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エデュケーショナルファンタジー  作者: 東雲みずき
50/52

最後のきらめき★

 矢が雨のように降り注ぐ。


 魔王はマミとエミリーの前に立った。


 ズドンッドンッドン。


 机に、魔王に矢が突き立つ。


 ラフラスは椅子に座ったまま木のスプーンで矢を払いながらスープの残りをすすった。


「行儀の悪い奴らじゃ。食事中じゃて。この机、わしが修理するんじゃろうな……」


 魔王に刺さった矢は体から押し出されるように地に落ちた。


 マインツは魔術師達に振り返り叫んだ。


「対魔兵器を持ってこい!この日のために用意したやつをありったけ!」


「マインツ様。お待ちください。あそこにおられるのは勇者ラフラス様でしょう。魔王と結託したのか食事をしている。私が出ましょう」


「おお、ヘルドレイク!頼もしいやつ。時間を稼げ!」


 ユーリ達はマミに駆け寄った。


「先生!どうしてここに」


「保護者だからネ」


「えっ。この方がエミリーさんですか」


 例の出迎えでは大群衆に囲まれていたので声を掛けられなかった。


 それよりも、私の名前を何故知っているのだろう。


(お姫様って美人さんだなあ)


「エミリーと申しマス」


 ヘルドレイクは奇妙な来訪者達にゆっくりと近づいてくる。


「おお!かの大戦を加熱せしめた勇者ラフラス!老いてなおその力は北方にまで知られております。ぜひお手合わせ願いたい!」


 ラフラスはヘルドレイクの目を見た。


「ダーインスレイヴとは懐かしい。レガリアにどっぷり浸食されおって。あの剣は人を選ぶ。未熟者めが」


 魔王を肘でつつく。


「わし、スプーンじゃ勝てないわ。聖剣を返してくれんかの。おぬしの胸に突き立てて悪かったのじゃ」


「断る……スプーンで戦え……お前の力を……信じている……」


 魔王は半笑いで拒絶した。


「ここは老人が出張るところではないの」


 老人はため息をつくと少女に声をかけた。


「卒業試験じゃ。仇をとれ。生き残れば合格とする」


「はいっ!」


 リュクロスは全身が粟立つのを感じた。


 五万の兵が見守る中、団長の恥辱を雪ぐ。武者ぶるいである。


 双子の妹は姉の額に頭をつけて言った。


「どうか死なないで」


 団長の遺品である大剣はレガリアに対抗できる武器では無い。気休めであるが武器強化魔法を唱えた。


「「求遠きゅうえんせよ。力の理を示し虎に傅翼ふよくすべし。ウルズ」


「ふふ。今日は成功したね」


「うん」


 丘の中腹で二人の剣士は対峙した。


「ふっ。ウェルターが出てくるかと思えば、グラハムの隣でびーびー泣いていた小娘ではないか。その剣は似合わんぞ。大男が持ってこそ映える」


「ヘルドレイク。あなたの率いる騎士は品性下劣。帝国騎士団の輿望を担う事は出来ませんでした」


「ふんっ……所詮は女だな。お前と剣が滑稽だという話をしてるのだが」


 ラフラスは冷静に見ていた。力量はヘルドレイクの方が上だろう。だが挑発を繰り返している。


「お前も大好きな団長の元へ逝くか?」


「団長が技量で負けたわけではない事をここに証明しましょう」


 リュクロスは剣に体重を乗せ、一足飛びで踏み込む。


 ギィィィィィン!


 土ぼこりが舞いあがり、ヘルドレイクの体が傾く。


「ほお!女の剣にしてはなかなか」


 続いて胴を薙ぐ。


 ヘルドレイクは飛び退くと同時に空中で剣を振った。


 風切り音と共にリュクロスの足元の岩石が真っ二つに割れた。


「……外したか」


 その音速剣ソニックブレードに怯むことなくリュクロスはさらに一歩踏み込む。


 ズドン!


 大剣を受けたヘルドレイクの体が再び浮く。


「ちっ!」


 ヘルドレイクは転倒するもすぐに立ち上がり、土ぼこりを払った。


「貴様はマインツ様の騎士団を除籍されておる。故にこれは特別なレクチャーだ。大剣が有利なのはリーチと重量。ならば」


 ラフラスはスプーンを握りしめた。


「まずいかもしれんの」


 突進してくるヘルドレイクに剣を当てようとするが空振り。


 ヘルドレイクがリュクロスの懐に飛び込んだ。


「まさしく不利。受けきれぬ事!」


 目にもとまらぬ速さで妖刀を繰り出す。まるで舞っているようだ。


 ガガガッガガッガガガッ!


 リュクロスは一歩、二歩と冷静に剣撃を受けながら下がるが、騎士の鎧はどんどん削られていく。


 血が滴り落ちる。


 先ほどのリュミシーの魔法が付与されていなければこの剣も折れていたかもしれない。


「弱者は一方的な暴力に身を竦める!この瞬間がたまらなく甘美なのだ!」


 リュミシーは分かっていた。奥の手はまだとっておくべきだ。この位置では当たらない。


 だが……。


 大剣の柄が形を変える。


「!?」


 五芒星が浮かび上がる。


「消し飛べえええええええ!!!」


 天に向け、剣から大量の魔力が放出される。


 二人ともその余波を受けて吹き飛ばされた。


 血だらけのリュクロスは気力だけで立ちあがった。大剣を地に立て、杖のように寄りかかる。


 同じく吹き飛ばされたものの、ヘルドレイクはダメージを受けていないようだ。


 だがダーインスレイヴはリュクロスの背後に落ちている。


(私は剣を離さなかった……)


