王宮炎上★【前編】
酒場での出し物が終わるとリーナは水を一口飲んだ。
ウェイトレスから報酬の銀貨を受け取ると、あとは帰って寝るだけだ。
「リーナさん、これ私が引き受けるよ」
銀貨を渡しながら少女は依頼票を見せた。
同じ店で働くが、二人はあまり話した事がない。
「ああ!手紙の。ありがとう。エミリーちゃんだっけ」
詳しく覚えてはいないが夏頃には働きはじめていた子だ。
「お手紙ってリーナさんの?」
「ええ。私と彼が書いたものを定期的に運んでほしいの。詳しく説明するわね。私は帝国劇場の研修生として昼は働いているの」
それはクレアから聞いた事がある。
帝都の劇場の研修生になるには厳しい試験があるらしい。
試験に通れば結構なお金をもらいながら歌劇に出演しつつ、勉強が出来るという。
「うんうん。それで?」
リーナは顔を赤くしながらモジモジしている。
「私には同郷の男友達が居るんだけど……」
エミリーはピンときた。
(なるほど。恋文かあ)
「彼の名前はシリウス。頻繁に手紙のやり取りをしているんだけど出来るだけ早く返事が読みたいの。シリウスは東宮で下男として働いていてね」
東宮とは王城域にある、皇子が暮らす邸宅のことである。
「私が頻繁に手紙を運んでいたら先輩に目を付けられたみたいなの。生意気だって。でね、私は顔を覚えられているから……」
「じゃあこっそりと手紙を運べばいいんだね」
「私の代わりに指定の場所に置いてほしいの。私への返事は劇場の入り口に持ってきて。お願い出来るかな?」
「うんうん。任せて!」
(なんだか可愛い依頼だなあ。今回はキメラやらワイバーンやらに食べられることは無さそうだし)
毎日図書館に行くので、立ち寄れば良いだけだ。
(これは楽して儲かりそう)
指定された場所は王宮から少し離れた場所にある。
切り出された薪が積み上げられている。周囲に人気は全くない。
小屋と呼ぶには長すぎるが簡易の屋根が付いており、番号が割り振られていた。
(たしか56番だっけ)
東宮で使う薪の場所は決まっているらしい。あらかじめリーナから聞き出してある番号札の上を確認すると、庇の間に小さなスペースがあった。
(ここだな。よいしょっと)
周囲を見渡して素早く手紙を差しこむ。
(大丈夫かな?風で飛ばされないといいけど)
図書館で勉強をしたのち、夕方に再び薪小屋に立ち寄る。
(56番の庇……これだ)
すでに返事の手紙が差しこまれていた。
(なんかワクワクする)
自分の事ではないが、エミリーは高揚感に包まれながら劇場に走って届けた。
(お手紙、嬉しいんだろうなきっと)
毎日運んでいるうちに、エミリーはシリウスがどんな人なのか少し気になり始めた。
欠かさず返事を書くという事は、結構まめな男には違いない。
昼過ぎには手紙を差しこむとシリウスも分かっているのだから、しばらく待っていたら顔を見るくらいは出来るだろう。
ただ図書館での勉強を休んでまで見る気はない。
(まあいいや。リーナさんが酒場にいつか連れてくるかもしれないし)
酒場での出し物は毎日替わる。そのため話す機会はあまりなかったが、今ではリーナの方からエミリーに声をかけてくるようになっていた。
「毎日ありがとうエミリーちゃん」
「いえいえ。図書館に行くついでなので」
「雨の日も休まず届けてくれるって彼も手紙で感謝してたよ」
エミリーは手紙を届ける事でこの二人の幸せのおすそわけを頂いているような気持ちになっていた。
胸がドキドキするというか、ワクワクするというか。
(配達って素晴らしいお仕事だなあ)
ある日の夕方。
いつもどおり手紙を受け取りに薪小屋に向かっていた。
すでに日は短く、辺りは暗い。
何度手さぐりしても手紙が見つからない。
(今日は彼からの手紙が入ってないな。珍しい)
リーナからは当初より「手紙が無ければ届けなくてもよい」という指示を受けている。
当然のことながら、彼にも仕事の都合がある。
帰ろうと思った瞬間。
「おーい」
背後から急に声を掛けられてエミリーは飛び上がりそうになった。
「エミリーちゃんだよね?」
(ああ、この人がシリウスさんか)
近付いて見ると線の細い青年だ。
暗がりでも白い歯が見えた。
「いつもありがとう」
「いえ」
青年はエミリーに手紙を渡し、薪を抱え込むと忙しそうに東宮に戻って行った。
(けっこう細いのにあんなに沢山持つんだあ。さすが男の子だな)
リーナは今日も手紙の返事を首を長くして待っているだろう。
エミリーは劇場へと急いだ。
(つづく)




