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エデュケーショナルファンタジー  作者: 東雲みずき
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魔王VS勇者の最終決戦★

 今日はブレンダと勉強の日だ。外は大雪が降っている。


「今日も宿題から見ていきますね」


「ハイ」


 暖炉の薪がパチパチと音を立てる。雪のせいで人通りが少ない。


 勉強するにはもってこいの静けさだ。


 だがその日は勉強に集中できなかった。


「お邪魔するよ」


「あ、こないだの」


 ヘビの杖の情報を持ってきた男だ。確かナウシズと言ったか。


 入店したナウシズにブレンダは驚いた。


「ナウシズ先生」


「お知り合いデス?」


「ええ。うちの学校の先生です」


 そういえば甲式の教師だと言っていた。


 続いてニコラが入店した。


「こないだのおばあちゃん?」


「あら。勉強中だったのね。ごめんなさい」


「いいえ、今日は何の用デス?」


「この人から聞いたの。あなた、ケリュケイオンの持ち主だったのね」


「そうだけど、なんでまた」


「杖はね、聖女ミリアムの持ち物だったの。なぜあなたが持っていたのかを聞きたくて」


 話して良い事だろうか。エミリーは逡巡した。この老女は信用できる。エミリーはナウシズをちらりと見た。


「大した話じゃないけど、隣の家のお姉さんに貰ったの。マインツさんにはお金を払って返してもらうつもりデス」


 ナウシズは身を乗り出した。


「隣家のお姉さんというのは?」


 エミリーも彼らが何を言いたいのか少し分かった気がした。


「育ての母みたいなもの。まだ若いし、亡くなった聖女じゃないデスよ」


 ニコラは少し考え事をしてから酒場の壁を指差した。


「エミリーは歴史の勉強をしているのよね。今から大戦の様子を見てもらってもいいかしら」


「勉強になるなら……」


 ニコラが呪文を唱えると、酒場の壁に映像が映し出された。


「私が戦時中に見たものや、戦後伝え聞いた事をつぎはぎして映し出す魔法。だから私の主観が入り込むけどいいかしら」


 エミリーは大喜びだ。


「すごい!こんな魔法見たこと無い」


「初学者には映像だけだと分かりにくいから、ナレーションも付けましょうか」


「お願いしマス」



『その戦場は色々な物が溶け合い判別が付かなくなっていた。ただ、ひとつだけ確かな事はうんざりするほどの時間の停滞がもうすぐ解消しようとしていること。


 彼らとの決着の刻が来たのだ。


 人の世の技術が臨界に達した時、現れた者たち。人類と並び立つ相容れぬ知性を魔族と呼んだ。』


「旧人類って魔族と共存していた時期があったの?氷期が来て絶滅したんでしょ?」


「最近の研究では魔族は新人類が繁栄してから来たってことになってるわね。私が子供のころに習った知識が出てるみたいでごめんなさいね」



『人々は上位捕食者である魔族を排除しようと躍起になった。


 人類はあらゆる手段で彼らに対抗し、彼らの魔術も使いこなすようになった。


 一進一退の攻防を繰り返しながら人は挑み続け、ついに最後の「巣」を包囲する。』


「魔王城の事ね」


「これってまだあるの?」


「もちろん、あるわよ」


『城を取り囲んだ人間達は攻めあぐねていた。終結した人類の戦力は800万。


 現生人類にとっては種の存亡をかけた規模であった。』


「わあすごい!」


 ブレンダは遠慮がちに聞いた。


「あの、この部分の映像はニコラ様が実際にご覧になったものですか?」


「ええ。例の丘の上からね。私たちは三十二陣のうしろに居たの」


「ニコラ様のパーティは城に突入したって聞いていたので最前列かと」


「その話はこの後。ちょっと話を戻すわね」



『この攻城戦に至るまで、人々は攻伐し合っていた。帝国が主導権を握ると、ついに結束した。


 一度団結すると魔族を追い込むにはあっという間であった。


 魔力も力も劣るが、人間達は瞬く間に彼らを最後の巣へと追い込んだ。』


「なんだか皮肉な話ですね」


「ええ。旧人類も隣の国とは結構喧嘩してたみたいよ。共通の敵を決めると結束すると王たちは知っていたのよね」


