第0話 プロローグ
その日、俺はいつも通りに依頼を受け助手と共にある政治家を追っていた。
あんなことになるとは知らずに・・・
「依頼主の要望に沿えるものが得られそうだな」
俺がそう言うと彼女はこう言った。
「そうですね、しかしここまで無警戒なのも考え物ですよね、彼の政治家人生がかかっているのに」
合点がいかなさそうな顔をしながら続けた。
「ここまで何もないとなんか変な気分ですよねー」
「そうはいっても、こんな仕事で300万も貰えるのなら俺たち探偵家業としては楽でしかたないな」
「確かにそうですねー」
俺は軽口をたたきながらも違和感を抱いていたが彼女はそういった気配は見せず話し続けた。
「探偵がこんなにしんどいなんて知ってたら私は絶対探偵になろうなんて思いませんでしたよ、
どうせなら私も政治家になればよかったと思いますよー」
その冗談を無視しつつドアを開け部屋に入り彼女に語りかけた。
「依頼者によるとこの部屋に目的の物があるはずだ」
「そうですね、サクッと見つけちゃいましょ!」
そう言うと彼女は近くの引き出しを開け探り始めた。
「おい、小林!不用意に触るな!俺達が入ったことがばれないように慎重にやれ」
彼女は頭はいいのだが如何せん少しばかり抜けているところがあるのだ。
「そんなこといっても綾辻先輩、普通の人なんて案外気にしてないものですってー」
悪びれた様子もなく言う彼女に俺は半ば呆れつつ言った。
「小林、確かに普通の人は気がつかないかもしれないが、万が一というものを考慮してこそ一流なんだ」
「そういうものなんですかねー」
と、言いつつ辺りを探し続ける彼女であったが、何かを見つけたのか一つのファイルを俺に見せた。
「綾辻先輩、これいかにも~って感じしません?」
「ん、貸してみろ」
そういい彼女からファイルを受け取り中を覗くとそこには汚職の限りが記されていた。
「よくやった。大手柄だ。これで・・・ん?」
「どうしたんですか、綾辻先輩?」
「何か臭わないか」
俺がそういうと彼女は鼻をひくひくさせ辺りを嗅いだ。
「そうですね、確かに焦げ・・・臭い・・?」
気がついた頃にはすでに遅かったのかドアを開けると辺りには言い表せないような熱気が漂っていた。
「先輩はやく、早く下りないと!」
そう言うやいなや彼女が非常階段に駆け寄りのドアノブを回した。
「待てっバックドラフトがあるかも知れな」
俺が言い切る前にドアが開き轟音と共に俺達の体を爆風が包んだ。
「くそっ、大丈夫か?」
幸い軽症だったのか痛みはなく、煙も余り吸っていなかったのだろう意識はハッキリとしていた。彼女の安否が気になり俺は姿勢を低くし彼女に声をかけた。
「だ、大丈夫です」
数m先から彼女の声が聞こえる。俺が声のするほうへ向かうとそこには瓦礫の下敷きになった彼女がいた。
「少し待ってろ、すぐ出してやるから」
回ってきた火の手から彼女を救おうと必死に瓦礫を持ち上げようとした。
「綾辻先輩、私はもういいです。先輩だけでも逃げてください!」
彼女の悲痛な叫びを無視し俺は炎の中で足掻き続けた。
「先輩!このままじゃ先輩まで死んじゃいます!私は大丈夫ですから!」
「何が大丈夫なもんか、助手のお前を見捨ててのうのうと生きられるものかっ!」
目の届くところにまで火が迫ってきていた。
すぐ側の書類に火が点いた頃だろうか、なんとか彼女を瓦礫から救い出しその肩を抱え建物を下っていった。
彼女は意識が朦朧としてきているのか足取りがおぼつかない。
「もうすぐ出口だ、気をしっかり持て!」
「は・・・い・・・」
力のない返事をする彼女を元気付けるように俺は言葉をかけ続けた。
後一歩で出口だ、というところで天井が崩れ俺達に降り注いだ。
俺は最後の力を振り絞り彼女を建物の外へと突き飛ばしたところで意識が途切れた・・・。
「ここ・・・は・・?」
俺は何が起こったか判断がつかぬまま目の前の老人に話かけていた。
「すみません、少しお時間をよろしいでしょうか?私は先ほどまで火事の中にいたはずなのですが、ここは一体・・・?」
辺りを見渡すと雲と澄み切った空以外は老人と彼の私物だろうか、幾許かの生活用品があるのみだった。
「お主は死んでしまった。あの火事でな」
老人はそう言い更に言葉を続けた。
「ただ、お主は今死んでしまうには余りにももったいないと思ったのじゃ」
「すみません、意味がわかりかねます」
俺は悪い夢でも見ているのかと思った。いや思いたかったのだろう。俺は彼に問いかけた。
「そもそも、貴方はいったい何者なのですか、どうして俺はこんなところに」
先ほどまでの出来事が生々しく脳裏に焼きついて離れない。老人の言葉に偽りがあるようにも感じられないがどうしても信じられないでいる俺に彼は言った。
「そうじゃな、お主にわかりやすく言うなら『神』じゃな」
「神・・・?」
まさか、冗談じゃない俺はそんなもの信じてなんてなかったのに、と思い質問を続けようとした。
「まぁ、そう焦るな先ほども言った通りお主は死んでしまったのじゃ。が、お主には見込みがあるだからこそお主には別の世界で生きてみてはどうか、と思っての」
「冗談・・・ではなさそうですね」
真剣な眼差しで語る老人の言葉にいつしか俺は聞き入っていた。
「で、突然でなんなのじゃがお主には叶えたいことはあるかの?」
予想だにしていなかった発言に俺は面食らったが小林といつかした会話を思い出していた。
「綾辻先輩っ、夢ってありますか?」
「夢?」
「はい、夢ですっ」
「大人になってから夢なんて考えたことも無かったな、小林はなにか夢があるのか」
「先輩、絶対笑わないって約束してくれます?」
「わかった、わかった」
「私、妖精さんとお話がしてみたいんです。あとは精霊さん?っていうのかなそういうのとも」
「妖精さんってキャラなのかお前・・・」
「笑わないって約束してとは言いましたけどドン引きもちがくないですか!」
「なら、・・・にしてくれ」
俺は老人に言った。
「ん、よく聞こえんかったのう」
「俺を妖精や精霊と話せるようにしてくれ!」
「変わった願いじゃなぁ、まぁいいじゃろう新しい人生を楽しんでくるんじゃな」
老人はそう言うと俺に杖を向けなにやら唱え始めた。
「まってくれ!小林は、助手の小林は助かったのか!」
俺が尋ねると老人は不敵な笑みを浮かべ言った。
「ま、運がよければまた出会えるじゃろうな」
その言葉と共に俺の意識は遠のいていった・・・。