろ聞いてしまったので先ほどの条件『穴の女神の管理ダンジョン踏破』は断れそうにない。
「えーと、無限牢獄については大体わかりました。それで、脱獄方法と人間界での逃げ方も教えていただけるのでしょうか」
「教えるよ」
「でもその前に」
「ブレアちゃんが乗り気じゃない」
「メテオちゃんが死にかけてる」
あ、ほんとだ。メスブタがいよいよ死にそうだ。ブレアも浮かない顔だ。
とりあえずメスブタをひっぱたいて起こしながらブレアに声をかける。
「ブレア、脱獄後のダンジョン踏破が嫌なのか?」
「ええ。やりたいことがあるのよ。だから妨げになりそうなことは少し、ね」
ブレアがそう言うと、幼女たちはドヤ顔で返した。
「非常に心外」
「神を舐めないで」
「これはブレアちゃんのやりたいことも兼ねる」
「まさにウィンウィン」
ブレアのやりたいこと。聞きにくいことだったので聞いていなかったが。
「サランなら生きている」
「どこかのダンジョンに潜んでいる」
ブレアは驚愕の表情を浮かべた。ここまでわかりやすく感情を出すとは。
恨みか。復讐か。殺したい相手がいるというのなら見守ろう。望むなら手伝う。
「メテオちゃんは死神ねらい」
「実戦経験に偏りがありすぎる」
「多様な敵と多様な局面での戦闘」
「天使だけじゃ物足りない」
「どうぞダンジョン巡りで」
「激つよの魔物たちをボコっちゃって」
「なるほどっ! この数百年、伸び悩んでいたのはそれかっ!」
メスブタが簡単に乗り気になった。良いとこ突いてくるな。
「変質者さんは変態だからもともとやる気だけど……」
「うん、変態だから……」
「あの、がんばってください……」
「おうえんしてます……」
なんだよ。俺にも何かくれよ。急によそよそしくならないでくれ。
そうだ。せっかく世界のダンジョンを巡るんだ。だから世界中に現地妻を作ろう。
世界各国で美女を困らせる悪人を闇討ちしていこう。安全第一だ。目立たず確実に仕留めていこう。
変な男に『自分、ニトさんに憧れてるんスッ! 弟子にしてくださいッス!』とか絡まれては困る。
隠れヒーロー&ハーレム。テーマはこれでいこう。
「ふえぇぇ」
「何考えてるか手に取るようにわかるよう」
「無茶だよう」
「やめときなよう」
幼女を泣かせることに成功した。