ゴブリンラヴァー
「まさか悪魔の街で肉が食えるとはな」
「ええ、みかんしかないと思っていたわ」
「冷凍ミカンか解凍ミカンかみかんなのです。まさかの衝撃だったのです」
「うまかったっ!」
「ああ、美味かった。だから肉の正体はわからなくても問題なしだ」
そんな話をしながら俺たちはサキュバスシティの一つ下の階層である63階を歩いていた
食後は肉の正体を考える間もなくすぐに出発した。念のため、門番にはアスモデウスへの言付けを頼んでおいた。
そして63階層に降り、さらに下の階層を目指して歩き始めた
狙っているのは変質神の部屋だ。前回遭遇した時と同様の流れならマナの濃い方向へ行けば問題ないだろう。向こうの気分次第なので徒労に終わる可能性も高いが。変質神に出会えなければ俺たちにできるのは各部屋を虱潰しに確認していくことぐらいだ。
だから今の時点で下層へ向かう以外の事をする必要はないのだが、一応せっかくなので通りがかる部屋ぐらいは探索しておこうという話になってちょこちょこと覗きながら進んでいた。
そしてとある部屋で事件は起きた。
「うは、うはははは」
「ハミチチどうした?」
壊れたか? いつ壊れてもおかしくは無かったが。
「たぶんこれのせいよ」
「キノコ?」
ニノが手に持っていたのは肌色の棒状のキノコだった。どうもアレに似ている。
何というか本人は意識していないだろうけど、意識していないからこそ、これが本当のラッキースケベではなかろうか。
ニノは構わず解説を続けてくれた。真顔で棒を握りしめながら。
「ダレトクダケ。これの胞子は身体力が一定以下の人間に幻覚を見せるのよ。キノコのサイズにもよるから一概にどれだけの身体力があればいいとは言えないけど、この大きさのキノコだとハミチチだけが幻覚にかかってしまったみたいね」
「なるほど。俺たち7人の中でもっとも身体力が低いハミチチだけが幻覚を見始めてしまったのか」
「そういうことね」
幻覚か。素晴らしい響きだな。しかし残念だ。
我がパーティの女性たちも一人ぐらい幻覚にかかってほしかった。
ハミチチだけとか誰得なんだよ。男だけ引っかかってもどうしようもないじゃないか。
女の子たちには魔物に襲われ絶体絶命のピンチでエッチな感じになる幻覚とか見てほしい。
例えばブレアが幻覚にかかるとする。一人で魔物の群れに囲まれ、今まさに蹂躙されんと――
ダメだわ。高レベルの魔法で俺たちが一網打尽にされる可能性がある。
ブレアが幻覚にかかると全滅する可能性があるな。危ない。
そう言う意味ではメスブタも同じ危険があるか。
破壊のスキルでパンチされまくったら全滅する可能性がある。
しかし、メスブタの場合はかかり方によってはいい感じに仕上がる可能性もある。
そう、例えば相手がエッチな攻撃を仕掛けてくる時は対処できずに壁際に追い詰められたりして――
スキルがパワーアップするかもな。より広範囲の物質が消滅したりするかもしれない。危ない。
アルマならいけるか。オークに囲まれる中、普通に戦うアルマ。
神聖術のディバインハンマーとかホーリーショットとかであちこち破壊。魔法で遠距離を攻撃するわけだな。
そして、棒や鞭を駆使して中近距離を広範囲に破壊していく。
そう、ブレアやメスブタのように致命的な一撃を与えることはせずに着実に周囲を崩壊させていく。
これはこれでダメじゃん。危ない。
ニノはどうかな。結構よかったかもしれない。
ニノの攻撃なら俺たちに致命傷を与えることは無いし、妹さえ気を付ければケガするのはハミチチだけだ。
ラッキースケベなら害はないし。わざとだからつまんないけど。
命の危機に瀕して本気のスケベが出ればいいが、それが難しいってことはわかってしまったからな。
妹はヘソを吸ったりミサンガを編み込みだしたりするかもしれないからNOだ。
俺自身も幻覚はもうお腹いっぱいだしな。だってブレアプレゼンツの悪夢を見まくったし。
なんて考え込んでしまった。ハミチチはアルマが治してくれれば問題ないだろう。
というか妄想中にハミチチ君は復活したかな?
「あへ、あへ、あへへへ」
まだ幻覚中かよ。ヨダレを垂らしてアヘアへしている。
アルマもニノと談笑していないで治してやれよ。このタイミングで回復もせずに何を談笑しているのか――ああ、好きなキノコ料理の話ね。確かに今話すべき話題かもな。
「うへへ、ごぶ……ごぶ……ごぶりんのぉ」
おや、しゃべり始めたぞ。
寝言みたいなもんだし、聞いてしまったら悪いかな? 人の夢をのぞき見するのも後味が悪い。でもな……面白そう。
「モブがしゃべった!」
ああ、妹が気付いてしまった。そして周知してしまった。皆がわらわらと近寄ってくる。
これはもう聞かざるを得ないか。
徐々にハミチチの言葉がハッキリしてくる。
そして彼は高らかに宣言した。
「このゴブリンの集落は俺が守るっ!」
どんな幻覚みてんの? そんな状況におちいることってある?
