お互いの目標★
騒動から一週間。
エミリーはジュリアとウェルターを連れて帝国劇場に来ていた。
公演は午前中だ。
仕事の後、仮眠を少し取っただけなのでまだまだ眠気はある。
ジュリアは劇場に行くのを渋ったがウェルターは関心があるようだ。
エミリーは酒場でリーナが歌うのをいつも聞いているが、本格的な歌劇を鑑賞するのは初めての事だ。
椅子に座るだけでエミリーはなぜか緊張してしまった。
華やかな衣装を着た演者が舞台の上から歌いかける。
エミリーは夢中になった。
(端役って聞いたけどリーナはいつでるのかな)
少しは歌うと聞いていたが、結局最後までリーナを見つけることは出来なかった。いつもと違う衣装のせいかもしれない。
一方、ジュリアは隣で静かに寝ているようだ。
アリアが終わる度に拍手が起きる。その度にジュリアは目を覚ますがすぐに眠ってしまう。
途中休憩をはさみ、2時間半。あっという間だった。
(素晴らしい世界だなあ……。今度はお金を貯めて観に来よう!)
エミリーは感動で震えていた。
聖女広場のベンチ。三人で並んで昼食を食べる。
ジュリアはチキンサンドを口に運びながらエミリーに聞いた。
「シリウスは結局、東宮をクビになったんだっけ?まあ、人も死んでるし気まずいよねえ」
「そうみたい。でも、あのおばあちゃんの口利きで劇場で奉公出来るみたいだよ」
「ふうん。男と女の事だから一緒の職場に突っ込むのも安易だと思うけどねえ……」
エミリーはそうは思わない。あの二人なら大丈夫に違いない。
エミリーはちらりと隣を見た。
今日のウェルターは鎧を着ている。
仕事の服装だ。
「そのニコラ様からの依頼なんだが……」
ジュリアはやっぱりといった顔だ。
「だと思った。酒場で言えばいいのに」
「極秘なのだ。黒龍調査の生き残り、覚えているか?」
「ええ。鞭男とエルザだっけ」
「そうだ。ニコラ様が私に命じたのは信用できる仲間を集めること。私を含めて5人だ」
「こないだの婆さんねえ……。どんな依頼かしら?私じゃなくてエリートに頼めばいいのに」
確かにニコラなら魔術学校の卒業生などにも顔がきくだろう。
「魔術学校OBはマインツの息がかかった者ばかりだ」
ジュリアは察した。
「って事はまた命懸けの案件かしら。だったら断るわよ」
「そうか。残念だ」
二人はそのまま沈黙。
せっかく楽しい観劇だったのに、なんとも重い空気だ。
エミリーも察していた。ウェルターは5人と言った。するとエミリーも頭数に入っている事になる。
というよりもニコラがウェルターを通して、エミリーへの依頼だったかもしれない。
ジュリアが断ったのは私を危険な目に遭わせたくないという気持ちからだろう。
じゃなければ危険だからと冒険者のジュリアが断るわけがない。ニコラの依頼金額が安いわけがないからだ。
おそらくウェルターはジュリアの懸念に気づいていない(といか話を持ってきた男性がそのような気の回し方をするとは思えない)。
断ると言った限りは極秘であるし、なおの事これ以上話さないだろう。
「エミリー。帰りましょ」
「う、うん」
摂政マインツの出師は各国に衝撃を与えた。
帝国兵5万。第一軍は騎士や騎兵を中心に構成され、魔術師も相当数居る。残りの四軍は西区の市民からの徴兵らしい。
ひときわ目を引くのが見たことも無いような兵器の数々である。
往時の勢いは無いが、小国を恫喝するには十分な兵力であった。
人々は眉を顰めた。
(グリーデンからの使いを斬ったらしいな)
(はじめから喧嘩腰だ)
(あの奇妙な機械はなんだ?)
(王妃も死んだ事だし、マインツの独裁が始まったな)
(誰が偉くなろうがどうでも良いが物価が上がりまくってるのを何とかしてくれ)
華やかなパレードをエミリーはメアリと共に見ていた。こうして会うのも久しぶりだ。ブレンダを通して会いたいと伝えたところ、学校が休校になるこの日になった。
帝都はお祭り騒ぎである。
沿道には人々と、それを目当てに屋台が並ぶ。
買い食いするお金は稼いでいるエミリーの方が持っている。
エミリーはメアリにリンゴ飴をおごった。
それに貧しいメアリが寮で甘い物を食べているような気がしなかったからだ。
(残り物とはいえ、マスターのごちそうを毎日食べてる私は恵まれてるなあ)
メアリはペロペロと上品に舐めている。
「人が多すぎてマインツが見れなかったね。メアリは見た事ある?」
エミリーは悔しそうに言った。度々酒場で話題に上がる有名人である。
「実は一度だけ。マインツ様は魔術学校の合同入学式に来てました」
「摂政がなんでまた」
「OBなんです。甲式魔術学校を上位の成績で卒業したそうですよ」
「へえ!じゃあ魔法使えるんだ」
「上級魔術師以上のお力だそうです。お屋敷に魔法塔が建ってますし」
そう言えば遠目に見た事がある。マインツの魔法塔は都でも有数の高さである。
「エミリーさん、勉強の調子はどうですか」
「ブレンダ先生は丁寧に教えてくれるし、結構順調だよ」
「それは良かった。丙式は来年から定員が半分になるらしいですが、聞いてますか?」
寝耳に水とはこの事である。
「ええ!どうして!?」
「戦費がかさむので色々と予算を削ったらしいです」
エミリーは唖然とした。
「でも甲式は例年通りだそうですよ」
確かに甲式には優秀な生徒が多い。何よりも貴族の子供たちの学校である。
「……私、帰って勉強する。メアリありがとう」
「がんばって。それにしても教育を真っ先に削る議会のセンスは許せませんね」
「うん。メアリのような人が政治家になってね」
メアリははっとした。以前、受験の安宿で話した夢をちゃんと覚えていてくれた。
実はすでに政治研究会に所属し勉強を重ねている。
研究会には甲式や乙式の生徒も参加している。
ここでコネクションを作っておくことが政治家への一歩だとメアリは思う。
ブレンダともここで知り合った。
(エミリーさんは会うたびにどんどん大人びていく。私も負けてられない)
(つづく)




