お姉ちゃんって呼んでね?
「肥溜め人とはいったいなんなんだ?」
「肥溜めに落ちた人じゃないかしら?」
なるほど。単純明快、ブレアらしい説だ。
「肥溜めで産声を上げた人なのかもしれないのです」
「肥溜めってなんだっ!」
「いや、某が思うに硝石を活用する知識人の事ではないかと。実は先祖代々伝わる武器があり――」
ノブナは指を頬に当て唇を突き出し、真剣なゴリラ顔で語り始める。面白そうな導入だが今はいいや。
「そうか、そういったことを知っているノブナは知識人だな」
笑顔でフィニッシュだ。グッバイゴリラ。
「え、やだ。さらっと褒める系の男子ステキでござる……」
モテ期到来か……。いやいや、ゴリラの発情期なのかもしれない。とりあえず近付きすぎないように気を付けよう。思わず殴ってしまうかもしれない。女の子を傷つけるのは本意ではないのだ。
「あ、そういえば俺の死刑はどうなるのでしょう?」
未だ呆然と佇むステラ皇女に問いかける。
「そんなことよりなぜ一位なんだ! というか皇族だったのか! 旅人じゃないのか!」
やっとしゃべったか。長かったな呆然タイム。
しかし俺の死刑が『そんなこと』とは。死刑ごときで死ぬはずもないがそんな扱いをされるとちょっと傷つく。
「本当に皇族か疑ったりしないのですか?」
「継承権チェッカーは絶対だ!」
「そうなのですか…………ステラ皇女、彼女は皇族です。やんごとなき理由があって旅をしていたのです」
とりあえず継承権チェッカーが絶対なら皇族である事は言っておこう。面倒くさいことにならないように隠そうと思っていたが既に面倒くさいことになってしまったので隠す必要はない。
さて、この後をどうするか。言い訳するか正直に話すか……。
「ふふふ、あたしは不死王メテオストライクブースター…………この世の生を砕くものだっ!」
なぜまた自己紹介を。さっきやっただろう。
俺の前に出て得意気に自己紹介するメスブタのケツは良いラインをしている。
「な、本当に不死なのか!? もしや長生きしているのか!?」
まあ不死っちゃ不死だが長生き的な不死ではない。長生きもしているが。ややこしいな。
驚き後ずさるステラ皇女。横から見る彼女のお尻のラインは素敵だ。
「そうだっ! 数百年は生きているぞっ! えっと、数百年ぐらい昔の、その、第10……15……20? えー、あー、皇女だっ!」
いま気付いたけどメスブタのケツとステラ皇女のケツって同じ系統だな。引っぱたきたくなるいいお尻だ。撫でた時の弾力も同じぐらいな気がする。ぐっと押した時の反発が同じって感じだ。ステラ皇女のケツってどっかで見たケツだと思ってたんだよ。こんな身近なお尻だったか。いやー、灯台下暗しだ。
「ニト、後にしたら?」
ブレア様が優しい殺意を俺に向けていた。
「あ、そうします」
そうだった、継承権の話だった。なぜか急に思考がお尻になってしまった。
ステラ皇女は少し考え込み、考え込むほどでもない結論を自信満々に口にした。
「なるほど! という事は血は濃いのだろうな!」
「濃縮還元だっ!」
「いや、それは違うだろ」
まあ、どれだけ皇族の血を濃く保とうと努力しても、数百年もあれば比較にならないほど血は薄まるだろう。血の濃さが何故大事にされているのかは理解不能だが、継承権の判定基準になっている以上メスブタは有利だ。どうやって判定しているのかも謎だな。解明する気はないが。
「血の濃さというより根源的なマナ波長が登録されていて、そこからマナ分割による波長乖離を測っているのだと思うわ」
俺の横には、涼やかな顔で腕を組み継承権チェッカーの仕組みを解説する美女がいた。
「ありがとうブレア。よくわからない」
「いいのよ」
いいのか。
「あれ、待てよ。メスブタは昔、継承権チェッカーを触ったことがあるんだよな? なんで今さら順位が変動するんだ?」
登録抹消みたいな仕組みがあるのだろうか。ステラ皇女が答えてくれた。
「1か月触らなかったら登録抹消されるんだ!」
ステラ皇女は俺の予想を裏切らないな。
「なるほど……死んだりすることもありますしね」
デスゲームに興じる皇族の皆様方だ。死ぬことなど日常茶飯事だろう。
「しかしこうなったからにはライバルだな! メテオストライクブースター!」
ビシッとメスブタを指さすステラ皇女。言っちゃ悪いが173位……じゃなくて174位じゃライバルにはならないのでは。
なんて失礼なことは心の奥にしまっておこう。
「俺たちは敵対するつもりはありません。たまたま継承権1位を奪ってしまいましたが、皇帝の地位に興味はないので」
俺の言葉を聞いてステラ皇女とノブナが驚愕の表情を浮かべた。
「なんだと!? 皇帝だぞ! 全部欲しいがままだぞ!」
そんなことは無いのでは。
「某にいただけないでしょうか。成りすます方法は幾らか思いついておりますゆえに」
ノブナは遠慮がないな。当然却下というか無視だ。
「俺たちが欲しいものはダンジョンの中にあります。ダンジョンを探索できればそれで充分ですよ。約束通り、ステラ皇女の継承権ランクアップにも協力します」
「……なぜ、なぜボクに協力してくれるんだ!?」
訝し気な表情で赤い髪を揺らす美少女。その横には切なげな表情で下を向くゴリラ。
「いや、そんなに深い理由は無いのですが。最初に出会った皇族だからですかね?」
あと可愛いから。
「ふむ! 考えてもしょうがないか! なるようになるだろう! よし、手伝ってくれ! そちらのえーと、長生き様もよろしく頼む!」
長生き様っておい。
「任せろっ! メスブタって呼んでくれっ!」
いい笑顔だ。可愛い姪っ子に『お姉ちゃんって呼んでね』なんてセリフを言うような感覚かな?
「さっきからスルーしていたがすごい呼称だなっ!」
そこの感覚は真っ当なんだな。
「さて、話はまとまったのです?」
横を見るとアルマが下卑た笑みを浮かべていた。神界で生まれ育ったとは思えぬ俗っぽさよ。
「どうした? 金の話か?」
「違うのです。元1位……現2位の顔を見に行くのです。きっと愕然とした表情をしているのです。何なら現3位や4位も。完全な興味本位なのです」
興味があるのはわかる。しかしなんて趣味の悪い。さすがアルマ。
「そうだな……いや、悪くない。見に行こう」
「さすがニト。話が分かるのです」
「まて! 見に行くのはいいが長生き様……メスブタが1位である事を知られれば狙われるぞ!」
「それでいいのです、ステラ皇女。目いっぱいアピールしましょう。ここで顔を売っておけばダンジョンの中で皆さまが襲い掛かってくれるでしょうから」
メスブタがハッとした顔をして深くうなずいた。
「返り討ち三昧だなっ!」
「よく気付いたな。そう、返り討ち三昧だ」
対してステラ皇女は慌てている。
「相手にはSランクもいるんだぞ!」
「安心してください。殴れば倒せます」
絶句するステラ皇女。
「じゃあ、見に行きましょうか」
アルマは相変わらず下卑た笑みを浮かべ、メスブタは子孫に朗らかな笑みを向け、ブレア様は意外にも元1位の今を見ることにうずうずなのだった。




