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とても暑い日だった。
滝のような汗をかいて帰ってきた僕は、急いで着ている服を脱ぎ散らしながら風呂場へと向かった。
とにかく臭くてたまらない。
ドアもしめずに蛇口を捻り全身にまとわりつく汗を流すと、
ボディーソープをスポンジに塗りたくり、血が出るのではないかと言うほどの強さで体を洗った。
そして、メンソールの御蔭で涼やかになるのを感じながら、泡を丹念に流していた時、
僕は強烈な違和感を覚えた。
臭いが語りかけます…
臭い…、臭すぎるっ‼
確かに全身を洗ったはずだった。
胸、脇、尻、足の指、耳の裏、そのいずれの場所でもない。
どこだ、
どこなんだ!
何度も何度も隈なく嗅ぎ続けた結果、
若干の震えを感じ始めた頃、
ようやく臭いを発する場所が分かった。
臍である。
そこから、腐敗したチーズのような強烈な風が語りかけていたのである。
「ああ、臍か。」
僕は半ば問題が解決したことに胸を撫で下ろしつつ、
右手の人差し指にボディーソープを塗り付けて、臍の穴に挿入しようとしたその時だった。
何が起きたのかは正確に表現できない。
掃除機のような吸引力が働いたと言えばいいのだろうか。
最初は右腕だった。
人差し指が吸い込まれたかと思うやいなや、拳、肘、肩と吸い込まれ、
右肩が吸い込まれるとほぼ同時に頭のてっぺんが臍に突入していた。
それから先は暗闇の中を真っ逆さまに落ちていくような感覚こそ覚えているが、
体全体がどのように臍の中へと収まったのかは分からない。
「何なんだ、一体」
しばらく気絶していたらしく、
目が覚めると、僕は全裸のままだだっ広い草原に横たわっていた。
幸いなことに、目立った傷もなく痛みもなかった。
何より臍の穴がビロンビロンに広がっていないことに安堵したのだった。
束の間の安堵の後、
自分が全裸であることへの強烈な不安が襲ってきた。
今見つかると絶対に捕まる。
この時点で、僕はまだ自分が日常の延長にいると思っていたのだ。
「それにしても、ここは何処なんだ」
風呂場からそのまま来たのだから、裸なのはこの際仕方ない、
正直に言うしかないと諦め、僕は立ち上がり周囲を見渡した。
美しい草原がどこまでも広がっていて、方角は分からないが遥か彼方に山脈のようなものが見えた。
この時、余りに慌てていて、眼鏡をかけたままシャワーを浴びていたことに気づいた。
これは本当に運が良かったと後々痛感させられることになる。
途方もない風景に言葉を失い、僕は空を仰いだ。
「何だありゃ」
雲一つない青空には、太陽(仮にこう呼ぶ)が燦燦と輝いていた。
それはいいのだ。問題はそこではなかった。
白みがかった星が三つ並んで浮かんでいたのだ。
月ならば一つ。
月以外で昼間に同じようにはっきりと見える星なんてない。
しかし、ある。
三つもあるのだ。
ここは、日本じゃない。
それどころか、地球でもない。
比喩ではなく、本当に目の前が暗くなり、
僕は意識を再び失った。