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エデュケーショナルファンタジー  作者: 東雲みずき
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約束の時★

 ユーリ達が近づくにつれ、獣のような叫び声が聞こえてきた。


 丘の魔法陣には結界の作用がある。


 結界の中に入ろうとする魔族たちが群がっているようだ。


「突入します」


 ウェルターが先陣をきり、一直線に走り込む。中に居る兵たちは仕掛けてこないばかりか、道を開けるように下がった。


 魔族達は背後から現れた新手に対応できない。


 ユーリが呪文を唱えると兵達の体が光る。結界に触れたが何の支障も無く突入した。魔族特化の結界は人間に害はないはずだが、念のためである。


 魔法陣の中では五万の兵が丘を取り囲むように布陣している。


「マインツ様。帝国からの使者がまた来ました。今度は千人ほどが武装しているようです」


「ユーリだな。ここまで通してやれ」


「良いのですか?今、結界境界まで押し返せば魔族どもも襲いかかるでしょう。簡単に殲滅出来ますが」


「馬鹿め。千人とはいえ下手に仕掛けて森にでも逃げ込まれたならば、この後の退却の支障となる。奴らはこの陣の中で死ぬのだ」


 マインツは幼児の頃より見てきた皇女の性格を把握しているつもりだ。


 正義感が強く優しく慈悲深い。


 だからこそ甘い。


(およそ上に立つ性格ではない。エリザベートは人を見る目が無かった。だから死ぬことになったのだ)



 エミリーは上空から丘を眺めた。


 光の球は直視できないほど輝いている。


 その魔法球を起点として放射状に光の筋が五つの丘に注ぎ込まれている。


 透明な膜が見える。


 ドラゴンは上空を旋回しつつ丘への突入を躊躇っている。


「結界があるのかな?地上から行くしかないか。真ん中のあの丘まで何キロあるんだろう」


 地上に降りるとエミリーはクッキーを三枚取り出した。


「ありがとうニーちゃん。ここからは歩くから。黒龍王に宜しくね。さよなら」


 口にクッキーを放り込む。


 エミリーは結界に恐る恐る触れた。


 ニコラからもらった金の髪飾りが光を発する。エミリーは難なく結界の中へ入った。


 黒龍は飛び立たずにじっとエミリーの背中を見つめていた。



 ユーリ達はレチタティーヴォの丘に到達した。


「マインツ卿。議会命令です。軍を撤退させなさい!」


「これはこれはお久しぶりですユーリ様。撤退命令?議会はコロコロと意見が変わって宜しくありませんな。もうしばらくお待ちなさい」


「この魔法は何のつもりですか!あなたから軍権を剥奪します」


「はて……?」


 マインツの隣に控える騎士が剣を抜いた。


 その手に妖刀ダーインスレイヴが光る。


 リュクロスは大剣を構えた。


「団長の仇!ヘルドレイクゥゥゥ!!」


 はやるリュクロスをユーリは杖で制した。


「お待ちなさい。まだ話は終わっていません。マインツ卿はグリーデンの制裁に出征された。ではこの丘の有り様を説明してもらいましょう」


 マインツは杖で自分の肩を叩きながら丘より歩み寄った。


「……ユーリ様はこの魔法の事を御存じですかな?」


「聖女ミリアムが放てなかった攻城魔法です」


「そういう事を聞いているのではありません。この魔法が意味するところ」


「?」


「降り注ぐ魔力の質で分かりませんか?甲式魔術学校を首席で卒業された割には勘が鈍いですな。この丘に立てばお分かりでしょう。これは鎚ではありません。初めから空間転移魔法なのです」


「なんですって」


「この世界は魔族によって魔法がもたらされました」


「そういう説もあるようですね」


「説?これは事実です。旧人類が扱えぬ技術は魔王と共にもたらされたのです。彼らは様々な世界を、いや天空の星々を旅してまわる寄生虫のようなもの。その星の魔力を引き出し、魔力を喰らい、尽きれば次の世界へと去る。だがこの世界には我々という脅威が居た。そして我々も本来一部の人間しか享受できなかった、引き出された魔力を操れるようになった」


「あなたの法螺話がこれ以上続くようなら実力行使に出ます!」


 終始マインツのペースである。


 おそらく作り話だろう。


 話を聞けば聞くほど士気が下がり、この丘に到達した時の勢いが失われる。上空の魔法も完成に近づく。


「それでも結構ですが、まあお聞きなさい。甲式魔術学校の先輩の講義だと思って」


 ユーリはウェルターに耳打ちをした。


「この魔法は五つの丘により支えられています。私の合図でここを離脱し丘の一つを奪取します」


「分かりました。用意しておきます」


 マインツは話を続けた。


「この魔法が操る力は重力と空間です。旧人類は空間の曲がりが重力だと捉えました。聖女の完成させた魔法が触れる事で場の重力を無限に増やす事も出来れば、対象を時空の彼方へ飛ばす事も出来る。つまり本来の用途は魔王の帰宅の手伝いなのです」


 天空の輝きは増すばかりだ。


「聖女は何を考えたのか、この星から魔族を無傷で追い出そうとしました。だが私はそれほど甘くない。すでに今回の魔力は文献に伝わる力の倍に膨れ上がっている。これだけあれば可能だ。本来の力である魔力を重力に換えて押しつぶす。そして魔族の残党は現生人類が責任を持って排除する。寄生虫はこの星でついに駆除されるというわけです」


