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エデュケーショナルファンタジー  作者: 東雲みずき
44/52

鉄槌★

 朱雀大路には行方不明であった皇女を一目見ようと帝都中の人が溢れかえった。


 帝都に残るマインツの勢力はわずかだった。


 軍の主力が帝都を離れているということも一因だが、なによりも人心を掌握しきれていなかったということが致命的である。


 5万の兵を動かしただけであったが、都では急激なインフレが引き起こされ、政権への批判が高まっていたのだ。


 王城の門ではマインツの庇護を受けている騎士達が必死に抵抗したが、反マインツ派の雇い入れた傭兵たちによって駆逐された。


「ユーリ様、これほどまで歓迎されるとは思いもよりませんでした」


「浮かれてはなりません。それに、これは歓迎ではありません。ある意味マインツ卿のおかげで私たちは勢いを得ました。まずは当初の目的の議会へ」


 臨時招集された議会では軍への撤退命令を即日可決した。


 ユーリの集めた委任状は議会の三分の一だったが、残りの議員も帝都の風向きを見たうえで賛成にまわったのだ。



 その夜、エリザベートの墓の前でユーリは祈りを捧げていた。


 小雪が舞っている。


「ニコラ様、今回は色々とありがとうございました」


「私は何もしていません。それよりもマインツが撤退命令を大人しく聞くとは思えませんが」


 ユーリの髪は冷たい風に吹かれてなびいた。


「幼い頃、王宮の中庭でマインツ卿によく遊んでもらいました」


 立ちあがるとスカートに付いた雪をふるった。


「彼は議会の指示には従うと思います。彼はこの国の人間です。このままでは彼の未来はありませんので」


「そうだと良いわね。私は彼が魔術学校に居た頃から知っているわ。優秀で頑固で強引で。しかし帝都について語る彼は誇らしげでした」


 議会の使者はその日のうちに出立した。


 マインツはもうおしまいだ。帝都の人々は口々にそう言った。




 レチタティーヴォの丘は数キロメートルの距離をとり、円周上に5つの丘が取り囲む。


 マインツ率いる帝国軍はここで陣を張った。


 目標とされるグリーデンの城までは少し距離がある。


 彼の幕舎に魔術師が転げるように駆け込んできた。


「マインツ様!先ほど魔法塔から受信した内容をお伝えします。皇女幽閉策は失敗、議会は撤退命令の使者を送るそうです!」


「本当に使えぬな魔族は。到着する使者は拘束せよ。兵たちには伏せておけ」


「しかし議会の命令を無視するなど……」


 マインツは杖を掴み、笑みを浮かべて立ちあがった。 


「議会?そんなちっぽけな決定などすぐに覆る大事を起こそうと言うのだ。兵さえ握っておれば何とでもなる。それよりも……」


「はい。着々と進んでおります。すでに全ての丘に魔法具を設置し、接続を完了しております」


「撃てるか?」


「すぐにですか?出力は大して出ませんが、理論上は」


「召喚の儀式を行う。あの役立たずに最期は役に立ってもらおうか」 


 夜半過ぎ。月は赤い。


 丘の上に描かれた魔法陣が光る。生贄の血を捧げると禍々しい空気が湧きあがった。


 魔法陣に現れたのは黒いローブをまとった男だった。口元には鋭い牙が光る。


「どういうことだ?」


 男はマインツに問いかけた。


 マインツは鼻で笑った。


「どういう事だと思う?」


「グリーデンを血の海にしたうえで、我に捧げるのではなかったのか?なぜよりによって『この丘』に呼び寄せた?」 


「おい無能。お前も王なら分かるだろう。やることなすこと全て失敗。さらに仲間に足を引っ張られおって。各地で魔法具を奪っていたキメラはお前の同僚だろう?」


 ローブの男は首をかしげた。


 夜空の赤い月は光を増し、闇夜に殺気が走る。

 

「分からぬ。分からぬが、今、俺はお前の血をすする事に決めた」


 ベキベキと音を立てて男の体は膨張を始めた。


 巨大な頭は梟に似ている。体は象を遥かに超えた大きさ、尾はヘビである。


「ほほお!旧人類のグリモワールに記された伝承の通りだ。これが先の大戦で三千の兵を喰らったという悪魔の王、アモンか!」


 騎士達が一斉に飛びかかる。槍も剣もことごとく弾かれる。


 メキメキと音を立てて騎士達を鎧ごと喰らい始めた。


 マインツは愉快そうに手を叩いた。


「これはえらいことになった!これは素晴らしい!」


「マインツ様、お下がりください」


 護衛の魔術師が魔法を叩きつける。


 だがアモンには全く効いていないようだ。


 アモンは口から瘴気を吐きながら言った。


「マインツ卿。命乞いをそろそろ始めよ。最期の悲鳴が今から楽しみだ」

 

 マインツの顔から笑みは消えた。恐怖からではない。


「悪魔の中で最も強靭であるという伝承を持つお前を選んだのには理由がある」


「なんだと?」


 マインツは杖を掲げた。その杖はヘビの彫刻が施されている。


 杖は口を開いた。


「俺はクレイジーな奴は好きじゃないんだが。あとお前のような小汚いジジーも大嫌いだ」


「それはすまんな」


 杖から光がほとばしる。


 瞬時に5つの丘に閃光が走った。


 直径数キロにも及ぶ巨大な魔法陣が浮かび上がる。


 真っ白な光球が出現した。


「アモンよ。我が帝国の至高の聖女が作りし鎚。受け止めてみせよ」


 光球はアモンにぶつかるとゆっくりと押しつぶし始めた。


 アモンの体から黒い光が発せられる。


 光球を押し返す。


 マインツは騎士達を促した。


「何を見ている!行け!突き刺せ!」


 悪魔王アモンは叫んだ。


 騎士達はその声にすくみ上がって動けない。


「ふん。役立たずども!」


 杖を握る手に力が入る。


「押しつぶせえええええええええええ!!」


 マインツは叫んだ。


 杖と光球はさらに光を増した。


 ゴキゴキゴキ!!!


 鈍い音が響くとアモンの体は地に斃れ伏した。


 そのまま光球は地面にぶつかると丘の一部を吹き飛ばした。


 衝撃音が夜空に響く。


 眠りに落ちていた兵たちは飛び上がった。


 荒い息を吐きながら、マインツは肩で息をしている。


「試射は終わりだ。それでは本番といこうか。おい、全ての魔術師共を叩き起こせ。大戦を再開するぞ。今度こそ人間の勝利だ」


                                      (つづく)


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