弱い奴はいいけど、弱いままの奴は嫌い
天草試練。
要人警護を仕事としている男である。ボディガードでもあるし、いざ依頼が来れば標的を殺す事も珍しくない。類い稀な身体能力と、際立って義理堅いその性格は好感が持てる。
長身であるが、ギッチリと肉が締まった細身。黒い長髪のポニーテールであるが、男。後ろ姿は女と間違えられること、しばしば。本人はこーゆう女性的なセンスで男っぽく見せていると思っているとか。
「ふんっ」
金を積まれただけでは、殺しの仕事はあまり請け負わない。強者でありながら、真っ当な平和主義者。彼が要人警護を勤めている理由は、色々あったとはいえ、周囲の平穏を維持する。いわゆる正当防衛の類いの武装故にだ。
天草は強い。金だけじゃ動かないし、金以外に動くこともある。
今日は後者だ。
ただのクソったれ野郎。自分の怒りの琴線に触れた野郎をぶっ飛ばす。ついでに死んでしまうという。相手からすればたまったもんじゃないが、お前がそうしているだけの実績があるからしゃあない。
「意外ですね。天草さん」
「何がだ?」
「思うより頭も平常なんですね。今まで脳筋かと思ってました」
「すげぇ馬鹿にしてたな」
ちなみにこの話は天草の若い頃のお話である。現在は勘当中の元仲間とご一緒だ。
伊賀吉峰という男と一緒である。依頼者の1人でもある。
「これからあなたが殺す人はひじょーに、普通以下ですよ?」
「そんな奴に金を掛けてるお前もどうかしてるぞ。お前は手を汚さず、片付けるだけだがな」
まったく、割に合わない。ムカつく始末だ。
◇ ◇
冷たい雨が降る日に、ダンボール箱の中に寒がっている子犬がいる。それを可哀想と感じ、手を伸ばす。人情というかそーいう感じの、弱者への救いの手。
犬のような可愛げのある代物なら、飼い主にもよるだろう。しかし、犬ではなく人と例えられるとどうだろうか?これが自分と同じでグータラし続け、餌と娯楽に興じる。
飼い主の金で生きていく。ペットらしくしてれば、多少は違うんだろうが……
「早く飯持ってこい!」
疫病神そのもの。
その成長している姿は子供でないし、むしろ年配者寄りのふけ顔。身内の誰かを傷つける事で自分の心に安心を作り出す。
「クソが!またゲームに負けちまったじゃねぇか」
拾われた身のくせに、拾われた頃の弱さは抜け落ちて、本性が出たと言ったところか。
負けた事でその本性は隠れていたが、運良く取り戻りした平穏に暴虐な性格が再び現れて、一つの家庭を潰すほどの性の悪い人間。
「い、いい加減、出て行ってくれ!」
「あ~。まだもうちょっと居させろよ」
平穏な住民達に暴力装置を止める手立てはない。集り、多少の喧嘩、恐喝紛いの事は何十回もやっている。
「おい。出て行かないと殴るぞ。馬鹿」
「あ~、殴ってみろオラ!殴れるもんなら!」
そんなことを言うのだから、天草はその男を背後から死なない程度に殴りつけるのであった。家の壁に大きなヒビが入り、男の頭から血がドクドクと流れるほどの一撃。
「殴るんですか?」
同伴している伊賀が、何をしているんですか?という、挑発に乗った天草を抑えるような声を出すが。
「お前が拳銃使う前に殴った方が良いだろ?」
「まぁ、……そうですかね?試し撃ち、したかったんですけどね」
伊賀も伊賀で。拳銃を握っている当たり、もう少しで撃つところだったんだろう。挑発は構わない。しかし、見誤る挑発だけはしないことだ。当たり前の空気を読める人間になれ。
「な、殴るとはなんだ!?俺は人間なんだぞ!人間としておかしい!」
「いや、俺も人間だ」
「私も不本意ながら、あなたと同じなんですか?」
対峙した瞬間。挑発し、一つの家庭を巣食う男は戦慄した。
「て、テメェは天草!!?」
天草と顔見知りというか、単なる争いごとによって自分の全てを奪った原因。
「逆恨みすんなよ。今まで、お前が弱かっただけだろ」
「な、何しにきやがった!俺はもう何もしてねぇぞ!」
「してんだろうが、恐喝生活野郎。どこまでも腐った野郎と思っていたが、こんなところまでとはな」
そう簡単には殺さない。分からせながら、指導しつつの殺害に行く。
「お、お前!俺を殺すってのか!?殺しに来たのか!?こんなところで殺したら」
「そうだが?」
あっさりと冗談なく、そう言うのだから焦りもハンパ無い。胸倉を掴まれるより、淡々と語る残酷な言葉と行動の数々が恐ろしい。いや、それがお前の生活と同義だと天草と伊賀は伝えたい。
会話しながら、天草は平然と男の身体を殴り続ける。一撃で胸骨の数本を折り、逃げる可能性を0にするために足を砕く。
「あぎゃああぁっ!?非道だ!悪魔だ!」
「疫病神のお前には負けるわ」
「役立たずの分際で、よくもまぁ、役立たない事しますよ。立場、分かってます?」
伊賀的に、まぁ、企業としての一般論
「最大の敵はいつも、無能な仲間です」
「こいつは違うだろ?」
いちお、天草がフォローする。こいつとは仲間だった事はない。
「とりあえず、死んどけ」
「か、軽い言い方すんなよ!」
「失せろ。俺達はな、弱いのに関しては特にあーだこーだ言わないし、思わねぇ。ただな」
天草は男の頭を左手で握り締めながら、宙ぶらりんにさせて、空いた右拳に力を込める。
「弱いフリや弱いままのくせ、周りに危害を加える奴がぁぁっ、気にいらねぇってだけなんだよ!」
ブシャアアァァッ
「あ、もう殺しちまった」
最後は特大の一発を叩きこもうとしたが、左手にも力を入れすぎて頭を潰してしまった天草。
とりあえず、ご依頼であり後始末を済ませる事には成功した二人ではあった。
◇ ◇
「まー、いい加減。大人ならちゃんとしろってわけです。成否はこの際、置いときましょう」
帰り道の事。車を運転する天草の隣にいる伊賀。今回の依頼は、単なる要人の殺害ではなく、一般人に扮した狂人の殺害という変わったもの。
「私は仕事柄、真面目な方は歓迎です。学ぶ意識のある方が優先される事項ですね」
「人事らしい考えだ。暴力組合とはいえな」
「マフィアも一般企業と変わりませんよ。スポーツ選手も同じです。こうした相手の不運に感情を使っていたら、神経すぐに磨り減りますよ?」
今も神妙な表情でいる天草。彼の甘さを指摘する伊賀。ちょっとばかしは、更生しろみたいな感じもあったか、それを否定する感じで天草は言葉を吐く。
「別にクズを殺すことに躊躇いなんか起きねぇよ、むしろ起きてたまるか」
「おや?」
「いや。とりあえず、気にしてる事としてな」
しかし、その一点ではなく、天草がちょっと気にしている事。
「依頼人の壁。ぶっ壊したから、悪い事したなって」
「クズの命より壁の補修ですか。らしいですし、当然ですか」
こんな妙な優しさが良いと言えば良いんだろうけど、ここでは心配になる。優しいとは、常に良い要素であるわけではないからだ。