 意識がもうろうとするなか、リュクロスは団長の意思を継ぐ者として、最後の矜持をみせた。


「ふ。驚いたわ。なんの芸だ今のは。しかも貴様がダメージを負っているときたもんだ」


 話しながらヘルドレイクはダーインスレイヴとリュクロスの対角線上に歩を進めた。


「リュクロス!」


 飛び出そうとする妹をラフラスは手で制した。


「最後まで見てやれ」


 ヘルドレイクはほくそ笑んだ。


(小娘は満身創痍。そこで団長を屠った同じ技で殺してやる) 


 彼が手をかざすと地にある妖刀は音も立てずに刃をリュクロスの背に向けた。


 ヒュッ!


 それは一瞬の出来事だった。


 リュクロスの背に向けて凄まじい勢いで飛んだ剣は、乾いた金属音を立てた。


 そこにあったのはリュクロスの背ではなく、大剣である。


 弾かれた妖刀は血を求めるように対角線上に立つヘルドレイクの腿に突き立った。


「グウッ!!」


 それと同時に衝撃波が襲い、ヘルドレイクの体が真っ二つになった。


(団長の時と同じ。読んでいた。そのために飛矢を払う訓練をラフラス様から受け続けたのだ)


 剣が飛んだ瞬間、リュクロスは地に立つ大剣の柄の上に両手で倒立をし、着地と同時に音速剣ソニックブレードを放ったのだ。


 ヘルドレイクの体から鮮血が吹き出す。


 オオオオオオオオ!


 丘が揺れるほどの歓声が上がった。


「見事じゃ」

 

 ラフラスは満足げにスプーンを振った。


 丘の上から声がした。


「ヘルドレイク。貴様の死は無駄ではないぞ!時間稼ぎ御苦労。たった今、落とした!もう止められない!」


 光球を繋ぎとめる五つの筋が次々と切れていく。


 エミリーは叫んだ。


「やめて!私達の帝都が!」


「どうしたんじゃエミリー」


「魔王城にあの魔法が落ちれば。都が黒龍王によって焼き払われちゃう!60年前に交わされた魔王の密約なの!」


 一番驚いたのはユーリだった。


「今のお話本当ですか!!」


「うん!黒龍王から直接聞いたもん」


 勇者は魔王を睨んだ。


「えげつない策を次々と弄するのう。ドン引きじゃわ……」


「人間には及ばぬ……。それにこの話は……覚えておらぬ……。帝都近隣の墓地から……10万のゾンビを発生させて襲撃させる策は覚えているが……」


「わしの墓は村に作るわ」


 エミリーはヘビの杖に言った。


「ヘビさん!凄い杖なんでしょ?あの魔法を止めて!」


「無理だ。もう発動してる」


「なんて恐ろしい事を……」


 ユーリは頭を抱えた。


 ここまで黙っていたマミが口を開いた。


「ねえ、エミリー。あなたはどうしたいの?」


「聞いてマミ姉。私、村で愛情を沢山もらってたの。気付いていたつもりだったけど、実感してなかったの。都に来てからそれが分かった。私は甘えん坊だったんだって。ただ努力すれば良いという環境は本当に贅沢なものだって知ったの。村には食事があり、寝床があり、皆が居る。私は護られてばかりだったんだ。でもみんなが危険な目に遭った時、私はいつも無力でどうにもならない。誰も救えない。私は無力なりに自分で選ぶ事にしたの。いつの日か、かつて護ってくれた人達を守れるように。私は成長したいの」


 エミリーはヘビの杖を再び強く握りしめ、天に掲げた。


「護りたい!」


「魔力ゼロに近いお前に言われてもなあ。俺はただの魔法発動具なんだが……。何の方法もないぞ」


 マミは杖を掲げるエミリーにそっと手を添えた。


「これはエミリーの魔法」


 マミは微笑んだ。


「私、手助けならするヨ」


「先生っ!私も!」


 ユーリも杖を握る。リュミシーは血だらけのリュクロスに肩を貸しながら手を乗せた。


「エミリー……。お前のおかげで……余は村で認められた……。新たな干し肉が完成したら……また感想を聞かせてくれ……」


 魔王もエミリーの掲げる杖に手を添えた。


「わしの入る場所がないんじゃが……」


 ラフラスも手を差しだした。その手をマミが握る。


 魔王の眉がぴくりと動く。


 エミリーは光球を真っすぐに見つめた。


「届け!」


 白昼にオーロラが輝き始めた。


 無数の魔法陣が彼らの周囲に浮かび上がる。


 マインツは目を見開いた。


「あの中に!聖女の力がある!なぜだ!」


 空も地も、虹色の液体に溶け込んだようだ。


 ヘビの杖の先端に輝きが宿り、次第に大きくなっていく。


 杖の先端から放たれた一筋の光が天空の光球と繋がる。


 魔法の鎚は巨大すぎる為ゆっくりと魔王城に落下していくように見えていた。


 光の筋に吸い取られるように光球は見る間にしぼみ始めた。


「馬鹿な!」


 マインツは頭を掻きむしった。


「これでは出力が足りぬ!早く落ちろ!早く!!」


 彼の願い空しく、光球は小さなきらめきになって消えた。


 脱力したマミをエミリーは抱きとめた。


「あらエミリー。力、強くなったネ」


「毎日お皿を運んでるもん」



                             (つづく)

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