この世界のどこかで君をおもふ
「いいんだよ、これで。」
彼はそういって笑った。
でも、その笑顔はどこか寂しさを滲ませていた。おそらく、そのことに本人は気づいていなかったのだろう。他のみんなも彼のその様子に気づいた様子はない。きっと、私の思い過ごしなのだろう。
「さあ。みんなで帰ろうか。久しぶりにみんなで飯を食いにいこう。生きるための食事じゃなくて、楽しむための食事だ。」
私は彼がこのあとにどうなるのかを知っている。
『俺を好きにしていい。みんなを守れるならば、この命。世界の礎と捧げよう。世界の均衡を保つために俺の存在を世界に、みんなに捧げよう。』
彼のその決意。私は間近で見ていた。見届けていた。だから私は余計に彼を止めることができなかった。それ以外にこの争いを集結させる手段を私は持ち合わせていなかったし、思いつくことさえもできなかった。
『いいだろう。貴君が人柱になるというのであれば、この私が貴君を基に世界を整えよう。だが、貴君の肉体だけでは足らん。貴君の存在そのものを基にするがその覚悟があるかい?』
さすがの彼も一瞬、言葉に詰まっていた。それもそうだ。「存在」。それはそこに「ある」と定義するものであると同時に、そこという「時」を創るための過去の時間すらも表すのだ。つまり、存在していた。生きていた。みんなと同じ時を過ごしていたという思い出すらも残らないということだ。
『しょうがないなあ。あんたにどうこうして欲しいと頼みたいけど、あんたに弱体化されたら世界の均衡どころではなくなるな。』
といって、やはり彼は笑ったのだ。
そうして彼と主の契約は成立した。主も彼を可愛そうに思ったのだろう。一時的に力を代替わりしてくれた。猶予をくれたのだ。
みんなは彼の言葉を聞いて、何を食べようかなどと話あっていた。
「ねえ、いいの?みんなにあなたのことを伝えなくて。みんなにお別れを告げなくてもいいの?」「いいんだよ。どうせみんな忘れちゃうんだから。」
といって彼はまた笑った。
「でもっ。そんなのあなたが辛いじゃない!」
なにを口走っているのだろう私は。
「辛いのは俺だけじゃない。君からは俺の記憶が消えないんだ。あの場にいたせいでね。それはそれで俺のことを知っているのは君だけになるんだから、ある意味存在のなくなる俺よりも辛くなると思うんだけど。」
彼はそういって私を抱きしめた。
「このタイミングでいうのは本当に君を苦しめるだけかもしれないけど、俺は君のことが好きだ。本当はこの争いが終わったらちゃんと告白しようと思っていたんだけど、許してくれ。そんで君の気持ちを考えずに勝手にこうして抱きしめていることも許して欲しい。みんなを助けることための自分の命に未練はないけど、君ともっと仲良くなってもっと触れ合いたいと思うことについては未練タラタラなんだよ。」
今度の彼はただの苦笑いだった。出会ったばかりのドジを踏んで苦笑いばかりしてた頃のあの時のようなそんな笑顔だった。
「ほんと、人の気持ちも考えないで何を勝手なことをしてるんだか。いつもドジばっか踏んじゃって、今回のはフォローしきれないわ。」
「ほんと、君にはいつも助けられてきたな。」
「……。」
「……。」
「私ね。あなたに伝えたいことがあるの。」
「何?」
「私ね、あなたのことが好きなの。世界なんてどうでもいいくらいに。」
彼はとても言い表せない顔をしていた。悲しいような、嬉しいような、寂しいような、残念なような。
「あーあ、なんで俺のことなんか好きになったんだよ。これじゃスッキリいなくなれないじゃん。」
「あんたがドジ踏むのが悪いのよ!」
「君の記憶からも俺のことが消えてくれればいいのに…」
「そんなことないよ。この記憶は私の大切なもの。あなたの記憶があるおかげで私には大切な人がいたって思い出すことができる。そうすれば、また頑張れる気がする。」
「…。」
彼は黙ってしまった。いや、言葉にできなかったのかな。彼の両目からはとても綺麗な雫が溢れていた。
「あなたのドジは消えることだけじゃないのよ。リーダーだったあなたの役目を誰かが引き継がなきゃいけないじゃない。」
「あはは。それは考えていなかった。じゃあ、このギルドのリーダーはたった今、君に引き継ぐとしよう。」
「次期リーダーの座、引き受けました。」
そしてお互いに笑った。涙を滲ませながら。
そして、月日は流れ、時は夏。彼はもう現世にはいない。彼の主との契約によって世界の一部となった。私はというと、彼に託されたギルドの管理運営を行っている。一応、ここらのギルドではうちが一番強く、争いの後まともに生き残ったメンツが多かったために、その他の生き残りの生活の補助もうちが一手に担うことになった。
やはりみんなからは彼の記憶が綺麗さっぱり消えているようだ。時折、誰が行ったのかわからない工作のあとだったりが残っていて、全員が考えてしまうことがある。きっとタイムパラドックスが起きない程度に歴史の収束力なのだろうか。彼の痕跡が残っている。彼はそれだけ、今の世界にとって切り抜いてはいけないことをやってきたのだろう。そして、他の誰にも実行することのできないことを。彼自身を礎とすることで今の未来を崩さずに創りあげている。
拝啓 親愛なるあなたへ
元気ですか?と聞くのはなんだか変な感じだけど、いいよね。
みんなは元気です。この頃はこの街も前のような日常を描くようになりました。
あの地獄のような時はなかったかのようにこの国全体が平穏を取り戻し始めています。
けれど、やはりみんな時々何か大切な、とても大きなものを忘れてしまった気がすると言います。私はみんながあなたのことを完全には忘れてはいないのかなとちょっとだけ嬉しくなります。ほんのちょっとだけ。
だけどね、私はやっぱり寂しいです。あれからまだ1年しか経っていません。戦いによって魔法が発達し、それに付随して従来の科学も発展し、街は慌ただしく失っていったものを取り戻すかの如く色づいて行くけれど、私の中ではいつまで経っても新しい色がつかないセピアの部分があります。寂しいよ。
だから、もう少し先まで頑張ってみます。この町のように慌ただしく失ったものを取り戻すではないけど、それでもあなたが転生させた世界ですもの。
敬具
いつの日かpcに残していた落書き。
今後ちゃんと構想を練って長編として仕上げて行きたい。
だからみんなにこの一部をみて欲しい。自分が思い描いたありきたりだけど、RPGをやったことのある人ならば1度はこんなエンディングを妄想することがあったかもしれないでしょう?だからこれを僕はpcに書き殴って放置したんだと思う。だからこれは僕の夢の欠片。誰かがこの物語に興味を持ったのなら僕はこの欠片を形にして夢の塊にしたいんだ。