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エデュケーショナルファンタジー  作者: 東雲みずき
48/52

使用者責任★

 黒龍はエミリーを背に乗せて飛び立った。


「ちょ、ちょっと待って!」


 このドラゴンには人間の言葉が通じないようだ。


(到着する前に私死んじゃう!)


 この時季に極寒の空高く舞い上がった人間などそうそう居ないだろう。


「寒い!一回降りて!お願い!」


 ドラゴンの背に乗って飛ぶのは夏場が良いだろう。エミリーは後悔をした。


 咄嗟に黒龍の背中の毛に身を埋めてみるがやはり寒い。


 握力も無くなってきた。耐えきれない。


 相当な握力と筋力が無い限りドラゴンの背に捕まることは出来ないと知った。


 エミリーは極寒の空からまっさかさまに落ちていった。 




 ユーリ達は目を疑った。


 山を越えればグリーデンはすぐそこである。


 だがマインツ達の軍勢は遥か西に布陣している。夜明け前だというのに空は光り輝いている。


 丘を結ぶ巨大な魔法陣が浮かび上がる。


「ユーリ様、あれをご覧ください」


「ええ。先の大戦で聖女が考案した攻城魔法。でもどうして……」


 マインツは兵を握り、グリーデンへ侵攻したのでは無かったのか。


 ここに至るまでに強行に次ぐ強行で民兵の半数は脱落した。


 急ぎ先回りしたつもりだったが裏目に出たようだ。


「最初からグリーデンを襲う気は無かったということですか」


 リュミシーはユーリに身を寄せた。不安や恐怖を感じると皇女に身を寄せるのは盾のレガリアを持つ者として正しい行動かもしれない。


「ユーリ様。あの丘からグリーデンの城には届きません。間違いなく魔王城に落とす気ですよね」


「ええ」


 隣で素振りを繰り返すリュクロスが言った。


「マインツはやる気マンマンですよね。魔王城を潰す。まさか怒った魔族がグリーデンを滅ぼすって流れを狙ってたりして」


 ユーリは考え込んだ。リュクロスの言う事は半分冗談だろうが、マインツの狙いがどうあれ、隣国は滅ぶだろう。


 だが、そんな事のためだけにあんな魔法を持ちだすだろうか。


 グリーデンなど取るに足らない小国である。


「魔王はホンウェル村に居ます。現時点で魔王が魔族を統率しているのか分かりませんが、再び人間との争いが始まるでしょうね」


「すると人間達は団結せざるを得ない。マインツが仕切る帝国の求心力のために火を付けるってところですか」


「さあ?結局マインツの狙いは分かりません。分かりませんが巣をつついたら彼は全力でこの場を逃げる気がします」


 いつも安全な所から敵をけしかける。


 それが彼のやり方だ。

 

 なのに今回自らが最前線に出張ったのなぜか。最初で最後の賭けに出たのだろうか。


「マインツの愚行止めるのですか?」


「もちろん。帝国の代表として。そのために私はここに居ます」



 エミリーは焚き火の音で目を覚ました。


 湖畔の倒木はかなりの火力で燃えている。


「ここは……?」


 隣でドラゴンが鼾をかきながら寝ている。


 はっと気が付き、エミリーは自分の体をまさぐった。


 どこも怪我をしていないようだ。


 懐のタクトも持っている。財布も落としていないようだ。


「良かった……。あなたが助けてくれたのね」


 どう見ても乗り気ではなかったのにエミリーを助けたのは不思議だった。


 ぱっと見、狂暴な印象だが黒龍王からの指示には徹底して従う性格なのだろうか。


 それともエミリーが死んだらクッキーを食べられなくなると思ったのか。


 ドラゴンは目を覚ました。


「私、あなたに乗れないみたい」


「グルルル……」


 どうしたらいいか分からない。こうしている間にも帝都の危機は近付いている。


 よく考えたら仕事の前に職場を飛び出して来たので、防寒着は一切持っていない。


 制服のままだ。


 ここはどのあたりだろうか。


 帝都に戻れるのならそれが一番良いが……。


「あなた、名前なんて言うんだったっけ」


 さっき聞いたばかりなのに覚えていない。


「グルルル……」


「ニーなんちゃらだったよね?じゃあニーちゃんって呼ぶね」


 黒龍は不満そうだ。


「私の言葉は分かる?」


 返事はない。


「ちょっと待っててね」


 両手で押さえる仕草をした。伝わっただろうか。


 エミリーは湖畔から離れた。しばらく歩くと林を抜けた。遠くに灯りが見える。


「村だ。帝都からあまり離れてないのかな。服や手袋を売ってもらおう」


 エミリーが村に入るとすぐに悲鳴が上がった。


 村は大混乱に陥った。


「魔族だ!ドラゴンをひきつれているぞ!」


 振り返ると確かに上空にドラゴンが付いてきている。エミリーのすぐ後ろに着地した。


「ニーちゃん!待っててって言ったのに!あの!皆さん。怪しい者じゃないデス。お金を払うので……」


「みんな逃げろ!早く!」


「あの!話を聞いてくだサイ!」


 男たちは村の外へ全力で走り去った。


 抵抗しようとする者も居た。おそらく家の中に動けない家族が居るのだろう。


「私は敵じゃないデス」


 くわを構えた中年の男はぶるぶると震えている。可憐な少女と後ろに控える黒龍を交互に見比べていたが一歩も動けずに失神をした。


 反対の家から飛び出してきた親子。


 エミリーの目の前で幼児を抱きかかえた母親は転んだ。


「大丈夫デスか」


「どうかこの子の命だけは助けてください。どうか……」


 ついにエミリーは泣きだした。


 ドラゴンは一連の流れを興味深そうに眺めていた。


 手袋とマフラーと毛皮の服。 


 布団と紐。


 この村でエミリーが買い求めたものだ。


 村の子供がエミリーに恐る恐る聞いた。


「あなたは人間なの?」


「もちろん。クリミアハリル『音楽の都』亭でウェイトレスやってるの」


「ウェイトレス?若いのに働いてるの?」


「私も辺境の村で育ったから分かるけど、みんなも村の手伝いしてるでしょ?それと同じだよ」


 ドラゴンの首と布団を太い紐で三重に結び付ける。紐と布団は縫いつけた。


 これで落ちないし多少は寒さもしのげる。 


「よし!行こう!」


 ドラゴンの口にクッキーを放り込む。


 黒いドラゴンはエミリーを乗せて漆黒の空に再び舞い上がった。



                     (つづく)

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