継承
「――かくして我がオダファミリーはいつか大陸を統一するまでオンザロードを名乗ることとなったのでござる」
「いやー、そうだったんですね。さて、ノブナさんのお話もひと段落でしょうか?」
長かった。アシガル召喚術と進化の秘術の同時発動によるハシバーなる魔猿の降臨あたりが盛り上がったが、とにかく長かった。ハシバーの先には魔猿太閤トョトミーなる進化が隠されているとかいないとか。壮大だった。
「いや、いつ聞いてもノブナの話は愉快だな! その上を目指す姿勢、ボクは嫌いではないぞ!」
上を目指すという生易しい感じではなく、この世の全てを支配する覇道を行く者の迫力を感じたが。
「ははっ! ありがたき幸せ」
平身低頭のゴリラからはいつかこの帝国を支配してやろうという気迫を感じた。さっき捕まえた時はそんな雰囲気は微塵も無かったが。長話の後で昂っているのだろうか。お調子者だな。いや、お調子ゴリラだ。
よく見れば愛嬌がある顔な気もしてきた。性的な興奮を覚えるのは一筋縄では行かないが。あの胸の膨らみは乳房なのか大胸筋なのか……厄介だな。
「では城に向かおう! ノブナもそれでいいな? 彼らが手伝ってくれるなら問題は解決するだろ?」
「はい、ニト様がいらっしゃるならたとえ地獄の果てでも赴き支配して見せましょう!」
継承権ホルダーが集まりデスゲームの様相を呈するダンジョンを皇女様と二人きりで探索するのは怖いという理由だったが……さっきとは別人だな。何故不敵に笑ってるんだ。こっちを見るな。俺の事は気にしないでくれ。悪寒を感じる。
「そうか、よく言った! 行くぞ!」
ステラ皇女が赤い髪をふわりと揺らしながら振り向き、俺たちに言った。
さすがメスブタと同じ血が流れているだけある。美少女だ。たまらんな。
どんなお部屋にお住まいなのだろうか。意外にもぬいぐるみとかあるのだろうか。抱っこしないと眠れなかったりするのかもしれない。
それともメスブタ的な感じでサンドバッグとかがあるのだろうか。サンドバッグを抱っこしないと眠れなかったり、目が覚めたら穴が開いていてベッドが砂だらけで半泣きでメイドさんに怒られたり、そんな感じだったりするのだろうか。
あ、良い香りがする。髪の香りか…………そうだ、可能性は限りなく低いが、もしお部屋にお邪魔出来たらさり気なくベッドに腰かけ枕のフレーバーを楽しんでも良いだろうか。
「だめだと思うわよ?」
冷たいお声が俺の身体を硬直させる。ブレア様だ。
「ですね……」
そう言って数歩進んだところでメスブタがステラ皇女に声をかけた。
「なあっ!」
「なんだ!?」
似てるなこいつら。さすが親戚……親戚っていうのかな。というかコレ継承権的にはどっちが偉いんだろうな。本来ならメスブタの方が偉いんだろうけど、現代的にはステラ皇女の方が偉いのか。まあ、なんでもいいか。
「離れに住んでるのかっ!?」
「そうだ! よく知っているな! 『週刊けいしょう』を読んでるのか? 二百位までは状況が載っているからな!」
継承権争いは大衆のゴシップとして楽しまれているのか。親しみやすい皇族だな。
「週刊けいしょう……は置いておいて、離れとは?」
「ボクの住む家だ。伊波庵と言う」
腕を組みドヤ顔で言われるもそれがすごいのかすごくないのかわからない。ただ、継承権173位だから、すごくない予感はしている。