 ユーリはウェルターとリュクロスに目配せをした。ここを離脱する。


 ヘルドレイクとやり合いたいリュクロスは不満そうだ。


「分かりました。その陣頭指揮を帝国が執るという事ですね」


 ユーリは今まさに合図の杖を振りあげようと握りしめた。


「ええ。私が執るのです。摂政の責務において!」


 マインツはヘビの杖を突きだした。杖から光球がユーリめがけて飛ぶ。ユーリは冷静に杖を構える。


 光球は弾かれたがユーリの杖は真っ二つに折れた。


「くっ!」


 それを合図とばかりにマインツの背後から騎士達が雪崩をうったように飛び出した。


「ハハハ!後方の丘の占拠などさせぬわ!あなたはここで死ぬのだ!今、ここで!」


 目論見はバレていたようだ。


 ウェルターは押し寄せる騎士達を切り払いながら皇女をかばう。


「ついに皇女に剣を向けたな。謀反人め!」


「ハハハハハ!謀反人はあなた方でしょう!次期皇帝の後見人たる摂政に刃向うのですから!」


 マインツの部下達は容赦なくユーリ達に襲いかかった。


 同じ帝国の騎士であっても顔馴染みでもなんでもない。


 屈強な新参だからこそ出来る事だ。


 ユーリの兵は一人、また一人と倒れていく。


 マインツは高らかに笑った。 


「みなさい。あれが古い価値観にとらわれ形骸化した騎士団の成れの果てだ!なんと脆弱な!だから刷新が必要だったのだ!」


 丘を囲む五万の兵達は唖然として同士討ちの様子を見ていた。


 リュクロスは隙を見てヘルドレイクに斬りかかるタイミングを見計らっている。


「……さてそろそろ魔法を落とすか。もう少し出力を上げたかったのだが。さっさと落とさねば新たな邪魔者が来た時に後悔するからな。念には念を入れて」


 来るわけがないがマインツは冗談めかして言った。


 マインツは杖を掲げた。


「ヘビさんの杖!!」


 子供の声が響く。


 戦場になんとも場違いな少女だ。マインツは目を疑った。


(聖女ミリアム?いやまさか)


 見ると安物の毛皮を着ている。


「ヘビさん!私、あれから色んな事があったんだよ!私は私が出した答えに従ってここに来たよ!」


 杖は覚えていた。


『困った時は自分で考えろ。人に聞いてばかりいたら大事な時に判断できないやつになる。考えた上で出した結論なら間違ってたっていいじゃねえか』


 あの薄暗い質屋で涙目の少女に確かにそう言った。


(さすがにこの状況は間違いだと気付けよ)


 ヘビの杖は少し笑ったようだった。


「何だ。小汚い下女が」


「私、エミリーって言いマス。あなたがマインツさん?お願い!魔法をやめて!このままだと帝都が……」


「はあ?」


「魔王城に攻撃をしかけたら黒龍王が帝都を焼き払う事になってるの!」


(……虚言か?)


 この娘、ユーリと違って駆け引きが上手いようだ。


 本当ならば帰る都を失う事になる。


 意外な事にマインツには帝都愛がある。


(万が一本当だとしたら、なぜこの娘が知っている?)


 マインツはエミリーの魔力を測定した。


(凡人以下)


 マインツは隣に控える射手に言った。


「射殺せ」


 ヘビの杖は口を開いた。


「やめた方が良いぜ」


 射手は手早い動きで弓を放った。


 矢は放物線を描き、確実にエミリーの頭を直撃した。


 エミリーは倒れた。


 マインツは少女が倒れ込むのを確認してから返事をした。


「やめた方が良い?ここは戦場だ。紛れ込んだガキが死のうと知った事か」


「そういう意味では無かったんだが……。あんたの計画はここまでは完璧だったのにな。許してほしいのだが、ここからは俺の意思ではどうにもならない」


 彼の手にある伝令使の杖は禍々しい光を発し始めた。


「うっ!」


 危険を感じ、思わず手を離したマインツから杖は丘を転がり始めた。


 倒れた少女の傍らで止まると金切り声のような音を立てた。


 紫色の光が丘にあふれ出る。


 戦をしていた兵たちは異変に気付き驚き振り返った。


 杖はつぶやいた。


「召喚条件を満たしちまったようだな『保護者会ガーディアンズ』」



 エミリーは夢の中に居た。 


 ホンウェル村で暮らす平凡な日々。


(私は何になりたかったんだろう)


 何にも挑戦しなければ危険を冒すことはない。


 村から出なければ幸せな日々が続く。


 大好きなマミとキノコ狩りに行ける。


 母が死んだあの日、マミは父に謝っていた。


「人間の薬は不得手で……」


(そうだ。お母さんが死んだあの日、私は薬師になろうと決意したんだ)


 もう帰ってきていいのよ。


 母の声が聞こえたような気がした。


 そうか。私は頭を弓で射られておかしくなっちゃったんだ。



 戦場に木のテーブルがひとつ。


 三人は食事の最中だった。


「そこの塩、とってくれんかの」


「貴様……消し墨になりたいようだな……」


「え、エミリー!!」


 マミはエミリーを抱き起こした。


 ぐったりとしている。


「……死んでないわよネ?」


 杖は必死で抗弁した。


「も、もちろんだろ!髪に付いてる魔法具を見てくれ!」


 金の髪飾りは身代わりとなって砕け散っていた。


 エミリーは目を覚ました。


「ここは……天国?」


「エミリー!!」


「本物のマミ姉だ……。うわああああん!」


 マインツは青ざめた。魔族が結界内に入り込んでいる。


 歴史上、この結界を破った事のある魔族は……。


「何を見ている!異物は射殺せ!!一斉に射かけろ!騎士共かかれ!」


 魔王は椅子からゆらりと立ちあがった。


「この丘は……!レチタティーヴォの丘!なんという不愉快……!」

                                        (つづく)

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