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アクシデント乙女


 そして、探索が始まった。


 どこを探すか。牢獄の中はもういいかな。4年もいたし、ブレアに至っては200年もいた。だいたいわかっている。


 牢獄の中を見ていると思い出される。ブレアとの熱くとろけるような……脳がとろけるような? いや、魂がとろけるような? 溶けた魂をいじくりまわされて『あっあっ』ってなっちゃうような、濃厚でいて希薄な、記憶が吹っ飛ぶ時間だった。


 ああいうプレイはもういいや。満足だ。あ、身体が震えてる……。心の傷は癒えない。


 そんなトラウマを心のどこかに押しやって周囲を小一時間ほど調べて回る。自分のいた牢獄を外からじっくり眺めても、他とは違うようなサインも無ければ渦っぽいものも皆無だった。


 廊下の端まで見て回って、さらに鉄格子を抜けて巨大牢獄の下に出る。外から眺めるが他の牢獄とは大きさ以外に違いがわからない。

 この辺りでは唯一の人間サイズの牢獄で、巨大牢獄内部での位置関係からここが始めの牢獄だと判断したに過ぎない。大体、中心部なのだ。外に行くにつれて大きいものが増えていく。

 最初にこの無限牢獄の景色を見たときにざっくりでも把握していて良かった。


 なんの手がかりも得られず牢獄の中に戻る。ブレアが考え込んでいた。


「ダメね。何も無いわ」


「ああ、こっちも同じだ。外から見比べてみたんだが」


「無駄足だったかしら?」


 そうかもしれない。そう思った時だった。



「おいっ! 牢獄の中でノートとペンを見つけたぞっ! ハサミもっ!」


 いまさらかよっ!


「そうか。メスブタ、それは俺たちも知っていた。すまんな」


 たしかメスブタはここで目を覚まして死神がいなくなった瞬間に脱獄したんだったな。知らなくてもしょうがないか。


「そうなのかっ!? なんで持って行かなかったんだ!? 便利だぞっ! 絵が描けるぞっ!」


 絵が描けるからなんだと言うのか。この無機質な無限牢獄で心に彩りを、と言うことか。いや、そもそも……。

 メスブタには悪いがため息が漏れてしまう。


「残念だがそれは書けないんだ。機能固定されているからな」


「なんだとっ!? どれどれ…………すごいぞっ! 書いた端から消えていく! これなんの意味があるんだっ?」


「意味はない。嫌がらせじゃないかな?」


「嫌がらせだとっ! どういう意味なんだっ?」


「だから、意味は……まてよ」


「そうね、なんの意味があるのかしら」


 嫌がらせにしてもセコすぎる。何か意味があるのか?


「他の部屋にもあるよな?」


「少なくとも左右の部屋にはあったわね」


「ここ以外にはないぞっ! あたしは見たことがないっ!」


 それもそうか。でなければ騒がないよな。つまり、数百年の無限牢獄探索生活で見たことがない、と。


「始まりの牢獄にだけあるのか……。無い部屋ってあるのかな?」


 そうだ。よく考えてみれば俺の部屋にはハサミがない。俺が持ち出したからだ。同じように、例えばノートとペンを持って行った人、あるいは使った人がいるのではないか。いるとしたら何に使ったんだ。


「全部の部屋を見たわけじゃないけどなっ! 一番向こうの部屋にはなかったっ! ハズレだ!」


 一番向こうの部屋が一番最初に収監された者の部屋ならば。三億年さんだ。



「ニト、書けるわよね?」


「…………たしかに、変質すれば書ける」



 他の囚人も同じだ。鉄格子を抜けているのだから、物質機能固定に干渉する能力がある可能性は高い。ブレアとメスブタは違うが。

 そうなるとノートとペンは使えるだろう。だが使えるということと有用であることがイコールというわけではない。マッピングには使えるかもしれないが、サイズが異なる同じ形の四角い牢獄をマッピングし続けることに意味を見出せない。日記とかか? それにしてもページ数が足りなすぎる。


 いや、まさか。


「ニト、変質を」


「…………ああ」


 まずはペンを変質させる。

 ペンにはインクがわずかにつけられた状態で固定されている。変質させるのはインクとペン先だ。

 ペン先はなんて事のないありふれた素材で出来ている。問題はインク。マナが異常な量で収束したインクだ。変質者スキルで理解できた。

 通常マナは物質には収束しない。魂や精霊として空間で収束するのだ。これが何らかの原因で物質に収束するとオリハルコンやミスリル、魔石といった魔法金属となる。このインクはそこまで行かずともそれに近い。


 そしてノート。紙の周辺部は他の物よりも強く、なんなら鉄格子よりも強く機能固定されている。しかし、それは中心向かうにつれて弱くなっていく。


 それらを変質させていく。ペンからインクが離れるように、インクとノートの中心部は他のそれぞれ定着するように。ノートの周辺部はあえて変質させなかった。


「──というようにした。ブレア、どうだ?」


「上出来よ。素晴らしいわ、ニト。まるで魔法陣を描いてくださいと言わんばかりね。何者にも干渉されない揺るがぬ大地とマナを確かに伝える道。普通なら魔石を砕いて練り込むのだけれどここまでお膳立てされているとね」


