おかえり姫さま★
寒空に一筋の雲が帝都に向かって伸びている。
リュクロスは大きく息を吸った。
冷たい空気が肺を満たす。
(帝都でユーリ様を守り抜く。それ以外は考えない)
背負った剣に触れた。
団長の無念が伝わってくるようだ。
ユーリはいつも冷静な女性だ。
だがリュクロスは彼女の悲憤を知る。
(たとえ死んだとしても後悔はない)
共に仕える妹には与えられず、自分にだけ与えられた剣の才能。
技量ではヘルドレイクやラフラスの足元にも及ばないのは分かっている。
だがこの剣を主君の為にふるう幸せは自分が一番だと思う。
(何が敵になろうと畏れない)
リュミシーは前方を指差した。
「迎えでしょうか」
近づく三人の影をみとめた。
互いに身を隠す場所もない路である。
リュクロスは顔を紅潮させて叫んだ。帝都に間違いなく帰って来たのだ。
「ウェルター先輩!」
笑顔のウェルターは皇女の前に額づいた。
「ユーリ様。お迎えにあがりました。よくぞ御無事で」
「私の二人の騎士が護ってくれたのです」
リュミシーは安堵と喜びで感極まり、袖で涙を拭った。
「ここから帝都まで一日。無事、帝都までお連れいたします。ニコラ様が明朝、臨時議会を招集する手筈となっております」
ユーリは頷いた。
自ら生まれ育った王宮に併設された議会は我が家の離れに等しいが、今は敵地に乗り込む心地だ。
「では行きましょうか」
山陰に作られた簡易の砦には帝国騎士が100名。
「皇女はここを通らざるを得ない」
見張りの男が振り向いた。
「来ました!」
「何人だ?」
「6人です」
「戦には成らずに済みそうだな。川の手前でお迎えしよう」
ユーリ達は小高い丘で歩を止めた。リュクロスは背中の大剣を握った。
「間抜けな集団が来ますね。何人かな」
リュミシーはざっと数えた。
「およそ100人。どうしましょう」
「それよりも右手の森が気になりますね。魔術師でも潜んでいるのでしょうか」
盾を構えた騎士達は隊列を組んで丘の前で止まった。
ヒゲ面の男が恭しく言った。
「ユーリ様。お待ちしておりました」
「貴方達は何です?」
「帝都よりお迎えに参りました」
「ウェルターたちがすでに迎えに来てくれています。誰の命で迎えに来たのですか?」
ヒゲの男はウェルターをチラリと見て言った。
「これはおかしなこと。我々はマインツ様に言われ、正式な議会の手続きを経てお迎えに参ったのです。帝都には入る事は出来ません。郊外に立派なお屋敷をご用意しております。案内致しましょう」
ユーリはリュクロスにささやいた。
(威嚇で退けましょう)
ニヤリと笑ったリュクロスは魔法剣を一閃した。
するどい音と共に街路樹が真っ二つに折れた。
ベキベキと音を立てた木は騎士達に向けて倒れる。騎士達は悲鳴を上げて飛び退いた。
鞭使いのキアとエルザ、リュミシーは皇女の護りを固める。
ウェルターも巨大な槍を構えた。
「今のを胴に喰らいたい奴は前にでろ」
髭の男は慌てて叫んだ。
「ま、待て。戦う気は無い。正気か?」
その時、川沿いの森から異形の群れが飛び立った。蝙蝠の翼に鬼の体。ざっと見ただけでも20体はいる。
「ちっ!あいつら、まだ呼んでもいないのに戦になったと勘違いをして!」
鞭を握りしめたキアはつぶやいた。
「おいおい、やばいんじゃないのこれ……」
「ユーリ様、魔族です!」
「貴方達はいったい……」
髭の男の目がギラリと光った。
「仕方ねえ!皇女以外は皆殺しだ!」
リュクロスが再び剣を振ると衝撃波を恐れた騎士達は盾を構えた。
乾いた金属音が響く。並べたてられた盾はいずれもマインツが支給した+1の魔法具である。
二人斃したようだが、騎士達は隊列を崩さずに前進を始めた。
すかさずユーリは高速詠唱で丘を囲むように炎の壁を張った。
騎士達は歯がみした。
「くそっ!まあいい。先に魔族が空から狙う。我らは炎の魔法が消えたら突撃を敢行する。槍を並べよ」
エルザはニコラから預かった+2の弓を引き絞った。
光に包まれた魔弾が魔族の胸を貫く。
リュクロスは呼吸を整え、リズムをとりながら大剣を繰り出す。
魔族は羽をもがれ、次々に落ちていく。
その様子を見てウェルターは悟った。
(俺が帝都で安穏と暮らす間に追い越されてしまったようだ。団長の音速剣をマスターするとは)
リュミシーは次々と仲間の武器に強化魔法をかける。
「求遠せよ。力の理を示し虎に傅翼すべし。ウルズ!」
真っ先に意識を失ったのはエルザだった。
先ほどの矢の意趣返しとばかりに魔族の唱えた魔法弾が直撃したのだ。
再び魔法を唱えはじめた魔族をユーリは氷の攻撃魔法ハガルで狙い撃つ。
魔法が飛び交う大混戦となった。
死地に際し、ウェルターは冷静だった。
このままでは、ファイヤーウォールが消えると同時に騎士達の突進で全滅は避けられまい。
「リュクロスとリュミシーはユーリ様を守りつつ、一番近い林に逃げ込め。重武装の騎士の足では追ってこれまい。俺とキアがここで食い止める」
「ウェルター。それは聞けません」
「ユーリ様、どうか生き延びて帝都にお入りください!」
「いいえ。あの音が聞こえませんか」
「音?」
地鳴りである。
効果が徐々に薄れていく炎の壁の向こう。
なぜか盾を構えて待ち構えているはずの騎士達は全員背中を向けていた。
その脅威に顔を向けざるを得ないのだ。
数千、数万という群衆がこの丘を目指して集まりつつある。
「こ、これは……」
先頭を歩くのはエミリーとジュリアだ。
エミリーはウェルターに手を振った。
「ごめんなさい!よかれと思って……おしゃべりオジサン達と一緒に帝都中に言いふらしちゃった!皇女様が帰ってくるって!」
ジュリアがクックックと隣で笑った。ウェルターが生きていることを確認し、涙をぬぐう。
「エミリーはいつも無茶苦茶するわよね。それにしてもあれほどの範囲で炎の壁を展開出来るなんて、才能の差を感じて嫉妬しちゃうわ」
魔族たちの判断は早かった。
森に向けて一目散に逃げ出した。
数百を超える市民の弓兵たちが森に向け、雨あられと矢を降らせる。
騎士達を率いる髭の男は滝のように冷や汗を流して押し黙っている。
エミリーと共に先頭を歩いていた魔法具屋の店長が騎士達に声をかけた。
ずいぶんと狼藉、乱暴をされた騎士達の顔には見覚えがある。
「騎士様方には常日頃より、魔法通り商店街をご愛顧頂きまして誠に恐縮なのですが」
隊列を組む騎士達の頭上に魔法具を放り投げた。
魔法具にはめ込まれた黄色い宝石が砕け散る。
たちまち黒煙が渦を巻き、騎士達の頭上に次々と雷が落ちた。
金属鎧を着て密集していた騎士達はたちどころに気絶した。
「どう考えても日頃の行いの悪い皆さまよりも、皇女様の方が人気がございます。これも商売、先行投資でございますので……」
(つづく)