「敵はオークが100体か……絶望的だな」
そうなのか。それは大変だな。オーク100体がゴブリンの集落を襲おうとしているのか。どんな幻覚だよ
「大丈夫だよ、ゴブリア。君の事は俺が絶対に守る」
一連の寝言を聞いてブレアが感想を口にする。
「今ゴブリアはどんなセリフを言っているのかしらね? ハミチチ君のセリフしか聞けないのが残念だわ」
「たぶん頬を染めているのです」
「なんでわかるんだっ!?」
「みんなエスパーなんだよ」
「すごいっ!」
素直なメスブタが好きだ。その笑顔、大事にしたい。
「なんにせよゴブリンの集落の英雄になろうとしているのか、オークに蹂躙されようとしているのか……どっちかな! モブの野郎もおかしな幻覚見るなー!」
「ダレトクダケは本人のひそかな願望を幻覚としてみるというからどちらにしてもちょっと普通からは外れ過ぎね。たぶんそろそろ普通の称号を失うのではないかと」
ニノから聞かされる衝撃の事実。これがハミチチの願望なのか。
「そんなことを知ってしまっては可哀そうだな。聞かなかったふりをしてあげよう」
ここで起こすという選択肢はちょっと取れない。
みんなもうゴブリアがどうなるか気になってしょうがないのだ。
「くっ、南門が手薄だ! ゴブベェ、行ってくれ!」
「なぁに、大丈夫さ。俺は……俺は、死なない!」
「うおおおおおお」
「セイクリッド・サークル――壱の門・確保せよ――リベレーション・ソウル――弐の門・解放せよ――ダークネス・コーティング――参の門・破壊せよ――……これで、これで終わりだあオークどもおおおおおおおおお!」
「神々の蹂躙の槌・トオオールゥ・ハアアアンマアアアアーーーー!」
ヨダレを垂らしながら虚ろな瞳でハミチチは必殺のトールハンマーを放った。前段の恥ずかしい詠唱のような何かは聞かなかったことにしよう。みな身もだえしている。
「どうなったのかしら? オークは殲滅できたのかしら?」
「ここで馬鹿な……とか言ったら面白いのです」
「今の勢いなら倒せたなっ!」
「戦いに関してはメスブタって勘が鋭いし、そうかもな」
「オークに蹂躙される願望だけは無いと思いたいね!」
「そんな幻覚が始まったらさすがに起こしてあげましょう」
「そうしよう」
ゴブリアの未来がない幻覚なんて価値がない。
ゴブリンの集落は救われたのだろうか……。
「はあ、はあ、はあ……」
「へへ、『なんて奴だ』ってそれはこっちのセリフだぜ、ゴブコニア。お前の弓、すごかったぜ?」
「やめろよ、ゴブミ。もう泣くなって。確かにトールハンマーは命を削る技……だけど、だけどお前らが死んじまったら意味ねぇだろ?」
「おいおい、ゴブフィーナ、お前まで―――」
おや、ハミチチ君。そっちを望んでいたのか。
「なんか様子がおかしいわね」
「ハーレム展開だったのです? ゴブリンの」
「倒してたっ!」
「確かに倒していたようだな。命を削る技を放ってまで」
「まさかゴブリンのハーレムとは驚きね、お兄ちゃん!」
「これはこれでちょっと……これ以上、特殊な性癖が露になる前に起こしてあげた方が良いかも」
「まあ待て。様子を見よう」
かつてこいつは俺とゴブリンをベストカップルに仕立てたことがあるが、あれはもしかして嫌がらせではなく、親切心だったのか? あの時わかっていたら、俺も激高したりせず、素直にスルーしてそっと距離を置いたのに。とりあえず真相が知りたい。
ハミチチの幻覚は窮地を脱したゴブリンの集落の宴会に突入していた。
「ゴブリア……」
「大丈夫、優しくするさ」
「照れるなよ。きれいだ……」
「月明かりが君の身体の輪郭をなぞっている……きれいだ。朧げに光る君はまるでおとぎ話の妖精女王みたいだ」
相手はゴブリンなんだよな?
「耳が弱いんだね――――」
こいつゴブリンと…………っ! 確定だ。俺とゴブリンをベストカップルに仕立てたのは悪意からではない! 性癖からだ。
「もう聞いてられないのです。起こすのです。耳への冒涜なのです」
「まあまあ。人ぞれぞれ色々あるだろうし。今回は面白そうで聞いてしまった俺たちが悪い。聞かなかったことにして、この場限りにしよう」
「そうね。そうしましょう。ただ一つ気になるのが、彼が言っていた彼女って人間かしら?」
「ゴブリンだろっ? ゴブリアとゴブコニアとゴブミとゴブフィーナだっ!」
「よく覚えていたな。だがそれは幻覚の話だ」
メスブタの謎の記憶力に脱帽だ。ともかく、ハミチチを目覚めさせるべくアルマが詠唱を始めた。
「キュアポイズンなのです」
「はっ。ここは……? ゴブリア……?」
ゴブリアはもういないよ。いないんだ。すまない。
「大丈夫かハミチチ? お前この毒キノコの胞子で幻覚を見ていたんだよ」
「あ、ああ。そうだったのか……。いや、変な幻覚だったなーはははは」
「ねえ! あんたの彼女ってゴブリンなの?」
鬼畜な妹にとりあえず教育的げんこつをくらわすのだった。