「何を書く?」


「もちろん、私が見たものよ…………集中するから少し待ってて」


「わかった」


 ブレアは集中して机に向かった。俺に背を向け、立ったまま上半身を倒し、ノートに丁寧に書き込みをしている。



──お尻が俺を見てる。



 て、違うか。俺がお尻を見てるのか。素敵だな。こんなにステキなお尻を育てられるなんて。ブレアの心根がわかるというものだ。素敵な女性にステキなお尻。世界は輝いている。


 おっと、あまり見ていると怒られてしまう。この辺にしよう。メスブタは何してるんだ? なるほど、ブレアが何を書いているのかを見ているのか。こちらは机に手は付かずにまっすぐ立っている。一応、ブレアの邪魔をしないように気を使っているのだろう。


 もうちょっと近くで見てみよう。メスブタはピタッとした素材の服を身に付けている。動きやすさを追求したのだろう。ありがたい、身体のラインがよくわかる。


 うん。メスブタの尻は引き締まった良い尻だ。このラインは至高の一品だ。鍛え上げられた肉体の締まりとうら若き女性の柔らかさが共存している。矛盾を孕んだ危うさが若い肉体の中でせめぎ合って調和している。これこそが若さなのだと宣言されたかのようだ。素晴らしい。


 触るとしたらどう触るのが良いだろうか。こうか、こんな感じか?


 と、メスブタの背後で手をわきわきと動かしていると不意にメスブタが後ろへ下がった。



 あ。



 さわり。もにゅ、きゅっきゅっ。ぎゅう。



 えーと、うん。弾力と柔らかさを兼ね備えた良い感触だ。思い切りぶつかってみたいという思いに駆られる。ぶつかりたいという思いはお尻に対して重要な指数で、この感触では『1万ぶつかりたい』は下らないだろう。うん、良いお尻だ。


 事故だ。事故な訳だが、やり切ってしまったのも事実。気不味い思いを嚙み殺しながら顔を上げると真っ赤になったメスブタがいた。


「…………ん?」


「…………っ!」


 あれ、そんなキャラかおまえ。もっとこう『馬鹿野郎っ!』的な感じで殴るんじゃないのか。

 で、俺が『ごめんごめん、悪気はなかったんだ。見とれていたら、お前が後ろに下がるもんだからぶつかってしまって』とか。そんなんじゃないの?


 えっと、どうしよう。


「えいっ」


 突っついてみた。


「きゃっ!」


 きゃっだと? 真っ赤になって俯いているぞ。どういうことだ。どういうことなんだ。


 こいつもしかして乱暴耐性はあるがセクハラ耐性はないのか?

 いや、しかし天使のおっぱいの時はおっぱいおっぱい騒いでたが。アレは動物のおっぱいと同じ扱いか? 牛とか山羊扱いなのか? 天使のおっぱいが。それとも照れ隠しだったのか。


 悪いことしたな。本当に苦手だったなんて。どうやって謝ろう。


 だが、しかし。


 顔を真っ赤にしてうつむくメスブタ。黙ってれば絶対的魅力の桃色貧乳美少女。深窓の令嬢にいたずらしたかのような気分だ。実に良い気分だ。ごめんなさい。


 え。ということは数百年生きていながら、ユニコーンに乗れるのか。この監獄はそんな女がごろごろいるような場所なのか? 今の所、二分の二が大当たりだ。

 やはり天国じゃないか。出なくてもいいんじゃないか、なんて思えそうだが、ブレアの純潔の価値を考えれば出ざるを得ない。しかし……ある程度、人間界で楽しんだら自主的に帰ってこよっかな?


 ああ、そんなことより謝罪だ。


「すまん、メスブタ。いや、メテオストライクブースター。申し訳ない。一度目は偶然でも二度目は故意だ」


 メスブタは喋らない。

 ブレアはまだ集中している。気づいているのかいないのか。


「共に戦う仲間の信頼を裏切る行為だ。恥ずべき事だ。すまない。事故ではなく故意だ。あまりに魅力的で触りたかった。それを我慢できなかった。それが全てだ。本当にすまない」


「さ、さささささわりたかったのかっ!?」


「え? ああ、だってすごくて。こう、プリッとしてて」


「そ、そうか。ププププリッとなっ! うん、そうだろうなっ! ははは」


「いや、本当にすまない」


「た、ったく。ば、ばばばかやろぉっ! やややややめろよなっ! ニトってばよーっ!」


 ああ、どもっちゃってる。顔真っ赤じゃないか。悪いなあ、と思うと同時に意地悪したくなる。いや、いかんいかん。


「許してくれとは言わない。心の傷の辛さは知っているつもりだ。何かお詫びをしたい」


 心が壊れるほどの辛さは知っているつもりだ。


「バッカ、オメェー、キニスンナヨー! ケツグライデヨー!」


 何故か急に片言になったが。許してくれるのか。優しいな、メスブタは。


「いや、すまんな。本当に良い形のお尻だったから」


「だだだだだだからそれはもういいってんだよっ!」


「何してるのかしら?」


 ブレアがこっちを見ていた。終わったのか。


「ああ、ちょっとメスブタに悪いことして」


「ふぅん。仲直りはできたようね。ま、いいわ。書けたわよ」


「オ、オー! ヒョー、スゲェー!」


 メスブタのテンションが崩壊してるな。どうしたらいいんだ。天使の襲撃でもあれば元気になりそうなのだが。


 そう思いつつブレアが書き上げた図を見て俺は愕然とした。


「クルリアの裏ルート!」


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