嫌な予感★
ユーリ達は南方のサミュエル公爵領で馬車を借り、諸国を巡った。
帝国の皇女という立場から歓迎はされるが、議会への働きかけの依頼には渋る者が多かった。
半年かけてやっとの思いで三分の一の支持を取り付けた。
「せっかくユーリ様が直々に訪問してるのに」
リュクロスは不満顔だ。
「いいのです。彼らにしてみれば良い迷惑でしょう。それに帝都を出た事で各国の温度差を身を持って感じられました。これは私にとって貴重な学びです」
マインツの考え方には大部分で賛同できないが、帝国の求心力が下がっているのは確からしい。
彼は魔法塔を使い、ユーリは自らの足を使ってそれを知った。
マインツの出征を聞いた時、ユーリ達はそれほど驚きはしなかった。
やっぱりという感が強い。
彼の愚行を止める為にも帝都に戻らねばならない。
道中、幾度となく魔族に襲われた。
リュミシーはおそるおそる聞いた。
「ユーリ様、今回も待ち伏せがあり得ますよね。なぜ護衛の申し出を断られたのですか?」
「100人でも護衛を付ければ帝都も兵を出してくるでしょう。そうなれば帝国と事を構えた既成事実が残ります」
自ら危険な目に遭おうとも諸侯の立場を考える。彼女なりの気遣いなのだ。禍根を残してはならない。
改めてリュミシーは主君に尊敬の念を抱いた。
やはり自力で帰るしかない。
「何事もない事を祈るのみですね」
ウェルター達はすでに出立したらしい。
今日はジュリアが一人で呑んでいる。不機嫌さが顔に出ている。
きっとウェルターと喧嘩したのだろう。食器を片づけながら声をかけてみた。
「ジュリア、あのさ……」
「うんうん。皇女の出迎えでしょ?」
「知ってたの?」
「聞いたわよ彼から。エミリーが付いて行かなくて良かった」
おそらくあの後だろう。二人で会う機会があったのだろうか。
「ただのお迎えでしょ?なんで断ったの?」
ジュリアは目を丸くした。
「いやいや、ウェルターから詳しい話を聞いたんでしょ?」
「私はどうも気分が乗らなくて」
「それで正解」
ジュリアは酒をあおった。
「今回ばっかりはウェルターも死ぬかもね」
エミリーは食器を取り落としそうになった。
「ええっ!」
「冒険者歴が浅いエミリーにはピンと来ないかもしれないけど、ギルドの依頼は政治ネタが一番やばいのよ」
エミリーは黙った。
ジュリアがそこまで言うのは何か確信があっての事だろう。
「じゃあなんで私が指名されたの?」
「さあね?あの婆さん、エミリーを魔よけのラッキーアイテムみたいに思ってるんじゃないの?」
「まさか……」
ジュリアはじっとエミリーの顔を見た。金色の髪飾りが光る。
「ん?それって」
「これ?あのおばあちゃんにもらったの。ご褒美だって」
「へえ。それってかなり強力な魔法具よ。防御特化の」
「これが?」
ジュリアはいつものボトルで手酌を始めた。
今日は一人で呑みたい気分なのだろう。
(どうしよう。ウェルターさんが危ないなら、私もジュリアさんと付いて行くべきだったのかも……)
「おーい!酒のお代わり!」
常連が呼ぶ声がする。
「ハイ!」
皮鎧を着た男達だ。エミリーが勤務初日にオーダーミスをした相手でもある。
「ビール4追加」
「ハイ!あの……」
「なんだい嬢ちゃん」
「いつもありがとうございマス」
「なんだい急に」
「このビール4杯、私からおごりマス」
「へえ。そんなサービスあったのかよ」
「つきましては、おしゃべりおじさん達にお願いがあるのデスが……」
「俺らのことか?何気に失礼なあだ名が付けられてたんだな……」
帝国軍はかなりゆっくりと進軍を続けていた。
これだけ多くの兵が動くといざこざも起こる。
一部の騎士が村で略奪を始めた。近くで見ていた兵達もそれに倣った。
領主はマインツに苦情を入れたが取り合わない。
(戦は必ず略奪するものだ。いちいち言っていたら士気が下がるわ。そんなことよりも大事なイベントがある)
今回の遠征で大量に持ち出した魔法具と魔術師たちの用意した図面を囲み、マインツは何度も打ち合わせを行っている。
「先の大戦時と地形は同じなのだな?」
「川の流れが一部違いますが問題ないでしょう。ただ、例の丘の近くには集落が点在しております」
「すべて焼き払え。あとは魔族の動向だが……」
「今のところは気付いてないようです」
「時間はどれほどかかる?」
「研究成果により詠唱時間は大戦時に比べてかなり短縮されています」
「文献では二カ月だったか」
「これほどの魔法具を用意したのです。3週間で可能でしょう。威力も倍です」
(歴史に名を刻む夢の舞台だ。必ず世界を震撼せしめる)
(つづく)




