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エデュケーショナルファンタジー  作者: 東雲みずき
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初めてのお友達出来たよ★

「お兄さん遅いね」


 不安を感じ始めた頃、金髪の青年が出てきた。手に何か持っている。


「これ、領収書ね。受験日に試験会場に持っていくといいよ」


 紙には大きな文字で『丙式受付済』と書いてある。


「ありがとうデス」


「いいよいいよ。じゃあね」


 言い残して青年は夕闇に消えた。


「良い人だったなあ」


「宿に戻って勉強するぞ」


「はあい」


 宿は小さな個室になっていた。ベッドと机がある。ぼろぼろの辞書も備え付けてあった。


「わあ!紙の本だ!」


 エミリーは村長の家で聖書を見た事がある。とても貴重なものだからと、触らせてはもらえなかった。しかし目の前にある本は自由に使っていい。


「すごいすごい!」


 ベッドの上に投げ出されたヘビの杖は呆れたように言った。


「そんなにテンションあがるもんか?」


 エミリーはじっと本を見つめている。


「勉強熱心なことだ」


 三十分後。


「zzzzzzz」


「寝るのかよ!」


 宿の食事は時間が決まっている。寝坊したら片付けられてしまう。エミリーは毎朝早めに起きて勉強をすることにした。


 食堂での朝食は静かだ。


 カチャカチャと食器の音だけがする。


 エミリーは周りを見た。


(ここに居る人たちは、やっぱり全員、受験生なのかな)


 誰も視線を合わせようとしない。ピリピリとした緊張感がある。


 皆、食器を片づけると部屋に一直線に戻る。


(私、甘く見てたかも。もっと真剣に取り組まないと)


 宿泊3日目。


 扉を開けようとしたとき、隣の部屋の扉が動いた。


 中から少女が出てきた。赤毛の短髪、暗い色の服を着ている。


「あ、あの!」


 思わずエミリーは声をかけた。


「わ!私、隣の部屋なんだ」


 少女は少し驚いた様子だが、軽く会釈をして言った。


「お二人とも受験生ですか?私もですよ」


 二人?誰かと勘違いしてるのだろうか。


「う、うん。げ、元気?」


 思わず間抜けな事を聞いてしまった。


「あ。はい。元気です」


 少女は笑った。


「わ、私の部屋でリンゴでもどう?」


 なんかナンパでもしてるようだ。


「ふふ。じゃあ頂きますね」


 部屋のベッドで並んで座ると、エミリーはリンゴを渡した。 


「あなたの分は?」


「半分だからね。食べたらちょうだいね」


 少女は目を丸くしたが、笑ってリンゴを差しだした。


「私食べすぎちゃうかも。お先にどうぞ」


「う、うん」 


 ガリガリと青いリンゴを食べる。あまり食べ過ぎないように注意しないと。


「私、メアリ・ロビンソン。帝都外周のメイヨー地区出身です。受験は最初で最後のチャンスだから気合入ってます」


 エミリーはリンゴを渡した。


「私はエミリー。ずうっと東のホンウェルって村から来たの。よろしくね」


「もう一人の方はお出かけ中ですか?」


「ん?」


「ほら、いつも話してる人が居るでしょう?」


 どうやら壁が薄いので話を聞かれていたようだ。

 

 エミリーは床に転がっている杖を持った。


「この杖、ヘビさん。よくしゃべるんだよ」


「……ぶっ。勘弁してください」


 どうやらメアリのリンゴを噴出させるための、エミリーが放った食事ギャグだと思ったようだ。


「本当だよ。ねえ、起きてる?いつもはあんなに喋るのに」


 エミリーは杖の先をベッドにコンコンとぶつけた。


『コンコン』


「おかしいな……」


『コンコンコンコンコンコンコンコンコンコン』


「バッカ!お前、やめろ!」


 耐えていた杖は思わず悲鳴をあげた。


 メアリは驚きのあまり立ちあがって口を押さえた。


「!?」


「ね?面白いでしょ?」


「なんでしょう。こんな杖、初めて見ました」


 エミリーはニヤリと笑った。


「俺はお前の教師だぞ。いい加減にしろよマジで」


「ごめんなさい。だって話さないんだもん」


「お前なあ……」


 メアリはまだ信じられないといった表情で尋ねた。


「これってエミリーさんの魔法ですか?」


「まさか。やっぱり杖が喋るのは珍しいのかな」


「私、+2の杖まではショップで見た事があるんですが」


「+2って?」


 メアリは興奮気味に答えた。


「えっと。ご存知かと思いますが魔法発動具としてのマジックワンドは金貨1枚くらいが相場です。魔術増幅されるもので+1は金貨10枚くらい。学生でも持ってる人は居ます。でも+2に認定された杖は金貨100枚程度の価値があるんです。帝都でも+2を作れる人はそうそう居ないんじゃないですか?」


「じゃあ+3は?」


「便宜的に三段階に分けたらしいので想像つきませんが……。王族くらいしか持ってないんじゃ?ショップで見た事ないので値段は分かりませんが金貨1000枚以上の価値はすると思います。でも喋ったりはしないでしょう」、


「へえ~」


「人間の価値観なんて当てにならんから金貨どうこうは知らんが、そんな俺はベッドでコンコン叩かれたわけだ」


「ごめんね。もっと大切にするよ」


「当然だ」


(マミ姉はそんな大切な杖を私に……)


「私がんばって勉強するよ」


「おう」


「私も勉強に戻りますね。リンゴごちそうさまでした」


 試験当日までは出来る限りの勉強をした。


 この勉強生活はエミリーにとってつらいだけでは無かった。 


 毎日朝食後にメアリと話をするのが楽しくて仕方が無い。村に居なかった同年代の女の子。


 なぜ朝食後かというと、夕食後に話し始めると夜遅くまで話し込んでしまうからだ。 

 

「私ね、将来は村に戻って魔術薬師になりたいんだ」


「そうなんですね」


「メアリは将来の夢とかある?」


「私は……」


 メアリは恥ずかしそうに話し始めた。


「ご存じないかもしれませんが、帝都って貧富の差が結構あるんです。私の生まれた貧民街は、一日働いても銀貨5枚ももらえないんです」


(うちのパパは一日働いて銀貨一枚だったけど貧しいと思ったことはなかったなあ。パンの値段に違いがあるのかな)


「うんうん」


「それで、私は……政治家に……」


「政治家?」


「はい。帝国議会には民間人枠があるんです。でも最低でも丙式魔術学校を出てないと立候補は出来ないんです」


「ほええ。メアリはすごいな。でもメアリは真面目だからきっと叶うよ」


「がんばります」


 エミリーはメアリが政治家になる姿を想像してみたが、ピンとこなかった。


 でもきっとメアリは素敵な政治家になる。そして帝都から貧民街が無くなるんだろう。


 それを叶えるには今勉強するしかない。


 試験まであとわずか。夢を語ったことでエミリーの勉強に対する姿勢も少しづつ変わっていった。


 そう。今は努力だけすればよい。


 その先にきっと未来が待っているはずだ。


 しかしエミリーはスタート地点に立てるだけでも幸せであると、まだ気が付いていなかった。


                                         (つづく)

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