「宮廷にお住まいなのではないのですか?」
「継承権によって住む場所が変わってくるんだ! ボクは宮廷の敷地内にある離れの一つの伊波庵に住んでいるんだ!」
「メスブタは良く知ってたな」
「へへっ!」
指で鼻を擦るメスブタも可愛いけど、『へへっ』じゃなくてさ。
今回は良かったが皇族しか知らないことがあるなら不用意に言わないように気を付けてほしいし、迷宮攻略にあたって重要な情報があるなら教えてほしい。数百年前でも潜ったことはあるんだろうし。
まあ、無理だとは思うけども……いや、無理だから求めてはいけないな。反省だ。得意の破壊で頑張ってもらえれば良い。何かを壊すときに活躍してもらおう。
あとは良いお尻を愛でたい時とか、引き締まった芸術的な肢体を鑑賞したい時などにも大活躍してもらいたい。
ふとアルマと目があった。
「報酬の話さえちゃんとするならアルマは文句はないのです」
アルマは平常運転だ。安定感あるな。
「そうだな。皇女様、報酬については――」
「ももももちろんですことよ! 皇族としてその辺ちゃんとしてるタイプですわよ? だからどうぞご安心なさって!?」
突然のご令嬢言葉。まったくご安心できない。もしかして継承権173位ってお金も持ってないのか? ノブナを雇うお金で精一杯とか……あり得るな。
まあ大義名分をもって堂々と宮廷や迷宮に入れるならそれが報酬でも良いのだが。
何なら情報ももらえたらもっと嬉しい。
そんな怪しい雰囲気でまとまりもなく、落ち着かない皇女とハートの瞳で俺を見るゴリラと俺たちは宮廷へと歩いていった。
*
しばらく街を歩き、宮廷クリスタルパレスに到着した。その名の通り随所にクリスタルがあしらわれた非常に芸術的かつスケスケな建物だった。お風呂はどこだ。
「ここがクリスタルパレスだ!」
ドヤ顔皇女様だ。そろそろこれがいつもの表情なのではないかという気がしてきた。
「懐かしい…………」
メスブタがしんみりしている。さすがに数百年ぶりに実家を見ればしんみりもするか。お風呂の場所は覚えているだろうか。
皇女様が訝しげにメスブタに問いかける。
「来たことがあるのかい?」
「ああ、住ん――」
「イエー、良い家ですねーおっと家じゃなくて宮廷か」
慌てて謎発言でごまかす。あぶないあぶない。住んでたとか言ったら面倒くさいだけで誰も得しないイベントが発生しそうな気がする。
「そうか? まあいい、こっちだ!」
皇女パワーで衛兵をスルーして門をくぐる。そしてすぐに壁沿いに歩き始めた。宮廷を斜め後ろにおいて。
「皇女様?」
「なんだ!」
「宮廷が後方にございますが」
「ああ! そして我が伊波庵は前方にある!」
「なるほど」
離れは本当に離れているようだ。そして――
「ここだ!」
皇女様が示した方向には掘っ立て小屋があった。俺の家より掘っ立てた感がある。隙間風で室内につむじ風が発生しそうな仕立てだ。
扉の上部にはペンキで雑に173と書かれている。少しかすれた感じが荒廃感を醸し出している。
まとめると人が住む場所ではない。倉庫の方がまだましだろう。
「ここが……」
言葉が無かった。だってこんなボロ小屋を前にしてドヤ顔する皇女様に俺は何ていえばいいの? 笑えばいいの?
