王宮炎上★【後編】
リーナはエミリーの部屋に運ばれた。
どうにも信じることが出来ない。
(シリウスさんが放火?しかも認めてる?そんなことって……)
看病をしろとマスターに言われ、エミリーも同じベットにもぐりこんだが、ついつい眠ってしまった。
奇妙な夢を見た。
マミ姉と一緒にキノコを焼く。エミリーは何故かキノコそのものに必死に火を付けようとするが全く付かない。
湿気っているから無理だと何度も主張する。
それを聞いたマミ姉が泣いている。彼女の泣き顔など見た事ないため、顔はぼやけているが泣き声だけはやけに鮮明だった。
「はっ!」
エミリーが目を覚ますと隣でリーナが泣いている。
「リーナ……」
なんとかしてあげたいとは思う。
だが掛ける言葉が見つからない。
エミリーはただただリーナを抱きしめた。
翌日、図書館での勉強は休んでエミリーは処刑場に赴いた。
なんとも嫌な施設である。
張り紙はすぐに見つかった。
「以下の者 失火の罪を認めたため 火あぶりの刑 シリウス=シュマイザー」
エミリーは頭を抱えた。
(本当だったんだ)
さらに詳細が附されている。
東宮に勤務するシリウスは浴場の火を起こす係であり、誤って東宮を延焼させたらしい。
放火の罪で騎士に逮捕されたが、失火であると主張。
だが王妃をはじめとして大人数が亡くなった為、放火でも過失でも間違いなく死刑だ。
(失火?放火じゃなくて……?)
どうにも納得がいかない。
分かった事は、騎士が逮捕し、すでに司法が裁いたということ。そして即日死刑が宣告されたという事。
(執行日は2日後か。私にはどうすることも出来ない)
その日の夕方、ジュリアがウェルターを連れて酒場を訪れた。
今日は非番の日らしく鎧を付けていない。
「よ!エミリー元気してる?」
今日もすでに酔っぱらっているようだ。またショッピングに昼ビールか。
「あまり。ウェルターさんこんにちは」
「お邪魔するよ」
どうやら今日も荷物持ちをさせられているようだ。
(この二人、付き合ってるのかな)
ただの飲み友達のような気もするが、今いちエミリーには分からない。
聞いてみればよいが少し気が引ける。
(違ったら失礼だし)
「なんで元気ないの?」
「色々あって……」
エミリーはリーナとシリウスのことを話した。すでにジュリアもウェルターも火事の件は知っていた。
「可哀そうだけど犠牲者も出てるもんねえ……。でも母親が死んだのによく皇子が無事だったよね。まだ幼児だよね」
「我が騎士団がお救い申し上げたと聞いている」
ウェルターは誇らしげだが、ジュリアは首を振った。
「いやいや。どうせなら母親も救えよ」
ばつが悪そうにウェルターはウィスキーのグラスをあおった。
ジュリアの口撃は止まらない。
「あれって本当なのかね。マインツが暗殺したって。王妃と仲が悪かったみたいじゃん」
騎士は酒を噴き出した。
「そ、そんな憶測が飛び交ってるのか」
「っていうか帝都ならみんな思ってるよ。証拠は無いけどさ、シリウスって人が手先なんだろうね」
エミリーは思わず声を荒げた。
「シリウスさんは!そんな人じゃないから!」
「おっと。ごめんごめん。皆がそう話してるってだけだから」
なんとも気まずい空気が流れる。
「私、シリウスさんの最期を見届ける」
大人二人はぎょっとした顔で止めた。
「あんたはやめときな。本当に。まあ私は顔だけ拝みに行こうかと思ってるけど」
「いいや。ジュリアも見る必要は無い」
エミリーの決心は揺るがない。自分と関わった人である。
エミリーが再び薪小屋を訪れたのは次の日だった。
(入ってないよねお手紙)
シリウスがメッセージを残していないか。
ひょっとしてと思ったが、案の定何もない。
ずっとあの幸せなやり取りが続き、幸せな仕事が続くと思っていた。
胸が締め付けられるようだ。
(もうここに来る事はないな)
ふと薪を見た。
(56番の薪だけ妙に少ないな)
何の気なしに手に取ってみる。
(うん……?これってなんだろう)
木にはルーン文字で「カノ」と記されている。
56番の薪にはどれも同じ文字が記されていた。
ある予感が頭をよぎる。
「ジュリアさんに連絡を取るにはどうしたらいいのかな。どこに住んでるんだろう」
その足でエミリーは騎士の詰め所に向かった。
