王宮炎上★【中編】
今日はリーナが帝国劇場の前で待っていた。
手紙を渡すとリーナは劇場を案内すると言ってくれた。
「今日は練習が早く終わったからね。エミリーちゃんは入った事あったっけ?」
エミリーは帝都で育ったわけではない。あまり馴染みのない建物だ。
「いいえ。大きな建物だなあ」
「先々代の皇帝は芸術に深い造詣があったらしくて大規模な改修が行われたわ。元々は真ん中の広場を取り囲むようにして客席があったんだけど建物全体に屋根が付いてね。神秘劇ばっかりだったけど今では随分と色んな演目が上映されてるの」
「リーナさんも舞台に立ったりするの?」
「一応は。でも端っこだけどね」
「リーナさんが出てる劇が見たいな」
「おっ!興味あるの?じゃあこれを」
リーナは懐から三枚のチケットを取り出した。
「友達でも誘って今度見に来てね」
酒場に帰るとエミリーはチケットを広げてクレアに声をかけた。
「みんなで一緒に演劇を見に行きまセンか?リーナさんにチケットもらいマシタ」
「あー。あんまり興味ないなあ。マスター!エミリーが演劇行きたいって」
「ああん?俺は忙しいんだ。マークと二人で行け」
「ええっそんなあ……」
確かに酒場の人たちは芸術には縁遠そうな雰囲気はある。
「マークさん一緒に行きマス?」
「演劇とか好きなの?」
「興味ありマス!」
「何枚チケットあんの?」
「三枚デス」
「じゃあ三回行けよ。好きなんだろ?」
職場の人達と行く事は諦めた。
リーナは友達を誘ってと言ったが、同世代の子供はメアリくらいしか思い当たらず。
連絡するには魔術学校の寮に行かねばならない。
そもそも家庭教師を紹介されてから一度も会っていないのだ。
(どうにも誘い辛いな……)
エミリーはそっとチケットをしまった。
その日は風の強い日だった。
いつものように図書館の帰りに薪小屋に向かう。
薪小屋へは一度山道へ入ってから東宮を回りこむように歩かねばならない。
木々の合間から紫色の雲が見える。
(大分暗いなあ。足元気をつけないと)
ふと頭上を大きな鳥が羽ばたいたような音がした。
見上げると蝙蝠の翼に人の体が付いたような異形がかなりのスピードで飛んでいる。手に何かを抱えているようだ。
(なにあれ?)
エミリーはとっさに木陰に身を潜めた。
異形は薪小屋に降り立つと何かを探しているようだった。
気付かれないようにそっと近づく。
ゴソゴソと薪を抱え込んでいる。
(人の体に翼。あれは魔族だ!)
図書館の大戦の文献で見た。挿絵に描かれていた魔族そのものである。
薪を抱え込んだまま、魔族はそのまま飛び去って行った。
(薪泥棒?なぜ魔族が)
いつも見慣れているのですぐに気が付いたが、東宮で使う薪があきらかに減っている。
シリウスの手紙は普段の場所に差しこんである。
エミリーはいつものように手紙を受け取るとその場を離れた。
次の日、エミリーが仕事をしていると常連が酒場に駆け込んできた。
「おい!みんな、でっかい火事だぞ!」
「へえ!見に行こう。急げ急げ」
机に硬貨を投げると人々は次々に出て行った。
「どこが燃えてるって?」
「王宮の東側だ!」
エミリーは胸騒ぎがした。
「マスター、私も火事を見に行ってもいいデス?」
「駄目だ。というか客が帰っちまったな。最悪だ」
商売あがったりである。
クレアはトレイに酒瓶を集めながら慰めた。
「どうせ連中すぐに戻ってくるでしょ」
しかしかなり大きな火事だったようで客足は途絶えたまま閉店時間を迎えた。
夜が明けた。
エミリーはいつも通り昼過ぎに薪小屋に手紙を置き、図書館の帰りに立ち寄る。
(シリウスさんの手紙がないなあ)
異変に気付いたのはさらに翌日の事だった。
いつもの場所から手紙を引き出すが、どうもおかしい。
(これって昨日差し込んだリーナさんの手紙だよね)
夕方に立ち寄ったがシリウスからの返事は無い。
妙である。
返事のない日は劇場に寄らずにそのまま酒場に直帰する。
今日はリーナが職場に歌いに来る。きっとリーナも何か感じているだろう。
(ちょっと話してみよう)
夜も更け、演奏の準備も整った。
「リーナさん、あとでちょっと話が」
「ええ。私も相談があったの」
仕事の後のつもりだったがその瞬間は唐突に訪れた。
皮鎧を着た常連が大きな声を噂話をしはじめた。
「こないだの大火事、放火らしいな」
皆、酒が回っているが、喧騒のなかで聞き耳を立てる。
人が多いといつもの事だが、歌姫の歌はそっちのけである。
「へえ~マジかよ」
「大きな声じゃ言えないがな」
かなり大きな声である。注目を集めて悦に入っているようだ。
配膳中のクレアにエミリーは耳打ちした。
「クレアさん、あれって本当デス?」
「酔っ払いの与太話を真に受けても仕方ないよ」
それもそうか。だがエミリーも興味のある与太話である。
「なんで放火したと思う?」
「はあ?放火したいからしたんだろ?」
皮鎧の男は得意げに言った。
「お前ら浅いなあ!実はな、今回の火事で皇子の母親、エリザベート様やら侍女やら亡くなった」
「先帝の妃だよな。俺、結婚パレード見たんだよ。ショックだよなあ」
「これは暗殺事件なんだよ!」
「へえ~。誰が犯人なんだよ。もったいぶらずに言えよ」
「ほら、誰とは言えんが皇子の面倒みてる奴。マインツって奴居るよな」
皆どっと笑った。摂政マインツの強引なやり口は人々の顰蹙を買っているようだ。
事件や天災までもマインツのせいだというのが皆共通のジョークになりつつある。
「マインツって言ってるじゃねえか!」
「奴が火を付けるところでも見たのか!ヒッヒッヒ!」
口々に突っ込みが入る。
「いや。今日さ、処刑場の前を通ったんだよ。そしたらさ、東宮の下男が捕まったらしい。罪を認めてるってさ。だからそいつがマインツの手先さ!」
エミリーは背筋に悪寒が走った。人々を押しのけて思わず問いかけた。
「あの、誰の名前が書いてあったんデス?」
「おっ!嬢ちゃんも政治に興味を持ち始めたか!あのな、犯人の名前はシリウスって書いてあったぞ」
歌姫は気を失ってガシャンと食器の上に倒れ込んだ。
「リーナ!」
(つづく)




