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エデュケーショナルファンタジー  作者: 東雲みずき
33/52

聖女のおそうじ★

 帝国の身分制議会は貴族、諸侯から送られた代表、聖職者の代表、都市の代表により運営されている。


 昔は騎士の代表も参加が許されていたが、今は摂政マインツがその席に座っている。


 今日の議題は帝国への諸侯や他国の朝貢が減ってきているという内容である。


 貴族達をまとめるコステラ卿は問題を提起した。


「我が帝国は財政が逼迫しているわけではない。だが十年前の寒波のように食糧危機が訪れないとも限らぬ。財政規模を縮小するくらいなら増税してでも不測の事態に常に備えるべきだ」


 諸侯の代表は朝貢を強要される側である。冷めた目でコステラ達を見ている。


「そうおっしゃられますがね、帝国への朝貢は夏と新年に継続されています。四半期ごとに行っていたことが異常だったのですよ」


「帝国への忠誠心を真っ先に示すべき皆さんがそれを言いますか?」


「忠誠心はありますとも。めったなことを口にせんで頂きたい。ギルド組の皆さんはどう思いますかね」


 都市の代表はギルド出身者が多い。諸侯は都市の代表をギルド組と呼んでいる。


「畏れながら申し上げます。備蓄と言われるならば減税をして地方の穀倉を満たした方が良いのではないでしょうか」


「なんだと!もう一度言ってみろ」


 コステラが色めき立つ。貴族達は身を乗り出して野次を飛ばした。


 だが都市代表達は全くひるまない。


「聞こえませんでしたかな。これは帝国を構成する大多数の市民の総意ですよ?」


 帝国議会は身分制議会の体を取っているが、みなが忌憚なく意見を言える空気がある。


 貴族だろうが市民だろうが議題は多数決で決する。


 身分の差はあまり意識されていない。


 一人の老婆が声をあげた。


「まあまあ。財政が逼迫しているのなら現状のままでいいのではないでしょうか」


 聖女福音大聖堂の最高聖職者ニコラは先の大戦の功労者である。


 言い返せず腕を組んだまま、コステラは不満顔で座った。


 貴族達の野次も静かになった。


「ニコラ様がそうおっしゃるのなら」

 

 ここで摂政マインツが手を挙げて意見を言った。 

 

「みなで冷静に考えてほしいのだが、この傾向は帝国の求心力低下を意味するのではないだろうか」


「求心力?」


「諸侯や近隣諸国が金品や穀物を帝都に運ぶのは、戦後60年の平和を誰が血を流して打ちたてたか分かっているからだ」


 議場はざわめいた。何を言い出すのだろうか。


「ただ、一国。不届きな国が三年に渡り朝貢を拒んでおる。それを糾弾したい」


 マインツの扇動に都市代表は反応しなかったが、諸侯達は不平等だと口々に言った。


「それは聞き捨てなりませんな。我らは欠かしたことがない。それを三年も貯め込むとは。どこの国でしょう」


「奇しくもあの魔城の隣国、グリーデン国」


 小国であるが、大戦時には主戦場になった国である。


「催促をされましたか?」


「もちろん。だが頑なに拒んでおる。これでは諸侯に示しがつかぬ。私が自ら出向いて話を付けてこようかと思うがいかがか」


 摂政が向かうとなれば単なる訪問ではあるまい。小国に帝国の摂政が頭を下げる訳もなく、おそらく軍を率いる事になろう。


 摂政が主導で帝国が軍事増強をしているのは市井にも伝わるほどである。


 皆は困惑しつつ顔を見合わせた。


「私はなにもその国に誅罰を下そうというのではない。先人達が血と汗と共に築きあげた威信を臣下である私が護ろうと思うがゆえであり、決して戦を仕掛けるわけではない」


「示威行動というわけですな。では先ほどの諸侯の朝貢やら市民の増税の話は……?」


「もちろん、ここにおられる皆さんに新たな負担を強いることはしない。ここに帝国摂政として約束しよう。だが幼い皇子が帝位に就くまでの間、我らは帝国の権威を守らねばならぬ。ついては軍事予算について議論をすすめたいが宜しいか」


 ニコラは渋い顔で男たちのやり取りを聞いていた。


(相変わらず強引な男ねえ)



 議場から出るとニコラは聖女広場に立ち寄った。先日クリーニングをしたので聖女の像は白く輝いている。


 懐から布を取り出して台座も拭く。


「あの……」


 振り向くと腰にリボンを付けた少女が立っていた。どこかの店の売り子のようだ。手には紙とペンを持っている。


「おばあさんっていつもこの像を掃除してる人?」

 

「ええ、そうよ」


「私、エミリーって言いマス。この像について教えてくれまセンか?私は歴史の勉強をしてるの」


 ニコラが見たところ、魔術学校の生徒ではないようだ。


 懐にタクトを持っているようだが魔力容量も少ない。受験生だろう。


「いい心がけね。そうねえ。この像は聖女ミリアム。つづりからマリアム、マリアと呼ぶ人もいるわね」


「何をした人なんですか」


「大戦で魔族を幾度となく退けた英雄。最期は魔城を陥とすための攻城魔法の詠唱中に亡くなったの。享年16歳。まあ厳密には詠唱中と言うか、転移魔法を使ってというか……」


「魔術師だったんですね」


「聖女って呼ばれてるけど魔術師ね。神聖魔法を使わないのに聖女に列せられてるのよ。当時は今よりも冒険者がずっと多くてね。彼女は攻撃魔法に特化した魔術師だったわ」


「私の知り合いにファイアーボールが得意な人が居るんデスが、聖女ミリアムはどんな魔法を使ったの?」


「それこそ色々な種類の魔法を器用に使いこなしていたわね。彼女は特異体質でね、魔法を唱え始めると空の色が変わるのよ」


「へえ!」


「彼女が使うサンダーは杖からじゃなくて、文字通り天空から招雷してたわ。それに臨機応変に新しい魔法を生み出すの。魔族が旧人類の火の矢を放つ電子鳥を持ちだした時なんて空にオーロラを出してた。すると電子鳥がマヒして落ちてくるの。龍族に対しては杖を並べてレールを敷いて、鉄剣を磁力で加速させて。凄まじい勢いで飛んで行くのよ」


「好戦的な方だったんデスね」


「性格は穏やかな子だったわ。でも新しい魔法を思いつくと嬉しそうでね。今はあまり攻撃魔法を見る機会もないと思うけど、昔は結構誰もが使っていたわよ。時代かしらねえ。平和だし必要ないものね」


「像を掃除されてるだけあって、おばあさん詳しいデスね」


 ニコラは笑って像を見上げた。


(そりゃ何年も一緒に旅したもんねえ……) 


「図書館で大戦記録読んでみると良いわ。もっと詳しく載ってるから」


「色々教えて頂き、ありがとうございマス」


「いえいえ」


「あの、私これから仕事なので。またお話聞かせてくだサイ」


「私は聖女福音大聖堂で暮らしているの。いつでも遊びにいらっしゃい」


 老婆はにこやかに手を振った。 


 戦争の記憶は薄れていくもの。当時を知る者が語り継いでいかねばならない。あのような若い子達に興味を持ってもらうにはどうしたらよいだろう。


 ニコラは先ほどの議会でのやりとりを思い浮かべてため息をついた。                               

(つづく)



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