『城を取り囲む人々は勝利を確信した。


 しかしそれは長き悪夢の始まりであった。


 攻城戦は10年にも及ぶ。


 旧世紀の火器を再現して投じた事もあった。


 河川を決壊させて城内を水浸しにもしたが魔族に有効ではなかった。


 城壁や結界に穴を開け、精鋭部隊も幾度となく送り込んだ。


 最深部に到達しながらも撤退をした部隊もあったが、結果として城の防御は一層強固なものとなった。』


「ニコラ様達は10年間戦ってたんですか?」


「まさか。大戦が始まった頃、私は小さな子供よ。実際に参加したのは最後の二年ね。それも冒険しながら」


「今、一瞬映りましたね、勇者ラフラスの姿が。最深部に唯一到達したパーティに」


「あの人、やたらと目立つのよ。私も横に映ってたわよ」


 エミリーは少し眠くなってきた。やはり歴史には興味がなかなかわかない。


 一方のブレンダは興味深々で目を輝かせている。


「死者達の王女へカティーを斃したのはこの時ですね」


「どなたデス?」


 ニコラは視線を落した。


「魔王の妻よ。斃したというより……正確には彼を庇ったの」


「ええっ」


 ブレンダは熱っぽく補足した。


「夜の女神へカティーは魔王の妻リリスと同一であるとの説もありますよね」


『人の城と魔族の城への攻め方は根本的に違う。前提として人の寿命は魔族に比べて短い。魔族はひたすら力を貯め、反抗に転じる機を覗っているように見えた。


 いずれの策も膨大な糧と夥しい数の犠牲を払いながらも決定打にはならなかった。』


「攻めてる側がピンチっておかしな話ですね」


「人間の最大の敵はけっきょく人間なので長期間は戦ってられないのよ。反乱も起きてるしね」



『その案を考え付いたのは少女だった。


 敵が長期戦を狙うなら、時間を稼げば稼ぐほど人間側に都合がよい策。いわば攻める側が守りに転じる逆転案だ。


 点在する丘を魔法陣のポイントに見立てて時間が許す限りの膨大な魔力を貯め、城を押しつぶす。


 巨大な魔城を確実に叩くには時間がかかるが、魔力が満ちてしまえばあとは落すだけである。


 その魔法陣の要として抜擢されたのも考案した少女である。


 人類全ての魔術師達は長大な魔法陣に参集した。』


 エミリーは眠気が飛んだ。画面に大写しになった少女の顔を食い入るように見つめた。


 ニコラはエミリーの様子を横で見ている。


「ちがう。マミ姉じゃない」


「そう……」


 ブレンダはニコラの落胆を感じた。この確認が今日の目的でもあろう。




『黒龍の群れが幾度となく襲来し、魔法陣の魔術師達に炎を浴びせかけた。


 防御の陣は完璧で炎は届かない。


 彼らは爪と牙をもって阻止しようとした。


 その度に陣の核となる少女を守ったのは、わずか齢17にして聖剣に認められた青年ラフラスであった。


 彼こそ魔王の城の最深部まで迫り、その妻を殺した張本人でもある。彼はすでに勇者と呼ばれるようになっていた。


 最下層にてパーティーの半数を失ったが多大な成果をもたらした。魔王にも彼らの力は通用するのだ。


 巨大な光球は輝きを増し、不眠不休で唱え続けた魔力は丘を覆いつくした。


 遠く離れた帝都クリミアハリルからもその光は見えた。


 人類の勝利を約束する太陽のようであった。


 異変に気付いたのは勇者だった。数人に声をかけると丘を駈けおりる。


 結界が十重二十重と張り巡らされているはずの丘の麓にソレは出現した。


 最下層からの生き残り組、妖刀ダーインスレイヴの使い手は叫んだ。


「来るぞ!」


 空間が軋み、不気味な音を立てた。


 城の最下層で出会った時とは姿が違う。しかしその異形から発せられる魔力は間違い無く魔王のものだ。


「貴様を……探していた……」


 その怒りに燃える目を見て、勇者は苦笑いしながら若干の後悔をした。』


 ブレンダは興奮気味に尋ねた。


「この魔王の映像って本物ですか?」


「ええ。近くで見てました。まあ60年前の事なので私の記憶違いも入ってしまいますが。勇者は後悔してってところは彼の性格なら後悔してそうです」


 エミリーは魔王の声を聞いて思った。


(隣のコスプレおじさんと声がそっくり)