王宮の東、西、北と門前払いを繰り返すとウェルターが出てきた。
「エミリー。困るな勤務中に」
「ごめんなさい。時間がないの。ジュリアはどこに?」
「知らん。飲み歩いてるか、冒険者ギルドじゃないか?」
エミリーはウェルターにある仮説を語った。
ウェルターは腕を組みながら耳を傾けていたが、思い当たる節があるようでなんども頷いていた。
その日の仕事は手に付かなかった。
珍しくオーダーミスもしたし、グラスも落として割った。
朝が来た。
いつもなら眠る時間だがエミリーは外出の支度をした。
「入るよ」
クレアが戸口に立っている。
「お疲れ様デス」
「エミリーあんたまさか処刑を見に行こうってんじゃないだろうね」
「……」
「やめな。マジで」
「……」
「じゃあ私も付いて行く。泣いてるあんたをおぶって帰ってやるから」
「クレアさん……」
「ちょっとマスターに言ってから行くかな。何事も報告が肝心だからねえ」
処刑場には人が押し寄せていた。
「マインツの手先!」
「売国奴!」
容赦ない言葉が飛び交う。
エミリーはなんとか最前列に行きたい。
「おら、野次馬はどけ。関係者だ」
大男がエミリーの肩を優しく抱いて人込みをかきわける。
「マスター!」
「見るんだろ?俺も付き合ってやる」
最前列にはすでにジュリアが居た。昨日あれほど探し回っていたのに、見つかる時はこのようなものだ。
「あらアックス」
「ようジュリア趣味の悪いこった」
「あんたもね」
刑場には十字架がかけられている。
すでに処刑の為の火が赤々と燃えていた。
彼を捕縛したという騎士達が胸を張って並んでいる。
その前をシリウスが力なく引き立てられていく。
最前列のエミリーと目があった。
一瞬驚いたシリウスだったが微笑むと、顔を上げて胸を張った。その目は澄んでいる。
その表情を見て、エミリーは確信した。
「ジュリア!これを見て!」
「見てるわよ?」
エミリーは柵とジュリアの鼻先に薪を押し出した。
(大丈夫かなエミリー。錯乱してるのかしら)
「違うの、これをよく見て!」
薪にはルーン文字が書かれている。
ここで受験勉強をしたいようには見えない。
「カノ。熱や明るさを放出する火を象徴するルーン文字」
言うまでもなくジュリアは火の魔法のエキスパートである。
「その薪、発火魔法を仕組んであるわね」
「やっぱり!マスター。私、シリウスのところまで行きたい」
「おいおい何考えてるんだ。処刑を阻止なんてしたらぶち込まれるぞ。ただでさえ野次馬も殺気立ってるのに……」
エミリーは目を瞑って懇願した。
「シリウスの冤罪を晴らしたいの。おねがい……」
「ああ~。仕方ねえなあ」
マスターは柵をベキベキと力いっぱい押し倒した。
「おっと、力入り過ぎちまったわ」
ジュリアはクックックと笑った。
「アックスって過保護だよね!さすが酒場のパパ!」
「うるせえよ」
エミリーは転がるようにシリウスの前に倒れ込んだ。
刑場は騒然とした。
「なんだあのガキ!」
「お!売国奴の女か?」
騎士達が槍の穂先をエミリーに向けた。
「まって、みんな聞いて!この人ははめられたの!これは証拠!」
野次馬たちは喝采した。
「これは面白い冗談だ。薪を手にしてこれは証拠って、それで火を付けたから当たり前じゃねーか!」
「お願い!話を聞いて!」
刑場の騎士はエミリーの襟首をつかんだ。
「クソ餓鬼め。お前も仲間だな。ちょっと来い!」
ジュリアとマスターは身を乗り出した。
「待て!」
刑場に現れたのはウェルターだった。
巨大な槍を担いでいる。
「その子は俺の知り合いだ。話を聞いてやれ」
「お前は管轄外だろう」
「なに?『お前』だと?新参者が俺にその口を利くか」
部外者たちの歓声が上がる。
一触即発の空気の中、女性のよく通る声がした。
「お待ちなさい!ウェルターが呼ぶので来てみたら。その子は私の知り合いです」
刑場は静まり返った。
騎士は一斉に跪いた。
現れたのは老女だった。白いローブに聖職帽、胸には勲章が並ぶ。
「ニコラ様だ……」
議会で強い発言力を持つ福音大聖堂の最高聖職者である。
「エリザベートがあんな死に方をして、私もはらわたが煮えくりかえるようです。その子が真相を知るのなら、私は聞きたい」
エミリーは思いだした。聖女の像を拭いていた老女だ。
「公園のお婆さん……」
(つづく)