「普通はあり得ないことだが、入ってくれ! 皇女の部屋だぞ! わはははは!」
そうか、笑えばよかったのかな。普通はこんなとこに住む皇女様はあり得ないよって。
部屋の中もお察しだった。ぬいぐるみどころかサンドバッグもない。全体的に埃くさい。乱雑に散らばる木箱、床に敷かれた二つの布団。ステラとノブナの布団か……これは賭けになるな。
というかひどい有様だな。
スラムか、ここは。
「無限牢獄のがマシだなっ!」
「本当なのです。まるでスラムなのです」
「スラムの犬小屋ね」
女性陣ってすごい。俺が頭の中で完結させた気遣いを無に帰すのだから。
ただ、もう一つだけ思うのは、この環境で暮らしていて本人からは花のような香りがするのだから女子とは不思議だなという事である。
「まあ、住めば都だ! ここは都の中心だしな!」
謎理論ここに極まれり。
「おや、これは?」
汚い部屋に似合わないきれいな装丁の魔道具が置いてあった。30センチほどの円盤で、中心には水晶らしきものがはめ込まれている。
「継承権チェッカーだ!」
「なるほど、名前だけで用途がわかりました」
とても安っぽいお名前だ。お菓子のおまけについてそう。毎回『君こそ皇帝だ!』的なことを言われるオマケだ。お前それしか言わないのかよ、みたいな。
「継承権一位だと『君こそ皇帝だ!』といわれるのだ!」
なんてこった。一言一句違わず当ててしまったぞ。
「もしかして順位によって言われることが変わるんですか?」
「そうだ! 一覧表があってな! 継承権の順位は流動的に変わるが、チェックしたときに言われたセリフで順位を確認するのだ! 200位ぐらいまでの皇族なら持っているぞ!」
なるほど。これがあったから継承権173位とわかったのか。地道に数えたわけではなかったんだな。
「継承順位はどうやって決まるんですか?」
「皇族の血の濃さとダンジョン攻略の実績を加味して継承権チェッカーが判断するのだ! せっかくだから見せてやろう!」
そう言ってステラ皇女は継承権チェッカー中央部の水晶に触れた。
『ゴミめ……まだ生きていたのか。ごみ溜めの中で生にしがみつくような虫けらはもはや皇族とは呼ばない。死んで詫びろ』
「な? こんな感じだ」
継承権チェッカーのドギツイ言葉と裏腹に笑顔で俺を見る皇女様。
え、何今の。
「すみません、よくわからなかったのですが」
「しょうがないな、もう一度やるぞ!」
『ゴミめ……まだ生きていたのか。ごみ溜めの中で生にしがみつくような虫けらはもはや皇族とは呼ばない。死んで詫びろ』
「これが173位のセリフだ。順位が変わるとセリフが変わる」
「そうですか」
罵られても少しも揺るがずただ皇帝の座を狙う皇女様か……。馬鹿かつ変態って感じだな。メスブタもそうだけど罵られることには耐性があるよな。お国柄なの?
「皇族でないものがやると怒られるんだ」
さっきも十分アウトなご意見をいただいたと思うが怒られるとはどうなるのだろう。気になるな。
「やってみてもよろしいでしょうか」
「かまわん!」
「では失礼して……えい」
『一般のお客様へ。本サービスの利用は皇族に限ります。興味本位で押して良いものではございません。大変申し訳ございませんが死刑』
死刑宣告された。
「死刑なんですか?」
「まあな!」
まあな、じゃねえよ。どうなるんだろう。
「これ懐かしいっ! あたしもやるっ!」
『君こそ皇帝だ!』
「やべ」
メスブタ継承権一位か。納得だ。一番血が濃くてダンジョン攻略の実績があるのは間違いないだろう。ここはひとつ皇帝になってもらって俺の死刑を取り下げたのち退位してもらうか。
「え、なんでだ……!」
戸惑うステラ皇女。当然だな。たまたま連れてきた一般人が継承権1位とか飛んだシンデレラストーリーだよな。
「これって1位かっ!?」
「1位なのです。これでこの帝国は掌握したも当然なのです。まずは宝物庫を確認するのです」
「まだ現皇帝が在位しているでしょう? 死ぬまで待つつもり?」
「あ、ブレアちゃんの言う通りなのです……毒」
「毒ならば某に任せるでござる。せっかくの継承権1位。このチャンスを逃す手はござらん。隙あらばそちらの桃色乙女を抹殺して成り代わり――」
ゴリラが虎視眈々とメスブタを狙う。
ステラ皇女は呆然とした様子で継承権チェッカーの水晶に触れた。
『クソみたいな貴様のために占いサービスだ。ラッキーアイテムは糞。ラッキーカラーは茶色。ラッキーパーソンは肥溜め人だ』
「順位が下がっている!」
「肥溜め人とはいったい」
そして俺の死刑はどうなるのだろうか。