『妖刀の使い手は笑いながら勇者に言った。


「お前への個人的な恨みだけで城を空にするってよ。魔族の長がよ!」


「貴様らを殺したうえで……この地を一掃してやるわ……」


 尚更のこと負けるわけにはいかない 。


 聖剣に光が宿る。


 王国一の弓使いが術矢を放った。


 一つの矢に膨大な魔力を込めた対神魔矢ゴッデスエンチャント


 その矢が魔王に届くと同時に勇者は斬り込む。


 目にもとまらぬ勢い。魔王の胸に深々と聖剣が突き刺さった。


 だが魔王は意にも解さず勇者を握りむ。


 勇者は顔色一つ変えずに術式を発動させる。


 魔王の手の中でバキバキと音を立てたのは配下の魔族だった。


「入れ替わりか。さすがに外道よな勇者ラフラスとやら……。討たせてもらうぞ……妻の仇……。消し墨にしてやろうか……」


 勇者は飛び退いた。


 魔王が手をかざすと火炎と爆風が丘を覆う。』


 ブレンダはうわーうわーと何度もつぶやいている。


「これ、人間が使う『カノ』と全然威力が違いますね!」


 心底楽しそうである。


 エミリーは少し気分が悪くなってきた。映像がチカチカしすぎるのだ。


『人々が木っ端みじんに吹きとぶ。


 勇者とその仲間達は爆風の中立ちあがる。対炎防御魔法が役に立った。


 哀れな犠牲者達の血煙りの中でも勇者は全く動じていない。


 手負いの勇者は意趣返しと言わんばかりに手を突き上げる。


 雲間から一条の光が聖剣目掛けて落ちた。


 魔王に直撃する。


 先ほどの 爆風に生き残った魔術師たちも一斉に仕掛ける。


 妖刀使いが勇者をからかった。


「奴を仕留められず、女を殺したのは最大の失策だったな」


 勇者は笑った。


「貴様ら……今更……命乞いをしても無駄だ……」


 遠巻きに数千を超える魔術師が次々と魔法を打ちこむ。必死だ。


 それに対して魔法防御壁を展開せずに、魔王は次の魔法を唱え始めた。


 魔力が膨張し巨大な槍の形を取る。城の塔にも匹敵する大きさだ。


 その切っ先は勇者に向けられている。


 少女ニコラは叫んだ。 


「注意して!丘ごと突き崩す気よ!」』


 真っ白な聖職者プリーストだ。髪には金のアクセサリーが光っている。


 エミリーは髪飾りに手をやった。


(私がもらったものだ。それにしても可愛いな若い頃のおばあちゃん)


『盾のレガリアを持った騎士が叫んだ。


「お前たち、怯むなよ。明らかにダメージは通っている!」


 勇者は両手を広げた。


 この槍を体で受けようというのだ。


 勝機はここにある。


 自らの命と魔王の命。刺し違えるつもりだ。


 仲間達は目に涙を浮かべながら彼の決意を知った。


 やるしかない。


 どのみち、あの光球を魔王城に落さねば人類は滅びる。この丘を死守し、魔王を倒し、城を陥とす。


「良い覚悟だ……黄泉にて我が妻に詫びよ……」


 巨大な槍が勇者を貫こうとしたその時、彼の前に手を広げた少女が現れた。


 転送魔法テレポート


 陣の要で光球を統括すべき少女だ。


 転送魔法を発動させたということは光球の行方は……!?


 勇者の目の前で槍が少女の体を引き裂いたその瞬間、彼は確かに声を聞いた。


「私は旅がひたすら楽しかった。あなたのおかげで」



 ……!!



 まばゆい光が天を覆いつくす。


 大地を埋め尽くしていた兵は跡形も無く消え去った。


 真っ二つに引き裂かれた少女の亡骸だけを残して。』


 映像は途切れた。


 窓の外は真っ白な雪が降り積もっている。そろそろ仕事の時間だ。


「あの……」


 ブレンダが口を開いた。


「魔王が丘ごと勇者を貫こうとした瞬間に、聖女ミリアムが庇ったってことですよね」


「そうなるわね。勇者が聞いた最期の声は、戦後に本人から話してもらったの」


「唱えている最中の大魔法を別の大魔法に変換して800万人を強制撤退させたんですか。そんな事って出来るんでしょうか」


「彼女なら出来るでしょうね。気が付いたらクリミアハリル南の盆地に全員倒れていたわ。だから後世の研究者が聖女の判断を批判していた時期もあったけど、どうせあの魔法は魔王城に落とせなかったでしょうね。人間側も魔王本人が出張ってくるなんて想定してなかったみたいだし」


「勇者が槍を受け止めている間に魔王は倒せませんか?」


「あの時のメンバーなら出来たかも……。あの丘で魔王もかなりダメージを受けたようで、あれから60年経つけど大きな戦は無いわね」


 エミリーは最後に映った聖女の隣に転がる杖を思い返した。


(懐かしいな。ヘビさんの杖だ。なんとしてでも取り戻さないと)

 

 ナウシズはエミリーに再度確認した。


「あの杖を君に渡した女性はさっき映っていた聖女ミリアムではないんだな?」


(そう言えば、このおじさんも部屋に居たんだっけ)


「ハイ。マミ姉じゃないデス。貴重な映像ありがとうございマシた。私は今から仕事があるので……」


「押しかけて悪かったわ。このクッキー皆で食べて」


 ニコラはクッキーを手渡した。


「わあ!美味しそう。これはおばあちゃんが作ったの?」


「そうよ。今度作り方教えてあげる」


「やったあ!」


 歴史よりもクッキーに夢中なエミリーをニコラは微笑ましく思った。



                              (つづく)

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