変態紳士は無限の中で夢幻に泣く
牢獄を抜けた先にあったのは牢獄だった。
さて、何を言っているのかといえば『また鉄格子がありました』ということなわけだ。まあ、それぐらいなら常識の許容範囲内だ。だって囚人を逃さないために鉄格子を多重化しているなんて普通のことじゃん?
ただ……もう一度言おう。牢獄を抜けた先にあったのは牢獄だった。
大きな牢獄の中に俺たちが過ごした牢獄があったわけだ。
巨大牢獄内には大小いくつかの牢獄があり、その中の小さな牢獄を足がかりにある程度を俯瞰できる高さの牢獄の上まで登った。
牢獄、牢獄、牢獄、牢獄、牢獄…………。
『無限牢獄』という言葉が頭をよぎる。
暗くもなく明るくもなく、暑くもなく寒くもなく、ただ同じ構造の牢獄が大きさを変えて所狭しと並べられている。ここを作られたお方は頭をお壊しになられておられる。
「そろそろ機能固定の確認をしましょう」
「ああ」
俺たちは初めの牢獄を出て移動をしながら、機能固定がどこまで有効になっているのかを確認していた。戦闘時の判断、食料の問題などいろいろ理由はあるが、一番大事なのはトイレだ。
トイレ。お手洗い、便所、厠、化粧室、多様な言葉があるが、これについて心配と期待がある。
心配は清らかな人格が担当している。牢獄にトイレは無く、機能固定の範囲外に出たとしたら、ブレアには物陰で致してもらわねばならない。この様な何があるかわからない状況で離れるなんて許容しがたい。理由がトイレであっても。
期待は穢れた人格が担当している。美しき少女の肉体が207年に渡り溜め込んだ排泄にどのように関与するのかが俺の期待であり、課題なのだ。ああ、自分でもどうかしているのは認識している。しかしっ! しかし、そういうことでは無いのだ!
やはり『何が起こるかわからない。危険だから離れるのは得策ではない。見る気は無いから』と言いつつガッツリ見るのが良いのか。
そう思いつつ、ハサミを取り出した。手のひらを薄く切る。スッと赤く線が入り、そのまま消えた。
「機能固定はまだ有効だな」
「そう…………神の腹の中から出るのはやはり容易じゃなさそうね」
「そうだな。な、なあ、ブレア」
「どうしたの? いつにも増して吐き気を催す顔をして」
「おおぅ」
「ごめんなさい。傷ついたのね。大丈夫よ、いつもと大きくは変わらないわ」
いつも吐き気を催しているのだろうか。
「なあブレア、ここで、どうかな?」
「ここで、とは何かしら?」
「ほら、例のやつ」
「はっきり言って欲しいのだけれど」
「報酬だよ」
ちょっと声が裏返った。5割増しでキモめの顔をしているだろう。
「……たしかに条件が不明確だったわね。ちょっと整理しましょう」
「ああ」
「私の依頼は『ここを開けて逃げられるスキルを覚える』だったわね?」
「そうだ。そして報酬は『純潔』だ」
「そうね。さて『ここを』とは鉄格子を指していたわ。この点は合格ね」
「ああ!」
「では『逃げられる』とは何を意味しているのかしら」
「…………っ!」
「今、私たちは逃げられた状態かしら?」
難しい。難しいぞ。屁理屈ならばいくらでも並べられるが、互いの信頼関係の元に成り立っている約束なのだ。簡単に答えることなどできない。屁理屈合戦になることは望ましく無いのだ。
「…………逃げられてはいない、な」
「ニトもそう思うのね。よかったわ、見解に相違がなくて。逃げられたという状態にならないと逃げられるスキルを覚えた証明にはならないわよね」
「はは、そうだな」
俺は力なくうなだれ、無限に続く牢獄をどう変質させてやろうかと思いを巡らすのだった。左手に残るおっぱいの感触を、いつか来るその時まで忘れぬように思い出しながら。